「俺を忘れろ」と婚約者に言われましたので記憶を消しました――ところで、あなたはどちら様ですか? ~記憶消去スキルで好きも嫌いも選び直します~
最新エピソード掲載日:2026/07/25
伯爵令嬢カロリーネ、二十三歳。十六の春から七年、侯爵家の嫡男の婚約者として、彼の好みに自分を磨り合わせて生きてきた。
苦手な若草色のドレスも、声を立てない笑い方も、ワルツを断る癖も、全部。
その婚約者が、夜会の満座で言った。
「俺のことなど、忘れろ」
――承知いたしました。
カロリーネは母方に一生へ一度だけ伝わる〈選び忘れ〉――忘れたい人をひとりだけ、心から解いて流す秘伝――を、その夜のうちに使った。
消えたのは彼の名と姿、彼がいた場面の「意味」だけ。
なぜ苦手な色ばかり衣装部屋に並んでいるのか。毎週の観劇で、なぜ一度も笑わなかったのか。七年の暮らしの跡には、理由だけが抜けた、きれいな空白が残った。
翌朝、泣き顔を見物に来た元婚約者へ、彼女は完璧な礼とともに首を傾げる。
「――ところで、あなたはどちら様ですか?」
以来、彼が何度「会えば思い出す」と迫っても、先入観ゼロで向き合った彼女は三分で席を立つ。
そんな中、観劇の幕間に口論ばかりしてきた無愛想な公爵だけが言うのだ。
「昔の君を教える気はない。今の君が選べ」
彼女は過去を復元しない。好きも嫌いも、自分の舌と目で選び直す。
――一年後、元婚約者が同じ夜会・同じ音楽・同じ言葉で過去を再現した夜、彼女は静かに首を傾げるのである。
「初対面の方にしては、ずいぶん馴れ馴れしいですわね」
苦手な若草色のドレスも、声を立てない笑い方も、ワルツを断る癖も、全部。
その婚約者が、夜会の満座で言った。
「俺のことなど、忘れろ」
――承知いたしました。
カロリーネは母方に一生へ一度だけ伝わる〈選び忘れ〉――忘れたい人をひとりだけ、心から解いて流す秘伝――を、その夜のうちに使った。
消えたのは彼の名と姿、彼がいた場面の「意味」だけ。
なぜ苦手な色ばかり衣装部屋に並んでいるのか。毎週の観劇で、なぜ一度も笑わなかったのか。七年の暮らしの跡には、理由だけが抜けた、きれいな空白が残った。
翌朝、泣き顔を見物に来た元婚約者へ、彼女は完璧な礼とともに首を傾げる。
「――ところで、あなたはどちら様ですか?」
以来、彼が何度「会えば思い出す」と迫っても、先入観ゼロで向き合った彼女は三分で席を立つ。
そんな中、観劇の幕間に口論ばかりしてきた無愛想な公爵だけが言うのだ。
「昔の君を教える気はない。今の君が選べ」
彼女は過去を復元しない。好きも嫌いも、自分の舌と目で選び直す。
――一年後、元婚約者が同じ夜会・同じ音楽・同じ言葉で過去を再現した夜、彼女は静かに首を傾げるのである。
「初対面の方にしては、ずいぶん馴れ馴れしいですわね」
1. ところで、あなたはどちら様ですか?
2026/07/21 00:15
2. 若草色は、どなたのお好みでしたの
2026/07/21 12:10
3. 幕間にお静かな方
2026/07/21 18:10
4. 三分でございます
2026/07/21 23:10
5. ワルツは二曲目
2026/07/22 07:30
6. 香りの空白
2026/07/22 12:20
7. 思い出はお間違いです
2026/07/22 21:45
8. 余興ではございませんの
2026/07/23 06:50
9. 縁を結んだ覚えがございません
2026/07/23 17:00
10. 娘は道具ではありません
2026/07/23 23:10
11. 初対面の殿方の持ち時間
2026/07/24 11:28
12. 七年分の日記
2026/07/24 17:30
13. 聴かず嫌い
2026/07/24 20:20
14. 凍った湖の東屋
2026/07/24 23:30
15. 昔のあなたに戻す会
2026/07/25 07:30
16. あなたは、空白の理由をご存じですのね
2026/07/25 10:30
17. 初めての喧嘩
2026/07/25 13:30
18. 桟敷の罰
2026/07/25 16:30
19. 妹の糸
2026/07/25 19:50