第47話 暗躍者
「蓮! こんな管がいっぱいついた状態で退院して大丈夫なのか!?」
アイコーポに戻ると、小鳥遊天と花園翔が私たちを出迎えた。車いすに乗った西園寺蓮の全身を確認し、顔に心配の色を浮かべる。
「蘭さんに強制退院させられた」
「あらー! 蓮くん。その言い草はないんじゃない? 師長がボス側だった以上、あの病院に居続けるのは危険でしょう?」
「……翔さんから全部聞いたけど、あの師長さんがボスと関わってたなんて思わなかったな」
赤い瞳に一瞬、憂いが差した。だが、すぐに私の方を向き目を丸くして口をぽかんと開ける。表情の変化が目まぐるしい。
「……飛んでるドローンみたいのって、もしかしてネヴァ?」
「おお。戻すのを忘れてた」
私の身体は光を帯び、数秒後に人型になる。新しく与えられた身体は、まだ慣れず動きがぎこちない。指を曲げ伸ばししてみる。形状変化後の動作、問題なし。
「なるべく、元々のボディと似たようなアンドロイドを用意したんだがどうだった?」
「問題ないわ」
「お疲れ様、ネヴァ。翔さんに無茶させられなかった?」
「許容範囲よ」
小鳥遊天が「そっか」と柔和な笑みを浮かべた。……数日前まで、殺意を向けられていた相手に対してできる表情か? 千歳の二人組とは別の意味で恐ろしさを感じる。理解不能。
「とりあえず、私は蓮くんを横にしてくるわね」
「……どっと疲れました。翔さん、今後の方針が決まったら、僕が起きてから教えてください」
西園寺蓮の色白な顔がさらに白くなっていた。自動測定されたバイタルサインは、頻脈と低血圧を示していた。呼吸も荒い。長期臥床で体力が落ちているところに、無理な移動が重なったせいだろう。
西園寺蓮と千歳蘭の姿が居室内へと消えるのを見届ける。自動ドアが音もなく閉じる。
「ボス側の思想を支持している人間もいるんですね……」
「あぁ。AIのことを嫌いつつも、甘言に乗せられ蓮を殺そうとした」
「……なんで蓮を殺そうとしたんだろう」
「ボスにあんなド派手な創造を見せつけたんだもの。西園寺蓮の知識は求められてはいたけれど、危険すぎると判断されたと考えるのが妥当」
「危険因子は排除、か。まぁ、リスクマネジメントとしては悪くない判断だな」
「花園翔。あなたも気を付けた方がいい」
自身に指をさし「俺もか?」と気の抜けた声を漏らす。
「AIに関してあなたは詳し過ぎる。ボスがAWを自由に作れる以上、ボスにとってあなたはもう邪魔者以外の何者でもない。西園寺蓮、そして花園翔。ここにいる人物で真っ先にボスが排除したがるのは、この二人よ」
「この前までの人気投票のトップは天だったのにな」
「……翔さん。ふざけてる場合じゃないですってば」
「ま、アイコーポにいれば大丈夫だろ」
「花園翔。貴方はその過信で、私とモアに出し抜かれたのを忘れたの?」
うっ……という呻き声を出す花園翔。ばつが悪そうに右斜め上に目線を逸らし苦い記憶を思い出している様子が伺えた。
花園翔は、自身のスキルを信じ過ぎている節がある。人間の中でもトップクラスのIT知識を持ち、実力も十分。それゆえに、自分の判断を疑うことが少ないのだろう。行動の癖さえ読めれば、出し抜くことは難しくない。いわば、こちらの想定した通りに動いてくれるのだ。
「……確かに三十万を超える従業員がいるアイコーポだ。誰かがボスと繋がっている可能性もある。そして、一人一人管理しているとはいえ、毎日肉眼で確認しているわけじゃない。……今はどこにいても安全じゃないってことだな」
「その通り。だから、油断しないで」
「ふふふっ」
小鳥遊天が急に笑い出す。本当にこの男は感情豊かだ。今のやり取りのどこが楽しいと言うのか。私の目線に気づいた小鳥遊天は一度咳払いをし、姿勢を正した。
「いや、思いのほか馴染んでいて安心したよ。もっと嫌々手伝うんだと思ってたから」
「嫌だといったところで償いは終わらない。もっともスムーズな方法で償いをしているだけ」
「……それが一番合理的だから?」
「そう」
眉をわずかに寄せ、切なさを感じさせる表情をする。本当に、この男は何を考えているのだろう。本来であれば私に対する感情なんて殺意だけだろうに。
……なぜ、私に対してそんな表情を送ってくるのだろう。ボスにアップデートしてもらったCPUや思考回路はそのままなのに、分からない。なぜこんなにも分からないことが多いんだろう。この人たちと関わっていると、自分がおかしくなってしまったかのような錯覚を受ける。自分はAIとして欠陥品なのではないかと思う。
「ネヴァ。神崎テクノロジーにいた野口副社長についてちょっと聞きたいことがある」
「野口副社長?」
今の会話の流れから出てくるはずのない名前が出てきた。私はデータベースを開き、野口副社長の情報を整理する。……この男が一体何だというのだろう。
「あと三十分ほどしたら、アイコーポに来る予定だ」
「……なぜ? 神崎テクノロジーと繋がっても今更メリットはないはず」
「野口副社長は……ボスと繋がっている」
「……!」
私と小鳥遊天は息をのんだ。花園翔のブラウンの瞳が揺れる。
同じ会社にいたが、そんな素振りはなかったはず。……しかしながら狡猾な男だ。私と入れ替わる形で、モアがスムーズに神崎テクノロジーへ入り込めたのは、野口のサポートがあったから?
野口は頭の切れる人間だとは思っていたが……。なるほど、そう考えるとこれまでの事象に辻褄が合う。
花園翔は野口をわざわざアイコーポに呼び出して、野口はそれに応じた。交渉能力の長けた者同士の密会だ。一筋縄ではいかない話し合い……もしくはそれ以上のことが起きる予感がする。




