え〜婚約者さん厳しい〜(笑)私ならそんなこと言わないのになぁ
「ルートヴィッヒ様、こちらの書類、日付の記入が漏れておりますわ。それに、先日の視察の報告書も記述が少し大雑把すぎます」
「おおっ!本当だ、全く気づかなかった!さすがはジェシカだ。いつも的確なサポートをありがとう。これからも頼りにしているよ!」
太陽のように明るい笑顔で、私の婚約者であるルートヴィッヒ・ヴァインシュタイン公爵令息はそう言った。嫌な顔ひとつせず、すぐにペンを執って書類を修正し始める彼の横顔を見つめながら、私は密かに安堵の息を吐く。
私、ジェシカ・リーキンス辺境伯令嬢は、北方の過酷な地で生まれ育った。領地と民を守るため、両親から受けた教育は非常に厳しいものだったが、そこには確かな愛情があった。おかげで、いつしか私は「隙のない完璧な淑女」として社交界で名を知られるようになり、私の真面目さを見込んだ公爵家から、次期当主である彼との縁談が舞い込んだのである。
ルートヴィッヒは代々騎士を輩出する家柄のせいか、良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把なところがある。剣の腕も立ち、決して頭も悪くないのだが、細かい事務作業などで時折ぽっかりと抜け落ちることがあった。
辺境ではまどろっこしい言い回しをしている暇がなかったため、私は必要なことをはっきり口にする癖がついている。そのため、つい小言のように彼のミスを指摘してしまうのだが……彼はいい意味で豪快で、素直だった。
私の言葉を「自分への非難」ではなく「ありがたい忠告」として受け止め、一回注意したことは次には必ず直してくれるのだ。
(婚約してまだ数ヶ月だけれど……私たち、とても相性がいいのではないかしら)
公爵家のご慧眼には感謝しかない。私たちの交際は、至って順調だった。
――ただ一点、ある「懸念事項」を除いては。
「あーっ!ルーお兄様、こんなところにいた!」
公爵家の庭園。二人で和やかに婚約発表パーティの段取りについて話し合っていた最中、甲高い声が響き渡った。現れたのは、フリルがたっぷりとあしらわれたドレスを着た小柄な令嬢。
エーリエ・ララヴァン子爵令嬢――この婚約の「懸念事項」だ。
「エーリエか」
「もう、探したんですよ?昔からルーお兄様のお家は、私のお庭みたいに自由に出入りしてましたけど、今日はなかなか見つからなくて!」
チラリ、と彼女の視線が私に向けられる。
昔、ララヴァン子爵家が公爵家の領地内に居を構えていた時期があり、歳の近い二人はずいぶん親しく遊んでいたらしい。ルートヴィッヒはそのことを特に隠しもせず、初めて私に彼女を紹介した時も、気軽な口ぶりだった。
「幼い頃からの付き合いでな。気安い相手なんだ」
一方エーリエは、私に紹介されるまで自分が公爵家の婚約者に選ばれると信じて疑っていなかったようで、初めて会った時から、私を密かに目の敵にしていた。
『ジェシカ様は辺境育ちでいらっしゃるから、公爵家のマナーを覚えるのも大変でしょう?家柄だけで選ばれるのも苦労なさいますねぇ』
『ルーお兄様、覚えていらっしゃる?木に登って降りられなくなった私を、ルーお兄様が助けてくださったこと。私、あの時からずっと、ルーお兄様は頼もしい方だと思っていたの』
そんな風に、遠回しに私を貶め、昔話でマウントを取ろうとしてくるのだ。私がやんわりと指摘すれば、途端に涙ぐんで「そんな厳しい言い方しなくても……」と被害者ぶる。
そんな調子だから、私はエーリエのことがかなり苦手だ。だが、たった一度のやり取りで「彼女が苦手です」と訴えるのは、あまりにも狭量に思えたし、ルートヴィッヒにとっては気安い幼馴染なのだろう。私は彼女への対応を決めあぐねていた。
「お茶、ご一緒していいですよね?」
私のことをガン無視し、エーリエはルートヴィッヒを上目遣いで見つめる。
「ああ。ちょうどエーリエに話したいことがあったんだ。ジェシカ、いいだろうか?」
「……ええ。ルートヴィッヒ様がそうお望みなら」
本当は少しもよくなかった。
けれどここで拒めば、まるで私がエーリエを嫌っていることを認めるようで、意固地に見える気がした。
「まあ、うれしいわ」
