6話 父の遺品と属性魔力
魔術、魔法ときて、この世界でも重要な戦闘リソースについて語られるお話です。
その夜。
帰宅したアルクスは、ぽつねんと母の帰りを待っていた。
その紅い瞳が何気なく、暖炉の上――武骨な光へ注がれる。
ヒビを丁寧に継がれた盾、そして半ばからぽっきりと折れた長剣。
父、ユリウスの遺品だ。
剣はともかく、盾の方はもう武具として機能しないだろうことは、子供のアルクスにだって分かる。
それでも埃ひとつ被っていないのは月に1度、母トリシャが大事そうに磨いているからだ。
その光景なら何度となく見てきた。逆に言うと、それしか知らない。
つい先刻、凛華の父――八重蔵から聞いたのだって『人間に殺された』ということだけ。
詳しい経緯は何も。
だからこそ、尚更気になってしまう。
(かあさんに訊いて、みる……?)
とも考えたが、仕事から帰ってくる母に、そんなこと訊ねられるはずもない。
もやもやを抱えた末――
「ふぅ、ただいまアル〜。ちゃんとごはん食べさせてもらった? もう今日はお母さん疲れちゃった〜」
と、帰ってきた母を労るだけで、亡き父については訊けず終いであった。
* * *
翌朝。
僅かに涼しさの増した風がひゅるりと吹く草原――西門の先に広がる訓練場。
艶やかな濃紫髪を風に遊ばせたヴィオレッタは、咳払いをひとつ。
「ではアルよ、今日は実践講義じゃ。まず魔力についてのおさらいじゃ。魔力とは、術や魔法の行使に必要な力の通貨である――と、いうのは昨日教えたであろう?」
と、写し帳を手に自身を見上げる幼い弟子へ、流暢に述べた。
液筆を握ったまま、師の教えを半ば聞き流しかけていたアルクスはハッとするなり、
「っあ、はい」
こくりっと頷いてみせた。
「うむうむ。じゃが、それは謂わば片面での。実はそれだけではないのじゃ。もうひとつ重要な片面がある。それが属性魔力――魔力そのものを物理現象に変えられる、という点じゃ。
今日はその”属性変化”、及び”特質変化”について学ぼう。とは言うても、汝は既にそれがどんなものか知っておるな? ――と、アル? どうした?」
どうにも元気がない。そのように見えたヴィオレッタが呼び掛けると、
「え……? あ、んと、ちょっと書きにくくて」
アルクスは慌てて銀髪をぶんぶんっと振る。
(集中しなきゃ……)
液筆を走らせながら、無意識に昨日のことを考えていた。
「ならば良いのじゃが」と、ヴィオレッタは紫紺瞳を一瞬細め、
「具合が悪かったら直ぐに言うのじゃよ? さて続きじゃ。まずは魔力の”属性変化”について」
長い右足でとんとんっと大地を叩いてみせる。
途端、そこから15mほど離れた草むらから、にょきっと人型の土くれが生えた。
「へっ?」
アルクスは紅眼を瞠った。
(これ、は……魔術? それとも、その属性魔力ってやつ……?)
