悪役令嬢のお父様
ジェレミア・ウィンストンは、この国において王家に次ぐ権勢を持つ筆頭公爵であり、同時に王国の宰相でもあった。
冷酷だの苛烈だの陰で好き勝手に言われていることは知っている。だが、そう呼ばれる程度には仕事をしてきた自負がある。甘い顔だけで国は回らないし、優しさだけで家も守れない。
だからこそ、彼は一人娘のミシェルを案じていた。
ミシェル・ウィンストン。
王太子フレデリックの婚約者であり、いずれは王妃となるはずの娘。
聡明で、礼儀正しく、品位があり、何より心根が優しい。公爵令嬢としては申し分ない娘だ。……ただ一つ、その優しさが少々行き過ぎていることを除けば。
他者を慮るのは美徳だ。だが、貴族社会……とりわけ王家と結びつく立場の人間があまりに善良であれば、食い物にされる。
その危惧が現実になりつつあるのだと知ったのは、冬も終わりに近い夕暮れのことだった。
「お父様、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
執務室に現れたミシェルは、見るからに顔色が悪かった。
ジェレミアは手にしていた書類を置き、椅子に深く座り直す。
「構わん。どうした」
「……私、学園で、とても恐ろしいことをしてしまったかもしれません」
悲壮な声音だった。
今にも泣き出しそうな娘の顔に、ジェレミアは眉をひそめる。さては王太子が何かやらかしたか、それとも学園で誰かが無礼を働いたか。いずれにせよ面倒だな、と頭の片隅で思いながら、先を促す。
「話してみなさい」
「平民の特待生の方と、少し言い争いになって……その、私、思わず彼女を押してしまって……」
ミシェルは唇を震わせた。
「その方が、階段から落ちて、お怪我を」
沈黙が落ちた。
ジェレミアは数秒だけ考え、それから率直に言った。
「……そうか。で、誰の口を塞げばいいんだ?」
「え?」
娘が、ぽかんと目を丸くする。
「誰かに見られたのか。目撃者は何人だ。階段なら足跡はどうなっている。口裏合わせが必要な教師はいるか」
「お、お父様……!?」
「何だ。違うのか」
違うらしい。
ミシェルは明らかに戸惑いながら、慌てて首を振った。
「だ、誰かに見られたわけではありません。ただ、その方の悲鳴を聞きつけて生徒たちが集まってきて……その、彼女が……私がわざと突き落としたのだと」
「なるほど」
「わ、私が故意に突き落としたという噂になってしまっていて……」
「で?」
ミシェルはそこで完全に言葉を失った。
父親が何を言っているのか、理解できないという顔だ。ジェレミアは小さくため息をつき、ひどく怯えきっている愛娘を諭すように、静かで低い声を紡いだ。
「ミシェル。お前は我がウィンストン筆頭公爵家の令嬢だ。対して、相手はただの平民の娘なのだろう?」
「はい……」
「たとえ、仮にだ。君が悪意を持ってその娘を殺害したとしても、君は無罪だ。
——我々特権階級の貴族とは、そういうものなのだよ」
ミシェルは青ざめた。
善良な娘には、露悪的に過ぎる表現だったかもしれない。
「……でも、怪我をさせたことは事実です」
「ならば治療費でも見舞金でも出せばいい。必要なら家がいくらでも払う。だが、事実確認もなく“悪役”に仕立て上げられたことで、君の方が縮こまる必要はない」
ジェレミアは眉間を押さえた。
「だから私は反対したんだ。平民特待生などと聞こえのいい制度に」
貴族の子女ばかりが通う王立学園に、近年になって導入された平民特待生制度。
表向きは有能な人材の発掘。実際は、王太子フレデリックが“身分にとらわれぬ開明的な王子”を演出したいがために推し進めたものだった。
嫌な予感はしていた。
身分秩序を学ぶ場に、秩序の外から来た者を放り込めば、軋轢が生まれるに決まっている。
身分制度とは絶対だ。国の経済と武力を回している筆頭公爵家の令嬢と、ぽっと出の平民の命の重さが同じであるはずがない。事実など、権力でいくらでも揉み消せる。だからジェレミアは、平民を貴族の学園に入れるなどという特待生制度に反対したのだ。これでは不敬罪がいくつあっても足りない。
「……でも、お父様。その方は、ただの平民ではありませんの」
「ほう?」
ミシェルはギュッとドレスの裾を握りしめ、顔を上げた。
「殿下の、『真実の愛』のお相手だそうですわ」
真実の愛。なんと甘美で、そして反吐が出るほど馬鹿馬鹿しい響きだろうか。
あの王太子が色ボケしたというのか。
「……なるほど。殿下はその娘を公妾にするおつもりか?平民を公妾にするとなると、周囲の反発も大きい。徹底的なバックチェックと身辺整理が必要になるな……」
「違います、お父様」
ジェレミアの呟きを遮り、ミシェルが放った一言は、さすがの公爵を驚かせるに十分な破壊力を持っていた。
「殿下は、その平民の女性と『結婚』するおつもりなのです。そして……明日の卒業パーティの場で、わたくしに婚約破棄を突きつけると、そう息巻いておいでだそうですわ」
「…………なんだと?」
ジェレミアはあまりのことに、その場で硬直する。
王家と筆頭公爵家の、ひいてはこの国の根幹を支える盟約を、平民の女一人のために破棄するだと?
