第7篇 「要人警護社の年越し(壱)」(「昼と夜の交わり」より)
シリーズ「昼夜混濁」から要人警護社の様子です。
このシリーズでは主要な異能者たちが所属する組織は大きく3つあります。
①特殊夜間諜報情報局(通称: 特諜局)→政府系組織
②要人警護社(通称: 警護社)→民間組織/企業
③マフィア深和派(通称: マフィア)→非合法組織
今回の舞台は②要人警護社
3つの中で最も緩くて自由度の高い組織です。
《登場人物紹介》
♦︎名前(年齢*)
*2014年12月30日時点
♦︎風見紫樹(26)
要人警護社の社員。元マフィア幹部という経歴がある。
♦︎橘(15)
要人警護社の非常勤社員。本名は月城光橘。本業は中3で受験生。
♦︎瀬川悠(11)
要人警護社の社員。※「すべてはあの桜花のせい」主人公
♦︎伊藤尚之(41)
要人警護社の事務員。独身。
♦︎遠山雛(22)
要人警護社の事務員。新卒一年目の新人。
♦︎凩緋彩(28)
要人警護社の社員で専属医。※「すべてはあの桜花のせい」の登場人物
♦︎日向咲人(12)
要人警護社の社員。特諜局で代々働く家系『日向』の出身。家出中。
※『第2篇 「たとえロマンチックじゃなくても…」』の日向浩輔とは血縁者。
♦︎駒場修司(26)
要人警護社の社員。堅物で真面目。
♦︎鞠(5)
とある事情から要人警護社で育てられている孤児。普段から着物を着て鞠を抱えている。
♦︎田所栄二
要人警護社の社員。引きこもりでエンジニア兼ハッカー。社内サイバーセキュリティー担当。
♦︎ノア
要人警護社の事務員。社長の秘書をしていることが多い。見た目が変わらない。
♦︎沢渡菜緒
要人警護社の社員。スタイリストでファッション、ヘアメイクなどに精通している…男性。
2014年12月30日
【警護社・壱】
「我々、警護社は、年越しも力を入れていこうではないか。」
前振りもないあまりにも唐突な発言に、沈黙がこのオフィスを支配する。急に力強く言われても、誰も、なんと反応したらいいのか分からない。
「あのぅ、いきなり何がしたいんですか、風見さん。」
遠慮がちに手を挙げて、律儀にも、謎発言に反応を示したのは、橘だ。肩にかかるくらいのストレートヘアは彼女を大人びて見せる。Yシャツに紺色のニットを着用し、その日は外出の予定がないため、ゆるっとした幅広のズボンを履いている。胸や腰回りがダボっとしていて、体型が見えにくいので、味方によっては少年に見えるかもしれない。
対して、謎発言の主、風見は何故か半纏を着を羽織っている。正直、謎でしかないが、もはや誰も突っ込むことはない。彼は普段、スーツを着こなしていることが多いが、今日はハイネックにニット、その上から半纏を羽織るという、前代未聞の格好だ。
一応、橘は風見の弟子のようなもので、師弟関係も良好。よって彼女にとって風見を相手するのは容易いに違いない!という無茶振りによって、いつも彼女がこの役回りをするのだ。それに対して、風見は待ってましたとばかりに頷く。
「よくぞ、聞いてくれた。一年の終わりに今年を振り返り、一年の初めにその年の目標を立てる。これはとても重要である。皆で一年を振り返り、年越し蕎麦を食べ、一年の目標を立てる。そういった年越しをすることで親睦を深めようではないか!」
身振り手振りを交えた、力強い演説は謎のポーズによって締め括られた。彼は齢二十六だというのに、それに見合わぬ行動をする。
「あっ、私、無理です。流石に年越しは家でしますよ。家族も心配するので。」
彼の弟子が、直ぐに不参加を表明した。
彼女は普段、普通の中学生として生活している。なお、ここで働いていることを彼女の家族は知らない。ここで仕事をしながら学業も疎かにはしないので、バレる心配はないそうだ。何より、現在中学三年、年明けに高校受験が控えている。志望校は都立の最難関校だ。しかし彼女は、特別受験勉強をする機会を設けず、ただ、日常の学習をしているだけ。「心配入りません。万に一つも落ちないので。」と豪語していた。
あまりにもバッサリと切り捨てる彼女の態度は、先程の師匠への気遣いはなんだったのかという疑問を呼んでいる。それでいて、用は済んだとばかりに、自分のノートパソコンに向きなおり、仕事を始めた。一応、耳だけ貸しているせいで、集中できていないが、そんなんことはどうでもいいらしい。
