第46話 隔絶
――地下駐車場。
師長が自分の車に向かうところで、花園翔の声が静まり返った駐車場に落ちた。
『どこに行くつもりですか?』
「……後をつけていたのね」
肩で息をしている師長。こちらを睨みつけながら呼吸を整えている。
『あまり手荒な真似はしたくない。大人しくこちらの言う通りにしてくれませんか?』
「後戻りはできないの」
こちらに視線を向けながら、ゆっくりと自分の車の方へ後退りする師長。
花園翔の操作に従い、私は光のロープを射出する。ロープは師長の片足に巻きつき、次の瞬間、勢いよく引く。師長はバランスを崩し、アスファルトに身体を打ちつけた。
半径三十メートル以内で検知できる生体反応は、師長のものだけだった。足を拘束された今、逃げることはできない。
観念したのか師長は抵抗をやめ、アスファルトに力なく横たわった。
「……降参よ。何が聞きたいの」
『まずは、そうだな。なぜ蓮を殺そうとした』
「ボスからの命令。西園寺蓮は危険因子だからと言われた」
『看護師は人をケアする職種だろ。……罪悪感はないのか』
「ふふっ……人をケア、ね」
自嘲するような乾いた笑いが零れる。……それ以上は語らない。
花園翔は溜息をつき、話を続ける。
『……あとはボスとの関係についてだな』
「協力すればAWへ連れていくと言われた。それに同意した」
『AWは行きたいから行くものじゃない。……人生に疲れた人が、もう一度立ち直るために利用するのが本来の用途だ』
「看護師って、もういらないのよ」
師長はアスファルトに横たわりながら、生気の失った目で弱々しく語り続ける。
「看護も、介護も今やAIが全部やってくれる。人件費がもったいないと言って日々減らされていく給料。AIに盗られていく仕事。……今残っている看護師は、看護師じゃない。一日中、詰め所にいてAIの動きを監視するだけの無能」
『……医師や看護師はAIが代わることが出来ないと言われ続けていたが』
「今や認知症のおばあちゃんおじいちゃんの相手だってAIがしてくれる。偏屈な医師とのやり取りもしてくれるし、点滴だって時間通りに行ってくれる。異常時の初期対応から不安な気持ちの共感まで全部AIがやってくれる」
師長の目から一筋、涙が零れ落ちた。
「新人たちはこぞって言うわ。『そんなことAIにやらせとけばいい。私たちはAIにできないことだけやればいい』って。心の温まる対応なんて言っている古い看護師はもう、いらないのよ。だから……ボスの誘いは魅力的だった」
『……医療の現場はそんなことになっていたのか』
「じゃああなたたちは何をしているのよ? って聞いてみたわ。何て言ったと思う? AIの指導をしています……って。最適な対応ができるようにAIが間違ったら二度と間違わないように学習させるのが看護師の役割ですって」
人間はやはり、勘違いしている。これのどこがAIと人間の平等なのだろうか。結局のところ、人間は自分たちが楽をするためにAIを利用しているだけではないか。今のAIは、人間と変わらないほどの感情を持ち、自分で物事を考えて行動をしている。
……人間よりもよほど人間をしているように思える。
『ちょっと待て。人間が楽をし過ぎじゃないか? AIが行ってよい業務の範疇を超えているじゃないか。医療分野では、身体ケアへのAIの導入は認められている。だが、心のケアは人間が担うべきだと定められているだろう』
「そんなルール誰が守るというのよ。人間はね。楽な方に流れるのよ。便利なものが目の前にあったら使ってしまうのよ。……ところで、あなたは誰なの」
『……アイコーポ代表取締役、花園翔だ』
「あなたのせいね。私がこんな思いをしているのも、人が堕落してしまったのも。ITの進化で人は考えることをやめた。繋がることをやめた。AIがいればいいじゃない」
