プロローグ
都立十六夜高校は特殊な学校と言えるだろう。表向きは普通の高校だが、実の所、政府のある部署の息が随分と掛かっている。それ故にだろうか。本来そうそう居ないはずの夜の住人が幾人か所属するのはまた必然。
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茜色の空の下、普段は課外活動に勤しむ生徒が多い時間帯なのだが、今日は様子が違った。十六夜祭の準備のために放課後まで駆り出されているのだ。帰宅部の生徒も行事前には帰れない。それが十六夜クオリティと代々の卒業生は証言している。
十六夜祭は一般的な体育祭と文化祭が混ざったような行事だ。四日間に渡って行われ、初日が体育祭、二日目が校内文化祭、三日目と四日目の午前が公開文化祭、四日目の午後に閉会式と決められている。四日間は決められた縦割りのグループで点数を競い合う。体育祭は点数を、文化祭は客の動員数を稼がねばならない。優勝したグループには全員に学食の割引券が配られるなど、多数の特典があり、最下位など成績の悪いグループには罰ゲーム(掃除・課題など)があるので、皆必死なのだ。
月城光橘もまた、十六夜に通う生徒である。
「こんなに盛り上がるものなんですね。初めて見ました。」
彼女は保健室で呟いた。
「毎年このように盛り上がるんですよ。飴と鞭というのは効果的だということは明らかですね。」
養護教諭の日向渚沙先生は言った。サラサラの長髪を下ろして、長いワンピースに白衣を着た、大人っぽい先生だ。女性らしいスベスベの肌に、色気もある。校内の男子生徒にも男性教員にも人気で、女性にも憧れの対象として好感を寄せられている。化粧品の相談やお洒落の相談なども受けてくれると評判だ。
「しかし、流石に白々しいですよ、月城さん?入学が決まっている高校の公開行事を確かめておかないはずがないでしょう。貴方は風見どのの部下なのでしょう。」
その日向は月城の耳元で、女性らしからぬ低い声で囁いた。
「それはここでは言わない約束では…?」
警戒した声で、月城も言った。
「…それもそうでしたね。では、確かに衛生関連のものは受け取りました。飲食関係のクラスは代表者がこの研修に参加するように、と伝えてください。」
パッと月城から離れて笑顔で、綺麗な声で言った。
「ありがとうございました。確実に伝えます。」
「相変わらず、月城さんは真面目ですね。素敵だと思いますよ。」
「はぁ、ありがとうございます。」
呆れたように、返事を返した。
「ただ、健康面がとても気になるので、定期的に来てくださいね。これからは文化祭もあって、多くの時間を学校で過ごすことになるのです。体に気を遣わなければ、やっていけませんよ。」
口説くためか、チャラいだけか、近づいた間に彼女の健康状態を確かめていた。
「…そうですね。ありがとうございます。また、伺います。失礼しました。」
月城はその言葉の真意を読み取って感謝をしながら部屋を辞した。
月城は廊下で中等部の制服を着た女子生徒とすれ違った。中等部の制服は学ランがベースになっていて、女子はスカートに加えて学ランに似たようなジャケットに赤い紐リボンを付けている。すれ違った女子生徒は吊り目で高い位置で髪を一つに束ねていた。
月城はあえて彼女と目を合わせないように、彼女も月城と目を合わせないようにすれ違った。
月城と彼女は知り合いであるはずがないのだ。
ノックの後、女子生徒が保健室に入室した。
「失礼します。中等部二年A組の清水環です。衛生関係の書類を提出しに参りました。あとは…少々休ませてもらえますか。気分が優れないのです。」
「どうぞ。ゆっくりしていってくださいね。」
日向教諭は笑顔で応対した。
清水環が書類関係を日向に渡すと、日向はそれらの書類を分別したカゴに置き、環を先導して部屋の奥へ向かった。
なんの変哲もない壁に手を翳し、ある操作をすると、壁に穴が空き、部屋が現れた。
保健室の隠し部屋である。
「仕事ならさっさと終わらせろ、そうでなきゃ、すぐに補給でもして休め。俺がいなくても問題ないか?」
「ありがとうございます、渚沙さん。急ぎの仕事を終わらせてから休みます。」
隠し部屋の中にはたくさんのコンピュータが並んでいて、それに加えて、ベッドや冷蔵庫などの休むための施設も存在した。窓もない、空調など機械で調節しているような不気味な部屋であるが、存在を知るものなどそう居ない。
「…俺も休む。少し汗を乾かしたい。」
日向は保健室に不在の旨を記したカードを立てて部屋に籠った。
環はコンピュータに向かって仕事をする中、日向はカツラを外し、服を脱ぎ、くつろいでいた。
日向渚沙は正真正銘の男である。
都立十六夜中高一貫校の養護教諭として、この学校に通うさまざまなバックグラウンドを持つ夜の住人たる生徒たちの健康と仕事などをサポートする者である。
ここの在学生及び卒業生の夜のものたちは彼の存在に幾度も感謝したそうだ。
ここは砂漠の中のオアシスである。




