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式部省の呪詛係  作者: 浮田小葉子
第十二章 終わりの始まり
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十二 深夜の呪詛

 深夜。


 法師陰陽師は、麗景殿の近くに忍び込んだ。

 月も出ていない、暗い夜だった。


 庭木の陰に身を潜め、法師陰陽師は準備を始めた。


 人形(ひとがた)を取り出す。

 木で作った、人の形。


 そこに、源潔子の名を書いた札を貼る。

 そして、低く、呪文を唱え始めた。


 声はほとんど聞こえない。

 しかし、確かに呪文を唱えている。


 人形に、呪いを込めていく。


 時間が、ゆっくりと過ぎていく。

 法師陰陽師は、ただひたすらに呪文を唱え続けた。


 夜が深まっていく。



 十三 定明の察知


 陰陽寮。


 安倍定明(あべのさだあきら)が、突然目を開けた。


 眠っていたわけではない。

 ただ、静かに座っていた。


 しかし、何かを感じた。


「……これは」


 定明は、立ち上がった。


 空気が変わった。

 何かが、起きている。


「呪詛の気配……」


 定明の目が、鋭くなった。

 方角を探る。


「しかも、強力な……」


 定明は走り出した。


(内裏だ!)


 定明は、陰陽寮を飛び出した。

 全速力で麗景殿に向かう。


(間に合え!)


 必死だった。


(潔子様を、守らなければ!)



 麗景殿の近く。


 定明が駆けつけた。

 そこに、法師陰陽師がいた。


 庭木の陰で、呪詛を行っている。


「やめろ!」


 定明は、叫んだ。


 法師陰陽師は、定明を見た。

 しかし、呪文を唱え続ける。


 呪詛の文言が一巡りして、やっと。


「……安倍氏の者か」


 法師陰陽師は冷たく呟いた。


「ぬくぬくと暮らしている官人陰陽師めが」

「その呪詛を、解け!」


 定明は、札を取り出した。

 そして、呪文を唱え始めた。


 呪詛を解く呪文。

 呪詛返しだ。


 しかし、法師陰陽師も抵抗する。

 呪詛を強化する呪文を唱える。


 二人の陰陽師の、静かな戦い。

 声だけが、夜に響く。


 見えない力が、ぶつかり合う。


 定明は、必死だった。


(潔子様を……)

(守らなければ!)


 そのとき……。


 定明の同僚の陰陽師が、駆けつけた。

 三浦秦明(みうらのやすあき)だった。


「定明殿、加勢します!」


 秦明が札を掲げた。


 そして、呪詛返しを試みた。

 法師陰陽師の呪詛を跳ね返そうとした。


 しかし——。


 弾かれた呪詛は、秦明に降りかかった。


「……っ!」


 秦明が、倒れた。

 どさりと地面に崩れ落ちる。


「秦明殿!」


 定明は、秦明に駆け寄った。


「大丈夫か!」


 秦明は意識を失っていた。

 口の端から、わずかに血を流している。

 顔色は青を通り越し、白い。


 定明は、震えた。


(また……)

(また、犠牲者が……)


 法師陰陽師は、逃げようとした。

 しかし、定明が立ち上がった。


「逃がすか!」


 定明は、札を投げた。

 札が、法師陰陽師の背に張り付く。


 法師陰陽師が、呻いた。


「……っ!」


 だが、法師陰陽師は倒れなかった。


 よろけながらも闇に紛れて、消えていった。

 定明は、悔しそうに拳を握りしめた。


「くそ……」


 しかし、潔子への呪詛は阻止された。

 完成されはしなかった。


 それだけでも喜ばねば。


 定明は、秦明を抱き起こした。


「秦明殿……」


 秦明はまだ意識がない。

 しかし、呼吸はしている。

 顔色はひどいが命に別状はない。


 定明は安堵の溜息を吐いた。

 けれどぎりりと強く、歯を食いしばった。


(また、間に合わなかった)

(また、人が傷ついた)


 定明は空を見上げた。

 月のない、暗い夜だった。


 星々が、降ってきそうな様子で瞬いていた。



 衛士が、ようやく気づいて駆け寄ってきた。

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