表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【祝!99,000PV】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編
50/218

1話 万年樹と『転移陣』 (虹耀暦1286年8月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回から第2章です。なにとぞよろしくお願いいたします。

 ラービュラント大森林はこの大陸でも有数の大樹海だ。


 人間からすればほぼ未開の地と言っても差し支えないだろう。


 だが〈隠れ里〉に住む魔族達からすればそれこそが安心できる最大の要素である為、ワザと樹海に道を整備するような真似はせず――――また今後する気もない。


 ひと月もあれば共和国と帝国の街を繋ぐ旧街道には出られるからだ。


 しかしながら〈隠れ里〉から旧街道までは、およそ1,500km(キリ・メトロン)もの距離がある。


 当然ながら相当な距離だ。


 それをひと月で踏破するというのは、如何に森に慣れた魔族の健脚とて不可能である。


 アルクスの前世、日本の江戸時代に利用されていた停泊所から次の停泊所までが長くておよそ30km(キロ・メートル)前後。


 仮令(たとえ)、1日にそれだけの距離を歩けたとしても、ひと月ではとてもじゃないが日数が足りない。


 それならば一体どうして、開拓も整備もされていない原生林で構成される樹海の中1,500km(キリ・メトロン)を、ひと月という短期間で踏破可能だとされているのか?



 それはひとえにヴィオレッタの技術的尽力と、森人達の献身的な自助努力のお陰に他ならない。



 里にないものを仕入れるために人間の住む地域へと赴くグループの中には必ず一人は森人が同行し、その森人が木々に()()()()()()()()()(マーキング)を頼りに案内する。


 そして一定距離歩いた先には、長寿が多いこの世界の人々でも気が遠くなりそうなほど長い生を持つ”万年樹”という大樹が聳え立っており、その(うろ)の中にはヴィオレッタが直々に刻んだ『転移陣』が敷いてあるのだ。


 この『転移陣』は以前、アルクスが指摘した『この惑星は丸か丸に近い楕円ではなかろうか?』という予測をヴィオレッタが独自に証明することで練り直された新しい刻印術式(まじゅつ)である。


 それより以前はこの木からその木へ、その木からあの木へ、という風に細かく敷いていたのだが、それだと見つかって欲しくない者に利用されると追跡が困難になるという理由で刷新。


 現在敷かれている『転移陣』はこの1,500km(キリ・メトロン)の道中にたったの3組――――つまり、相互に移動できる対となった陣が6か所に置かれているのみだ。


 そのうえ、『転移陣』から次の『転移陣』までの距離もそこそこある。


 要は知らなければ絶対に辿り着けないようになっているのだ。


 ゆえに――――移動して『転移』して、更に移動して『転移』して、更に移動して『転移』して移動する。


 これが正しく最短で隠れ里から旧街道へ抜ける道程(ルート)となっているのである。



~・~・~・~



 アルクス、凛華、シルフィエーラ、マルクガルムの4人はそんな原生林の海の中を歩いていた。


 エーラの『妖精の瞳』で目印を探しながらの移動中である。


 一日30kmほどを目標にしているものの、目印を見つけるのにも、また背嚢を背負って歩くことにも慣れが必要だということで無茶は避け、無理なく進めるところまで進んで、暗くなれば野営と食事の準備をして休むことにしている。


