悪役令嬢の現実
巷では近頃、「悪役令嬢モノ」という読み物が流行っているらしい。
『"真実の愛を見つけた"と平民の女と恋仲になった王太子。彼は婚約者である公爵令嬢を"悪役令嬢"として恋人へのイジメの犯人として冷酷に切り捨てる。しかしそのイジメは平民娘の自作自演、冤罪で、最後にはその公爵令嬢が華麗に逆襲(巷では逆ザマァ、と呼ぶらしい)を果たす』
……という、なんとも荒唐無稽なおとぎ話だ。
冤罪の手口も、「自分で自分の教科書を隠す」だの「階段から突き落とされたふりをする」だの、お粗末極まりない。
私、テレジア・モルトレッドは、最初その類の本を読んだ時、"悪役令嬢"とは自分のことかと思った。金髪の豊かな巻き毛に、少しつり上がったキツめの瞳。筆頭公爵家という身分に、王太子の婚約者という立場。
実際、学園でも
『テレジア様って、まるで物語から抜け出してきた悪役令嬢みたい……!』
『気高くて、美しくて、孤高で。私たち、ずっと憧れていたんです!』
と、取り巻きの令嬢たちからそんな風に熱を帯びた目を向けられ、物語の悪役令嬢に勝手に重ねられることもある。
でも私はその度に「いいこと?物語と現実は違うのよ。現実では、そんなこと起きないわ」と諭している。彼女たちも実際にはちゃんと区別がついているのか、「ですよねー」「まぁ、そんな馬鹿なことをやらかす王太子殿下なんて、いないですもんね」と呑気に笑って紅茶を飲む。
そう。現実では、あのような大掛かりな婚約破棄や断罪イベントなど絶対に起こらない。なぜなら――そんな大ごとになる前に、原因となる女は『処分』されるからだ。
「……また、ですか」
執務机の上で報告書に目を通しながら、私は小さくため息をついた。私の婚約者であるディオニス王太子殿下は、少々……いや、かなり遊び人気質なところがある。けれど、彼がどれだけ火遊びをしようと、私たちの婚約が覆ることはない。彼もさすがにそのあたりの分別はあるらしく、後腐れのある貴族令嬢には手を出さない。相手にするのは、いつだって平民の娘ばかりだ。
殿下の「お相手」に選ばれた平民の女たちは、最初はただ、王太子との身分違いの禁断の恋に酔いしれているだけだった。しかし、人の欲とは恐ろしいもので、甘い汁を吸い、殿下に優しくされるうちに次第に増長し始める。『私が本物の愛されし者。あの冷酷な公爵令嬢を引きずり下ろして、私が隣に立つのだ』と。
学園内で私のあることないことの噂を流そうとしたり、それこそ物語のように「いじめの被害者」になるための準備を始めたりする。だが、その兆候が見えた時点で、ゲームオーバーだ。
我がモルトレッド公爵家は、代々国の暗部を仕切っている。王家が表立って手を下せない裏仕事を一手に引き受ける。だからこそ、筆頭公爵という絶対的な地位が与えられているのだ。モルトレッド家長女であり、未来の王妃となる私も当然、幼い頃から暗部の動かし方は叩き込まれており、日常的に使っている。
「先週から殿下に近づいていたあの編入生。昨日、図書室で私の悪評を記した手紙を仕込もうとしていたわね。……ええ、流行り病ということで処理しなさい」
処分方法は様々だ。ある者は夜道で不審者に襲われ、ある者不運にも馬車に轢かれ、ある者は突発的な病で帰らぬ人となる。
流行りの小説では、悪役令嬢が恋敵である平民女を「階段から突き落とした」として公の場で糾弾されるらしいが、私から言わせれば他殺を疑われる時点でお粗末極まりない。本当に階段から落として排除するのなら、誰の目にも明らかな『不運な事故』として完遂するのが、権力を扱う者の最低限の作法というものだ。
私はこれまで、何人もの身の程知らずな平民女をそうやって処分してきた。これは未来の国母として、国の安寧と王家の威信を守るための、単なる「事務処理」に過ぎない。
嫉妬?まさか。
ディオニス殿下は、この国の王太子であり――私が生涯を添い遂げると誓った、たった一人の大切な婚約者だ。私の所有物に群がる泥棒を跡形もなく叩き潰すのは、公爵令嬢としての”正当な業務”でしょう?
