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式部省の呪詛係  作者: 浮田小葉子
第十三章 断罪
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三 真薫と顕実

 その日の午後。


 藤原顕実(ふじわらのあきみつ)が、真薫の屋敷を訪れた。


真薫(ちかゆき)

「顕実殿……」


 真薫は、立ち上がった。


「急に呼び出して、何だ」


 顕実は、不機嫌そうに言った。


「忙しいんだぞ、私は」

「……申し訳ありません」


 真薫は、頭を下げた。


「座ってください」


 顕実は差し出された(しとね)に座った。

 真薫も、向かい合って座った。


 二人の間に、沈黙が流れた。

 どう切り出すか。


 真薫は強張った表情で膝を見つめていた。

 顕実はこほん、とひとつ咳払いをした。


「で? 何の話だ。お前がわざわざ私を呼び出すだなんて、余程のことだな?」


 顕実が、先に口を開いた。

 言い出し辛い気持ちを汲んでくれたのだろう。

 

 真薫は一瞬、瞼を閉じた。

 天を仰ぐ。


 そして、手箱を取り出した。


「これを、見ていただきたい」

「これは……?」


「裏帳簿です」


 真薫は、二つの手箱を開けた。


 十三冊の裏帳簿。

 そして、古い冊子も添えられた。


「右大臣道顕様の――御父上様の、策略を記録したものです」


 顕実は目を見開く。

 一瞬、呼吸さえもが止まった気がした。


 顕実は震えながら、裏帳簿を手に取った。

 読み始めた。


 藤原維時(ふじわらのこれとき)の事件。

 藤原行斉(ふじわらのゆきなり)邸の事件。

 賀茂光保(かものみつやす)の事件。

 賀茂保規(かものやすのり)の口封じ。

 萩野への呪詛。


 一つ一つ、読んでいく。


 顕実の顔が、どんどんと青ざめていく。

 手が、震えていく。


 麗景殿女御れいけいでんのにょうご潔子(きよこ)への、呪詛について。

 実薫たちが調べられた限りの詳細が、記されていた。


「これは……」


 顕実の声が、かすれた。


「すべて、真実です」


 淡々と聞こえるように努めた。

 感情をできる限り排そうと、試みた。


 真薫は顕実を見た。


 その目に光はなかった。

 ただ、静かに。

 顕実を見ていた。


「私が関わった、道顕様の策略です」


 真薫は、続けた。


「古い方は、私の上司が書き溜めたもの。――十八年前からの記録です」


 顕実は震えた。

 真薫は、さらに言葉を継いだ。


 冷静に聞こえるように気を付けながら。

 震えないように。


 真実のみを、伝えられるように。


「道顕様は、そこに記したように――麗景殿女御様を呪詛なさいました」


 顕実の顔があからさまに引き攣る。

 実薫は言葉を続ける。


 視線を逸らさない。


「法師陰陽師を使い、本物の呪詛を行いました。定明殿が阻止しましたが、同僚の陰陽師が倒れました。幸いにして命は取り留めましたが――」


 顕実は、震えた。

 鸚鵡返しのように、呟く。


「父上が……先日の呪詛の、首謀者……」

「はい」


 真薫は、顕実を見た。


「過去の罪だけではありません。現在進行形の犯罪です。――これ以上、犠牲者を出すわけにはいきません」


 そして。

 真薫は、静かに言った。


「顕実殿に、お頼みしたい。この裏帳簿を、帝に届けてほしい」


 真薫は続けた。


「私は殿上できる身分ではありません。ですから、あなたにお頼みするほか、ありません」


 真薫の声が低くなった。

 まるで地の底から響いてくるようだった。


「私はあなたに、あなたの父親を糾弾させようとしています」


 真薫は、顕実を見た。

 強い眸だった。


「許してほしいなどとは、言いません。――許されることを、望みません」


 真薫の目が暗く光ったように、顕実には見えた。


「ただ、こうしてすべてを話した上で——顕実殿に選んでいただきたい。この記録を、どうするかを」


 顕実は、何も言えなかった。

 ただ、震えていた。


 沈黙が落ちた。

 長い、長い沈黙。


 時間にしたなら短かったのかもしれない。

 だが、真薫にも顕実にも、永遠のように長く感じられた。


 沈黙は溶けた飴のように。

 粘って、身にまとわりついていく。


 呼吸(いき)すらもできない。


 そして——。


 顕実は、顔を上げた。


「一晩、時間をくれ」


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