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【祝!99,000PV】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第3部 青年期 魔導学院編ノ壱 入学編
167/218

1話 魔導学院入学試験 (虹耀暦1287年8月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 8月初頭。


 帝都を流れる風にも熱く乾いた風が混じり、陽も高く、また昼も長い日々が続いていた。


 しかしながら前世日本のうだるような暑さ、ジッとしていても茹で蛸になってしまうような纏わりついてくる湿り気はない。


 暑いは暑いが日中は木陰で休めば涼風が汗を吹き乾かし、夜はしっかり冷え込むので夜間出歩く衛兵達は必ずと言って良いほどには軽めの上着を所持している。


 アルクス達の一党『不知火』の拠点となっている南区川沿いの2階建ての古い家も、隣を流れる浅い川のおかげで夜間は涼しいというより肌寒いくらいだ。


 家具屋で一通り机や卓を買い、必要最低限の体裁を整えた6名が慌ただしくもようやく帝都生活に慣れてきた頃。


 ターフェル魔導学院の入学試験が実施されることとなった。


 例年通り1次として筆記試験が1日かけて行われ、その後1次試験突破者のみ2次として実技試験を受けることになる。


 最終的に1次と2次の結果を職員陣で採点・集計、話し合いが行われて合格発表。


 そして9月から晴れて1回生として入学することになるのだ。



 南区と中央区の堺に聳え立つ、小規模な城と言われても疑問を抱かないほどに巨大なターフェル魔導学院。


 最低でも4年間、研究生として残れば更に数年間は確実にいることになるのだが、それだけの人数を納めておくにしたって広大だ。


 更にこれまた巨大な正門前。


「ふぅ~…………い、いよいよだぞ。皆、気を付けて、油断しないように。何が出ても冷静に対処するんだぞ」


 振り向いたアルがそう言うと、


「アル殿、そう脅かさんでくれ。そんなに怖い顔をされると不安になってくるぞ」


 ソーニャが苦言を呈した。


 魔族組と違ってラウラとソーニャが本格的に魔術を学び出したのは1年ほど前。


 どうしたって学習時間は足りていない。


「ソーニャ、今のは適当に聞き流して良いぞ。コイツが一番緊張してるってだけの話だからな」


 そんな真面目な返答をしたソーニャの背中を、呆れ顔のマルクガルムがポンポンと叩く。


「え……アルさん、まだ緊張してたんですか?アルさんでダメなら、そのアルさんに魔術を教わった私達は絶対に受かりませんよ?」


「や、やめろぉ精神的負荷が……!」


 ラウラがキョトンとして言うと、アルは青黒い髪をグシャグシャとかき回して頭を抱えた。


 目も血走っている。


 何とも情けない頭目の姿だ。


 5人と1羽の思考が一致した。


「どんだけ緊張してんのよ」


「聖国の軍隊にも、高位魔獣にもち~っとも怯まなかったのにねぇ」


「カァ~……」


 凛華、シルフィエーラ、彼女の肩に乗っていた夜天翡翠は可哀想なものを見る目を向けていた。


 完全に呆れている。


「だ、だってさ」


「だっても何もないの。アンタが落ちる試験ならあたし達も落ちてるっての。ほら、さっさと腹くくんなさい。行くわよ」


「うぶっ!あ、あい」


 眉尻を下げて口答えするアルの首根っこを掴んで黙らせる凛華。


 ここ数日はずっとこの調子なのでいい加減対応も雑になるというものだ。


「昨日も里を出る時にヴィオ先生が研究してた内容を復習するとか言ってたけど、絶対出ないと思うよ?」


 エーラはクスクス笑う。しかし首根っこを掴まれたままアルは抗弁しだした。


「わかんないじゃん?師匠が研究を終わらせてて、ここの魔族の職員に渡して発表してもらってるかもしれないし、もしかしたら――――」


「そこまでだ。さっさと行くぞー」


 ゴチャゴチャ言い出したアルを遮ってマルクがスタスタと歩き出す。


「うむ、そうだな」


「ふふっ、そうですね」


 ソーニャは魔族組の少女らに倣って、ラウラは初めて見る想い人の取り乱した様子を可笑しそうに笑いながら正門をくぐっていく。


「うぁ~、どうしよ。俺の知らない分野とか……あ、帝国史とかホントに出ないよね?大丈夫だよね?」


 ズリズリと引き摺られながらアルはまだ不安を漏らし続けるのだった。



 * * *



 学院に試験を受けに来る魔族はそこまで多くはないらしく、凛華とエーラが妙に注目されたり、使い魔である夜天翡翠をどこかで待たせるよう指示を受けたりとそれなりに問題はあったものの、無事に筆記試験は終わった。