「……ふっ、ふはははは!」
ジェレミアは思わず、腹の底から笑い声を上げてしまった。怒りではない。あまりにも度を越した馬鹿馬鹿しさに、ただただ呆れが勝ったのだ。知能の低さもここまでくれば喜劇である。
「なるほど、よく分かった。ミシェル、お前はもう何も心配しなくていい。今日はゆっくり休みなさい」
「お父様……?」
「もはやこれは、学生の火遊びの範疇を超えている。王家と我が公爵家、ひいては国政の問題だ。……少し、国王陛下と『お話』をしてこよう」
ジェレミアは不敵な、そして絶対零度の笑みを浮かべ、王宮へ向かうための馬車を手配させた。
*****
そして迎えた卒業パーティー当日。
王宮の大広間には、きらびやかな衣装に身を包んだ貴族たちが集い、若者たちの門出を祝う音楽が流れていた。
その中心で、王太子フレデリックは得意げな顔をして立っている。
隣には、楚々とした顔立ちの平民特待生アンナ・ベイル。
ジェレミアはすでに宰相として、そして保護者として会場に入っていた。
やがてフレデリックがグラスを掲げ、高らかに声を張る。
「諸君、聞いてほしい!本日この場で、私は長らく続いた不実な婚約を終わらせる!」
会場がざわめく。
「ミシェル・ウィンストン!前へ!」
その声が響いた瞬間だった。
「その必要はない」
低く、よく通る声が場を切り裂いた。
人々が振り向く。
そこにいたのは、銀灰色の髪をきっちり撫でつけた壮年の男——ジェレミア・ウィンストンその人だった。
フレデリックの顔がひきつる。
「ジェ、ジェレミア公……?」
「家と家の婚約の話をするのだろう。ならば当主である私を通すのが筋だ。卒業パーティという、親も参加している場で娘だけを前に出させようとは、ずいぶんと短絡的だな、殿下」
くすり、とあちこちで忍び笑いが漏れる。
王太子の顔が赤くなった。
「し、しかしこれは、ミシェル嬢本人の罪を裁く場で——」
「ほう。王家と筆頭公爵家の婚約を、学園の卒業パーティーで、証拠も手続きもなく、一方的に裁くと?」
ジェレミアは一歩前に出た。
「ではまず伺おう。婚約破棄について、陛下の裁可は」
「それは……いずれ説得を」
「得ていないのだな」
「……っ」
「王家の婚姻は国家案件だ。まして王太子の婚約ならなおさら。陛下の裁可なく破棄を宣言するなど、王太子教育の内容はどこに行った?」
笑いを堪えきれない者が増えた。
フレデリックのこめかみに青筋が浮かぶ。
「ミシェルはアンナを階段から突き落とした!このような悪辣な女を妃にはできない!」
「証人は」
「アンナ本人が」
「被害者の自己申告だけか」
「周囲の者も噂を——」
「噂は証拠ではない。そんなことも分からんのか」
ばっさりだった。
ジェレミアはアンナへ視線を向ける。
少女は怯えたように肩を震わせたが、その目の奥にしたたかな光があるのを、彼は見逃さなかった。
「平民の娘よ」
ジェレミアが低く凄みのある声で呼びかけると、アンナは「ひっ」と短く悲鳴を上げ、フレデリックの腕にしがみついた。
「で、殿下ぁ……怖い、です……」
「公爵!か弱き乙女をこれ以上怯えさせるとは何事か!」
「か弱い、か。なるほど、階段から落ちたというのに五体満足でピンピンしており、こうして厚化粧で着飾ってパーティーに参加できるほどには『か弱い』らしい」
