十 それぞれの道
それからまた、しばらくの時が経った。
道顕邸の一角。
顕子は、赤子を抱いていた。
「合歓。……父上が、太宰員外帥に任じられた」
顕子は、次子に言った。
次子は静かに頷く。
「はい」
「……」
顕子は、複雑な表情をしていた。
果たして父は、大人しく大宰府へ向かうのだろうか。
それとも――
「悲しくないと言えば、嘘になる。だが……」
顕子は、赤子を見た。
「これで、この子を守れる。もう、父上の野望に、巻き込まれることはないのね」
顕子は、微笑んだ。
「それだけで、十分。もしも、再び後宮へ上がることができないとしても――この子がいれば、私は生きていける」
次子は、顕子を見た。
「中宮様……」
「なあに、合歓」
次子は何とも言えない表情で顕子を見た。
複雑な、何と言ったらいいのか迷っている顔だ。
そう。
父、道顕の左遷。
顕子が再び宮中に上がり、中宮として在れるのかどうか。
それは帝の心ひとつだ。
顕子は微笑んだ。
「合歓」
「はい」
「もう、父上はいない」
顕子の声が、優しくなった。
「お前が守りたかった想い人とも、もう何の気兼ねもなく逢えるわね」
次子は眼を見開いて。
涙が一筋頬を伝った。
「中宮様……」
「行きなさい、合歓」
顕子は、優しく言った。
「お前は、ずっと耐えてきた。私のために、父上のために。――でも、もう縛られることはないのよ」
顕子は、次子の手を取った。
赤子が小さな手を添えた。
顕子の笑みが、深くなる。
「逢いに行きなさい。お前の想う人のところに」
次子の両目から涙がぼろぼろと零れ落ちる。
「中宮様……ありがとうございます」
「行きなさい」
顕子は、微笑んだ。
「そして、幸せになりなさい」




