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【祝16.3万PV❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第1部 少年期・1章 異界の記憶篇

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5話 鬼娘と耳長娘

今作のヒロイン2名が出てくるお話です。

また、半魔族の主人公が「どうして魔族の里で受け入れられているのか?」に対するアンサーが仄めかされる大事な回でもあります。

 綺麗な夕焼けが里を茜(あかね)色に染め上げている。


 ふわりと漂(ただよ)ってくる他所(よそ)の夕飯の匂いに、


(おなかすいた)


 堪(たま)りかねたらしい、てくてくと家路(いえじ)を往(い)くアルクスの薄い腹が、くぅ~、とひと鳴き。


 しかし、母は戦士団の仕事でまだ里の外。


 そういえば出掛けに「隣に食べさせてもらうのよ?」と、言われた気がする。


(早めに行ってお手伝いでもしよ)


 夕飯の時間が早まるかもしれない。


 幼いなりにそう考えたアルクスは、写帳と液筆(勉強道具)を置くべく、たたっと駆け出した。




 ルミナス家の西隣にある、4人暮らしのどっしりとした平屋。


 昨日までと違い、その門構えにどこか「和」な印象を感じるアルクスが玄関を叩こうとしたところで、


「あっ、アル! アルも晩ごはんここなの?」


 児童特有ながら人狼の幼馴染マルクガルムよりもっと甲高く、透(す)き通った声が背後で上がる。


「や、エーラ。かあさんが『隣に行け』ってさ」


 振り返って頷くアルクスの前に居たのは、1人の少女だ。


「わたしもいっしょ!」


 と、弾むような声。新緑を思わせるくりくりっとした緑瞳(りょくどう)に、濃い小麦色の肌。


 乳白色を帯びた金の短髪に、尖り耳の可愛らしい森人(もりびと)。


 彼女の名はシルフィエーラ・ローリエ。


 アルクスの幼馴染である。


「ふぅん、めずらしいね?」


「今日はおとうさんもおかあさんもお仕事なんだ~。おねえちゃんも見習いのお仕事でいないの」


「けど、早くない?」


 夕暮れ時ではあるものの、夕飯にはまだまだ早い頃合いだ。


「お手伝いしようと思って!」


 にぱーっ、とシルフィエーラが笑う。


「そんじゃぼくといっしょだね」


「ねー」


 と、普段とそう変わらぬやり取りを交わしつつ、とんてん、とアルクスが戸を叩き直せば――


「お」


 がらり。と、直(す)ぐに引き戸が開いた。


 出迎えたのは少女――アルクスとつるんでいる幼馴染4人組、最後の1人だ。


 雪のように白い肌に、額からちょこんと伸びる二本角、長い黒艶(くろつや)髪の鬼人(きじん)。


 イスルギ・凛華だ。


 天真爛漫(てんしんらんまん)なシルフィエーラと対照的で、深窓(しんそう)の令嬢でも通ずる相貌(そうぼう)をしていながら、澄んだ青い瞳と太めな眉だけがその気性(きしょう)をよく表している。


「……」


 今はむっつりとした表情をアルクスに向け、仁王立ちしていた。


「凛華~、きーたよっ! あさぶり~」


 と、彼女の態度を無視したシルフィエーラがぴょんぴょんと跳ねるように、


「おじゃましまーす」


 アルクスも慣れたように続いたところで――


「ちょっとまちなさい」


「へ?」


 ぱしり、と凛華に腕を掴まれた。


(なんか怒らせることしたっけ?)


 キツめな青い瞳に射抜かれたアルクスは刹那そう考えてみたものの、とんと身に覚えがない。


「や、あの、ぼく夕飯のしたく手伝おうと――」


 仄かに気圧(けお)され、たじたじ言い訳めいたことを口にすれば、


「知ってる。ちょっときて。エーラも」


 凛華に遮られ、そのまま手を引かれる。


「えぇ~、わたしもぉ?」


 が、シルフィエーラはしっかりゴネた。


「そーよ」


 黙殺するように凛華はじろり。


 ――ちょっと!