言うなりエーリエは、ルートヴィッヒの隣に腰を下ろした。しかも、妙に近い。ベンチの端から端まで余裕があるというのに、わざわざ肩が触れそうな位置を選んでいる。
「ルーお兄様、最近本当にお忙しそう。お顔を見せてくださらないんですもの。寂しかったわ」
「忙しいのは事実だな」
「ふふ。私なら、お仕事でお疲れの時に堅い話はいたしませんのに。もっと、ゆっくりなさっていただきたいもの」
私とルートヴィッヒがパーティの段取りについて話し合っていたのを盗み聞きしていたのだろうか。そう言いながら、彼女はルートヴィッヒの袖口に指先を伸ばした。まるで糸くずでも払うかのように、自然な動作を装って。
私は反射的に口を開いていた。
「エーリエ様」
声は、自分でも驚くほど静かだった。
「未婚の男女があまり馴れ馴れしく触れ合うものではありません。ましてや婚約者の前です、控えてください」
「あら」
エーリエはきょとんと目を瞬かせ、それから困ったように小首を傾げた。
「え〜婚約者さん、厳しい〜。私ならそんなこと言わないのになぁ」
甘ったるく語尾を伸ばして、ちらりとルートヴィッヒを見上げる。同意を求めるような、いかにも愛らしい仕草だった。
こういう言い方をするのだ、エーリエは。直接「あなたは冷たい」とは言わない。けれど、そう聞こえるように、可愛らしく、無邪気そうに、言う。しかも、その場にいる男に「そうだな」と言わせやすい形で。
実際、ルートヴィッヒは一拍置いてから、
「ははは!そうだな」
と言った。
胸が、少しだけ冷える。やはり自分は厳しすぎるのだろうか。次期公爵夫人たるもの、夫を律するだけでは足りない。癒やしや柔らかさも必要なのではないか。
そんな考えが頭をよぎった、その時だった。
「まあ、だからお前は未だに婚約相手が決まらないんだろうな!」
あまりにもあっさり、あまりにも明るく、場を切り裂くような声が響いた。
エーリエの笑顔が凍る。私も、思わず瞬きを忘れた。
しかしルートヴィッヒは気にした様子もなく、実に真面目な顔で続ける。
「聞こえのいいことだけ言って、相手を甘やかして、機嫌よくさせるだけなら誰でもできる。だが伴侶というのは、それでは務まらんだろう」
悪気のない、実にあっけらかんとした口調だった。
「でもジェシカは違う。ちゃんと見てくれるんだ。俺が見落としたことも、公爵家の者としてまずいことも、きちんと言ってくれる。いやあ、助かってるぞ」
「ル、ルーお兄様……」
エーリエの頬が引きつる。
けれどルートヴィッヒは気づいているのかいないのか、いつもの調子で続けた。
「そもそも『私ならそんなこと言わない』は、そりゃそうだ。ジェシカみたいに、相手のことを考えて嫌な役目まで引き受けるのは、誰にでもできることじゃないからな!わっはっは!」
笑いごとにされたはずなのに、妙に胸が熱くなった。
「で、でもぉ、そういう厳しい人と一緒にいたら、疲れちゃいません?私ならもっと癒やしてさしあげられるのに」
「癒やし?」
ルートヴィッヒは首を傾げ、それからまた明るく笑った。
「いやいや、俺が欲しいのは都合のいい甘やかしじゃないぞ。外でだらしなくしていたら、公爵家が笑われるだろうが」
「……」
「二人きりの時に気を抜くのと、人前で節度がないのは別だ。そこをきっちり分けられるのがジェシカのいいところだな」
ルートヴィッヒは少しも迷わない。
「それに、ジェシカは人前ではきちんとしているが、二人きりの時は違うぞ」
「……はい?」
「ジェシカは俺が夜更かししていればお茶を淹れてくれるし、訓練で肩を痛めた時は湿布の貼り方まで調べてきた。疲れている時は無理に話しかけず、必要な時は膝枕も――」
「ル、ルートヴィッヒ様っ!」
「何だ、事実だろう?」
事実だが、そういうことは人前で言うものではない。
恥ずかしさで耳まで熱くなる私を見て、彼は不思議そうに首を傾げた。本当にこの人は、変なところで遠慮がない。
一方でエーリエは、笑顔を引きつらせていた。彼女は「厳しい婚約者」と「自分のほうがやさしい」という構図に持ち込みたかったのだろう。だが、ルートヴィッヒはその土俵ごとひっくり返してしまった。
さらりと惚気た後、ルートヴィッヒはふと思い出したように「ああ、そうだ」と声を上げた。