 もうすっかり夕方だ。


 試験会場が別々の階や棟だったので、正門で合流することにしていた『不知火』の6名。


「あれ?アルさんは?」


 5名は揃っている。頭目が見えないとラウラが問えば、


「翡翠を迎えに行ってるわ。そんなにかからない――――ってああ、いたわね」


「アルー、こっちこっちー」


 凛華が答え、エーラが手を振る。


 左肩に三ツ足鴉を乗せたアルも5人を見つけたのかタタッと駆けてきた。


「これで揃ったな。そんで?アル、試験はどうだった?」


 マルクが腕を組んで問うと、


「めちゃめちゃ楽勝だった」


 アルは清々しい表情で答えた。朝とはまるで別人である。


「だぁから言ったろうが。魔導師試験じゃねんだぞって」


「試験とか初めてなんだからしょうがないじゃん。落ちたらなんて言われるか」


 恐ろしい、とばかりにぶるりと震えるアル。


「この調子ならたぶん二次試験も楽だぞ」


「そう願うよ」


 そんな会話を交わす二人を横目にエーラは問うた。


「ラウラ達はどうだった~?」


「正直、最後の問題以外は肩透かしなくらいでした」


「私もだ。疑心暗鬼に駆られて答案を何度も見直したくらいだな」


 そう返すラウラとソーニャ。こちらも余裕だったらしい。


 何と言っても実際に魔術を使って依頼を熟している現役武芸者だ。


 然して難しいと感じるものはなかった。


「あたしもそんな感じね。終わって周りをチラッと見たけど、まだかかってる人の方が多かったくらいよ」


 凛華も大して問題なかったとのこと。


「それなら良かった。ほんじゃ、もうとりあえず今日は帰ろうかねぇ。一次試験の突破者発表は四日後らしいし、家で大人しくしてよう」


「そうだねぇ、翡翠もちゃんと大人しくしてた~?」


「カァカア!」


「実技試験ってどんなのかしら?実戦形式?」


「さすがにそれはないんじゃないか?武芸をやっていそうな者もいたし、差があり過ぎるだろう?」


「無難に術を使ってみせろ、とかでしょうか?」


「そうじゃねーの?安定して術を使うって慣れが要るし」


 余裕綽々で筆記試験を終えたアルの気の抜けた号令の下、『不知火』の6名と1羽は帰路へと着くのだった。



 ☆ ★ ☆



 その翌々日。


 場所はターフェル魔導学院の学院長室。


 学院長室と云うにはあまりに飾り気がなく、また調度品の類がいちいち()()()


 それは国家事業として設立された魔導学院の威光を示さんが為――――と思われがちだが実はそうではない。


 筆記試験の採点担当の教員は少々緊張気味に大きな学院長席に座る()()()()をした女性に報告すべく口を開いた。


「学院長、ご報告が」


「あぁん?なんぞ問題でもあったか?()れが見る限りにゃ変な問題はなかったはずだがねぇ」


 学院長と呼ばれた()()()女性は独特の間を持って返答を寄越す。


 傲岸不遜とも、洒脱とも取れる物言い。


 そして人間の瞳より2倍近い大きさの金色の目玉に睨まれた教員は背筋を正して要点を述べることにした。


「問題に不備があったのではありません。そうではなく……満点突破した者がおりまして」


「はぁ?満点?お前らの言う”学院長の性悪”問題はどうした?」


「そちらも完答しておりました」


 ”学院長の性悪”問題とは毎年入試の最後にこの学院長が付け加える少々意地の悪い問題のことである。


 いわゆる引っ掛け問題の類だ。


 ちなみに今年に出題されたのはこれ。



 問 『火炎槍』の術式を一般的な人間の魔術師が火属性魔力を用いて行使した際、どういった結果となるか?またそうなる理由を述べよ。



 答えは発動しない、だ。属性魔力による術式の行使は不可能な為である。


 知っていれば「なんだそれ。簡単じゃん」となり、知らずに解こうとした者はツラツラと述べられた条件に釣られて頭を捻ってしまう。

 