 今日で既に10日目。午後に差し掛かったところだ。


 そろそろ保存食の黒蒸麦餅(パン)も尽きてきた。


 エーラのおかげで道中の食物繊維やビタミン不足は避けられているし、都度都度狩りも行っているので今のところタンパク質不足も感じない。


 強いて不満を挙げるとすればアルとマルクが食事当番になったときの食事が、焼くか煮るかの二択しかないせいで味気ないことくらいだろうか。


 道中で特に何も起きていないし――――いや凛華とエーラからそのことで早々に突き上げは食らったが、そちらについては対処済みだ。


「つ~ぎはぁ~……うんっ!あっちだね」


「りょーかーい」


「凛華、大丈夫?」


「ふうっ、ふぅっ、大丈夫よ。尾重剣の剣帯、昔のままだったらヤバかったわ」


 気遣うアルに凛華が気丈な返事を寄越す。


 今彼女が背中に吊るしている剣帯は、革帯の数を増やして細かく調節できるようにしたものだ。


 昔使っていたモノはもう少し簡素で緩い作りだったので、こう起伏が激しいとガタガタ揺れ回って歩き続けることなんて到底できなかっただろう。


 ちなみにアルと凛華の武器についてだが――――――。


 アルが腰に差している太刀を”龍牙刀”、打刀を”刃尾刀”。


 凛華が背負っている重剣を”尾重剣”、腰に差しているのを”直剣”と呼んでいる。


 号は自分達や周りが決めるものだと鍛冶師らに教わったので、何か相応しい名がつけられるようになるまでは彼らの呼ぶままに呼称することにしたのだ。


「……ねえ凛華、背嚢の方貸して」


 ほんの少しの間、それでも己より重たそうな装備を担ぐ鬼娘を見ていたアルが手を差し出す。


「持ってくれるの?ありがたいけど迷惑はかけらんないわ」


「ううん、大丈夫。ちょっとやってみようと思ったことがあってさ。エーラとマルクも背嚢貸して」


「お?いいけどよ」


「何かするの?」


「旅に出る以上、背嚢だの手荷物だの持って移動するのが当たり前なのはわかってたけど、荷物が邪魔ですぐに動けなくなるくらいならどうにか楽をしようと思ってさ」


「楽?ってどういうことよ?」


 アルは首を傾げてくる凛華の尾重剣をずらして背嚢を持ってやった。


 次いでエーラとマルクがほいと手渡してくるのも貸してもらい、おもむろに『釈葉(しゃくよう)の魔眼』を開く。


「ボクが植物に頼んでまとめてもらおうか?」


「これくらいならたぶんいけると思う。師匠がやってた術、こないだちゃんと視て覚えたしね」


 そう言うとアルは慣れたように指を閃かせた。


 素早い動作と共に発動された『念動術』が3つの背嚢にかかり、ふわふわと浮き上がる。


 そこまでならいつぞや椅子に座っている彼らを持ち上げたときと変わらない。


 このまま引っ張って歩くのも神経と体力を無駄に消費するだけだろう。


 しかし――――――。


「こうやってぇ……ここを、ひょいっと!」


 アルは左手の三つ指でそれぞれ起動させていた術式の根元を、右手の指先で引っ張りながら捻って、左掌の上できゅっと絞る。


 すると巻きついた3つの『念動術』は、元々そういう魔術だったかのように別の術式へと変化した。


「よし」


 と、一つ頷いたアルが次に自分の背嚢もポイっと空へ投げ、右手で『念動術』をかける。


 そしてすぐさま左掌へ叩きつけるように術を纏めた。


 この魔術は『念動術・括束』と言う。


 ヴィオレッタが里建造の折、資材運びの面倒臭さに嫌気が差して改造した術式だ。


 アルの左手には、師の魔術の再現が成功したことを示すリング状の術式が親指以外の全ての指に嵌まっている。


 試すようにクイッと小指を動かしてみると、最後に追加したアルの背嚢()()がふわ~っと動いた。


「うまくいった。今度から武器以外の荷物は預けていいよ」


「なぁそれって俺でも出来る?」


「できるよ、『念動術』自体簡単だし」


