第二話 越後の龍
越後――春日山城。
山頂にそびえる城を、冷たい風が吹き抜けていた。
空は鉛色。
遠く日本海には荒波が立ち、冬の名残を感じさせる。
その天守を見上げながら、兵たちは静かに道を開けた。
一人の武将が歩いてくる。
白い陣羽織。
腰には太刀。
鋭く、それでいて迷いのない眼。
長尾景虎――後の上杉謙信。
彼は戦場において鬼神と恐れられながらも、私欲で兵を動かす男ではなかった。
景虎は無言のまま毘沙門堂へ向かう。
堂内には線香の煙が静かに漂っていた。
中央に置かれた毘沙門天像。
景虎はその前に座り、深く目を閉じる。
戦の前、必ず祈る。
それが彼の習慣だった。
「……我に力を」
小さな声だった。
だが、その祈りには凄まじい気迫が宿っていた。
しばらくして、堂の外から足音が響く。
「申し上げます!」
家臣の直江実綱が膝をついた。
「武田晴信、信濃にて勢力を拡大。周辺豪族が次々と降伏しております」
景虎は静かに目を開く。
「民は」
「……苦しんでおります」
その瞬間、景虎の空気が変わった。
静かな怒気。
冷たい炎。
「義なき戦は、国を滅ぼす」
立ち上がった景虎は、ゆっくり槍を手に取る。
長大な槍先が鈍く光った。
「兵を集めよ」
家臣たちが顔を上げる。
「信濃へ出る」
その言葉に、場の空気が震えた。
ついに越後の龍が動く。
その頃、甲斐では――
躑躅ヶ崎館。
武田信玄は、静かに碁盤を見つめていた。
白石と黒石。
まるで国取りそのものだった。
「景虎が動くか」
隣に控える山本勘助が頷く。
「間違いなく」
信玄は一つ石を置いた。
乾いた音が響く。
「面白い」
口元に笑みが浮かぶ。
恐れてはいない。
むしろ待っていた。
己と並び立つほどの強敵を。
「龍か……」
信玄は立ち上がり、窓の外を見る。
甲斐の空に、重い雲が流れていた。
「ならば見せてやろう」
その目に宿るのは猛獣の光。
「虎とは何かをな」
遠くで陣鐘が鳴る。
越後の龍。
甲斐の虎。
二人の英雄が、ついに同じ戦場へ向かおうとしていた。