ほんの少し師の魔力が動いたような気はしたが、分からない。
「”属性変化”とは読んで字の如く、放出した魔力を特定の属性へと変換することじゃ。また、属性には炎・水・風・地の基本四属性があり、他に氷・雷・光・闇の上位四属性がある。厳密に言えばあと一つあるのじゃが、ないと考えてそう問題もなかろう。
また氷属性は水の派生、雷は風の派生、光と闇はそれぞれ独立した属性となっておる。これらは基本四属性に較べて扱いが少々難しいゆえ、上位属性扱いされておる。ここまでは良いか?」
「えーと、基本四属性と上位四属性っと」
液筆を忙しく走らせたアルクスが首肯するや、
「但し、我ら魔族には種族ごとに『扱えぬ』とされる属性がある。儂であれば、炎と光属性じゃな。と言うても、実際はそうでなくてのう。その属性への適性が著しく低い、というだけじゃ。勘違いせぬように」
ヴィオレッタはそう付け加えた。
「いちじるしく低い?」
「うむ。属性変化には魔力の変換効率というものがあっての。これは魔力の保有可能総量に係るもので――……む、小難しいかの? 良かろう、百聞は一見に如かずじゃ。
アル、指先に炎を灯すつもりで魔力を流してみよ。トリシャは龍人の中でも炎龍人という種じゃから、汝の適性が最も高いのも恐らく炎のはずじゃ。さ、体内の魔力は感知できるじゃろう? それを一点から放出するような感覚でやってみい」
「はいっ、やってみます!」
途端、アルクスはわくわくと顔を輝かせて「すーっ、はーっ」と、ひとつ深呼吸。
体内の魔力を右手に集中し、炎を想像した。
ぱっと思いついたのは、前世にあったライターだ。
真剣に人差し指を睨み、ぐぐ~っと魔力を流していくと――
ボッ! と、炎が灯った。
ライターというより、ターボライターやバーナーに近い。
「おぉ……!」
きらっきらな紅い瞳に、燃える指先が映り込む。
が、長くは続かなかった。
「ぃあっつぅっ!!?」
指を火傷しかけたからだ。
慌ててぶんぶんと右手を振り、薄く煙の上がる爪に「ふーっ、ふーっ!」と息を吹きかける。
「集中しすぎじゃアル、指先の保護を忘れておる」
そこに師の教えが降ってきた。
「ほ、ほご?」
涙目で見上げれば、
「うむ、魔力を炎に転じておるのじゃから、変換せぬ魔力を膜にして覆っておかねば火傷するのは当たり前じゃろう。ほれ指を貸してみぃ」
と、ほっそりした手に優しく腕を取られる。
「ししょう、そういうのさきに聞きたかったです」
「こういうのは一度痛い目を見ねば覚えぬのじゃよ。……ん、大事ないようじゃの。さて、続きじゃ。次は――そうじゃの、今の炎を出した感覚で水を出してみよ」
「みず……はいっ! 水なら」
(ケガもしないはず!)
と、思ったアルクスは、先刻と同じように水を放出しようとした――のだが、一向に出てくる気配がない。
「……あれ?」
思わず首を傾げる。
(なんかダメだったのかな?)
と、想像していた家の蛇口から、前世のホースに切り替えてもう1度。
指先を睨みつけて力んでみるも――……やっぱり一滴も出ない。
(魔力が足りてなかった?)
と、今度は魔力を流す量を少し上げ、大きく上げ、更に上げて――
「ふっうぅ、ぐぬぬっ、ふんぬぅぅぉ~~……っ!」
ぽたっ。
ようやく一滴だけ指先から水が落ちた。
流し込んだ魔力は体感で6割ほど。
「はあっ、はぁっ、はぁ、ふぅー……」
直ぐにとてつもない疲労感が襲ってくる。
「はー……はー……」
息も絶え絶えな弟子を前に、ヴィオレッタは興味深そうに顎をひと擦り。
「今ので分かったじゃろう? 我ら魔族は、種族ごとに属性の変換効率が大きく異なるのじゃ。トリシャでも鉱人用の大きな酒樽一つ分も出せば魔力がスッカラカンになるじゃろう。ま、炎龍人全体がそんなもんじゃ。あやつら、水と氷への適性が壊滅的に低いからのう。
じゃが、どうやら汝は半分人間の血を持っておるからじゃろう――使い果たすまで、とはいかんかったようじゃの」
「とうさんの……」
アルクスは、またもや昨夜のことに思考が流れかけたものの、今度はどうにか持ち直して呟きに留める。
