第2篇 「たとえロマンチックじゃなくても…」(「昼と夜の交わり」より)
「昼と夜の交わり」の1年ほど前の出来事。
特殊夜間諜報情報局(特諜局)のクリスマスの様子です。
このシリーズでは主要な異能者たちが所属する組織は大きく3つあります。
①特殊夜間諜報情報局(通称: 特諜局)→政府系組織
②要人警護社(通称: 警護社)→民間組織/企業
③マフィア深和派(通称: マフィア)→非合法組織
特諜局は3つの中で最も歴史が古く、お堅い組織です。
圧倒的マイノリティである異能者を探して組織を継続していくのは難しいことから、創立に大きく関わった人物の子孫が事務方として組織の存続を担っています。
このシリーズで『日向』と『清水』の苗字をもつ者は、特諜局設立者の子孫で、特諜局を支えるために特殊な教育を受けて育てられる人物たちです。それ以外はほとんどがスカウト。
《登場人物》
♦︎名前(年齢*)
*2014年12月25日現在
♦︎日向浩輔(28)
特諜局の局員で氷室の護衛の任についている。素手の格闘術が得意。霊感あり。
♦︎清水玲(26)
特諜局の局員で氷室の護衛の任についている。日本刀を用いた剣術が得意。霊感が絶望的にない。
♦︎氷室息吹(25)
特諜局の局員で参謀を担う。特諜局の全体を指揮している人物。異能力をもっている。
♦︎清水環(13)
特諜局の局員として働き始めた。平日は都立十六夜中高一貫校中等部に通う1年生。真面目で融通が効かない。
2014年12月25日 20:57 @特殊夜間諜報情報局
「今夜も残業か…」
男は椅子に座りながら背伸びをした。
「浩輔さん、残業もなにも、普段からこの時間に働いているのだから、通常ですよね?」
無言でパソコンのキーボードを叩く、二つ結びの少女がジト目で彼を睨んだ。
「環は思わねぇのか? 世間がクリスマスに浮かれてるってのにこんなところで残業してることに対してさぁ…。」
「特には…。ヨソはヨソ、ウチはウチとよく言っているのは誰ですか?」
環は、話しかけられて返答しても作業速度を一切落とさない。
「お前…中1のくせに可愛げねーなー。外の世界見て、なにも思わなかったのか?」
浩輔はグダグダとしながら環にそう尋ねた。
特殊夜間諜報情報局…通称、特諜局。
異能力や人外絡みの問題、暴力団よりもっと悪辣なマフィアや犯罪組織の問題、それらを水面下で解決し、上辺だけの平和を守る、非公式な政府機関である。
戦後、その組織の設立に関わった"清水"と"日向"は、代々事務方として、この組織の土台を支えている。彼らは生まれたときから、そのために教育を施され、12歳になるまで世間と隔絶して育てられる。そして、それ以降は本人の意思で中学以降の教育機関に通うかどうかを選択させる。
清水環(13)は、その選択で学校に通うことを決め、今は都立十六夜中高一貫校の中等部1年生である。
「それは、思うところはありましたけど、だからといって、何かが変わるわけではありません。…というか、さっさと手、動かしてください。」
「厳しいなぁ〜、ちょっと手を抜くぐらいいじゃんよー。」
日向浩輔(28)はブツクサと文句を言う。
「氷室さん、少し面倒な案件が…。」
「共有の方へお願いします。」
氷室息吹(25)は冷静に応じて、周囲の局員も一斉に大きな画面に目を向けた。
「場所はマップで示した通りです。…爆弾の処理と、銃火器の回収が必要と思われます。」
「この立地は、確かに問題です。…そうですね、浩輔さんと玲さんにお願いします。」
一通り、情報を読んだ後で氷室は言った。
「ちょっと待てよ、一応、俺らの仕事、お前の側にいることだかんな?」
慌てて浩輔がその指示に反論するが…
「浩輔、私はこの判断が正しいと思う。ここに居るより、私も浩輔も活きる。」
清水玲(26)は指示に従うべきだと静かに返した。
「…なら、氷室。お前はどうするつもりだ。」