くすくすという冷笑が、今度は明確にアンナへと向けられた。アンナの顔がさっと青ざめる。ジェレミアは再びフレデリックに向き直った。
「そもそもだ。身分を弁えぬ平民の娘に入れ込み、国庫を支える筆頭公爵家を袖にして、後ろ盾も教養もない者を次期王妃に据えようとする。……国を治める者として、正気の沙汰とは思えんな」
「真実の愛に身分など関係ない!私は古い因習を打ち破るのだ!」
「ええ、結構。では、その真実の愛とやらに生きる殿下に、王命をお伝えしよう」
ジェレミアは懐から、王室の紋章が入った豪奢な書状を取り出した。
「王命……?まさか。父上が、今日ここに来られていないのは……」
「ああ。国王陛下は本日、急なご体調不良により欠席されている。――正確には、殿下が本日このような茶番を起こされる予定だとあらかじめご報告したところ、ひどく御心を痛めておられた。代わって宰相たる私が王命を預かってきたというわけだ」
静まり返る会場に、ジェレミアの冷徹な声だけが響き渡る。
「第一王子フレデリックの、平民女性への過度な入れ込み、ならびに筆頭公爵家への重大な侮辱行為を鑑み、本日をもって第一王子の立太子を取りやめる。すなわち、王位継承権の剥奪。ならびに廃嫡とする」
「なっ……!?」
フレデリックの顔から完全に血の気が引いた。アンナも目をひん剥いて固まっている。
「次期王太子は、第二王子から第四王子のいずれかから適性を見て選定する。……そして、次期王太子の正妃は、予定通りミシェル・ウィンストンを据えることとする。以上だ」
「ば、馬鹿な!嘘だ、父上がそんなことを認めるはずが……!」
「事実だ。陛下は殿下と違い、この国の屋台骨が何であるかを正しく理解しておいでだ」
ジェレミアは薄く笑みを浮かべた。
「筆頭公爵家との盟約を一方的に破棄し、身元も知れぬ平民を王妃に迎えることが、国益にどう影響するか。……第四王子まで生まれている今の王家で、その愚行を実現するとは何を意味するのか、少しは考えたほうが良い」
冷酷な事実を突きつけられ、元王太子はその場にがくりと膝をついた。隣のアンナも、自分が掴むはずだった「次期王妃」という玉の輿が完全に消え去ったことを理解したのだろう。へたり込んだフレデリックから、さっと身を引いて距離を置いた。その浅ましい態度に、周囲の貴族たちから一斉に軽蔑の視線が突き刺さる。
ジェレミアは、絶望に顔を歪める愚かな元王太子を、ゴミでも見るかのように冷ややかに見下ろした。
「国庫を支える筆頭公爵家を敵に回してまで、その娘を選んだ。……元殿下。逆になぜ、それで上手くいくと思った?」
圧倒的な正論の前に、フレデリックはもはや一言も反論できず、ただ床を見つめてわななくことしかできなかった。哀れな愚者たちから視線を外し、ジェレミアは人垣の後ろで安堵の息をつく愛娘を振り返る。そして、先ほどまでの冷酷な顔が嘘のように、甘く優しい父親の顔で微笑みかけた。
「さあミシェル、帰ろうか。こんな阿呆の顔を見続けるなど、君の美しい目に毒だ」
父の優しい声に、ミシェルは小さく息を吐き出して歩み寄り、ふと本音をこぼした。
「……お父様。わたくし、ひどく怯えておりましたの。あの方々が言うように、根拠のない噂や勢いだけで、本当にわたくしの人生が終わってしまうのではないかと」
「馬鹿なことを」
