[完結(全47話)]神君の遺言 ~忠臣蔵異伝:幕閣から見た赤穂事件~
一六一四年四月 駿府城。後に神君と尊称されることになるその老人は、これを今際の際とばかりに、腹心である本多正純にとある遺言を授けた。曰く
「太閤恩顧の大名どもを潰すのじゃ。ひとつひとつ……」
頷く正純に大御所様と呼ばれるその男は、改易されるべき大名の名を次々と挙げていく。
「加藤、福島……」
その一々に得心し首肯する正純に、大御所様はしかし最後に、正純には奇妙と思われる名を告げたのである。
「それに……吉良じゃ」
「吉良……あの高家の、吉良に御座いますか?」
怪訝そうな表情をする正純を見た大御所様は、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「吉良は……儂個人の恨みよ」
その、重代の家老にのみ伝えらえるべき神君の遺言が発せられた正にその時、大御所様病床の室外に侍る者があった。将軍家名代として大御所様ご機嫌伺いに参上していた浅野釆女正長重、後に赤穂事件を引き起こすことになる浅野内匠頭長矩の曾祖父である。
爾来八十七年。
一七〇一年三月十四日。この日は将軍綱吉が勅使にお答え申し上げる、いわゆる勅答の儀が執り行われる予定であった。
「東照大権現もご照覧あれ!!」
この年の勅使御馳走役を拝命していた浅野長矩が、突如として何事か叫びながら脇差を抜き放ち、高家筆頭吉良上野介義央に上段から切りかかった。背中に一筋、額に一筋。だが、脇差を抜いた浅野の太刀筋は浅く、致命傷を与えるには至らない。事態に仰天し、逃げ惑いながら足を縺れさせる吉良。留めとばかりに三度脇差を振りかぶった浅野はしかし、終には背後から羽交い絞めにされ、その身体の自由を失った。
「浅野殿、殿中でござる」
幸いにも吉良の命に別状は無かったが、将軍綱吉は、側用人柳沢出羽守吉保の奏上した浅野の即日切腹を裁可する。何しろ勅答の儀当日に勅使御馳走役が自ら凶刃を振るい、こともあろうに殿中を高家の血で穢したのである。勅使への非礼に対するけじめの付け方として、それは当然のことではあったろう。しかし無論、この即決裁判に納得のいかない者も多い。
この凶報を受けた老中筆頭土屋相模守政直以下5人の老中達は、これを奇貨とすべく策謀を練り始める。曰く、遺された赤穂藩士達を上手く扇動して吉良義央を討たせる。そして、義央を討たれた不明を以って吉良家をお家断絶に導く。云々……
愈々、「神君の遺言」執行の刻が近付く。
「太閤恩顧の大名どもを潰すのじゃ。ひとつひとつ……」
頷く正純に大御所様と呼ばれるその男は、改易されるべき大名の名を次々と挙げていく。
「加藤、福島……」
その一々に得心し首肯する正純に、大御所様はしかし最後に、正純には奇妙と思われる名を告げたのである。
「それに……吉良じゃ」
「吉良……あの高家の、吉良に御座いますか?」
怪訝そうな表情をする正純を見た大御所様は、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「吉良は……儂個人の恨みよ」
その、重代の家老にのみ伝えらえるべき神君の遺言が発せられた正にその時、大御所様病床の室外に侍る者があった。将軍家名代として大御所様ご機嫌伺いに参上していた浅野釆女正長重、後に赤穂事件を引き起こすことになる浅野内匠頭長矩の曾祖父である。
爾来八十七年。
一七〇一年三月十四日。この日は将軍綱吉が勅使にお答え申し上げる、いわゆる勅答の儀が執り行われる予定であった。
「東照大権現もご照覧あれ!!」
この年の勅使御馳走役を拝命していた浅野長矩が、突如として何事か叫びながら脇差を抜き放ち、高家筆頭吉良上野介義央に上段から切りかかった。背中に一筋、額に一筋。だが、脇差を抜いた浅野の太刀筋は浅く、致命傷を与えるには至らない。事態に仰天し、逃げ惑いながら足を縺れさせる吉良。留めとばかりに三度脇差を振りかぶった浅野はしかし、終には背後から羽交い絞めにされ、その身体の自由を失った。
「浅野殿、殿中でござる」
幸いにも吉良の命に別状は無かったが、将軍綱吉は、側用人柳沢出羽守吉保の奏上した浅野の即日切腹を裁可する。何しろ勅答の儀当日に勅使御馳走役が自ら凶刃を振るい、こともあろうに殿中を高家の血で穢したのである。勅使への非礼に対するけじめの付け方として、それは当然のことではあったろう。しかし無論、この即決裁判に納得のいかない者も多い。
この凶報を受けた老中筆頭土屋相模守政直以下5人の老中達は、これを奇貨とすべく策謀を練り始める。曰く、遺された赤穂藩士達を上手く扇動して吉良義央を討たせる。そして、義央を討たれた不明を以って吉良家をお家断絶に導く。云々……
