〈11-7〉夢という糸
リゼットが最も得意とするもの、それは魔法の解析。
あらゆる魔法を見ただけでその性質を理解し、対応や再現することが出来る。
人間だった頃から常に魔法を学び、実践し続けてきたものだ。
そしてそれは、固有魔法や特異魔法も例外では無い。
故に、今この状況下に置かれていた彼女もまた、アディシェスの使う重力魔法を既に解析していた。
時間魔法も、空間魔法もこの状況を打破する為に使うには意味を成さない。
いや、例え成したとしても極わずかに動ける程度だろう。
だからまず、この魔法を解析した。
解析した上で出した答え。
「………………演算還元」
それは、自分に放たれた魔法を術師そのものに打ち返すもの。
リゼットを推し潰そうとしていた重力はアディシェスへとそのまま返され、状況は逆転する。
「うぐっ!」
アディシェスは自分の魔法により左右から押しつぶされそうになる。
「分からない、分からないよ。なぜ僕が攻撃したはずなのに僕が攻撃を受けているんだ……!意味がさっぱりわからない!なんでなんでなんでなんで、なんで!」
「…………演算還元。自分に向けられた魔法演算を、そのまま返しただけ」
演算還元。それは彼女の言う通り、自身に向けられた魔法をそのまま打ち返す技。
演算反転が魔法演算を逆算して打ち消すものならば、演算還元は魔法演算を逆算した上でさらに再演算を重ねて跳ね返す。
アディシェスを囲うように、彼の外側に放たれていた重力よりもリゼットに掛けた重力の方が重かった為に、彼は段々と左右から押しつぶされていく。
「うっ……このままじゃ潰される……!一旦魔法を解除しなきゃ…………」
左右からの強大な重力に耐えきれず、この状況で魔法を使うのは困難だと感じたアディシェスは魔法を解除。
当然、アディシェスに掛けられていた魔法は消滅するが、それと同時に重力魔法の効果で宙に浮いていた彼は地面に落下する。
街を覆っていた重力も消失し、地面に伏していた人々が次々と身体を起こし始めた。
「あーあーあーあー。よくもやってくれたよね、ねぇ。君、自分が今したことわかってるの?他人の魔法パクっておいて、それで自分は無表情でペラペラ喋って、どれだけ顔が良くても中身がこれじゃあ誰も君の味方なんてしてくれないよ?分かるかな?分かるよね?分かってよ?」
地に落ちたアディシェスは、再び長々とリゼットに向けて説教紛いの言葉を放つ。
しかしリゼットにその言葉を聞く意思など無く、再び人形を展開した。
「少しくらい僕の話を聞いたらどうなのかな!」
アディシェスもまた、重力魔法を発動。
しかし
「………………この魔法は、もう、解析済み」
「は?何言って……っ!?」
リゼットの言っている言葉の意味が分からず聞き返そうとするアディシェスは、突然重力によって押しつぶされていく。
「………………重力魔法。さっきので全部、解析できた。再現するのは、簡単」
「またそうやって人の魔法をパクって……!わからないのか、君がやっていることは強盗と同じなんだよ、強盗と!人の魔法を勝手に使って、そんなことして許されると思っているの?ねえねえねえねえ!こんなことしていいと本気で思ってるの?君、心とか無いのかな!?君の心はどこに行ってしまったのかな!」
「……………………」
心が無い。
たしかに、人形であるリゼットに心なんて無いかも知れない。
けれど、嬉しい時には笑っていた。
悲しい時には、悲しいと感じていた。
辛い時には、心が苦しくなるほど辛かった。
そして何より、みんながそれを教えてくれた。
「………………心は、ちゃんとある」
リゼットは視線を鋭くし、アディシェスを見つめた。
「なんなんだよその目は…!」
彼女の視線に苛立ちを隠せなくなった彼は、まるで憎しみでも向けるかのようにリゼットへと向けた表情を変える。
彼女は明らかに自分より下だ。絶対にそうだ。
自分の重力魔法で何人もの人を見下ろしてきた。
地に這いつくばり、まるで死にかけた虫のようにピクピクと動く者達を何人も見てきた。
だが、今はどうだろうか。
あの僅かな時間で重力魔法を解析したリゼットによって、しかも自分自身が最も得意とする魔法によって押しつぶされている。
自分が、見下ろされている。
ただそれが屈辱だった。
「ムカつく女だな……!でも所詮は僕の魔法の真似事に過ぎないんだろう?いいかい教えてやるよ、コピーはオリジナルには勝てない!」
アディシェスは再度重力魔法をかけた。
自信を覆うように外側に重力をかけ、リゼットがかけた重力魔法を払い除けるように立ち上がる。
二つの重力が反発し合う。
「ほら、立てるじゃないか!ほらほらほら。だから言っただろう、所詮君の魔法はただのコピー。オリジナルには勝てないって!」