ジェレミアは鼻で笑い、這いつくばる愚か者たちを再び冷ややかに見下ろした。
「彼らは『真実の愛』などという、三文芝居の主人公にでもなったつもりだったのだろう。舞台の上であれば、愛を叫ぶ若者が横暴な貴族を打ち倒し、拍手喝采でハッピーエンドだったのかもしれないな」
だが、ここは現実だ。
「現実の国家は、熱い演説や若者の恋心などでは微塵も動かない。冷徹な契約と帳簿、莫大な金、そして我々大人の退屈な実務によってのみ回っている。……学生気分の子供が、教室のノリの延長で国政を揺るがせるなど、断じてあり得ないのだよ」
どれほど美しく愛を語ろうが、証拠のない罪状と、根回しのない婚約破棄など、大人の社会ではただの「不祥事」でしかない。現実の大人を舐めきった、痛々しい子供の火遊びの末路がこれだ。
「……はい。お父様の背中を見て、よく分かりました」
ミシェルは晴れやかな顔で頷いた。その顔にはもう、不条理な物語の展開に怯える令嬢の姿はない。現実の貴族社会を生き抜くための、盤石な基盤と矜持を理解した大人の淑女の顔だった。
立派に育った愛娘の姿に、ジェレミアは満足げに目を細めた。
「なら良い。もう何の心配もいらない。さあ、今夜は君の大好きな、王都で一番のケーキ職人を家に呼んであるんだ」
「ふふっ、はい、お父様——」
「お待ちください、ウィンストン公爵」
ミシェルの言葉を遮るように、落ち着いた声が響いた。ざわめく人垣が割れ、一人の青年が進み出てくる。金髪碧眼の第一王子とは対照的な、艶やかな黒髪に深い知性を湛えた紫の瞳。現在、隣国へ留学中だったはずの第二王子、ルイスであった。
「ルイス殿下。なぜここに」
「兄上が取り返しのつかない愚行に走ろうとしていると聞き、急ぎ馬を飛ばして帰国したのです。……どうやら、私が止めるまでもなく終わっていたようですが」
ルイスは床にへたり込む兄を一瞥し、小さくため息をついた。それから、驚いて目を丸くするミシェルの前まで歩み寄る。
「ミシェル嬢。兄の不誠実な振る舞い、王族の一員として深く謝罪いたします」
「殿下……」
「そして——もし許されるのであれば」
ルイスはその場に優雅に片膝をつき、彼女の小さな手をそっと取った。
「兄の婚約者であるあなたを、私はずっとお慕いしておりました。私と共に、次期王妃の道を歩んでいただけませんか。決してあなたを裏切りはしないと誓います」
絵本のように美しい求愛。周囲の令嬢たちからは、ほうっと熱い溜息が漏れた。かつてのミシェルであれば、その優しさにほだされ、頬を染めて頷いていたかもしれない。
しかし——ミシェルは静かに彼の手から自分の手を引き抜いた。そして、流れるような美しい所作でカーテシー(淑女の礼)をしてみせる。その顔には、先ほどまでの怯えも戸惑いもなく、筆頭公爵令嬢としての確かな矜持が宿っていた。
「ルイス殿下。わたくしの名誉を守ろうとしてくださったお心遣い、心より感謝いたしますわ。……ですが」
「ですが?」
ミシェルは顔を上げ、凛とした眼差しで第二王子を見つめ返した。
「わたくしは、たった今『王家の都合』で一方的に婚約破棄されたばかりの身ですのよ?いくら殿下とはいえ、美しい言葉一つで首を縦に振るほど、ウィンストン公爵家の娘は安くありませんわ」
「……!」
(おお……!よく言ったミシェル!さすが私の娘だ!)