「申し訳ありませんが、私も実家に顔を出さなければなりませんので。」
伊藤は申し訳なさそうに謝罪する。主張すべきところは主張せねば、自分が窮地に追い込まれかねないと必死だ。彼は妻帯者ではないが、両親が健在で実家に挨拶に伺うようだ。彼の兄弟には子を持つものもいて、甥や姪を甘やかすのが楽しみなんだと、顔を綻ばせながら言っていたのをその場にいた全員が思い出した。スーツをしっかりと着こなしている、歴戦の事務員伊藤は、不参加を示した後も暫く話を聞く体制を維持するつもりのようだ。
「私は実家に帰る必要はないので、出勤可能です。悠君はどうするんですか?」
同じく事務で一年目の遠山雛は、リクルートスーツを着て、髪を一纏めにしている。彼女は伊藤が参加の可否を答えたのを見て、明るく答え、その後、近くの机の下を覗き込んで、少年に話しかけた。少年はモゾモゾと動いて顔を出した。
「俺は帰るとこないから、ここに居るけど、年末年始とかどうでもいい。俺には関係ないし。遠山さんは実家、帰らないの?」
少年は体育座りで目を逸らしながら答えた。
十一歳の少年はパーカーに長ズボンを履いていた。彼、悠は、何故か机の下で生活している。大きな紙に子供らしからぬ整った字でひたすらに自分の考えを書き出し、頭の中を整理している。この会社には彼が書いた文字だらけの模造紙たちが、たくさん置いてある。壁にも模造紙が貼ってあり、いつでも彼が書き出せるようにしてあるのだ。
悠の質問に対して、遠山は少し微笑んで答えた。
「私の家はみんな年末年始忙しいので、七草くらいに集まることにしているので、年末年始は実家に帰らないんですよ。」
「そうなんだ。」
「はい、そうなんです。」
悠は無表情のまま、遠山は少し微笑んで答えた。彼らが和んでいる中、日向咲人が手を挙げた。
「ん、まー俺は楽しそうだからサンセー!」
彼は軽く参加を表明した。己の快不快が基本的な行動基準となる咲人にとっては面白そうならなんでもいいのだろう。
「お前は、年末年始くらい家に帰る気はないのか?」
咲人に懐疑的な意見を言ったのは、駒場だ。ガタイがよく、目付きが悪いが、擦れている警護社の中で、一番誠実で優しく信念を持った人であるだろう。この業界でその心を持ったまま折れない彼は別の意味でまた異常と言えるのかもしれない。
「正月に里帰りしたら、それは家出じゃないし。ただでさえ、家出要素少ないのにさ、これ以上減らしてどうすんの。」
そう、咲人は現在絶賛家出中なのだ。反発して、家を出て、連れ戻されそうになったが、家族たちも此処にいると分かって、無理に連れ戻すことはやめたそうだ。此処ならば大丈夫だろうと。だが、彼は未だ家出をしているつもりなのだ。だから、実家に帰る気はさらさらない。此処だけは絶対に譲れないのだ。そんな反抗期真っ只中の彼に長い長いため息が出る。
「はぁぁ。まぁ、年に一度でも振り返りをすることは大事だな。PDCAサイクルとか色々あるだろう。そういった積み重ねが人を成長させるんだ。」
「わかってるね〜。私は君なら理解してくれると思っていたよ!」
(あ、また乗せられているな。)
と思ったのは橘だ。師匠のやり口は何度も喰らっている。いつだって騙されてたまるものかと思っていたら、必ず彼の望むルートに入れられているのだ。何より、真っ直ぐすぎる駒場は、すぐに乗せられる。これが初めてなわけじゃない。何百回と繰り返された茶番、それも客観的に見ていれば、すぐに彼が騙されていることに気づくだろう。
「お前の計略に乗るのは癪だが、今回のは一理ある。節目はちゃんとすべきだ。だが、里帰り希望の奴にはちゃんとさせろよ。」
「そりゃ、勿論。」
此処で働いていることを家族に知らせていない橘は勿論のこと、伊藤も帰らなければならない。彼の最近の悩みの薄毛の原因は大半がストレスである。この会社のほとんどの人の尻拭いと片付けを行なっている歴戦の事務員はストレスで髪が抜けていっている。そう考えると、甥や姪に癒される時間も彼には必要だろう。遠山と橘は伊藤をかなり心配している。他の社員のように迷惑をかけて自覚がない人たちとは異なり、ある程度の常識を持ち合わせているのだ。
「で、具体的に何をするんだ?」