「うむ。汝の父、ユリウスは人間じゃったからのう。人間は認識的な得手不得手こそあれど、変換効率は八属性すべてに対して一定なのじゃ」
「……一定? じゃ、にんげんは扱えない属性ってないんですか?」
「左様。認識的な得手不得手はあるがの」
「その”にんしき的な得手不得手”? ってなんですか?」
「では訊こう。アルや、今しがた炎や水へ”属性変化”を行うとき、どのように行った?」
「え? んと、前世のライター……あ、火をつける道具です。それを想像して火を出しました。水はホース……えと、じゃぐちにくっつけるやつです。それから水をこう、ふんしゃするみたいに――」
「そう、そのように想像したであろう?」
「はい」
そこまで言われても、頷きこそすれ、アルクスには未だピンと来ない。
「初めて”属性変化”の訓練をする際、基本四属性はすんなりいくことが多い。言うても身近にあるものじゃからな、簡単じゃ。しかし、残りの上位四属性はそうもいかぬ。
水の粒が氷になっていく様をはっきりと想像できる者はそう多くないし、雷なんて以ての外じゃ。光と闇に関しても、そも、それが何だと定義できる者の方が少ない。
要するに初めては皆、苦戦するのじゃ。それが『難しい』という印象となって記憶に残り続け、結果として認識による得手不得手が出てくるというわけじゃな」
「あ……たしかに『光とか闇を出してみろ』って言われても、どうしたらいいかわかんないかも?」
そこで、ようやくアルクスにも理解できた。
「じゃろ? ま、安心すると良い。汝には儂がおるからの」
と、ヴィオレッタは俄に納得顔へ転じた弟子の銀髪を軽く梳くなり、
「ちと実演でもしてみせよう」
先刻生やしたばかりの土塊人形に右手を向けた。それと同時、彼女の魔力が微かに沸き立つ。
それだけで、ひゅうぅ~……と風が流れを変えた。
「っ!」
アルクスの興味が一気に持っていかれ、紅瞳が即席の的へ注がれる。
「では今からあれに属性魔力を放つ。よーく観察しておくのじゃよ?」
何の気負いもない宣言。
弟子が固唾を呑んでじいっと見つめるなか――
「まずは水」
シュ……バァァァァッ!
噴射音と共に、ヴィオレッタの五指から1本の高圧水流が伸びたかと思いきや、的が袈裟に斬り下ろされた。
「これが風じゃ」
次いで水流が止まるなり、優雅な手先が指揮棒を操るようにひょいっと横一閃。
ひゅっ!
アルクスの耳に高音の射出音が届いた直後。
土塊人形は不可視の刃に膝をずっぱし斬られて平衡を失い、ぐしゃぐしゃと崩れ落ちた。
「次は土じゃ」
ヴィオレッタは再び足を、たたんっと鳴らして的を復活させ、今度は指鉄砲のような構えを的に向ける。
ボヒュッ!
転瞬、圧縮されて尖った土の――否、岩石弾が的へ吸い込まれるように撃ち出された。
「ぉわ」
アルクスの瞬きと変わらぬほどの早業だ。
パァン! と破裂音をさせ、土塊人形の頭が弾け飛ぶ。
「ここから上位三属性じゃ。まず氷」
ヴィオレッタは手の甲を的へ向けたかと思いきや、扇ぐように右手を振るう。
ひょう……っ!
空気を裂くような音が鳴り――次の瞬間。
胴体のみを残していた土塊人形の心臓に、細い氷杭が深々と突き刺さっていた。
貫通力が高いのか、背中から氷の棘を生やしている。
「続いて闇じゃ」
と、ひと言。ほっそりとした指がしゃなりと握り込まれる。
すると何かが草むらを伸びた。
影のような、形容するにも難儀する、黒く平べったい染み。
それは、衝撃を伝播させることなく的の足元から染み込んでいき、じわりじわり……と広がって、最終的にボトボトと土の塊へと還した。
(あれが、闇属性魔力……)
アルクスの眼から見ても、異質だった。他の属性と較べても異様だ。
師の言う通り、一見しただけでは定義出来ない――どころか、何が起こったのかも分からない。
「これで最後、雷じゃ」
的を生成し直したヴィオレッタは、右手に幾筋もの蒼白い雷棘をチチチチ……ッと発生させ、手刀を切った。
ビイイイイ――ッ!!