「ほんと簡単に術式組むわね」


魔眼()があるからね。使えるものは使わないと」


「ねねね、ボクもそれ覚えたら矢を浮かせて動けないかな?戦闘中、矢筒から引き抜かずにすぐ傍で浮かせとくの」


「できたら便利かもね。あ、でもエーラなら植物と風の精霊に頼んでも同じことできるんじゃない?」


「あっ、それもそうかぁ。うーん、もしかして森人(ボクら)って結構優秀な種族なんじゃ」


「「「今更?」」」


 そんな風に4人が話していると上空から、カアカアとどこかのんびりとした鳴き声が降ってきた。


「今のはあの子だね~」


「だな」


 耳の良いエーラとマルクが頷く。


 そこへ間もなく、頭上から黒濡れ羽をした鳥が風を起こしながらバサバサと舞い降りてきた。


 胸元に広がる濃紫の羽毛も鮮やかな三ツ足鴉だ。


「お疲れさま翡翠。どうだったかしら?」


「カアー」


 凛華の労いと問い掛けに素直な鳴き声を返すこの三ツ足鴉(魔獣)の名前は夜天翡翠(やてんひすい)


 ヴィオレッタから預かった使い魔だ。


 既に4人から受け入れられ、中でも凛華とエーラが非常に可愛がっている。


 なんと言っても黒い濡れ羽から夜天、胸元の鮮やかな紫の羽毛から翡翠と彼女らで命名したのだ。


 アルの肩にいないときは大抵この2人に遊んでもらっている。


 ちなみにだが当然ながらマルクとも関係は良い。


 使い魔ののんびりとした反応から周辺に厄介そうな魔獣がいないことを察した4人はそのまま行軍を続行することにした。


 昼食と休憩は済ませているし、ヴィオレッタの話では隠れ里からおよそ200km地点に一つ目の『転移陣』があると聞いている。


 最初の数日はどうにもすわりの悪い歩き方や自分達しかいないという状況に慣れていなかったので踏破距離も短かったが、ここ2、3日はだいぶ長く歩けるようになってきた。


 アルも頭目ということで初日の方は気を張り過ぎていたものの、幼馴染達のフォローの甲斐もあってなんとなく掴めてきている。


 少なくとも戦闘中に細かい指示を出すのは一切やめにした。


 これが軍隊なら統率が執れていないと判断されること間違いなしだが、この4人は気心の知れた仲間。


 おまけに軍人ではないし、アル自身も戦いに参加するのでとてもではないが指示など出している余裕はない。


 結論として、全員の持ち味を生かすなら最初に方針や目的を決めておくことこそが重要だと気付かされたのである。


 あとはいつも通り、互いにフォローを入れつつ、細かな報告を入れ合いながら動き回った方が圧倒的に上手くいった。


 目下の目標はひと月でこのラービュラント大森林を抜けること。


 この調子ならそこまで大きな問題はなさそうだ。


 経過日数を鑑みるに今日あたりで最初の万年樹に辿り着くことだろう。


 そんな思考に意識を半ばぼんやりと奪われつつアルが機械的に足を前に進めていると、先を歩いていた凛華がおもむろに振り向いた。


「ねえアル?」


「ん、なに?」


「マルクの『雷光裂爪(らいこうれっそう)』ってもう専用の『気刃の術』になってるんでしょ?」


「そうだよ、俺達が使っても微妙な術だね」


「あたし、あんたが作った最初の『気刃の術』しか覚えてないのよ」


 そう言って凛華が青い瞳でじいっと見つめてくる。


 アルはなんとなく察した。


 これは彼女なりのおねだりだ。


「あー……何が言いたいか、わかった。凛華用に最適化しろって言ってるんでしょ?」


「そう。一応あたしも挑戦はしてみたのよ?」


「魔眼もなしにそんなことできたら天才だよ」


「じゃあやってくれる?」


「いいよ、最初に創ったやつは無駄も多かったしね」


 アルは一も二もなく快諾した。


 魔力効率の悪い魔術を使わせ続けるのは何より命に係わる。


(とっとと専用に改造しないとな)


