第13話~元ロケットマン選手のお話・後編~
「このユニットを見てくれ。コイツをどう思うかね?」
「すごく、トゲトゲしています…」
あれからしばらく。俺はキューゾさん手ずから集めた秘蔵のコレクションについて手ずから説明を受けていた。
「これは、一昔前に活躍していたファイター、ドコムズが使っていた装甲なんだ。彼は生粋のパワータイプでねぇ。その怪力に加え、この棘つきの鉄拳も大きな武器だった。ロケットで勢いをつけて殴ったり、相手に組み付いた後、そのままリングに向けて叩きつけたり。真正面からぶつかって、粉砕する。ドコムズはそういう戦い方を得意としていたよ」
「装甲ごとですが…」
装甲に刻まれた細かいキズやちょっとしたへこみからも、このパーツの元の持ち主がいかに荒々しい戦法を使っていたか分かる。
相撲とりのようなたくましい体型のオートマンが、真正面から相手を叩き潰す姿を想像すると、ゾクゾクとした高揚感が身体を駆け抜けた。
「実際にこの目で見たかったな…」
「ホホホ、そう!そうだとも!テレビもいいが、ロケットマンの試合は生で見るに限るのだよ!」
想像の中の選手たちを夢想し、思わず発した呟き声に、キューゾさんはすぐに反応してくれた。
「轟くような駆動音を発しながら闘うファイターたち。ロケットで身体を浮き上がらせ、殴る、蹴る、吹き飛ばす!ボディを削り合う音が、身体の奥深くにあるネジまで痺れさせる!攻め手が一気に襲い掛かったと思いきや、守り手が逆に吹き飛ばす!大きければいいもんじゃない。基礎能力はもちろん、戦闘センス、バトルIQ、そして何より”勝つという意志”が!観客の目を捉えて離さない!」
まるで子どものようなキラキラした目で、若返ったかのようなシャウトを見せるキューゾさん。あまりにも熱い語りに、まるでエンジンにオイルを注ぎ込まれたかのように胸が熱くなってくる。
「これは、彼が引退した際に、オークションで出品された際に手に入れたものでね。いやはや、高い買い物だった!だが、このユニットに触れるといつでも思いだせる。あのころの私は…あぁ…燃えるような日々を過ごしていたなぁ…」
そう言って、キューゾさんは天井を見つめたまま動かなくなった。
彼の目には、もっと若かった時の自身が映っているのだろう。
「…あ、あの」
思い出に浸る彼に水を差すのは申し訳ないが、俺にはどうしても聞きたいことがあった。
「よろしかったら、その、キューゾさんがロケットマンの選手だった時の話も聞いたりすることが出来ますか?」
そう恐る恐る尋ねると、老オートマンは顔を下げてこちらを見下ろすと、少し笑った後、「きたまえ」と言って、倉庫の端に導いた。
「私の親も生粋のロケットマンファンだった。彼等から生まれた私も必然的にファンに…いや、大ファンになった。ファイターたちの活躍を見ているうちに、私も段々と、自分も同じ舞台で活躍したいと、観客たちを湧かせたいと、そう考えてしまったのさ」
キューゾさんはそういうと、木の板で造られた壁の一カ所を触ると、それをゆっくりと押し込んだ。
すると、ガコンと何かフックが外れるような音がして、壁の一部がせりあがっていく。
出て来たのは、色あせた白いアームユニットとレッグユニットだった。
鋭い棘もなければ、大きな武器もないが、肩から指先、太ももから爪先までキッチリ整っている。
しかし、他のユニットに比べてキズも少なく、外装もピパピカ。丁寧にメンテナンスされていることがわかる。
「これは…もしかして、キューゾさんの現役時代に使っていた?」
「そうだよ。文字通りの手足さ。なんの特徴もないものだがね」
そう言いながら、装甲の表面を撫でる。
「若い頃の私は、お金がなくてねぇ。新品の装甲なんて、とてもじゃないが買えなかった。だから、掘り出し物を見つけたり」
「お金がない?でも、ロケットマンって、装甲だけあればできるわけじゃないですよね?」
「フフフ、若い者はみんなそう思う。高い装備があればいい…というわけではないのだよ。ロケットマンは激しい競技だ。無傷で勝つなんて、よほどの力の差がない限りありえない。だから、壊れる事を前提にした準備をしておかないといけないし、簡単なパーツならともかく、専門的なパーツだと修理をする人がいた方が絶対にいい」
「修理…もしかして、メカニックが必要みたいな感じですか」