転瞬、空気を劈く大音量が響く。
草むらの上を目標まで直奔った雷鎚は、衝撃で的を爆砕せしめ、飛散した細かな土屑を熱量で硝子状に変化させた。
「っ……」
アルクスは師が齎した凄絶な光景に紅瞳を真ん丸に、口をぽっかーんと開ける。
「どうじゃったかの? ちゃんと見ておったか?」
と、振り返ったヴィオレッタであったが、その問い掛けは愚問であり、
(くふ、上々のようじゃの)
また、演舞の効果も上々だと直ぐに悟った。
それを証明するかのように、放心状態からハッと我に返ったアルクスが頬を紅潮させ、高揚を隠すことなく、
「ししょう、すごかった! ぼくも! ぼくもやってみたい!」
紅瞳をキラキラと煌めかせ、熱心にせがむ。
「くふふっ、そうかそうか。まぁ待つのじゃ。もう一つの”特質変化”を教えとらんじゃろう?」
が、師は嬉しそうに笑みつつ、腕を引く弟子に待ったを掛けた。
「ええ~っ! まだなにかあるんですか?」と、盛大に不平を零すアルクスであったが、
「ぼくもはやく……う、ん? ”とくしつ変化”? ってなんだっけ?」
と、その途中で首を傾げる。
「うむ。”属性変化”は基本四、上位四の八属性。じゃが、この世にはもう一つ属性がある。先刻厳密には、と言うたの――それのことじゃ。属性に含めるか含めぬかで今も研究者の意見が割れておっての。儂は含める派じゃから、ひとつの属性として扱っておる」
「ふんふん。それで、その属性ってなんですか?」
勿体ぶるなとばかりな顔の弟子に、微苦笑混じりなヴィオレッタは続けた。
「ずばり無属性じゃ」
「無、属性? 前世の創作にもあったような、なかったような?」
「ほう? アルの前世には魔術なぞなかったという話じゃったが、よっぽど想像力の豊かな者らが居るようじゃのう。ま、良い。無属性についてじゃが、先刻まだ教えとらんと言うた”特質変化”。その習得には、その無属性が必須なのじゃよ」
「どうしてですか? 属性魔力はその”とくしつ変化”ができない、とか?」
「んにゃ、そうではない。属性魔力でも”特質変化”は可能じゃが、そちらは応用に当たるのじゃ」
要するに、無属性魔力は”特質変化”を修める上で必要な基礎知識に当たるということ。
そこまでどうにか噛み砕いて理解したアルクスが更に質問を重ねようとすると、
「アル、儂がやっておったように的へ向けて無属性魔力を放ってみよ」
師は押し留めながら踵で、ぽすっと大地を叩く。
すると、今度は10mほど前方に、子供の背丈ほどの高さに土の丸い的がにょきっと生えた。
「はいっ!」と、表情を輝かせたアルクスは「えーと、こんな感じで」と、ぶつぶつ呟き、
「やあっ! あ……あれ?」
魔力を真っ直ぐに放出――したのだが、的を壊すようなことはなく、当たった音さえしなかった。
師はその結果にうんうんと頷くなり、
「では先ほどの火を当ててみよ。手に魔力を張るのを忘れるでないぞ」
と、指示した。
「はいっ」
と、威勢良く返事をしたアルクスだったが、おっかなびっくり魔力を分厚く手で覆い、小さな炎を出現させるなり、
「てやっ!」
えいっと短い腕で投げつけた。しかし――
「あれっ? 消えちゃった」
的まで半分と飛ばぬうち、か細い炎は風の中に消えた。
「もう一度じゃ」と、師の声。
「はい。うーん? なんで消えたんだろ。もちょっと大きくしてみよかな」
アルクスは首を傾げつつ、慣れぬ様子で「ぉわわっ」と炎をふた廻り近く膨らませて、
「やっ!」
と、投げた。
しかし距離こそ少し伸びたものの、炎はまたも半ばで、ふ……っと消えてしまう。
が、それをしっかり見ていたアルクスは、ぽんっと手を打ち合わせた。
「そっか、風に消されちゃったのか!」
と、ひとり納得するなり、
「んじゃもちょっと大きく……このくら、ぃ熱ぅっ! うぉぉ……わすれてた。えーと、こんくらい? や、もうちょっとかな。んで、こうやって……できっ、たぁ!」
師の見守るなか、わたわたと完成させた炎の短杭を握り締め、
「よぉし、今度こそ! いっくぞーっ、おりゃあっ!」
的へ向かって投げつけた。
ぼひゅっうぅぅ~……!