「ちょうどお前に言おうと思っていたんだ、エーリエ」
「わ、私に……?」
「ああ。もう俺たちも子どもじゃないだろう?」
にこりと笑っているのに、言っていることはまるで引かない。
「だから、前みたいに気軽に屋敷へ来るのは控えてくれ。来るなとは言わんが、約束もなしにふらっと来られると困る」
「こ、困るって……」
「困るさ。俺には婚約者がいるし、お前だってもう成人した令嬢だ。いつまでも昔のままじゃいられんだろ」
あっさり。けろりと。
まるで当たり前のことを述べるように、彼は続ける。
「それから愛称呼びもな。そろそろやめてくれ。俺もお前も、もうそういう歳じゃない」
「でも、昔から……」
「昔は昔だ!」
はっきり言い切って、ルートヴィッヒは豪快に笑った。
「いやあ、懐かしいのはわかるぞ!だが懐かしいからって、今の立場までぐちゃぐちゃにしていいわけじゃないからな!」
そのあまりの明るさに、かえって逃げ道がなかった。
「それに」
そこで彼は、私のほうを見た。
目元は笑っているのに、言葉だけは妙に真っ直ぐだった。
「ジェシカは俺の大事な婚約者だ。大事な相手を不快にさせるようなことをされたら、そりゃ困る」
「私、そんなつもりでは……」
「だが、していたぞ?」
やはり明るかった。
明るいのに、まったくぶれない。
「嫌味っぽい言い方をしていたのも、わざと不安になるようなことを言っていたのも。ジェシカが黙って受け流していたから様子を見ていたが、でもやっぱり俺は嫌だと思った!」
「……っ」
エーリエの唇が震える。
それでもルートヴィッヒは責め立てるでもなく、ただ当然の結論を述べるように言った。
「だから、これからはきちんとしてくれ。大人の貴族として付き合いたいなら、俺もそうする。だがジェシカを軽んじるなら、今まで通りとはいかん」
「そんな……ルーお兄様、本当にこの方のことを……」
「ああ、ジェシカは俺の大事な人だ」
即答だった。
「だから婚約したんだ。俺はジェシカにずっと隣にいてほしいと思っている。何かおかしいか?」
悪意も皮肉もなく、本気で不思議そうに言うものだから、エーリエは完全に言葉を失った。
「エーリエ、君と俺は昔は仲がよかったかもしれんが、今一番大事にする相手は違う。それだけのことだ」
エーリエは唇を噛んだ。
何かを言い返しかけて、けれど結局言葉にならない。もう、何を言っても自分の望む形にはならないのだと、ようやく理解したのだろう。
ルートヴィッヒは追い打ちをかけるでも、慰めるでもなく、ただそこに座っていた。
それがかえって、もう何も覆らないのだと示しているようだった。
「……っ、失礼いたします!」
とうとう耐えきれなくなったのだろう。エーリエは立ち上がると、顔を伏せたまま、ほとんど逃げるように庭を出て行った。静かになった東屋に、風が吹き抜ける。
私はしばらく呆然としていたが、やがてこみ上げてきた感情のまま、隣の男を見上げた。
「『だから未だに婚約相手が決まらないんだろうな』は令嬢に言うには少し厳しくなくて?もっと言い方というものがあるでしょう」
「そうか?」
「そうです。もう少し柔らかくは言えなかったのですか」
「無理だな。腹が立っていた」
「え」
ルートヴィッヒは書類を脇へ寄せ、真面目な顔で私を見た。
「お前、ああいうことを言われるたびに少しだけ顔を曇らせていただろう」
胸が、どきりと鳴る。
「自分ではうまく隠しているつもりだったかもしれんが、俺には分かる。だから今日、また同じことを言い出したら切ると決めていた」
あまりにも堂々とした答えに、私は目を瞬かせる。
ただの脳筋だと思っていた婚約者は、私が思うよりもずっと賢く、そして底なしに私を溺愛してくれていたようだ。
「ジェシカ」
いつもより低い声で名を呼ばれ、私は姿勢を正した。
「お前は厳しいが、ただ厳しいだけではない。自分にも同じだけ厳しいから、俺は信頼している。俺が公爵家を背負うなら、隣にいてほしいのはお前のような女だ」
まっすぐな眼差しから逃げられない。
「甘い言葉を囁くだけの女より、叱ってでも正してくれるお前のほうが、ずっといい」
「……そんなことを言われたら、怒れなくなってしまいます」