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「キャッ!」
学園の廊下の曲がり角。絵に描いたような悲鳴とともに、小柄な人影が俺ーーディオニス・アーケイロンの胸にぶつかってきた。見れば、最近特待生として編入してきたという、平民の女生徒だった。
「おっと、大丈夫かい?」
俺が優しく微笑みかけ、落ちた教科書を拾ってやると、彼女は頬を真っ赤に染めた。
「あ、あの……! 申し訳ありません、殿下! 私、前をよく見ていなくて……っ。お詫びに、その……よろしければ、次の休日に街のカフェでお茶をご馳走させていただけませんか? ……あっ、でも……婚約者の、テレジア様に悪いでしょうか……?」
いかにも純朴そうな、しかしどこか計算高い瞳。俺は心の中で笑いを噛み殺しながら、甘い声で応えた。
「ああ、喜んで。君のような可愛らしいレディの誘いを断る野暮な男はいないよ。……テレジアのことは気にしなくていい」
――そして約束通り、彼女と一度の甘いデートを楽しんだ翌日のこと。 彼女は学園の旧校舎の階段から足を滑らせ、運悪く首の骨を折って『事故死』したという報告がもたらされた。
執務室でその報告書を受け取った瞬間、俺は……背筋がゾクゾクとするような、抗いがたい歓喜に包まれた。
「ああ……テレジア。俺の愛しいテレジア……ッ!」
俺は両手で顔を覆い、歓喜の震えを必死に抑え込んだ。事故死なんて嘘だ。きっと彼女が手配したのだろう。完璧な手際だ。証拠など欠片も残っていない。毎度美しいその手際に、俺は狂おしいほどに惚れ惚れしている。
そもそも、平民の分際で王太子である俺に気安く近づいてくる女など、ろくな人間ではない。まともな頭があれば、身分違いを理解して遠ざかるはずだ。すり寄ってくるのは、権力や財産に目が眩んだ愚か者や、他国の間者だけ。だからこそ、俺は躊躇いなく彼女たちを“愛の確認”に利用する。
俺が他の女に微笑みかけるたび。他の女と甘い時間を過ごすたび。俺の冷徹で美しい婚約者は、裏で冷酷に彼女たちの命を刈り取っていく。
表向きは氷のように冷たい顔をして、俺には一切の小言も言わない。けれど、裏では私に近づく害虫どもを、必ず一匹残らず排除してくれているのだ!
これほどの重く、深い愛があるだろうか?
誰にも見せない、血の匂いがするほどの深く黒い感情。それを俺だけが知っているという事実が、俺をたまらなく興奮させる。
「本当に、君は最高だ。次はどんな女を餌にしようか……君のその美しい手で、俺への狂おしい愛を証明してくれ」
俺は窓の外、モルトレッド公爵邸がある方角を見つめながら、恍惚と微笑んだ。俺の愛しい人。決して表には出さない、その血の滲むような執着と独占欲を、俺は生涯かけて愛し抜こう。
――たとえこの国から、平民の女が何人消えようとも。
お読みいただきありがとうございます!サクッと読めるシリーズです。
王太子と平民の身分差、現実だとこんな感じよねと執筆しました。使い捨ての羽虫のような命の軽さですね。
もちろん、ちゃんと分別のある平民には手出ししません。ご安心を。普通は王族になんて近づかないのよ。怖いし。
対象が"訳あり"だからこそ、何人か消したところで問題にはならなかったんですね。階段から落ちた女も、他国の間者でしたし。
悪役令嬢モノが、始まる前に終わってしまう、ちょっぴりダークな話でした。
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