と、炎杭が飛翔。過たず目標を捉え、的を嘗めるように炎が軽く吹き上がった。
「いやったあっ!」
嬉しさを爆発させ、アルクスがぴょんぴょんと飛び上がる。
「上出来じゃ」
弟子の銀髪をぽんぽんと撫でつつ、ヴィオレッタは内心で驚いていた。
彼が種明かしをする前に、属性魔力の”特質変化”を行ったからだ。
(トリシャ譲りの感性と前世の記憶が作用し合うとる……のか?)
紫紺の瞳を細めて心中で推論し、
「見事じゃ。炎の玉が飛んでいくじゃろうくらいに思うておったが、よもや炎の槍――いや杭に自力で”特質変化”させるとは思わなんだ」
と、おそらく自覚のない弟子へ摂理を述べた。
「ありがとーございますっ! って、”とくしつ変化”? 今のが? じゃ”とくしつ変化”ってかたちを変えることなんですか?」
にかっと笑ったアルクスが直ぐにきょとんとする。
「その通り、概ね正解じゃ。炎の前に無属性魔力を放射させたのはな……無属性魔力をそのまま放つだけでは決して物理的効果を発揮せぬ、という結果を体感させたかったからなのじゃよ」
無駄になってしもうたがの。と、続ける師に、
「たしかにちっとも意味なかった。ぼくがしろうとだからと思ってたけど……あっ! そのための”とくしつ変化”?」
アルクスはハッとした。
今投げたのは風に消されぬよう、杭という固形に変化させた炎。
物理的強度を持たせた属性魔力だ。
つまり――
「その読みで合うとるぞ。理解が早いのう、アルは」
と、ヴィオレッタはくしくしと弟子の銀髪を撫でてやり、こう続けた。
「”特質変化”とは、魔力そのものの形状や濃度、粘性を変化させることじゃ。圧縮させることもあるのう。そして今汝は無意識に、属性魔力未満のもどきの強度を変化させ、最後に炎を固着させたのじゃ」
「なんか……ふくざつですね」
弟子の銀眉がくにゅりと歪む。
「言語にすればの。感覚で覚えておかねば使い物にならぬが、理論は必須じゃ。道理なくして進歩なしと言うからの」
師に頭を撫でられていたアルクスは「ふぅん」と液筆を動かしつつ、
「ししょう、ねん性ってどういうんですか?」
然れど、直ぐに首を傾げた。
ふんわりとなら分かる……と、顔に書いてある。
ヴィオレッタは「ふむ」と、ほっそりした顎をひと擦り。
「ならば、今度は魔力だけで実演してみようかの」
瞬く間に土塊人形を再生成し、右腕を軽く上げた。
「おお! 見たいです!」
途端、パッと表情を輝かせた弟子に綺麗な微笑を見せ、
「通常、何も弄っておらん魔力は実物と少し特性こそ違えど、気体に似た性質を有しておっての。このように濃度や形状を変えることで――」
ひゅんっ、と右掌から放出。
「ぉわ」
どっ……!
鈍い音がしたかと思えば、的の中心から紫紺色に透き通る魔力短剣が生えていた。
「物理的強度を与えることもできるのじゃ。汝の訊いた粘性というのは、このように柔らかく――」
今度は紫紺色の鞭が振りかぶられる。
ぴしぃっ!
次いで、大気を張る音が響き、しなった鞭先が魔力短剣の柄に絡みついた。
「糸のように細かく」
ヴィオレッタが言うと同時、巻きついた魔力の鞭と短剣の境が馴染み、ひとつへ収斂。
ぎゅ、ばばば……っ!
直後、的と掌を繋ぐ魔力の縄は、どんどんと細く枝分かれしていき、紫紺に透き通る無数の糸と化した。
「あとは……」
と、ヴィオレッタは言いながら、指先から伸びる糸を片手間で繰り、ひゅひゅん……っと腕を振るう。
それに合わせて、土塊人形が蜘蛛の巣を引っ被ったように、紫紺に煌めく。
「こうしておこうかの」
キリリッとヴィオレッタの指先で細い高音が引き絞られた。
ズ……パッ!