「怒っていたのか?」
「少しは」
本当は全然怒っていなかったが、照れ隠しでつい言ってしまう。
「それは困るな」
彼はそう言うと、ふいに私の手を取り、そのまま甲に口付けた。
大きくて、節の目立つ手だった。剣を振るう人の手。けれど、私に触れる時だけは驚くほど丁寧だ。
「では、機嫌を直してくれ。二人きりの時は甘い婚約者殿」
「……っ」
「その顔だ。こういう顔をするから、他の誰にも渡したくない」
私はとうとう耐えきれず、もう片方の手で顔を覆った。
本当に、この人は。
人前では妙なところで容赦がなく、二人きりになると不意打ちでこんなことを言う。
厳しいだの、怖いだの。そう言われるたび、少しだけ不安になっていた自分が馬鹿らしくなった。
この人は、ちゃんと見てくれている。私が積み重ねてきた努力も、言葉の裏に隠された悪意も、そして――私自身のことも。
「ルートヴィッヒ様」
「何だ」
「次からは、もう少しだけ穏便にお願いします」
「……善処しよう」
「今の間で、あまり期待できないと分かりました」
「だが、お前を傷つける相手には、次も容赦しない」
真顔でそう言われてしまえば、文句など言えるはずもない。私は小さく息をつき、そっと彼の手を握り返した。
きっとこの人は、これからも細かなところで私の手を焼かせるのだろう。ストレートすぎる物言い、書類の書き損じ、社交辞令を少しばかり省略しすぎるに違いない。けれど肝心なところでは、きっと間違えない。
誰を大事にするべきか。何を守るべきか。そのために、誰を切るべきか。
豪快で、大雑把で、でも驚くほどまっすぐな私の婚約者は、今日それをはっきり示してくれた。ならば私も、その隣に立つ者として、相応しくあらねばならないだろう。
「ルートヴィッヒ様」
「うん?」
「まずは、そのカップの持ち方をお直しくださいませ」
「……今か?」
「今です」
「厳しいなあ」
「私は厳しいので」
「だが、それがいい」
彼はからりと笑って、素直にカップを持ち直した。
まったく、この人は……困った婚約者である。
けれど、そう悪くない。
紅茶は少しだけ冷めていて、庭を渡る風はやわらかかった。花の香りが、触れるか触れないかの距離で、そっと私たちのあいだを通り抜けていく。
「ジェシカ?」
呼ばれて顔を上げる。
「……なんでもありませんわ」
そう答えた私の声は、自分で思っていたより、ずっとやわらかかった。
***おまけ:後日談***
あれから数ヶ月。エーリエは懲りずに公爵家へ突撃していたようだが、あの日ルートヴィッヒが宣言した通り、門番に容赦なく追い返されていたらしい。
それでも懲りずに参加した夜会で、彼女はまた私に突っかかろうとしたり、ルートヴィッヒにすり寄ろうとしたりしたのだが――。
「ルートヴィッヒ様!探しましたわ!あっちで踊りましょう!」
「はっはっは、俺は探していないけどな!今俺は婚約者のジェシカと話している途中だし、婚約者がいる者がファーストダンスを違う令嬢と踊ることは不貞行為にあたるぞ!」
「一曲くらい、いいではありませんか!せっかくの夜会ですもの。昔みたいに、私をエスコートしてくださいません?」
あまりに堂々と距離を詰めるものだから、私は小さく息を吸ってから、できる限り穏やかに口を開いた。
「エーリエ様。正式な夜会の場では、身分の低い側から目上の方へ気安くお声がけするのは、あまり褒められたことではありませんわ。まして婚約者同士が話している最中ですもの。どうかお控えくださいませ」
あくまで、立場と場に応じた節度の話だった。公爵令息であるルートヴィッヒに子爵令嬢であるエーリエの方から話しかけるのはマナー違反だ。もちろん、邸宅や非公式の場でなら咎められることではないのだが、ここは公式な夜会の場だ。
けれどエーリエは、ぱちぱちと目を瞬かせたあと、あからさまにむっとした顔になる。
「まあ、そういうこと?ジェシカ様のほうが身分が高いから、私ごときは控えろと仰いたいのね?」
「……いいえ、そういう意味では」
私が訂正する間もなく、意図を完全に勘違いしたエーリエがぷんぷんと詰め寄ってくる。
「だったらおかしいのはそっちよ!辺境伯なんて、名ばかりの田舎の伯爵でしょう?伯爵よりも下の階級ですのに。