俺が地球にいた頃にも人気のあった、フォームラーカーを使う自動車競技でも、選手だけではなく、つかなくなったタイヤを交換したりするピットクルーが必要だったはずだ。
「そういう人とチームを組めればいいが、短期間でも雇うにしてもそれなりのリベットがいる。試合に出るための準備、遠征に行くための費用、それにも金・金・金なのさ。勝てれば大きな金が手に入ることもあるが、勝ち続けるのは難しいんだよ」
そう聞くと、さっきまで見ていた派手な装甲の数々が、各選手が持つ経済力の象徴でもあるのだ。
「それでも…、それでも、キューゾさんは出場し続けたんですよね?」
「ああ」
キューゾさんは、自分の古びた装甲を見つめる。
「どうしても、やってみたかったんだ」
その声は、先ほどまでの明るいものとは違っていた。
「当時の私は、この街を出たかった」
「この街を?ということはラストポート出身だったんですか?」
「そうさ。選手になりたかったのもあったが、危険な町を出て、もっと安全な大きな場所に行って。他のオートマンよりも幸せに暮らしたかった。そのために、ロケットマンで有名になって、大金を稼ぐ。やりたいことと日々の糧を同時に得られる…」
キューゾさんは、遠くを見るように目を細めた。
「今の若い者と、何も変わらない。ここではないどこかへ行きたい。自分ならもっとやれる。そんなことを本気で考えていたんだ」
「でも、実際ロケットマンでどれくらいのお金がもらえるんですか?」
「もちろん、下位の選手だと、一度に稼げるファイトマネーは数百リベット程度だった。だが、強くなればなるほど高額になっていく。地方の試合でも、上位ランカーの試合では1万リベット(100万円)単位。中央リーグの人気選手ともなれば、その比ではない。下位の選手でも何十万、トップランカーともなれば、何百万(1億円~)という金が一晩で稼げる世界さ」
「なんびゃくまんりべっと…」
これまでの人生できいた見た事のない途方もない値段で話に頭が追い付かない。
「私も、そういう世界に行けると思っていた。だが。現実は、なかなか厳しかった。日雇いの仕事で稼いで、借金もして、ようやくローカルリーグの試合に出場できた」
「そ、それで…」
“どれくらい勝ったんですか?”と聞こうとして思わず口をふさいだ。
もし、活躍した選手だったら、彼はこの街には戻ってきてはいない筈だ。
キューゾさんはそれを見て、先の言葉を察したかのように少し笑うと、ゆっくりと口を開く。
「5試合中、1勝4敗。勝てたのは最後の1試合だけさ。私には師匠と呼べるようなオートマンもいなかったから、アウターネットで独学で学んだから、学びを得てきた選手にはどうしても追いつけなくてね。仕事をしながら、というのはやはり難しくてね。1人でやるのも正直、限界だったんだ」
「…そうだったんですね」
キューゾさんと俺は、しばらく黙っていた。
「夢見た物は大きかったが、それからはこの星の中心都市、スターライトハーバーで働くようになったよ。ロケットマンとは関係のない仕事だったが、定職に着けたのは何よりうれしかった。借金を早く返したいから、休日や夜に力仕事もして…。そんな日々の中で、運命のパートナーにも出会った。その人とは、長く一緒に暮らしたよ」
キューゾさんの声が、少しだけ柔らかくなる。
「子どももできた。今は独り立ちして私の元を離れているけど、多分元気にやっていると思う。ロケットマンの夢は叶わなかったけれど、それなりに幸せな人生だったと思う」
「…」
朗らからに笑うキューゾさんを見て、俺はただ一言、
「大変な人生だったんですね」
と答えることしかできなかった。
「ホホホ。そう聞くと、確かにそうかもしれないねぇ」
キューゾさんは、手元のユニットを壁の中に戻した後、部屋いっぱいに並べられたコレクションを見渡した。
「確かに大変ではあったが、後悔はしていないんだ。ロケットマンを諦めたことも。大金を稼げなかったことも。子どもに出ていかれたことも」
そして、古びた自分の装甲へ目を向ける。
「もっと上手くやれたことは、いくらでもあっただろう。別の道を選んでいれば、違う人生になっていたかもしれない」
キューゾさんは装甲を優しく撫でた。
「それでも、あの時の私は、あれで精一杯だったんだ。だから、それも含めて私の人生さ」
その顔は、穏やかだった。
「…」
俺はまだ、生まれて一週間しか経っていない。そして、記憶チップが摩耗したり壊れたりしない限り、人間よりも長く生きることができるだろう。
