最終話 跡見 黎
夜。
自分の部屋。
ベッドの中で。
私の頭は、今日の放課後の出来事でいっぱいだった。
何であんなことしたんだろう……。
恥ずかしくなる。
でも。
あのとき、目の前に迫った黎の驚いた顔。
……そして、そのあとの少し赤くなった顔。
思い出すたびに、胸が熱くなる。
「……かわいかった」
思わずつぶやく。
いや、何それ。
いや、普通か。
もう何が“普通”なのか、分からない。
『じゃあどこまでなら女子同士でも“普通”なの?』
自分の言葉を思い出す。
分からない。
何度も寝返りを繰り返す。
今日は眠れそうになかった。
⸻
翌朝。
なんとなく黎と顔を合わせるのが気まずい。
教室に入ると、黎はすでにそこにいた。
今日は、少しおとなしめの女子たちと静かに話している。
いつも通りだった。
自分の席への動線にいたため、どうしても横を通る。
すれ違う瞬間。
「あ、岸村さんおはよー」
黎が話をしていたグループの一人が私に気づく。
黎がこちらを振り向く。
思わず視線を逸らす。
「おはよう」
そう言って私はそそくさと自分の席に向かった。
⸻
4限終わり。
昼休みに入ると、私はすぐに教室を出た。
今日はパンを買った後、中庭にでも行ってひっそり過ごそう。
そう思っていた。
黎はおそらく教室か、一人で旧校舎の屋上にいるだろう。
私は購買でメロンパンを買うと、そのまま中庭に向かおうとした。
ドアを開こうとした瞬間。
「玲!」
思わず振り向く。
黎の声で呼ばれた時だけどうしてすぐ分かってしまうんだろう。
無意識に反応してしまう。
私が振り向くと、黎が少し息を切らしながら私の服の袖を掴んだ。
「ご飯、食べよ」
今日初めて目を合わせる。
昨日の黎を思い出す。
耐えられなくなって視線を逸らす。
「……いいけど」
でも断らない。
断れない。
私は、“跡見 黎”に弱いのだ。
「じゃ、行こ」
黎は嬉しそうに笑ってそう言うと、そのまま袖を引っ張っていつもの場所に歩き出す。
⸻
旧校舎の屋上。
そこはもはや私と黎の“いつもの場所”になっていた。
「玲、歩くの速すぎ。声かけようとしたらすごい速さで教室出ていくんだもん」
黎は笑いながら、お弁当の卵焼きを持ち上げる。
「……購買、すぐ混むから」
「それはたしかにそう」
私はなんとなく黎の方を見れないでいた。
どうしても昨日のことがよぎる。
……黎はなんとも思っていないのだろうか。
そのとき。
「玲、今日なんか変」
黎がいつもの顔で覗き込んでくる。
心臓が音を立てる。
目があった。
「……私なんかした?」
黎が神妙な面持ちで聞いてくる。
「え?」
「だって玲、私のこと避けてない?」
黎は少し目を伏せてから、少し心配そうな顔で見つめてくる。
あ。
勘違いさせてる。
私はそのことにやっと気づいた。
「別に。ちょっとタイミング合わなかっただけでしょ」
「でも、目合わせてくれなかったじゃん」
「それは……」
勝手に私が昨日のこと引きずってただけだ。
「……私が黎をちょっと意識しちゃってたのかも」
黎はキョトンとしている。
「……意識?」
「……昨日、近すぎたかも、って」
言葉が止まらない。
「嫌じゃなかった……?」
私はゆっくりと黎の目を見る。
黎は目を瞬かせると、少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「……嫌じゃ、なかったよ」
「……そう」
「それ、気にしてたの?」
「……うん」
「なんだ、そっか」
黎はそう言って笑顔に戻る。
いつもの調子に戻って、引き続きお弁当に箸をのばした。
「……やっぱ、玲かわいいね」
黎はニヤニヤしながらこちらを見る。
その顔を見て私は思わず、小さくつぶやく。
「……黎の方がかわいいよ」
「え?」
「……なんでもない」
私はまた黎から目を逸らした。
メロンパンがいつもより甘く感じた。
⸻
放課後。
帰りのHRが終わると、黎はまた私のところにやってきた。
「玲、一緒に帰ろ」
珍しい。
黎は最近明らかに私と一緒にいてくれることが多い。
嬉しいけれど。
なんとなくそのまま聞いてしまう。
「……なんで、私?」
黎は一瞬キョトンとした顔をして、即答した。
「え、落ち着くから」
あまりにも自然に返ってくる。
「だめだった?」
黎は首を傾げる。
その時。
「黎ー」
クラスの男子が黎に声をかける。
「今日一緒に帰らん?」
「あ、」
私は黎が答える前に口を開く。
「黎、帰ろ」
私は思わず黎のカーディガンの袖を掴むと、そのまま黎を連れて教室をあとにした。
⸻
帰り道。
私の手は、すでに黎の袖から離れていた。
沈黙が続く。
恐る恐る黎の方を見る。
するとこっちを見て笑っていた。
「やっと見た」
「……っ、ずっと見てたの?」
「うん」
黎は楽しそうに笑いながらこちらに近づく。
「玲、さっきなんか怒ってた?」
「……別に。怒ってはない」
「じゃあ、何?」
「……なんでもない」
「ふーん?」
完全に言い方を間違えた。
黎はイタズラな笑みを浮かべながら私の腕に絡んでくる。
一瞬私の肩がビクッとなる。
「どうしたの?」
耳元で黎の声がする。
顔に熱が集まる。
黎はそのまま私の顔を覗き込んだ。
「ふふ。真っ赤だよ」
黎が楽しそうに笑う。
「……ほんと、趣味悪い」
私は顔を必死に背けながらそう言う。
「ふふ。ごめんごめん」
私は赤い顔のまま黎を睨む。
「だって面白いんだもん」
黎は楽しそうに笑いながら、元の距離に戻っていく。
またしばらく沈黙が続く。
私の顔の熱が冷めた頃、黎がまた口を開いた。
「玲ってさ」
「ん?」
「……私のこと、好きなの?」
その瞬間、心臓が跳ねる。
きっと、“友達として”だろう。
なのに。
このまま“好き”と言ったら誤魔化せない気がした。
すぐに答えが出てこない。
「……どういう意味?」
思わずそう尋ねる。
「え?そのまんまだよ?」
黎はイタズラっぽく笑って言う。
そのまま私が答えるのをじっと待っている。
私はどう答えればいいものか、考えすぎて頭がパンクしそうだった。
「……ふっ」
その様子を見ていた黎は急に吹き出した。
「悩みすぎ」
そう言ってさらに笑う。
「玲、かわいいね」
「……っ」
心臓が跳ねる。
顔に熱が集まってくるのがわかる。
「顔、赤いよ?」
「うるさい」
「ふふ……かわいい」
そう言うと黎は私の手に自分の手を絡ませる。
私はそっぽを向きながらも黎の手をそっと握り返した。