ジェレミアは内心で盛大にガッツポーズをした。事実確認もせずただ怯えていた数日前とは違う。先ほどの自分の交渉を間近で見て、この優しすぎる娘も、貴族としての矜持と強かさをしっかりと学んでくれたらしい。ジェレミアはことさら鷹揚に頷き、ルイスを見下ろした。
「……と、申しておりますが。ルイス殿下」
「ええ。手厳しい。ですが、まったくの正論だ」
ルイスは苦笑し、あっさりと引き下がって立ち上がった。
「あの惨状を見せられた直後に、王家の人間を無条件で信じろという方が無理な話ですね。……公爵。明日、宰相の執務室に伺っても?」
「元・王太子殿下が引き起こした騒動の事後処理で忙しい」
「その手伝いと、今後の現実的なすり合わせです。ミシェル嬢に頷いてもらうには、まず外堀から埋めないと駄目なようですから」
「……ほう」
愛だの真実だのと喚いていた先ほどの無能とは違い、どうやら言葉ではなく実務で誠意を見せる気らしい。ジェレミアは小さく鼻を鳴らした。
「まあ、愛を叫ぶよりはよほど建設的だ。……明日の午後なら時間を取ろう」
「感謝します」
静かに頷き合う筆頭公爵と新たな王太子候補。そんな有能な実務家たちの顔になった二人を見て、ミシェルはふわりと花が咲くように、楽しげにくすくすと笑った。
「ふふっ。お父様も殿下も、あまりお仕事の無理はなさいませんように。……さあお父様、帰りましょう。美味しいケーキが待っていますわ」
ミシェルはジェレミアの腕にそっと両手を添え、晴れやかな顔で彼を見上げた。その温もりに触れ、ジェレミアはふと、彼女がまだ幼かった頃を思い出した。自分の大きな指を、小さな手でぎゅっと握りしめて歩いていた娘。指にできたペンだこを見て「いちゃいのいちゃいの、飛んでいけ〜」と拙い言葉で労ってくれる、そんな娘だった。
常に理屈と損得で政務をこなし、国のためならば冷徹な切り捨てすら厭わなかった自分から、どうしてこれほどまでに純粋で、他者を思いやる娘が育ったのか。ジェレミアはずっと案じていた。その優しさが仇となり、魑魅魍魎が蠢くこの貴族社会で、いつか彼女が深く傷つくのではないかと。
だが、今日の彼女はただ怯えて流されるだけでなく、己の尊厳を守るために、己の足で凛として立った。その根底にある美しい優しさは、少しも変わっていない。ただ、理不尽に対して「自分を安売りしない」という貴族の矜持を、しっかりと身につけてくれたのだ。
(ああ……。私の心配は、杞憂だったな)
ジェレミアは氷の宰相という仮面を完全に下ろした。目尻を下げ、ただの甘い父親の顔になって、愛娘の滑らかなプラチナブロンドの髪を、愛おしげにそっと撫でる。
「さあ、帰ろう。……よく頑張ったね、ミシェル」
「お父様……」
「お前はこれからも、その優しい心のまま、お前らしく笑っていなさい。……お前の道に立ち塞がる理不尽や悪意は、この父が何度でも、塵一つ残さずすり潰してやるから」
極めて物騒な台詞を、この上なく甘い声で囁く父親に、ミシェルは少しだけ呆れたように、けれど心の底から安心したように微笑んだ。
「もう。お父様ったら、過保護すぎますわ」
「当然だ。私の目の中に入れても痛くない、世界で一番の、自慢の娘なのだからな」
ジェレミアは優しく微笑み返し、愛娘の手を引いてゆっくりと歩き出す。そんな過保護な親子の背中を、次代の国を背負う若き王子が、静かな、けれど確かな熱を帯びた眼差しで見送っていた。
床に這いつくばる愚かな元王太子と平民の娘のことなど、もはや前を向く親子の耳には届かない。冷徹な筆頭公爵と、少しだけ大人になった公爵令嬢が寄り添い歩むその先には、長い冬の終わりを告げるような、温かく穏やかな未来が待っていた。
お読みいただきありがとうございます!
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卒業パーティなんて親も来てるんだろうに、なんでいつも空気なんだろう?
貴族の結婚って家同士の契約だから、当主が参戦しないとおかしかろう。
みたいな疑問を元に書き上げました^^ 楽しんでいただけたら幸いです!
---追記---
アンナは勿論その後拘束され、毒杯を賜りました(毒杯なのは学生故の温情です)
---追記の追記---
わかった……わかったよ、アンナは処刑しよう……!王子を惑わせた平民畜生は見せしめの公開処刑じゃ!!




