〈11-8〉今ここにある意思
リゼットとアディシェスを囲うように周囲に展開された多数の人形。
リゼットの戦うその姿を七人は見つめる。
「へぇ、そうかい」
しかし、アディシェスはまるで未だ勝ち目は自分にあるかのように余裕の笑みを浮かべていた。
「みんなに見てて欲しい。それはつまり承認欲求の塊のようなものだ。けれど、いいのかな?みんなを呼んで。良かったのかな?みんなをここに集めて。みんなをここに集めたってことはね、仲間を巻き添えにしたと同じなんだよ。わかる?ねえわかる?わかるよね?もしかして、そんなことも分からないのかな?」
アディシェスは笑う。
ただ見下すように、ただ相手の愚策を軽視するように。
「なら僕が教えてあげるよ。君がしたことを!」
そう言うとアディシェスは再び重力魔法を発動。
周囲の重力が一気に重くなり、その場にいた全員が再び地に顔を伏せてしまう。
「重っ!!またこれ!!!」
「畜生!無限魔法を使ったとしても、既に重さがやばすぎる……!どうするんだよリゼット!!」
「……………」
しかし、リゼットはただ見つめていた。
彼の嘲笑う姿を。
自分を見下す、その瞳を。
「………………演算還元」
リゼットは演算還元でかけられた魔法をそのままアディシェスに打ち返そうとする。
しかし、それをすることは彼も既に把握していた。
「無駄だよ、重力魔法は重力を自在に操る魔法。もし重さが上から来るのだとしたら、僕は下から加えればいい話だ。どうだい?これでわかっただろう?僕と君の、レベルの違いが」
アディシェスは既に自分の上方向に重力魔法をかけていた。
いつ跳ね返されてもいいように。
いつリゼットが自分の魔法を真似してきてもいいように。
リゼットは起き上がることが出来たものの、人形やシキたちにまでかけられた魔法を返したわけではない。
演算還元で跳ね返せるのは、飽くまで自分に向けられた魔法のみ。
だが
「……………複製」
リゼットが出していた人形の数は三十体。
彼女は一度の戦闘で最大五十体まで複製することができる。
人形を再複製し、二十体の人形を展開した。
「また人形?懲りないやつだね、やっぱり君は言っても分からないんだね、本当にそろそろ分かって欲しいよ。だって何体人形を出したって僕の魔法で地面に落ちちゃうんだよ?何回も何回も体験してるのに学べないだなんて、学習能力のない女だな」
そう言い、アディシェスが再び重力魔法をかけようとした。
その瞬間だった。
「……………重力魔法」
「なっ!?」
リゼットがアディシェスに向けて放った重力魔法。
だが、それは重さを加えるものではなかった。
「な、なにぃいいいい!!なんでなんでなんでなんで!!!」
「…………あなたはさっき、無重力状態になって、浮いていた。それを、今度は私があなたにかけた」
リゼットが放ったのは、無重力の魔法だった。
更に、十体の人形から放たれた重力魔法により、アディシェスの下から重力魔法が加えられていく。
「姑息な真似しやがって……。君ってやつは本当に腹立たしい!」
彼は自分に再び重力魔法をかけようとした。
だが、その行動は逆に彼を追い詰めるものとなる。
「な、なんだこれは!重力が……重さが強すぎる!………いや違う、無限に重くなっていってるんだ!」
「無限魔法。俺達にかけられた重力が重すぎるんなら、俺たちにかけられた魔法を有限化しても意味ねぇっていうんなら、テメェの魔法を無限にするまでだぜ!」
アルケーはアディシェスの魔法に無限を付与させていた。
魔法の力で地面に戻ろうとする彼の身体は、無限に増え続ける重さによって加速していく。
「見てて欲しいだ?お前なんて初めて見た時からずっと見続けてんだよ。それに、見てて欲しいのはお前だけじゃねぇ。俺も同じだ!」
既に遥か上空へと落ちていた彼がこの速度で地面に落下すれば、間違いなく軽傷では済まされない。
しかし、自分がかけた重力魔法を解除してしまえば、リゼットのかけた重力魔法によって再び空へと落ちていく。
空に落ちるか、地に落ちるか。
アディシェスはただその二択に迫られていた。
その中で、彼の瞳にはとある物が視野に入った。
そう、リベリオの剣だ。
彼は重力魔法で剣を手放してしまっていたのだ。
それを見てニヤリと笑ったアディシェスは、その剣に重力魔法をかける。
自分の手元に来るように、自分の方向へと。
「まだだ、まだ終わってない、まだ終わってなんかいない。僕はみんなの思いを乗せてここにいる。みんなの思いを背負っているから、だから負ける訳にはいかないんだよ!!」
リベリオの剣は落ちていくアディシェスの手に渡ってしまう。
そして次はそれをリゼット目掛けて投げつけた。
更に重力魔法を掛け、その速度を上げる。
「リゼットさん!!」
リゼットに向けて高速で迫る剣を前に、ラミアが叫ぶ。
リゼットはすかさず重力魔法を防御魔法を展開。