 と『釈葉の魔眼』を開いたところでエーラが元気よくぴょ~んと割り込んできた。


「あ、いいないいなー!ボクのもやって!今まで『闘気刃』を無理矢理飛ばしてたんだ~」


 『闘気刃』とは属性魔力への変換を行わず、闘気の固定化のみに留めた『気刃の術』のことだ。


「……俺との仕合でぶっ放してた矢、『闘気刃』まで使ってたの?」


 てっきり不定形の闘気を飛ばしているだけだと思っていた。


「ちゃんと狙ったよ?腕とか」


「あたしの重剣フッ飛ばせた理由がわかったわ」


「マルクぐらいじゃなきゃ防げないよアレ」


「言っとくけど防げるってだけだからな。腹ん中のもん全部ぶち撒けるところだった」


 ジトーッと見てくる3人に分が悪いと感じたのか、エーラがピュ~ピ~と口笛を吹いて誤魔化す。


 無駄にうまいのが余計に腹立たしい。


 と、そっぽを向いていたエーラが急に「あっ!」と3人の後方を指さした。


「見て見てあれ!きっとあれが万年樹だよ!…………ねぇホントだってば!」


 疑わしそうな視線を向けていた3人は、不承不承と云った様子で示された方角を見て――――……。


 目を真ん丸に開いた。


 そこには巨大に過ぎる大樹が聳え立っていた。


 ラービュラント大森林に自生する木々の大半は、そもそも比較的背が高くて幹も太い。


 だが、その巨大樹はそれらと一線を画していた。


 いっそ異様とさえ言えるほどの威容に、エーラ以外の3人は眩暈を覚える。


 夏場なのもあって濃い緑葉が生い茂る枝は、まるで雲の上にまで伸びる巨人が手を翳したかのように濃い影を作っていた。


 あれで下の木々に陽は当たるのだろうか?