「ほぉ……お前らの採点で完答とはおもしろい。なんて解答してた?」


 笑みを見せる学院長に教員は答案を見せた。なんと言ってくるかくらい想定済みである。


「これです」


「ふむ……『術自体が発動しない。 なぜなら術式の発動に必要とされるのは無属性魔力のみで、属性魔力による術式の行使は不可能だからである』。 無属性魔力たぁ……久しく聞かなかった単語だぜ」


 学院でも一般的にも魔力と言えば無属性魔力のことを指す。


 それをわざわざ書いてくるあたりに学院長は懐かしさを覚えた。


「他にも理論に関する解答は我々も唸るほどで、具体例まで出しておりました」


「ほう、具体例も?」


「はい。 物理現象を引き起こさない――――いわゆる伝承などに登場する、精神に影響を及ぼす類の魔術が生物に対してはほぼ通らないという事象に関する問いでした。 そちらも魔獣が死亡すると『念動術』が通ることと、反例に『治癒術』が生者にかかることを挙げ、生物に限定するのではなく術者とは異なる波長を持つ魔力を有してさえいれば、仮令(たとえ)それがそこいらの岩であったとしても通らない、と」


 優秀に過ぎる解答でした、と職員が告げる。


「そりゃまた随分()()()()()答えじゃねえか。そんで、名前は……と、ハッ!ハハハッ!ガッハハハハハッ!」


 学院長は答案を辿り、解答者の名前を見つめて呵々大笑した。


 そこに書いてあった氏名は――――”アルクス・ルミナス”。


 時折来る友人からの手紙に書いてあった愛弟子の名であった。


「学院長?」


「いやすまんすまん。それより、さすがに満点はコイツだけだったんだろうが、高得点のやつもあと数名はおったはずだぞ?去年よりも高得点のやつだ」


「……確かに、あと十名ほどおりました。彼らのことを御存知で?」


「話したことも、会ったこともないがな。それで、そいつらの内何名かはこのアルクスという者の仲間だろう?」


「はい。魔族でしたし、昼も集まっていたようなので憶えている者は多いと思います。全員がその高得点の獲得者でした」


「クハハハハッ!ヴィーのやつ、なかなかどうして優秀な若いのを育てたらしい。よォーし!そいつらの顔が拝みたくなった!二次試験は己れも出るぞ!」


「ええっ!?学院長自らですか?」


「そらそうよ。なんつったって”時明(ときあか)しの魔女”の弟子だぞ?」


 見ておかねば損というものだろう、と学院長がのたまえば、


「はっ?え?えええええええええっ!?」


 職員は大声を出してブッ魂消た。


 ”時明しの魔女”とも”解き明かしの魔女”と呼ばれる人物。


 それは、あの『転移術』を生みだし、停滞していた魔術の時代を一気に飛躍させた大魔導以外にそう呼称される者はいない。


 かの人物が生み出す新理論は今も尚、学院長を経由して発表され続けているくらいだ。


 学院長がその人物と知り合いであることは職員とて知っていたが、まさかその弟子が受験しに来ていたことなど寝耳に水も良いところだった。


「ま、その様子だと弟子は威を被るような小物でもなさそうだな。その意気や良しだ」


 満足げに学院長は頷く。


(と云うより、あのヴィーが自分をそんな大それた人物だなんて語るまいよ)