愈々、「神君の遺言」執行の刻が近付く。
序章 神君の遺言
一六一六年四月 駿府城
2018/08/08 00:00
第一章 勅旨御馳走役
一七〇一年二月二十日十三時 江戸城帝鑑の間
2018/08/09 00:00
一七〇一年二月二十六日二十時 江戸吉良家上屋敷
2018/08/09 23:04
一七〇一年二月二十六日二十時 江戸赤穂藩上屋敷
2018/08/10 00:00
第二章 松の廊下
一七〇一年三月十四日九時半 江戸城松の廊下
2018/08/10 01:00
一七〇一年三月十四日十時 江戸城蘇鉄の間
2018/08/10 22:00
一七〇一年三月十四日十時 江戸城将軍控の間
2018/08/10 23:00
一七〇一年三月十四日十一時 江戸城老中御用部屋
2018/08/11 00:00
第三章 切腹
一七〇一年三月十四日十三時 赤穂浅野家上屋敷
2018/08/11 01:00
一七〇一年三月十四日十六時 田村右京太夫邸
2018/08/11 22:00
一七〇一年三月十四日十八時 田村右京大夫邸
2018/08/11 23:00
一七〇一年三月十四日二十一時 老中土屋相模守役宅
2018/08/12 00:00
第四章 赤穂評定
一七〇一年三月十九日六時 赤穂藩大石邸
2018/08/12 22:00
一七〇一年三月十九日九時 赤穂城大広間
2018/08/12 23:00
一七〇一年三月二十三日十三時 江戸城老中御用部屋
2018/08/13 00:00
一七〇一年三月二十七日九時 赤穂城大広間
2018/08/13 23:00
一七〇一年三月二十九日十八時 赤穂藩大石邸
2018/08/14 00:00
第五章 開城
一七〇一年四月五日十三時 江戸市中
2018/08/14 22:00
一七〇一年四月五日十五時 江戸城老中御用部屋
2018/08/14 23:00
一七〇一年四月十一日九時 赤穂藩大石邸
2018/08/15 00:00
一七〇一年四月十一日十時 赤穂城大広間
2018/08/15 22:00
一七〇一年四月十九日九時 赤穂城
2018/08/16 00:00
一七〇一年五月十一日十時 赤穂城下
2018/08/16 01:00
一七〇一年五月二十日十六時 江戸城老中御用部屋
2018/08/16 22:00
第六章 流浪の士
一七〇一年七月十三日十八時 山科大石邸
2018/08/16 23:00
一七〇一年七月二十日十時 江戸城老中御用部屋
2018/08/17 00:00
一七〇一年八月十九日十三時 三次浅野藩下屋敷
2018/08/17 22:00
一七〇一年八月十九日十四時 江戸城帝鑑の間
2018/08/17 23:00
一七〇二年八月二十日十六時 山科大石邸
2018/08/18 00:00
一七〇一年九月二日二十時 老中土屋相模守役宅
2018/08/18 22:00
一七〇一年十一月十一日十三時 江戸大石宿所
2018/08/18 23:00
一七〇一年十一月二十六日十三時 江戸城老中御用部屋
2018/08/19 00:00
第七章 回天
一七〇二年一月二十日十六時 山科大石邸
2018/08/19 22:00
一七〇二年一月二十三日十四時 江戸堀部安兵衛宅
2018/08/19 23:00
一七〇二年二月十五日十三時 山科大石邸
2018/08/20 00:00
一七〇二年四月十五日十四時 山科大石邸
2018/08/20 22:00
一七〇二年六月十八日十九時 江戸堀部安兵衛宅
2018/08/20 23:00
一七〇二年六月十九日十時 老中御用部屋
2018/08/21 00:00
一七〇二年七月二十九日二十一時 山科大石邸
2018/08/21 22:00
第八章 討ち入り
一七〇一年十一月七日十六時 川崎平間村大石仮宅
2018/08/21 23:00
一七〇二年十一月晦日二十時 老中土屋相模守役宅
2018/08/22 00:00
一七〇二年十二月十四日二十八時 江戸本所吉良邸
2018/08/22 01:00
一七〇二年十二月十五日十三時 江戸城老中御用部屋
2018/08/22 22:00
第九章 処分
一七〇三年一月晦日二十一時 江戸細川邸
2018/08/22 23:00
一七〇三年二月朔日十三時 江戸城将軍謁見の間
2018/08/23 00:00
一七〇三年二月朔日十五時 江戸城老中御用部屋
2018/08/23 23:00
終章 浮世の月
一七〇三年二月四日十四時 江戸細川邸
2018/08/24 00:00
(改)