「させるわけないでしょ、僕がそんなことを!」
アディシェスは残った人形全てに重力魔法をかける。
再び地に落ちてしまう人形たち。
防御することすら許されない。
傀儡魔法で魔力を人形に繋いでいる間は、リゼット自身が自ら魔法を放つことは不可能。
重力魔法を使っている人形を解除して自ら防御魔法を使うにしても、そこまでする暇はもう無い。
演算反転や演算還元も魔法にしか効果が無いため、物理的に投げられた剣にはなんの効果も為さない。
剣は、リゼットの身体を貫く他に無かった。
だが、リゼットはただ静かに見つめていた。
自分に向けられた攻撃を、ただ何もせずに見つめるだけ。
そして
「………………防御なんて、必要ない」
「は?」
その瞬間、剣は見えない壁に弾かれ、そのまま地面に落ちた。
「なんで?なんでなんでなんでなんで!?何をしたんだ、一体何をどうやって防いだんだ!君の人形は全て落とした。魔法を使う時間すら与えなかったはずだ。なのになんで、おかしい、おかしいじゃないか!僕の剣は今、君を貫いてるはずだろう!!」
その光景に目を大きく見開く。
ありえないと、確実に決まったはずの勝利がいとも簡単に弾かれたことが信じられないと。
だが、それはリゼットの魔法では無かった。
「拒絶魔法、リゼットの周りに拒絶空間を作り出した。君が見てて欲しいと言うのなら、僕だって君に見て欲しい。もう、学園にいた頃の僕じゃないってことを」
リゼットの表情を見たヴェーターは、拒絶魔法でリゼットを守っていた。
リゼットはそれを信じて待っていたのだ。
彼女の静かな笑みが、地に落ちていくアディシェスへと向けられる。
「馬鹿な、見てて見てて言ってたくせに、結局は数の暴力と変わらないじゃないか!なんて最低で最悪な女なんだ君は、仲間集めて寄ってたかって僕のことを攻めようだなんて、やっぱり君は今まで見た中で極悪の女だって確信したよ!今ね!」
ただただ叫び散らすアディシェス。
彼の言う言葉は、彼にとっては正論なのかもしれない。
数の暴力。アディシェスからすればたしかにそうだ。それ以外に考えられないだろう。
でも、これは数の暴力なんかでは無い。
みんなで一緒に夢を見ると決めたから。
ずっと一緒にいると約束したから。
だから
「……………これは、数の暴力なんかじゃない。一緒に夢を見る、みんなの力」
「何を言ってるんだ君は、綺麗なこと言ってるだけでやってることは変わらないじゃないか!夢を追うための力って勝手に名前付けただけの数の暴力だよ、まだそれに気付けないのかな?ねえねえねえ、わからないのかな?わかるよね?わかってよ!ていうかさ、君は見てて欲しいだけって言ってたよね?それなのに結局助けて貰ってるってどういうことなの?君は最低な上に嘘つきでもあるわけ?本当に酷い女だよ!」
リゼットは静かに目を閉じ、口を開く。
「…………………うん、見てて欲しかった。でも、私の友達は、見てるだけじゃ、終わらない」
そして、そっと小さく微笑んで言葉を続けた。
「……………だって、私の友達は、優しいから」
リゼットは最初から信じていた。
みんなはただ見てるだけでは終わらないと、必ず自分を助けるために動くことを。
みんなの意思で動いた。
みんなが夢を追い続けてるから。もし誰かがいなくなったら、その約束は果たされないから。
「くそ、このままじゃ地面に落ちる!」
アディシェスは地面に落下する直前で反射的に重力魔法を解除する。
その瞬間、みんなにかかっていた重さが無くなり、ようやく身体を起こせるようになった。
アディシェスだけが、空へと落ちていく。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!このまま空に落ち続けるなんて、このまま負けるなんて絶対に嫌だ!僕はみんなの正義をこんなところで無駄にする訳には行かないんだ!僕がやるしか無いんだ!僕は託されたんだ、僕は認められたんだ!こんなところで、こんなところで負けるなんて………!」
そう叫びながら空高くへと落ちるアディシェスだったが、突然何者かに掴まれ、空中で止まった。
「流石に全員相手は大変だったでしょう。けれど、よく頑張ったね。セフィラの第一席を相手にここまで戦えたこと、誇りに思うよ」
その声は、リゼット達が絶対に忘れるはずも無い声だった。
まるで空に足場でもあるかのように空中に立つ男。
その姿を前に、その場にいた全員がその男へと視線を向ける。
「久しぶりだね、元生徒のみんな。君達と出会うのはエウケー以来かな、生きていてくれて、そしてまた顔を見れて嬉しいよ」
その言葉を最後まで聞くよりも先に、全員の身体が勝手に動いていた。
リゼット達は全員魔法を展開し、リベリオは剣を持って大地を強く蹴る。
突如として目の前に現れた男。
それは、元エウケー魔法学園学園長にしてアーカーシャ教団司祭長、ワクスだった。