次の瞬間、土塊人形は耐え切れなくなったかの如く刹那に引き裂かれ、バラバラと綺麗な断面を晒しながら落ちていく。
「――と、まあ今のが粘性を絡めた”特質変化”じゃ。ついでにちょっぴり遠隔操作も含んでおる」
どうじゃ? と、ヴィオレッタが見下ろすと、
「か、カッコいい……!」
弟子の紅い瞳はキラッキラに輝いており、ふくふくとした頬も高揚で赤く染まっていた。
鼻息も荒い。男の子心を大いに激熱させられたらしく、大興奮だ。
「ぼくにもできるかなぁ! ししょう、もっかいもっかい! あと雷のやつも!」
師の裾を握って、ぴょんぴょん跳ねてせがむ。
(粘性の話は理解できたのかの……?)
と、数瞬訝しむヴィオレッタであったが――この弟子にして、この師ありだ。
「これこれ、焦ってはいかんぞ?」と、しっかり笑み崩れた挙げ句、
「ちゃんと鍛錬し続ければ、いずれ必ずできるようになるはずじゃ。男の子はこういうの好きじゃからのう。そんなに格好良かったか? まったく愛いやつじゃのぅ」
いそいそと的を作り直す始末。
しかし、彼女が新たな演舞を始めるより、やってきた闖入者が冷や水を浴びせる方が幾らか早かった。
「あんた達ねぇ。はしゃぐのは良いけど訓練場の奥、ハゲちゃってるじゃないの。そ・れ・と、昼食忘れてない? せっかく作って待ってたのに全っ然帰って来ないんだもの。料理冷めちゃうから持ってきたわよ?」
じとー……っと呆れた視線も隠さぬ、非番のトリシャだ。木籠を提げている。
「「あっ」」
間の抜けた師弟の声が重なった。
「おお、すまんすまん、トリシャ。アルが良うできた弟子での、つい指導に熱が入ってしもうたんじゃ」
「かあさん、ごめんなさい。ししょうがカッコよかったからつい」
急いた足並みながら、各々似たような言い訳を述べる。
「まーったく、そんなことだろうとは思ってたけどね。で、どうなのアル? ヴィーの授業は?」
細い腰に両手を当てたトリシャは、息子へ訊ねてみた。
昨夜、魔術の初講義は「おもしろかった」と言っていた割に、どこか気も漫ろだったのは知っている。
仕事で疲れていようと、そのくらいはひと目で分かった。愛する我が子のことなのだから。
「たのしい! めっちゃめちゃおもしろい!」
それがこれである。
昨夜のあれは何だったのか、というほどに息子の表情は晴れやかそのものだった。
「あらそ。ヴィーの授業はお母さんのごはん忘れちゃうくらい楽しかったのねぇ? ふうん?」
なんとなぁ~く腹立たしくなったトリシャはしゃがみ込むと、嫌味と共に息子の頬をふにーっとつねった。
ジト~っと眼を据わらせることも忘れない。アルクスの父、ユリウスもこの視線には直ぐに白旗を上げていたものだ。
「ふぇっ? ち、ちがっ。かーさんごめんなさいってば~」
父同様、わたわたと降参した息子の鼻をくりくり。
気が晴れたトリシャは、
「ほーら二人とも、ごはん食べなさいな」
ぱぱっと手際良く料理を広げていった。
「あっ、そうだ。私もお昼から見てていい? 暇してるのよ」
息子の手を拭きながらトリシャが訊ねると、
「勿論じゃ。汝が居れば、火と光についても教えられるしの。あむっ」
ヴィオレッタが揚げ魚を頬張りながら快諾する。
「いたっきまーす! はぐほふっ」
と、揚げ焼き団子に元気いっぱい突撃して数秒格闘し、
「んぐっ。かあさんも教えてくれるのっ?」
ごっくんと呑み下したアルクスは母を見上げた。
「ええ、お母さんに任せなさいな。でもヴィーみたいに優しくはないわよ~?」
「えー、じゃやだぁ」
と、明け透けも良いとこな反応を返したせいで、またもや頬をつねられる。
「くふふ、汝らはいつも賑やかじゃのう」
こうして和やかな昼餉の時間は過ぎていくのであった。
いつもリアクションを下さっている方々や、評価して頂いた方々、本当にありがとうございます!
大変励みになっております。
コメントや誤字報告などなど、いつでもお待ちしております。