でしたら、同じ伯爵の一つ下の身分で、都会貴族かつ裕福な子爵家の娘である私にだって、ルートヴィッヒ様のお相手をする資格くらいありますわ!」
ざわっ……と、周囲の貴族たちの会話がピタリと止まり、その場が凍りついた。
一瞬の静寂ののち、あちこちから信じられないものを見るような視線がエーリエへ集まる。
扇の陰で目を見交わす令嬢たち、呆れたように眉を顰める夫人方。さすがの私も、返す言葉を失った。
そんな中、ルートヴィッヒ様だけが、実にからりとした声で言った。
「はっはっは!いやあ、エーリエ、それは勉強不足だな!」
あまりにも明るい口調なのに、逃げ道はまるでない。
「辺境伯は“辺境の伯爵”ではないぞ。国境を守る重責を担う家だ。伯爵位より軽いどころか、伯爵より上の身分――侯爵と同等だな。少なくとも、子爵家の令嬢が軽んじていい家ではまったくない!」
「え……?」
「いやあ、知らなかったなら仕方ない!だが、知らないままジェシカを見下したり、自分のほうが釣り合うなどと言ったりするのは、さすがにまずいな!」
にこにこと、悪意なく、けれど容赦なくルートヴィッヒ様は続ける。
「しかも今ジェシカが注意したのは、身分の上下の話ではなく、夜会での振る舞いの話だろう?そこを取り違えて、挙げ句に家格まで勘違いしていたとなると、さすがに公爵家としても笑って聞き流せんぞ!」
周囲から、今度こそ隠しきれないざわめきが広がった。
「それに、俺が夜会でエスコートする相手はジェシカだけだ。婚約者だし、俺はジェシカを愛している!違う令嬢と踊って婚約者に勘違いさせたくない!ファーストダンスを踊るというのは、そういうことだからな。まさかエーリエ、その程度の社交常識も知らなかったのか?それはいかんなあ。子爵家でも、そこはもう少し勉強したほうがいい!」
大勢の貴族が見ている前で、いつもの屈託のない笑顔とド直球の大声によりバッサリとエーリエを切り捨てるルートヴィッヒ。
あけすけな正論パンチを見舞われたエーリエは顔を真っ赤にして立ち尽くし、周囲の貴族たちからは「あの子爵令嬢、非常識じゃなくて?」「公爵令息にあそこまで言われるなんて、みっともない」「というか、辺境伯の地位についても知らないなんて……」とヒソヒソ囁かれるようになってしまった。
「……っ、ひ、ひどいわ!」
今度こそ耐えきれなかったのだろう。彼女は顔を伏せ、ほとんど逃げるように人混みを抜けていった。その背を見送りながら、ルートヴィッヒは実に不思議そうに首を傾げる。
「何故ああも、自分から恥をかきにくるんだろうな?学習能力がないのか?」
「ルートヴィッヒ様、そんなに大声ではっきり仰ったら可哀想です」
「そうか?ジェシカは優しいな。俺は事実を言ったまでだ!だが、今のままでは確かに可哀想だ。子爵家には、エーリエにきちんとした教育を受けさせるよう進言してみるか!」
こうしたことが続き、流石の彼女も社交界に居づらくなったのだろう。あるいは、流石に子爵家当主から雷が落ちたのか、公爵家から何かしら動きがあったのか。それから間もなくして、エーリエは夜会に一切顔を出さなくなった。
風の噂によれば、彼女は誰とも会うことなく、一人子爵領に引きこもって暮らしているとのことだ。
「ジェシカ?何をぼんやりしているんだ。ほら、あそこのケーキ、お前が好きだと言っていたやつじゃないか?」
回想から引き戻され、私は目の前の婚約者を見上げた。
相変わらず声が大きく、少し大雑把で、けれど私を誰よりも大切にしてくれる不器用で優しい人。
「ふふ、本当ですわね。ルートヴィッヒ様、一緒に取りに行きましょう」
甘い言葉だけを囁く関係より、お互いを正し合える関係がいい。
そう言ってくれた彼にエスコートされながら、私は心から幸せな微笑みを浮かべたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
氷の騎士様はよく見かけるけど、太陽の騎士様ってなかなかいないよな……と思い書き上げました。
豪快、筋肉、わっはっは系(?)の溺愛も、これはこれで良いな……。
少しでも面白いと感じていただけたら、★評価、ブクマしていただけるととても嬉しいです!