しかし、その長い時間の中で、このオートマンほど満足した最後を終えることが出来るだろうか。
そう考えると、絶頂期を過ぎてなお輝いた顔をしているこの老オートマンがとても輝いて見えた。
「…そろそろ、帰らないと」
気がつけば、かなり長い時間ここにいた。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。久しぶりにこんなにロケットマンの話ができて楽しかったよ」
玄関まで見送ってくれたキューゾさんが、ふと思い出したように言う。
「そうだ。せっかくだから、プロフィールカードを交換しないかい?」
「いいですね!」
とりあえず、ビックスがしていたように顔の横に手を置くと、視界の端に”プロフィールカードを送付しますか?”という表示が現れた。それを、頭の中で承認を押した後、キューゾさんに向かって物を投げる動作をする。
データの送信と同時に、キューゾさんからもデータが送られてくる。
個体名:キューゾ
稼働時間:298年262日10時間
出身惑星:デブリ・ダスト
「も、もうすこしで300年!?」
「ホホホ。そんなに驚くことかねぇ」
「いやいやいや!200年ですよ!?」
「オートマンなら、それくらい生きる者もいるさ。まあ、軸もガタが出てきたし、老人には違いないけどねぇ」
「はぁ…」
どうやらこの身体で送る新たな人生…ならぬ、オートマン生は、ずいぶんと長い物になりそうだ。
「こんな老オートマンの昔話に付き合ってくれてどうもありがとう。おかげで今日は最高の1日になったよ」
「こちらこそ!もし、よろしければ、また来てもいいですか?今度は戦った時の話を聞きたいです」
「ああ。いつでもおいで」
「約束ですよ」
「もちろん」
俺は手を振りながら、キューゾさんの家を後にした。
フロートボードを走らせると、砂漠の熱風が身体を撫でていく。
「人もオートマンも十人十色、ということか」
野心家なビックスのように、今いる場所から這い上がろうとするオートマンもいる。
キューゾさんのように、夢を追いかけた末に、今の暮らしを受け入れているオートマンもいる。
同じラスト・ポートで暮らしていても、生き方はまるで違う。
かくいう俺もこの先、自分がどんなオートマンになっていくのかなんて、今の俺には分からない。
もしかしたら、大きな夢を持つことも、別の星へ行きたいと思う日も、あるいは、キューゾさんのように、いつか自分の人生を振り返る日が来るのかもしれない。
「その時、俺は後悔してないって言えるのかな」
そんなことを考えながら、しばらく大通りを進んでいた。
「ちょっと遠回りだな」
キューゾさんとの話に夢中になり過ぎてしまった。ダチェットさんの店はまだ営業時間中だ。マップを見てみると、このまま大通りを走るより、路地を抜けた方が早そうだ。
「こっちから行ってみよう」
フロートボードの向きを変え、細い路地へと入っていった。
大通りとは違い、人の姿はほとんどない。
建物と建物の隙間を縫うように伸びた道には、いつ捨てられたのかもわからないゴミや壊れたパーツ、見るからに汚いオイルと、明らかに異質な雰囲気を放っている。
頭上には古びた配管が何本も走り、ところどころから蒸気が噴き出している。
「ちょっと怖いな」
素人でも分かる異質な雰囲気に背筋をブルリと震わせる。
先ほどまでキューゾさんの穏やかな家にいたせいか、この場所の荒れた雰囲気が余計に目につく。
まあ、近道なんだから仕方ない。
そう思いながら角を曲がった、その時だった。
「――あ?」
「…え?」
目の前に、数体のオートマンが立っていた。
その姿を見た瞬間、俺の動きが止まる。
「お前、ダチェットんとこの新人じゃねぇか」
「な、なんで知って…あ!」
見覚えがある。
先日、ダチェットさんの修理屋にやって来た連中。
店の前で、当然のように「ショバ代」を要求していたチンピラたちだ。
あの時はダチェットさんが追い返していたが――。
「なんでこんなところに……」
「それはこっちの台詞だぜ」
そのうちの一体が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「まさか一人でこんな路地をうろついてるとはなぁ」
俺にとって、初めての本格的なトラブルが始まろうとしていた。
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