九 道顕の破滅
その夜。
清涼殿。
道顕が、呼ばれた。
「道顕」
「はい、主上」
道顕は、頭を下げた。
彼はまだ、何も知らない。
帝は、裏帳簿を見せた。
「これを、見よ」
道顕は、差し出された裏帳簿を見た。
最初は何のことだかわからなかった。
しかし、文字を追う内に、段々と血の気が引いていくのがわかった。
手が、震えた。
「これは......」
「お前の、策略だな」
帝の声は冷たかった。
「呪詛を用い、多くの者を害した。維時、行斉、光保、保規……。そして先日は、ついに潔子を害そうとした」
帝の目が、鋭くなった。
「すべて、お前の仕業だ」
道顕は、何も言えなかった。
ただ、震えていた。
「弁明はないのか」
道顕は呻いた。
すべて知られた。
最も貴き存在に。
最も知られてはならぬ存在に。
いずれ、己の血を引いた子が、着くべき座にある存在に。
それもこれも――
「……すべて、源氏のせいだ」
道顕の声が、かすれていた。
既に箍は外れていた。
あとは、溢れ出るだけだった。
「源氏が、外戚になろうとしている。それを、阻止しようとしただけだ。我が一族の、そう、我が一族の繁栄のために……」
帝の拳が震えた。
「ひいては帝の……」
「黙れ」
言い募る道顕に一喝する。
「お前のしたことは、許されぬ。多くの者が苦しんだ。多くの者が死んだ。すべて、お前の野望のためだ」
帝は、立ち上がった。
「藤原道顕」
そして宣言した。
「右大臣の職を解く。そして、大宰員外帥として、大宰府に赴任せよ」
道顕は、崩れ落ちた。
「そんな……左遷とは……」
「当然だ」
帝は、冷たく言った。
「お前の罪は、重い。本来ならば、もっと厳しい処罰を下すべきだ。――しかし、中宮顕子のことを思い、この処分とする」
道顕は、何も言えなかった。
ただ、崩れ落ちていた。
抜け殻のようだった。
「去れ」
帝は、冷たく言った。
道顕は蔵人たちに引きずられるように、退出した。
すべてが、終わった。
過ぎ去ってしまえば、なんとも呆気ない。
藤原道顕の破滅だった。




