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第五話 妻女山
越後軍は、
深い霧の中に沈んでいた。
静寂。
誰一人、
声を発さない。
槍の穂先だけが、
白霧の奥に浮かんでいる。
その最前列に、
一人の男が立っていた。
上杉謙信 。
長尾景虎。
後の軍神である。
彼はゆっくりと、
眼下の川中島を見下ろした。
遥か下方。
武田軍の灯が揺れている。
家臣の一人が口を開く。
「武田は、山を攻めるつもりかと」
景虎は答えない。
ただ静かに、
風の音を聞いていた。
やがて。
「来るな」
短く呟く。
家臣たちが顔を上げる。
景虎の目が、
霧の奥を射抜いていた。
「勘助……お前か」
白煙が揺れた。
その背後で、
「毘」の旗が静かに翻る。