 弟子も知らぬのでは?と訝しむ学院長。


「は?あ、ええ、まぁその覇気と云いますか。そういった雰囲気を滲ませていたので、魔導騎士科の職員が浮ついていたくらいです」


 無事合格した暁には、彼らへの学科勧誘は激しくなりそうだと職員は未来に思いを馳せた。


「だろうよ。さぁて実技試験は…………二日後か」


 おざなりに職員へ返答を返した学院長は「顔を見なければ」とおもしろいものを見つけた子供のような笑顔を浮かべる。


「いえ、三日後です」


 巨躯を揺らす学院長に職員は「気が早過ぎる」とツッコミを入れた。


「そんなに待てぬ」


「無茶を仰いますな」


 職員は溜め息混じりに苦言を溢す。


 毎年のことだがこの時期は戦時中の作戦本部(HQ)もきっと斯くの如く慌ただしかったのだろうと思うほどには忙しいのだ。


「は~……ま、しょうがあるまい。とにかく二次試験を楽しみにしておくとしようじゃないか」


 灰色の肌に巨躯の女性――――巨鬼族の学院長は職員の表情も一顧だにせず、浮かれた様子で牙を剥き、獰猛に見えないこともない笑みを浮かべるのだった。



 * * *



 その三日後。


 当然と言えば当然ながら、1次試験を突破したアル達『不知火』の6名は屋外の実技試験会場にいた。


 塀で囲われただだっ広い運動場のような場所で、同じ受験生の様子が見えぬよう間仕切りがされている。


 願書は同時期、同封にて送っているので番号は近いのだが、不正対策なのか実技試験待ちの列は6名ともバラけていた。


 ちなみに今回は早々に夜天翡翠は預けてある。


 一応は魔獣なので預けられた事務員らしき職員は少々ドギマギしていたが。


 緊張すべきなのか今まで培ってきた技術を反芻すべきなのか何をすべきなのかわからず、アルがぼけーっと虚空を見上げて待っていると、


「次、四〇七番!」


 という鋭い声が耳朶を打った。


 はて、自分は何番だったか……?と思考の隅で考え、


「あ、はい!」


 一拍の後に我に返ったアルは慌てて動き出す。


 アルが急いで幕を除けて実技試験を行うスペースに入ると、そこには長机に担当試験官らしき者が数名、その背後にはなぜかふんぞり返っている同胞の魔族がいた。


(巨鬼族……?なんでここに?)