そう言いながら、アディシェスは再びリゼットを見下す視線で見つめる。
だが、リゼットの表情は至って冷静だった。
自分が使った重力魔法は飽くまでも再現に過ぎない。そんなことは自分自身が一番理解していた。
どんな魔法も、ただ真似しただけではそれを極めた者に届くはずが無い。
だが、ただそれだけならの話だ。
「…………傀儡魔法」
しかし、彼女の本当の脅威は魔法の再現でも、魔法の無効化でも、カウンターでも無い。
傀儡魔法による、圧倒的な手数。そしてそれを全て同時に操れる並列思考演算能力。
リゼットは人形をアディシェスの周囲に展開した。
「……………あなたの魔法に、誰かの思いが乗ってると言うのなら、私の魔法には、皆の夢が乗ってる」
彼女は思い出す。
アストルフォを初めて発った時に語った皆の夢を。
人間だった頃の自分が描いていた夢を。
そして、人形になった日からずっと思い続けてきた夢を。
ただ普通に生きたい。
許されないはずの夢が、今はもう手を伸ばせば届きそうな場所にある。
「……………だから、見せてあげる…」
リゼットは人形に魔法を撃たせる。
その魔法はまるで虹のように美しい光線となり、上空へと放たれた。
「はぁ?なになになになになに?自分は沢山魔法を使えますってアピールかい?一斉に魔法を空に撃つだなんて、一体何を考えてるのか僕にはさっぱりわからないよ。君、心だけじゃなくて脳みそも無くなってしまったのかな?それとも僕を侮辱したいがための見せびらかしかな?それだとしたら君、相当性格悪いよ、死んだ方がいいよ」
アディシェスはリゼットの行動の意図なんて読めず、ただ自慢しているだけだと感じ取った。
まるでそれが腹立たしいとも言うように、リゼットを言葉で攻める。
しかし、リゼットが上空に魔法を放ったのには意味があった。
彼女が見せたいのは魔法の自慢なんかじゃない。
たしかに彼女一人でもアディシェスをどうにかする方法なんていくらでもある。
けれど、リゼットが見せたいものはもっと違う、もっと大切なものだった。
「割と近くにいたから助かったよ」
「なにっ!?」
突然、アディシェスの背後から声がした。
その声に振り向こうとした瞬間、剣のひと振りが彼の背中を襲う。
しかし、その剣が彼の背中に近づくにつれて重さを増していき、少しかすった程度の傷しか与えられなかった。
「剣が少し重く感じたな。リゼット、こいつの魔法は重力魔法で正解かな?」
「………………うん」
一番初めに来たのはリベリオだ。
そして
「私達がのんびりしてる間に戦闘が起こってたなんてね」
「ビックリだよね!!でも、あの魔法が目印になったからすぐ来れた!!!リゼット頭良い!!!」
「リゼットさん無事ですか!?私も加勢します!」
「相手はあの青髪キノコ頭で間違いねぇんだな。よし、ぶっ殺す」
「遅れてごめんリゼット。でも、ここからは僕も戦うよ!」
「なるほど、到着してたのはアビスじゃなくて敵だったってわけか。うん、君一人でもどうにか出来たかもしれないけど、ボク達を呼んだのは良い判断だよ。これでまず一人、顔が見れた」
リゼットが上空に向けて魔法を放った理由、それは仲間を呼ぶため。
皆なら絶対に来てくれる、そう信じていたからこその一手だった。
「………………ありがとう。来てくれるって、信じてた」
リゼットの言葉に、集まった全員が微笑み返した。
その様子が気に入らないアディシェスは、苛立ちの頂点に達したかのような表情を向ける。
「なんだなんだなんだ!みんな集って僕を見つめて、君の狙いは一人じゃ勝てないからみんなで勝とうってやつか!?一人に対して多数で攻めようってわけか!?ほんっっっとうに君最低だね、稀に見る最悪な性格の持ち主だよ君は」
アディシェスのその言葉に、リゼットはただ静かに言葉を返した。
「………………みんなを呼んだのは、ただ、見てて欲しいから」
「はぁ?何言ってるんだ君は」
リゼットの言葉に、アディシェスは眉を顰めて返す。
人形であることを受け入れてもらえた彼女に、もう隠すことなんて何も無い。
むしろ、今の自分を見ていて欲しいと思っていた。
そう、思えるようになった。
リゼットは静かに目を閉じると、優しい感覚が伝わるのを感じた。
その場にいる全員とリゼットが、見えない糸で結ばれる。
まるで今、自分の夢を彼女に託すように。
その思いを繋ぐように。
「………………私は、みんなの夢という糸で繋がれた、傀儡人形。だから、みんなの夢に答える姿を、ただ見て欲しいだけ」
リゼットはそっと目を開いた。
周りには自分を見てくれて、そして支えてくれる友達がいる。
それだけで、彼女のからっぽの身体の奥底にある魂が漲る感覚が湧き上がるのを感じていた。
「………………じゃあ、いくよ」
その言葉と同時に、リゼットは人形を一斉に動かした。