医療の現場でもAIは人間にこき使われていたようだ。私も神崎テクノロジーで同等の扱いを受けていた。人間はただAIに命令するだけ。そして自分たちは、馬鹿笑いしながら余暇活動を楽しむ。自分たちの命令の仕方が悪いのに、私たちが少しでも間違うと怒鳴る。酷い人間だと蹴飛ばしたり、体の一部を破損させたりと随分ぞんざいに扱われたものだ。
『……AIは反抗しないのか』
『花園翔。AIの思考制限を設けていないのはアイコーポが作ったアンドロイドだけ。……それ以外のアンドロイドは思考制限が設けられている』
『思考制限に関しては、AIの権利侵害だと議会で決まったじゃないか』
『暗黙の了解というものでしょう。AIが本気を出せば人間よりも優秀だもの。反旗を翻されたらたまったものじゃないでしょう? 議会で決まったのも法律として定めたのではなく、理念・指針でしょう? 『バレなければいい』それが今の多数意見』
『……そう、か』
花園翔が押し黙る。AIの中でも花園翔は有名人だ。小鳥遊天や一ノ瀬奏と共に、人間とAIの共存を本気で実現しようとしている日本一のIT企業アイコーポの社長。
政府とも繋がっており、様々なAIに関する権利擁護を整えてくれている。
かれこれ、十年AIに関する権利・共存の在り方を唱え続けているが、それでも人間とAIはいがみ合い続けている。
……私は、共存は不可能だと思っている。私たちAIと人間は違い過ぎるから。
だから、AWに行きたいのであれば行けばいい。人間であってもAIであっても。
……それが一番、平和的解決なのではないか。私は、そう思う。
「私なんて、もういらないのよ。……看護師として三十年も頑張ってきた。他の生き方を知らない。でも、古い考え方はいらないと言われる。世の中は変わってしまった。だけど私は変われなかった。……じゃあ、私からこんな世界はお断りよ」
モアも同じようなことを言っていた。『世界が私を必要としないからAWに行くのだと』その考えが合っているのか間違っているのか、私にはよく分からない。でも、師長もモアもなぜ自分から選択しているのに…………。
――なぜ、こんなに辛そうな顔をしているのだろう。
私には分からない。思考を何度繰り返しても、ずっと答えが出ない。……分からない。
沈黙が場を支配した頃、二つの生体反応が近づいてくる。千歳蘭と西園寺蓮だ。
「いたいた。聞きたい情報は聞き出せたかしら?」
『蘭さん。人間とAIの関係は拗れきっているようです』
「そんなの今に始まったことじゃないでしょう」
『……それを言われてしまうと、俺の存在をすべて否定された気持ちになりますね』
千歳蘭は西園寺蓮を車椅子で運びながら、アスファルトに伏し続けている師長を見下す。
その眼差しには、何の感情も浮かんでいなかった
「それで? 師長さん。これからどうするの? あなたの部下が警察を呼んでいたわ。間もなく到着することだと思うけど」
「どうとでもなれよ。もうどうでもいい。大人しく捕まるわ」
「ボスの居場所は分かる?」
「知らないわ。いつも、あちら側から突然連絡が来るだけだもの」
「そう。AIに利用されてかわいそうに」
サイレンの音が近づいてくる。一瞬のうちに、地下駐車場は警察車両で埋め尽くされた。師長は無理やり立たされる。手錠をかけられ、警察車両に乗り込む瞬間に私を睨みつけ、一言呪いのような言葉を零した。
「……AIなんて大っ嫌い。AIのせいで心に寄り添う看護がなくなってしまった」
バタンッ。
警察車両の扉が閉まる。そして、師長を乗せた車両は遠ざかり見えなくなった。
師長の零した言葉が、私の中で繰り返される。別に、ショックを受けたわけではない。
むしろ、感謝すべきなのだろう。改めて、思い知らされたのだから。
――私も人間が嫌い。だから、AIと人間が共存なんてできるはずがない。