「未だ決めてないよ。」
再び沈黙がその場を支配する。今日は十二月三十日。大晦日の前日である。つまり、年越しは明日である。
「何も考えずに、提案したのか?」
頭に手を当てて、困惑をかくしもせずに風見に尋ねる。頭痛が痛いとはこのことを言うのだろうか。
「うん。私も昨日思いついてね。社長に許可とった。」
風見は許可証を高々と掲げて見せびらかした。
「社長に?社長が許可したというのか。ならば、これも業務のうち!全力を尽くしてみせよう。」
(あーあ。わかりやすく乗せられてるよ。)
橘、本日二度目の落胆である。
彼は社長に心酔しており、尚且つ、業務には忠実だ。
(面倒臭い。社長、面白そうだとすぐ許可するのやめないかな。)
悠は、社長の性格をよく分かっている。面倒なことが降りかかってくる原因がいつも社長ではないかと疑っているのだ。
彼はその説を完成させようと、研究リストに加えた。
風見は騒々しさに気を取られていると、クイクイと衣服が引っ張られているのを感じて、そちらを見ると、小さなおかっぱの着物を着た少女がずっとこちらを向いて目を輝かせていた。少女は風見が自分に気づいたのに気づくと、もう一度彼の服を引っ張った。
「ごはん。」
少女、鞠はその単語だけ呟いた。風見の頭の中にクエスチョンマークが量産される。
「おいしいごはん。」
鞠が再び主張すると、風見は彼女の意図を理解し、笑顔をつくった。
「あぁ。いっぱい美味しい食べ物用意するつもりだよ。社長にもそう進言したんだ。」
ゆっくりと丁寧にわかりやすく説明しながら、鞠の頭を撫でた。すると鞠は服から手を離して、
「ならばよし。」
と親指を立てて、偉そうに言い放った。風見はそれを見て頷くと、他の社員に向き直った。
「ウチのお姫様も許可したことだし、何をやるか会議しようではないかっ!」
士気を上げるように力強く言うも、期待したような雄叫びは上がらなかった。
「私は仕事に戻りますね。」
それどころか、温度を感じさせない冷徹な声で橘がパソコンに向き直った。
「俺も、今いい所だから、やるなら別室か、静かにしてね。」
彼は自分のエリアに戻ってしまった。彼は中断された己の思考回路をもう一度辿り直すように自分の書いた文字たちを見直し始めた。
「君たち、協調性がないよ。」
風見はそれを非難するようにジトッとした目を向けるも、橘は溜め息をついて反芻するのみ。
「協調性…、ですか。」
橘は風見に似たジトッとした目で彼を見る。睨んでいる、とも見えるだろう。まだ完全に集中に入りきっていなかった悠は返事を返すも、
「俺たちが持っていないモノを今更求めてどうするの?」
という、もっとも過ぎる正論。協調性なんて遥か彼方に捨て去った彼らが持ちうるモノではなかったのだ。それでも風見は駄々捏ねたように、主張を続ける。
「帰省組も楽しめる企画考えるからさぁ!」
「不参加でいいですか?」
彼の発言に被せるように、食い気味で橘は拒否した。すると、彼は泣きながら、懐から瓶を取り出して演技を始めた。
「私が君にしてあげられることなんてこれしかないんだ。そうでなかったら、この飲み物をゆっくり飲ませるしか、私の存在価値なんて。取り押さえてでも、これを君に。」
「いえ、気分が変わりました。参加します。その飲み物は遠慮しますよ。」
その瓶に恐れをなした橘は彼が全て言い終える前に前言撤回した。クルッと掌を返して、風見に従う。長いものには巻かれた方が都合がいい時が多いと、嫌というほど理解はしているのだろう。
(今回も逃げられるとは思っていなかったけれど、案の定。というか、あの瓶を事前に用意している時点で、私が反発するのも、ここで掌を返すのも織り込み済みということ。やはり苛々する。)
「そうか。飲み物も遠慮しなくてよかったんだが。それにしたって、積極的になってくれて嬉しいよ。」
さも、橘の心変わりが予想外かのように演じる風見を見て彼女の心はどんどんと冷えていっている。風見は橘の説得は終わったとばかりに次の標的に向き直る。
(俺が口で風見さんに勝てる訳ないけど、俺に積極的に参加しろとは言わないはず。)
悠は自分にとって最も都合の良い展開を考えて、先手を打った。
「俺は、参加はしない。でも、ここに居る。それでいい?」
