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川中島の戦い

作者:本間敏義
最新エピソード掲載日:2026/05/26
天文二十二年――信濃。

山々を赤く染める炎が、夜空を焼いていた。

村が燃えている。

逃げ惑う民の悲鳴。
倒れた兵。
泥と血に染まった大地。

武田の赤備えが、静かに進軍していた。

「……また一つ、城が落ちたか」

馬上で呟いた男の片眼は、鋭く燃えていた。

甲斐の虎――
武田信玄。

黒糸威の鎧に、風を裂く軍配。
背後には、あの旗が揺れている。

――風林火山。

疾きこと風の如く。
徐かなること林の如く。
侵掠すること火の如く。
動かざること山の如し。

信玄は、燃え落ちる城を見つめながら言った。

「信濃を乱せば、甲斐も乱れる」

低い声だった。

だが、その言葉には揺るぎがなかった。

「この地は、いずれ天下への道となる」

家臣たちは黙って頭を下げる。

その中で、一人の軍師だけが険しい顔をしていた。

山本勘助。

隻眼の軍師は、遠く北を睨んでいた。

「……問題は越後ですな」

信玄の目が細くなる。

「長尾景虎か」

その名を口にした瞬間、空気が変わった。

越後の龍。

義を重んじる若き戦の天才。

後に、上杉謙信と呼ばれる男。

勘助は静かに言った。

「いずれ、必ず来ます」

風が吹いた。

燃え盛る炎の中で、武田軍の旗が大きくはためく。

だがその頃――

遥か北、越後。

春日山城。

一人の武将が、静かに毘沙門天像の前に座していた。

白煙が揺れる。

閉じられていた目が、ゆっくり開く。

鋭い眼光。

研ぎ澄まされた気配。

男は立ち上がると、静かに槍を掴んだ。

「信濃が泣いている」

低く、しかし澄んだ声だった。

家臣たちは息を呑む。

男の背後には、一文字の旗。

――毘。

越後の龍、長尾景虎。

後の上杉謙信である。

彼は静かに外へ歩き出した。

春の風が吹く。

だが、その風はまるで戦の匂いを運んでくるようだった。

龍が動く。

そして虎もまた、牙を研いでいた。

やがて両雄は、運命の地――川中島で激突する。

まだ誰も知らない。

この戦いが、後の世まで語り継がれる“伝説”になることを。
第一話 川中島の戦い
2026/05/19 12:59
第四話 啄木鳥
2026/05/24 20:00
第五話 妻女山
2026/05/25 20:00
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