 そんな疑問も湧いてくるが、下の木々にも瑞々しい緑葉が茂っているようなので光合成は問題なく出来ているらしい。


「わ、すっご……!」


「ねー!ボクも初めて見たよ!」


「デカすぎて規模がよくわかんねえ」


「ああ、だね……ってかあれの洞に『転移陣』があるんだろ?俺登りきる自信ないんだけど」


「お父さんが大丈夫って言ってたよ!万年樹にお願いするんだってさ!」


「森人サマサマだな」


「カアーッ!カアッ!」


「翡翠も驚いたみたいだ」


 最初の区切り地点(チェックポイント)を見つけた4人と1羽は、意識の大半を驚愕に塗り替えられながらも、足取り軽く巨木の元へと歩いて行った。



* * *



 アル、凛華、マルクの3人は近付くにつれて万年樹の威容さに圧倒されていき、根元に辿り着いた頃にはその神秘的な雰囲気にすっかり呑まれていた。


 ちなみにエーラは「でっかいなあ!」くらいにしか感じていない。


 森人にとって木とは人生の先達であると共に友人でもあるからだ。


「こりゃ……すげえ。一周りするだけでも結構かかるぞ」


 マルクがポツリと溢す。


 それもその筈。万年樹は幹回りだけでおよそ320m(メトロン)、つまり直径が100m(メトロン)近くあり、高さは1,500m(メトロン)以上もあるのだから。


 おまけにその巨木に見合うだけの太い根っこが、幹を中心にそこら中の大地から生えている。


 どこがどう繋がっているのかすらわからない。


「こんなのがもう三本もあるのか……」


 尤も最後の『転移陣』だけは”万年樹”ではなく”千年樹”にあると聞いている。


 何でも()年樹だと目立ち過ぎるのだとか。


 どちらにせよ万年樹がこれだけの威容さを誇るのなら理解も容易いというものだ。


 アルは旅立って初めて、神経を張り詰めていたことすら忘れてぽっかーんとしていた。


 凛華も同じような心境だ。


 自分達が如何にちっぽけな存在なのかとか、そんなしょっぱい言い草で表現できる感情ではなかった。


 その威容さに唯一心を動かされなかったエーラは頻りにきょろきょろと首を巡らし、


「えーと、どこかなぁ?…………あっ!あれだ!みんなこっちだよ!」


 呆気に取られている3人を万年樹の根元に引っ張っていく。


「ここって言われても、根っこしかないよ?」


 逸早く我に返ったアルが訊ねた通り、4人の目の前にあるのはギチギチに絡まった太い木の根だ。


「まぁまぁ、見てて~」


 エーラは自信たっぷりに根っこへと近づき、鮮緑に瞳を輝かせる。


 すると組まれていた太い根同士が、ズズズ……ッ!とずれ動き始めた。


「おお~!」


「ぬおっ!?」


 大地まで揺れている。


 3人が目を白黒させている内に大樹の根元にはぽっかりとした穴が空いていた。


「この中に『転移陣』がある、ってことかしら?」


「そうじゃない?早く行こっ!」


 不思議な光景を受け入れたうえで好奇心を発揮する凛華と、わくわくした顔のエーラが視線を向け、


「行ってみよう」


 アルはとりあえず光球をスッと一つ浮かべ、先導するように暗い穴へ入ってみた。


 マルクが何とも言えない表情を浮かべてその後に続く。


「それらしいもんはねえ、みてえだぞ?『転移陣』は万年樹の洞にあるんだよな?」


 天井はそこまで高くなかった。


 精々3m程度だろう。おまけに狭い。


 アル達が入った空間はワンルームマンション一室――――およそ8畳ほどの広さしかなかった。


「そう聞いてる、んだけど魔眼で見ても『陣』が見当たらない」


 マルクが確認すると、アルは肯定を返しつつ首を傾げた。


 その肩に止まっている夜天翡翠も似たように首をくりくり動かしている。


 そこへ凛華とエーラが入ってきた。


「二人とも何かあった?――――あっ!」


 途端、入口の太い根っこがズズズ……ッ!とまた動いてガッチリ組み直されてしまった。


 真っ暗な中でアルの光球だけが辺りを照らしている。


「暗いわね」


 凛華がそう言うと、呼応するように周囲がぼんやりと淡緑色に光り出した。


「これ、花?いや苔か?」


「どっちもみたいね」


「背嚢も一緒に入れてて良かった」


 淡く照らしだされた空間に4人と1羽が佇む。


 少々顔色は悪く見えるものの、互いの表情すら容易に判別できるくらいには明るい。


「エーラ、これ合ってる?」


「合ってると思うよ。でもこっからどうしたらいいんだろ?」


 アルが確認するとエーラはもう一度『妖精の瞳』を輝かせて「うーん」と唸った。


 その瞬間、地面というのもおかしな表現だがそこからにゅっと何かが生えてきた。


 アケビのような細長い実だ。


 ただしその大きさは通常のものと比較するのも馬鹿らしいほどで、空間の3分の1を埋めるほどに巨大だった。


 4人が呆気に取られている間に、それが半ばほどにまでパカリと口を開ける。


 中身は綿のような白い繊維質のものがギッシリ詰まっていた。


「座れってさ」


「これにか?食われたりしねえか?」


「精霊が教えてくれたから変なことにはならないよ、たぶん」


 耳長娘に言われるがまま、それならまぁと恐る恐る座ってみる。


 横並びにエーラ、アル、凛華、マルクの順だ。


 夜天翡翠はアルの肩に止まったまま大人しくしている。


 どうやらこの巨大なあけびのようなものは椅子で合っているらしい。


 まるで自然のソファだ。


 割れた殻の片方が背もたれになっているようで座り心地も妙に良い。


 4人がその感触を確かめていると、彼らの膝上を握り込めるほどの太さをした根がしゅるしゅると滑っていく。


 根はそのまま地面へ降りて行き、がっちりと床に刺さった。


 縄が渡されて固定(ロック)されたような感じだ。


 エーラ、凛華、マルクが疑問符を浮かべるなか、アルは一人タラリと汗を流す。


(これってまさか……)


