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第6篇 「ひとつのスタンプ」(「10colorsシェアハウス」)

「10colorsシェアハウス」からのスピンオフ。「気になるヒト」という短編の2人です。


遠山渚

玉響高校3年A組。国立志望大学受験生。


九條響

玉響高校2年B組。10colorsシェアハウス201号室。


※遠山渚と九條響は付き合ってます。

 年末…年が明けたらすぐに共通テストが始まる。


 目の前のカレンダーにひとつ×印がつくたびに心は焦っていく。

 机の前の表に書き込まれた赤い数字を見るたびにこのままではいけないと思う。


 問題とノートと答えを机いっぱいに広げて、間違えた問題を確認して…


 心が消耗しているのが自分でもわかる。


 なにも考えない、なにも感じない、なにも…

 自分を押し殺すのが最も楽だから。


 ただただ、目の前にある作業に精を出す。


 受験勉強とは…そういうもの。


 「なぎーー」


 母の声が聞こえて、ああ、ご飯なのかと、食卓へ向かった。


 いただきますと与えられたご飯を無心で食べて、ご馳走さまと食器を片付けたら、部屋に戻って、続きの勉強をする。


 眠い、疲れた、そんな気の緩みを押し潰して、机に向かって。

 勉強途中に雫がぽたりと無意識に落ちても、目を拭って続ける。


 唇をかみしめて、気絶するように布団に体を沈めた。


♦︎♢♦︎


 12月29日


 いつも通り5:45には目を覚まして、身支度を済ませてから、机に向かう。


 家族が起きて、朝食を摂ったら8:00くらいになる。

 そして、始めてスマホの通知を確認すると、九條くんからメッセージが届いていた。


**/12/29 7:55

 渚先輩

 おはようございます

 今日も元気ですか?元気だと信じていますヨ

 俺は渚先輩に会えなくて超寂しいです…

 早く会いたいなぁ…

(以下略)


 あまり見かけない長文メッセージが1件だけ入っていた。


 受験生なのに恋人がいるって、どうなんだろうと、受験生がすべきことじゃないのではないか、と思う人もいるだろうし、実際、そう思った私は12月上旬に九條くんと約束をした。


 九條くんとは毎朝7:45~7:59までの間に1件、これを除いて連絡を断つということである。

 そして、私はそれに対して生存報告の意味も兼ねてスタンプを1つだけ送る。


 他の私の数少ない個人連絡先(個人チャット)を交換している人には非常時以外連絡を入れないようにお願いしてある。


 私の甘えを断つためのルールである。


 …だから、まさか九条君が毎日欠かさず送ってくるとは思ってなかった。

 正直、おはようとメッセージで毎日ってどんなLOVE❤︎LOVEカップルなのでは?…とすら思っている。


 というか、私のこの条件に文句言ったり別れたりするもんじゃないの?

 まぁ、明確にしなくても自然消滅とか。


 ………けど、ここから元気をもらっているのは確か。

 ちょっとだけ笑えて心が暖かくなる。


 私は、時間がこれ以上過ぎ去ってしまう前にと、適当なスタンプを送って、スマホにロックをかけた。

 ちなみに、スタンプは普段使いしないものをわざと選んで送っているから、あんまり意味はない。

 今日どんなスタンプを送ったかも、もうすでに忘れた。


 私は過去問を開いて勉強を始める。


♦︎♢♦︎


12月29日 7:30

シェアハウス201号室


 最近の朝は早い。


 いつもの冬休みなら9時か10時、ときには11時まで眠りこけるところだが、そういうわけにはいかない。


 朝起きて、スマホのメモを確認しつつ、彼女に送るメッセージの文面を考える。


 俺の彼女、渚は高校3年…大学を一般受験する。こうなれば、年末年始あまり会えないこともまぁ、覚悟していた。

 けど、彼女のストイックさは俺の予想を遥かに超えていた。


 毎朝7:45~8:00の間にたった1回だけメッセージを送ってもいい、これが渚の最大限の譲歩だった。


 できることなら、クリスマスも一瞬でいいから会いたかったし、返信を期待したりしないからメッセージだけはたくさん、少なくとも朝晩2回は送りたかった。


 けど、それで渚が受験に失敗して後悔するなんてしてほしくなかった。

 渚ならきっと受験も大丈夫だろうけど、憂いは当日の精神状態に響く。


 それに…

 あの約束をしたとき、渚は別れることまで視野に入れていたように感じた。『受験生なのに恋愛にうつつをうかしていいのか』とかいう罪悪感でも感じていたのか。それとも、『こんな要求をする面倒な彼女なんて…』とでも考えたのか、自然消滅しても仕方ない、振られても仕方ない、という考えすら透けて見えた。


 そんなことになってたまるか!!


 俺は、やっとのことで渚と付き合えたのに、そんなことで逃すつもりはない。


 …幸いだったのは、俺をどうでもいいと思っている訳ではなさそうだったこと。


 『九條くんと会ったり会話したりすると緩んじゃうから…』


 そんな台詞が、俺に肩を預けてくれてるみたいで、少し頬が緩んだ。


 俺は、前進したのだと前向きに捉えて、毎日欠かさず渚にメッセージを送っている。


 メッセージを送ってから俺はベットに横たわって、スマホの中の渚のための鍵付きメモを開いて文章を眺める。


 それからどれくらい経ったか、スマホが震えて、渚からメッセージが届いたことを知り、即刻チャットを開いた。


 送られてきたスタンプは

  …なんかスイカを懸命に割っている?動くスタンプ。


 冬なのに?

 無心でスイカを割っている??


 そして、その顔がまた絶妙…。



 「あ゛ーーーーーーーーーー!!このスタンプどういう意味なんだぁぁぁーーーーーー!!」



 頭を悩ませる。


 ホントにわからない。

 わからないけど、聞けない。


 無意味にジタバタする。


 けど、渚のために時間を使ってると思えば最高・至高。


 隣の部屋からドンドン壁を叩かれても気にしない。

 多分、桜庭(さくらば)*だ。

 *桜庭花音(かのん)…202号室。玉響高校1年D組。里見の従姉妹(いとこ)。所謂ギャル。


 スイカ→夏→夏休み→夏休み楽しかったね→また遊びたいな


 そういうメッセージなのだろうか??


 でも…夏休みは会えたけど、そんなに遊べてない気がする。


 夏休み→早く夏休みに遊びたいな


 という意味なのか??


 解釈が……!!!


 「うわぁぁぁーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」


 これだけであと2時間くらいは保つ。


 これが最近のモーニングルーティーンである。

12月26日 第3篇 「冬休み」 でちょっと不憫だった九條響の救済ストーリーです。

結局、不憫には変わりないかもしれない。

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