 当然覚える疑問にアルは奇妙な顔を見せかけ、次の瞬間やめることになった。


 チリッとした奇妙な魔力の流れが身体を包み、右眼が何かに少しだけ反応した気がしたのだ。


「どうしたかね?」


 試験官らしき黒髪の男性の問いに、


「あ、いえ。その……試験官の方々がつけてらっしゃるその腕輪は魔導具でしょうか?」


 アルは問いで返した。


 その視線は試験官らがつけている薄い金属製の腕輪に向いている。


 咄嗟に薄目で『釈葉の魔眼』を使って捉えた異変がそれだったのだ。


 魔導具を使用していることに気付かれたと悟った試験官らは内心で驚愕した。


「……そうだ。放出魔力量を大まかに測定する魔導具でな。深みまではわからぬが、数年前から実技試験で使用しているのだ」


「あ、そうでしたか。わざわざすいません。えと、あ、その試験お願いします」


 憮然とした様子の試験官にそう言われたアルは恥ずかしそうにして、俯くように頭を下げる。


 田舎者だと思われたかな?などと考えているもののラービュラント大森林から出てきたのだから『そう言えばド田舎もド田舎だった』と一人で納得していた。


 ふんぞり返っている巨鬼族の女性は何が楽しいのかニヤニヤ笑っている。


「……では実技試験を開始する。あそこの的は見えるかね?」


 黒髪の細身な中年試験官に指し示されたのは、この位置から25mほど先に置いてある人型の土。


 懐かしい気分になりつつアルは頷いた。


「あの的に定型術式を撃ち込んでくれ。覚えていない場合はそこに『火炎槍』、『雷閃花』、『水衝弾』の術式の覚え書きがあるからそれを見て構わない」


 魔術の使い方を知っているのは当然。


 それをどれほど使い熟せるのかを実技試験では測るのだ。


「威力はどれくらいにしたら良いですか?」


 アルは平然と問うた。見るからに造作もなさそうである。


「基本的には壊れるまでだ。だが、君は魔族だろう?やたらと魔力を込めないように」


 試験官も帝国人らしく慣れたように受け答えた。


 時折、馬鹿みたいに魔力を込めまくってド派手な術を見せたがる受験者もいるのだがそうはならぬように、と。


「了解です」


 アルはこっくり頷くや否や、


「『火炎槍』」


 抜き手も見せず、炎の槍をボボッ!と2本(なげう)った。


 正しく擲つと言う他ない動作で無造作に放たれた『火炎槍』は、人型をした的の心臓部と頭部に命中し、一気に爆散させる。


 跡に残っているのは焦げた地面と硝子状になりかけた土くれだけ。


「な……っ!?」


 あまりの早業に試験官らが呆気に取られる。


 それでも真言術式を一瞬とは言え確認できただけ彼らもまた凄腕なのは間違いない。


 これが一般人であれば属性魔力か魔術かの判断すらついていないだろう。


「放出魔力も、術式起動に必要な最低限か」


 黒髪の試験官は腕輪に目をやって舌を巻いた。


 とんでもない隠密性だ。


 鍛え続けられたアルの魔力は相応に質も深い。


 できぬ方が不自然というものである。


「あの……次はどうしたら?」


 アルは少しだけ肩透かしな気分を食らいながらも訊ねてみた。


 すると丸眼鏡をかけている優男風な試験官が、


「君、今の術式少し調節したね?」


 と問い返してくる。


「あ、はい。投射速度と圧縮率を少し変えました」


 アルはさも当たり前といった様子で肯定した。


 術式の意味を理解してその場その場で調節できる者はそう多くない。


 だからこそ規格化された定型術式の有用性は高いのだ。


「……なるほど。そして狙いもブレることなく心臓と頭部か」


「はい。そう習いました」


 魔術は正確かつ淀みも過不足もなく。


 魔力が多く、魔術か属性魔力くらいにしか使うアテのないアルが耳にタコができるほど聞いた文言。 


 試験官らは溜め息をつきかけ、次いで背後から「ゴッホン」と大きな咳払いを聞いて背筋を正した。


 そうだ。想定以上に早く実技が終わってしまったが、まだ最後の質問が残っている。


「あー、最後の質問だ」


「え、もう……ですか?」


 黒髪の試験官に不安そうな表情を向けるアル。


「ああ、見たかったものは見れたのでな。それで、良いかね?」


「あ、はい」


「最後は君が使える秘伝や独自があれば術理を説明しながら見せて欲しい、というものだ。 無論、そういった特殊な術を盗むような者はここにいない。 盗みが発覚した時点で魔導師資格も職も失うのでな。 そういった術はあるかね? なければないでも構わんぞ」


 アルは思わず悩んだ。


 独自術式に昇華したものならそれこそ幾つもある。


 しかし大半は既存術式の大幅改造であったり、掛け合わせであったり、一から考案したものはほぼない。


 あるとすればアレしかない。


 しかし…………。


「どうしたかね?その様子だとないわけではないのだろう?」


「えと、はい。 俺の一党仲間も受験してるんですけど、俺の創った術式を核に個別に専用の独自に改造してて…………この質問絶対するんですよね? たぶんあいつらもその術を使うと思うんですけど、その評点?採点?ですか?に、影響しないでしょうか?」


 不審に思った黒髪の試験官に意を決した様子でアルは訊ねた。


 試験官らはアルの首元に揺れる武芸者の認識票に視線を移して、視線を交わす。


 そして安心させるように口を開いた。


「問題ない。そういう場合は秘伝扱いで評価する」


 納得するように頷いたアルは「ああ、そっか。秘伝術式ってのもあるんだよな」と呟く。


 そしてヴィオレッタからも絶賛された独自術式を披露すべく口を開いた。


「じゃあ説明します。 今から『気刃の術』という、俺の創った独自術式を個人用に改造した『蒼炎気刃』という術をやります。 これは魔力を”属性変化”させるように、闘気を物理現象へ具象化する術です。 これによって生成される属性魔力――――便宜上属性魔力と呼称してますが、それは闘気から生成されるものなので、半ば自動的に普通の属性魔力より高出力、高圧縮されたものになります」


 ―――――闘気の具象化……だと?


 いきなり既定の概念を壊すようなことを言い出したアルに試験官らが目を白黒させる。


「つまり…………()()()()()()()”が行える、と君は言っているのかね?」


 黒髪の試験官にアルは「はい。そうです」と頷いた。


 その様子に嘘を言っているわけではないと察した試験官ら。


「……術理は理解した。やってみせてくれ」


 兎にも角にも見てみなければわからない。試験官がそう言うと、


「はい。あ、剣を抜いても良いですか?」


 アルは問う。


 どうやら武器が必要なのだと判断した黒髪の試験官は一も二もなく「ああ、構わんぞ」と返した。


「じゃあ……『蒼炎気刃』」


 アルは音も無く刃尾刀を抜き放つと共に、慣れ親しんだ魔術を起動。


 刃尾刀に轟!と蒼く、刀身の2倍以上は幅の広い炎刃を纏わせる。


「む、う……っ!」


「この尋常でない圧力は……!」


「……真実、闘気から生み出した炎なのか」


 試験官らは瞠目した。


 蒼い刀身から放たれる波動と渦を巻くような圧迫感にアルの説明した術理が何一つ間違っていないことを直感する。


「威力は、えーと……あ、その盾って使っても良いものですか?たぶん壊しちゃうと思うんですけど」


 アルは然して気にした風でも無く実技スペースの端に積まれている剣置きや盾を指さした。おそらくここにあるということはきっと実技用だろう。


「構わんぞ、青年」


 すると試験官らの背後にいた巨鬼族の女性が楽し気に金色の瞳を細めて頷いてみせる。


 アルは「じゃあちょっと拝借してっと」と言いながら何の変哲もない金属盾を持ってきて地面に突き刺し、


「普通の属性魔力を纏わせても剣の威力が上がるようなことはありませんが、この『蒼炎気刃』を使えば――――」


 トン、と蒼い炎を纏った刃尾刀を無造作にその上に置いた。


 ジュ……ッ!