「翡翠、俺の肩を強めに掴むんだ」


「カァ?」


「早く」


「カァ~」


 よくわかんないけどわかったー、とばかりに夜天翡翠がアルの肩に三本足をぎゅうっと食い込ませた。


 アルも同じように根っこを掴む。


「ねぇ」


「アル、これ」


 何やら一人だけ理解していそうな頭目に隣の少女らが問おうとした――――瞬間。


 物凄い重力(G)が下向きにかかった。


「ぐっ、ぅおおっ!?おい移動してるぞ!」


 マルクの泡を食ったような声に、


「掴まってろ!」


 アルが舌を噛まないように短く叫び返す。


「ううっ!?」


「きゃあっ!?」


 実でできた椅子(ソファ)に押し付けられ、慣れない加重に耳長娘と鬼娘が体勢を崩す。


(やっぱりか!)


 この空間自体が()()()()()()のようなものだったのだ。


 5秒ほどだろうか?


 押さえつけられていた感覚が唐突にフッと途絶えた。


(上昇が、止まった?)


 アルが首を巡らすと同時、両隣のエーラと凛華がふわりと浮き上がった。


「おわわわっ!」


「ひゃあっ!」


(今度は下降!?……じゃない!)


 急激に後ろ向きへかかったGを振り解きながらアルが慌てて龍鱗布に魔力を込める。


 受け取った初日は顔にへばりつかせるぐらいしかできず、今も大きく伸縮させられるほどではないが、 動きさえするならそれで充分。


「掴まってろ!」


 ぶわりと両側に展開された龍鱗布が的確に凛華とエーラの腰を捕らえ、アルの元に引き寄せる。

 

「ひゃっ!?」「んわっ!?」


 と声を漏らす2人を両腕で抱き寄せつつ、アルは膝上に渡された根っこ――――安全バーのようなそれを掴ませてやった。


「ちょ、ちょっと!」


「恥ずかしいよ」


 途端に鬼娘と耳長娘が顔を赤らめる。


 が、アルに見てる余裕はない。


 肩に夜天翡翠、両脇に2人、おまけに左手の『念動術・括束』で纏められた背嚢。


 それらが落ちないよう必死だ。


「ちゃんと掴んだ!?」


「うん!けど、その――――」


「掴んだわよ!あの、だから腰から――――」


 2人が根っこ(安全バー)を掴んだのをサッと確認したアルは、すぐさま2人の腰から手を離しつつ周囲を見渡した。


 全面ガラス張りにしてあるというわけではないのだ。


 天地だけはしっかりしているものの、簡素な柵しかない吹き抜けの駕籠。


 叩きつけられる暴風に今更気付き、夜天翡翠を右手で軽く押さえてやりながら龍鱗布で己ごと少女らを抱き込む。


 凛華もエーラも武器だけは手に持っているせいで根っこを片手で掴むしかなく、そのうえ体重も軽い。


 どこにどう掛かるかわからないGと、暴風を受けて吹き飛びましたじゃ洒落にならない。


 マルクは両手で枝をしっかり掴んでいるようだし、何よりこの中では一番重い。


 最悪人狼になってしまえば尚更問題ないと早々に見切りをつけていた。


 そんな人狼の青年は一人落ち着いた心境で苦笑いを溢す。


(必死そうだな、アルのやつ)


 その主な要因はさっきからふらついているあの背嚢の束だ。


 アルは左手をグッと握り込んで、背嚢4つをそれぞれの足元にどん、どん、どん、どんと落としていく。


「術は解いてないけど足で挟んでてくれ!」


「おうよ」


 やはり制御で必死なようだ。無理もない。


 ころんと転がり落ちれば終わりである。


 ヴィオレッタに貰った受験費用に加え、当座の金や食糧に着替え、靴、里を出るときに持ってきた調味料類、その他何もかもが入っている。


 必死にもなるというもの。


 マルクが大人しく足と座席の間に背嚢を挟み、凛華とエーラもやたらと素直に従う。


 そこでようやくアルは「ふうっ」と一息ついた。


 左手の指に嵌っている4つの環状術式は起動しっぱなしだが、外を見る余裕もできた。


 この駕籠はどうやら物凄い勢いで万年樹の枝や幹を滑り上がっているらしい。


 螺旋を描くように回ったかと思えばカクンとほぼ直角に昇り、少々下降したかと思えばその勢いを利用して急上昇する。


(まるで天然のジェットコースターだ)