「現状、ここには戦力があります。そして、僕は貴方がたがいない以上、ここから動くつもりはありません。」
数秒間、氷室と浩輔が見つめ合ってから浩輔は言った。
「ならいい。玲、いくぞ。」
その言葉に続いて、浩輔と玲は部屋を出ていった。
(…浩輔さんは心配症ですね。僕だって…)
氷室は彼らの背中に少し拗ねた。
♦︎♢♦︎
地下道を通って、いくつかある最寄駅の現場に近い方へ走って向かう。
「…珍しいね、環がいるのに心ない愚痴を言うなんて。」
「心ない愚痴じゃないよ。…実際、こんな日くらい事件を起こそうとする馬鹿には思うところがあるよ。」
相当なスピードで走っているが、息があがる様子はなく、普通に会話を続けた。
「…そういうことじゃない。」
暗に、話を逸らすな、と玲は言った。
「別に俺は何も考えてないよ。」
「……」
「信じられないって顔してる。心外だな…。」
「…さすがに、ずっと隣にいればわかる。」
彼らの主な仕事は、現在特諜局で指揮を執っている氷室の護衛。その為に2人は引き合わされて、バディを組まされた。
日本刀を使いこなし、霊などに干渉されない玲と肉弾戦に長け、霊感がある浩輔…。
あっというまに、最寄駅近くの出入り口にたどり着き、2人は難なく人気のない道にでて、電車に乗り込んだ。
♦︎♢♦︎
処理に大して時間は掛からなかった。
今回、動画サイトなどを通じて爆弾の製造方法を調べ、有名なデートスポットへ設置するつもりだったらしい集団は、酒盛りをしていた。
酔っ払った人間を相手にするというのは、意外と面倒で、痛覚が麻痺してしまっている分、なかなか静かになってはくれない。殺さない、という条件付きならば、素面の人間よりも厄介といえるかもしれない。
けれど、彼らの前には誤差でしかなかった。
「相変わらずだな…。」
浩輔は玲が相手にした面々が死体のように転がっているのを見てそう呟いた。
「私はちゃんと峰打ちにしている。」
玲は浩輔がぶちのめした相手を見て言った。
ここに居た男たちは、酒盛りをしていてカップルたちに苛立った結果、爆弾製作に励んでしまったらしい。
「…余計な仕事を増やす馬鹿は今も労働者がいることを理解できないのか。」
「まあまあ、いいんじゃない。そんな日もあるって…飲んでいるからこそ、そういう発想になったんだろうし。」
若干、苛立っている玲を浩輔は宥めた。
「浩輔なら理解できる?」
「…いや、俺じゃ……理解はしてやれねぇかな。」
浩輔は玲を見てそう呟いた。
♦︎♢♦︎
「捕まえないの?」
「あぁ。寝て起きて、近くに銃火器がなけりゃ普通の生活に戻るだろうって判断だ。」
浩輔の判断に頷いてから、銃火器を残らず回収したことを確認して、2人は現場を後にした。
建物を出るとしんしんと雪が降っている。
周囲の人々は、珍しい雪に舞い上がって笑顔を浮かべた。
(たとえロマンチックじゃなくても…こいつがいるなら、まぁ…
ーー悪くはない。)
帰り道、雪はしんしんと降る。
しんしんと。
♦︎♢♦︎
「連絡が入りました。浩輔さん、玲さんは無事に回収ができたそうです。」
氷室はパソコンの前でその報告を受けると、局員に報告した。
「ふぅ…ひとまず安心ですね。」
環は安堵の溜息を漏らした。
「はい。環さんがいち早く見つけてくれたお陰です。あの場所はマフィアの人間が出入りする場所に近いですから、少しでも爆発が起きれば、なにが起きてもおかしくありませんでした。」
氷室は眼鏡を拭いた。
「それにしても…」
「なにかありましたか?」
「いいえ。」
(ホワイトクリスマス…ですか。)
氷室はブラックコーヒーをひと口啜った。
このシリーズは自分の中ですごく好きなのですが、設定に凝りすぎて、書くのが滅茶苦茶に難しくなって更新が滞っています…。なんとかしよう…。
彼らが出てくる話も「昼と夜の交わり」にありますので是非どうぞ。