「うん。構わないよ。これで、晴れてみんなでできるね!」
風見は悠の申し出を了承して、わーいと両手を上げて喜んだ。
「ちょっと待て。ここに居ない奴らはどうするんだ。既に許可をとったという社長は兎も角、凩さんは買い物に出ているし、ノアどのも田所もいないぞ。あと沢渡も。」
生真面目な駒場はここにいない者たちへの対応を問いただした。
ここには、多くの社員が集まっていたが、社長、警護社専属医の凩、社長秘書のノア、凄腕エンジニア兼ハッカーの田所、そして、専属スタイリスト兼メイクの沢渡が不在だった。
けど、真っ直ぐ素直な駒場の反応は風見にとって想定するに容易いことで。
「ノアちゃんには許可をとったよ。社長に許可取るときに一緒にね。あと、凩さんには必要なものの買い出しを頼んでいるんだ。自分のもののついでに買ってきてくれないか?って。菜緒っちは、好きにしたらって言ってたよ。田所は、あー、まぁいいでしょ。引きこもりだし。」
あらかじめ用意していた返答をした。
「適当だな。というか、買い出しって何を頼んだんだ?」
適当だが、根回しがちゃんとなされているならばと頷きかけた駒場が風見に問うた。
「えっとねぇ、笹にモミの木、あとは折り紙と凧と人生ゲームかな?あぁ、ビンゴの用紙も頼んだよ。」
それを聞いて絶句した。橘は頭が痛いと手を額に当て、悠はどうでもいいことと無視を決め込んでいたが、他のメンバーは突っ込むことすら忘れて呆けてしまった。日向咲人は笑い転げた。
「凩さんは、何の為の買い出しか知っているのか?」
そんな中、勇者である駒場が代表して風見に辛うじて質問をした。
「知らないんじゃない?だって教えてないし。」
あっけらかんとるんるんと答えた。確信犯である。
「お前に聞いたのが馬鹿だった。それで、それらを買ってこいと言って、何も決まっていないと。」
真面目組である駒場と伊藤の胃がキリキリと痛む。同じく真面目な橘は師匠のやることなすことに疲れてて考えることを放棄した。入社一年目の真面目組候補生、遠山はこれが警護社かと誤った常識を学び取ろうとしていた。
「色々あれば、なんかできるかなと思ってね。」
楽しげに風見は笑った。愉快犯である。
「俺は良いと思う!面白そう。何が起こるか分かんない感じがまたいいよ。」
愉快犯その2、咲人は笑った。
「流石。分かっているじゃないか。」
二人の愉快犯は熱い握手を交わした。
この二人は混ぜてはいけない。混ぜるな危険。
「よく分かりませんけど、七夕に短冊に書く願い事は自分たちの技術の上達が良いとされていると聞いたことがあります。時期は違いますが、一年の初めの目標って意味ならアリかもしれませんね。」
真面目組である橘は色々考えることを放棄した結果、斜め上の案を出した。真面目らしいアイディアだが、時期という大事な要素について思考を放棄している。
「確かに。そのアイディアはいいな。これも仕事、俺も頭を捻って案を出そう。他の国ではクリスマスは新年まで続くと聞いたことがある。そういう意味でクリスマスツリーへの飾り付けはいいかもしれないな。」
駒場もそれに追従した。
警護社の真面目組はどこかおかしいのかもしれない。
「事前に飾り付けとかでしたら、私でも参加できそうです。」
事務の伊藤も帰省する日でなければ協力できると申し出た。
それらを聞いて、風見は満足そうに頷いた。
「うんうん。いい案がたくさんでてきたね。」
「二つ、ですね。」
冷たい目で橘は風見を見た。
「そんなに睨むなら、タチバナちゃんがホワイトボード書いてよ。」
「…」
しばらく間を空けてから、諦めて橘が折れた。
「分かりました。」
(どうせ、拒否権はないんでしょうね。)
会議は益々熱を帯び、沢山の案が、それこそホワイトボードを埋め尽くすほど出た。しかし、全てがどの様に社を飾り付けするかという方向に逸れていっていった。橘は諦め、案を無心に書き留める。
そのとき、社の入り口が勢いよく開けられた。
そこに仁王立ちしている人影は何故か笹を担ぎ、大量の紙袋を持っていた。
昨年、投稿を検討してた連載の第1部分を改稿したものです。
作中2014年→2015年の年末年始は、裏で色々あって大騒ぎになる…その序章です。
この風見の発言の裏で色々な思惑が動いているのですが…それはまたいつかに。