 4人を乗せた樹木の駕籠(コースター)は重力に逆らって天上(そら)へと昇っていく。



~・~・~・~



 しばらくしてシュルルッという音が弱まっていき、やがて駕籠はスウーッと停止した。


 動きが完全に停止したことを確認したアルが肩から力を抜いて、両隣の少女らを龍鱗布から解放する。


 途中からは流れる景色を楽しむ余裕ができたものの、やはり神経が疲れた。


 最低限の安全対策しかなく、おまけにレールの見えないジェットコースターだ。


 駕籠そのものが浮くこともあった。


 安心できるわけもない。


 安全バー代わりの根っこがしゅるっと駕籠の底へと引っ込む。


「みんな平気?」


「おう」


「う、うん」


「だ、大丈夫よ」


「カァ~」


「なら良かった。とりあえず『転移陣』を探そう。たぶんここのはず」


(よっぽど疲れてんな)


 マルクは冷静にアルの調子を確認した。


 幼馴染の少女らの醸し出す珍しい雰囲気にまるで意識が向いていない。


 少々頬を赤らめてぽーっとしている2人が我に立ち返るのもあと少し時間がかかるだろう。


 なんとなく自分の出番だな、と気を利かせたマルクは積極的に周りを確認して回る。


 先程の空間に較べればかなり広い。


 同じ万年樹の内部だが見える景色がまったく以て違った。


 何より夕陽が直接見える。


(久しぶりに見たな)


 感慨深げにそんなことを考えていると、マルクの人間態でも優秀な鼻が何かの匂いを捉えた。


「アル」


「ん」


「こっちな気がする」


「わかった」


 言葉少なでも通じるのがこの2人の良い点だ。


 連れ立って行ってみれば、そこには枝の(カーテン)があり、中を覗き込むと魔術が刻み込まれて敷いてあった。


「どうだ?」


「ちょい待ち。えーと……あー、なるほど。これがそれで……はいはい。うん、師匠に見せてもらったのと一緒っぽい。これが『転移陣』で間違いないと思う」


 魔眼で確認をしたアルが振り向く。


 そこへ凛華とエーラがやってきた。


 普段通りに戻ったらしい。


「見つかったの?」


「おう」


「うんと~、うん。合ってるっぽいよ。ちゃんと印もあるし」


「で、どうやって起動すんだ?」


「陣の上に立って誰かが魔力を込めれば良いって師匠は言ってたよ。半端な乗り方したら危ないらしいから極力中央に集まって起動させよう」


「了解だ」


「わかった!」


「準備良いわよ!」


 途端にワクワクした顔を向けてきた3人にアルも笑顔を返す。


 疲れてはいるが彼らと同じく心躍ってもいた。


 何と言っても”転移”なのだ。


 前世では空想科学や幻想世界(ファンタジー)にしかなかった代物。


 それが目の前にある。


 これで胸が躍らないヤツは魔術を扱う者としてモグリも良いとこだろう。


 全員で『転移陣』の中央に立つ。


 『念動術・括束』と変に干渉されても困るので、背嚢は一応それぞれで持つことにした。


 夜天翡翠も頸を巡らせながらアルの肩で大人しくしている。


 どうもこの三ツ足鴉はかなり利口らしい。


「よし!じゃあ起動するぞ!」


「「「おー!!」」」「カアー!」


 次の瞬間、4人と1羽は『転移』の光に呑まれ――――対となるもう一柱の万年樹へと跳び立った。

コメントや誤字報告、評価など頂くと大変励みになります!


是非とも応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