 次の瞬間、金属盾が飴細工のように灼き熔け、ガラン!と真っ二つになった。


 目を剥く試験官ら。


 アルが大して力を込めていなかったのは見ればわかる。 


 高出力・高圧縮された属性魔力だからこそ可能な芸当。


「こんな感じ……なんですけど」


 スウッと『蒼炎気刃』を解きながらアルは試験官の方を見た。


 先ほどからどうにも反応が芳しくない気がする。


「いや、ありがとう。充分だよ。それで、君が創ったと言っていたが確かかい?魔族の秘伝とかではなく?」


「証明のしようはありませんが、確かです。術理なら幾ら聞いてもらっても答えられます」


 穏やかそうな試験官にアルは自身を持って答えた。


「では、この術の明確な短所は?」


「起動魔力も発動中の消費量もかなり食うことです。かなり燃費が悪いので魔力を鍛えてない人間なら数十秒も保たずに魔力切れを起こします」


「個人用に改造していると言っていたが、核になるその『気刃の術』ではダメなのかね?」


「戦闘に用いるならダメです。汎用性を高める為に無駄が多いので」


「この術式を広めるつもりは?」


「ありません」


「発明料が入ることになっても?」


「ないです。犯罪者に渡れば被害規模は今より一段は確実に上がりますから」


 淀みのない質疑応答。巨鬼族の女性は益々ニンマリした。


「そうか。ではこれで実技試験は終了だ。結果は八月下旬には出るだろう」


「はい。ありがとうございました……?」


 アルは不思議そうな顔をしつつも頭を下げて実技スペースを出て行く。


 妖異な雰囲気を漂わせる受験者が出て行ったのを確認した試験官らは今度こそ溜め息をふぅーっとついた。


 彼らとて魔導師。


 魔導騎士とはまた違うが、難関の試験を通って資格を取得した優秀な者達である。


 ゆえに即座にアルの実力を看破し、思考が一致した。


 この受験生は間違いなく在野の魔導師である、と。


 帝国で魔導師と云えば有資格者のみが名乗れる魔術師の最高峰。


 その法律ができて数十年は経過し、他国でも帝国の試験を突破した魔導師と云えば一目置かれるくらいだ。


 しかし、()()()数十年。


 その程度の期間で「帝国の試験受けてないからお前は術師な」と言えるほど帝国の魔導師達は傲岸不遜でも、無知蒙昧でも、井の中の蛙でもなかった。


 彼らをして理解の範疇を、想像の埒外を平然と闊歩する先達というのは確かに存在するのだ。


 その彼らにとって最も身近と言えるのが栄えあるターフェル魔導学院初代学院長にして現学院長。


 今後ろで楽し気に笑みを浮かべる巨鬼族の女性。


 あるいは”時明しの魔女”と呼ばれる魔族の女性。


 魔族には特にそういった人間の枠組みにある魔導師と遜色ない実力や見識を持った者がいる。


 そのような術師を在野の魔導師と呼んでいるのだ。


「合格はしそうかね?」


 ニマニマしている巨鬼族の女性が問うと、


「意地の悪い質問ですな。あの者で不合格なら今年は合格者なぞおりませぬ」


 黒髪の試験官は苦笑を返した。


「カハハッ!そうであろう。ヴィーのやつ、おもしろい弟子を育てたもんよ」


 呵々大笑する学院長。


 なんとなく事情を察した試験官らは訊きたい気持ちを一旦抑えて、とりあえずと次の受験者を呼ぶのであった。



 * * *



 八月下旬。


 合格発表の掲示板に、四等級の武芸者一党『不知火』の6人は高得点の合格者として上位の方に名を連ねることになる。


 その夜は拠点の家で盛大にお祝いをする6名と1羽であった。

評価や応援等頂くと非常にうれしいです!


是非ともよろしくお願いします!

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