 何かを訴えかけるように青い眼差しを送るも、


「うーん、あとでも良くない? おなかすいちゃった」


 幼馴染組の自由人筆頭はどこ吹く風だ。


「良くないの。がまんなさい」


 しかし、凛華もこればかりは譲らない。


「え……? ねぇ、ちょっと」


「行くわよ」


「どこに?」


 こうして何が何やら分からぬアルクスは、ずんずん歩く凛華に引っ張られ、


「しょうがないなぁ」


 薄々察していそうなシルフィエーラがあとに続くのだった。




 場所はルミナス家とイスルギ家の狭間――かくれんぼでよく使っている路地奥。


「ヴィオ様に話きいたわ。いつ気づいたの? てんせいしゃって」


 幼馴染の少年を連れてくるなり、手を離した凛華が問う。


「昨日だよ? 頭打ってすぐ」


 アルクスはきょとんと即答した。


 省かずに言うと、魔力感知の訓練中――師の配置した風塊(ふうかい)に対し、同規模の風を無意識に発生させたせいで、ぽーんっと弾かれ、頭を強打した後だ。


「そ。じゃ、それまでは何も思い出してなかったの?」


「そだよ? なんで?」


 質問の意図が分からない。


「前、あんたが知らない言葉を寝言でしゃべってたからよ」


「え、うそっ?」


「わたしそれ知らないよ?」


 と、シルフィエーラが首を傾(かし)げれば、


「エーラはカベにはりついて寝てたわ」


 凛華がにべもなく返す。


「そんなことしてないもん」


「してたわ。で、どーなの?」


「うー……ん? んーいや、やっぱちゃんと思い出したのは昨日だよ。寝言は……よくわかんないや」


 アルクスはしばし考えた末に、回答をほっぽりだした。


 その様子をじぃっと観察していた凛華は、


「そっ。じゃそっちはもういいわ」


 どうも本当らしい。と、納得し、ひとつ息を吸うと――


「それで……あんたはあんたのまま、なのよね? あたしたちの知らないアルになったとかじゃあ、ないのよね?」


 まだるっこしい真似(まね)を嫌って、飛び切り確認したかったことを直球でぶつけた。


 途端、シルフィエーラも張り詰めたような表情に変わる。


 大きく揺れ、それでも射貫くように正面から向けられた青と緑の――二対の瞳。


「あ……」


 すとん、とアルクスは腑(ふ)に落ちた。

 

 凛華が怒っているように見えたのも、シルフィエーラが妙に能天気だったのも。


 ――不安だったから。


「恐い」と、言い換えても良い。


 何の前触(まえぶ)れもなく、ある日知り合いの「中身が変わった」と聞かされれば、そう感じる方が当たり前だ。


 だから今、確かめようとしている。


 アルクスはひとつ息を吸うと、2人を真っ直ぐに見つめ返してこう言った。


「うん。いろいろ思い出したことはあるけど、ぼくはぼくのまま。二人の知ってるアルクス・シルト・ルミナスのままだよ」


「「ほ……っ」」


 途端、どちらからともなく少女らは吐息(といき)を零し、顔を見合わせるなり、安堵(あんど)したように笑う。


 しかし、多少察しが良くともアルクスは正真正銘、精神含めて5才児である。


「マルクもだけど、そんなに不安だったの? しんぱい性だなぁ」


 1人折り合いもついているせいか、さっぱりした顔でのたまった。


「こいつ……どうしてくれようかしら?」


 凛華が一転して眉を跳ね上げ、


「まーまー。ヴィオ様のいってた通りでよかった~。で、いいじゃん」


 ね? と、シルフィエーラが宥(なだ)める。


「お話おわり? おわりでいいよね? 早くごはんいこっ」


 当のアルクスは「おなかすいちゃった~」と、すたこら踵(きびす)を返している。


「まちなさいよこのもんだい児」


 堪(たま)らず凛華が噛みついた。


「だれがもんだい児!? いっつもつばき兄(にい)にはんこーしてる聞かん坊に言われたくないよ!」


「なんですって!?」


「ひとごとって顔してるけどエーラもだよ」


「ええっ、なんで~? わたしは違うもん、凛華だけだも~ん」


「あんたたち、いい度胸ね」


 幼馴染同士に戻った3人がわーわー騒ぎ始めると、


「おーい、三人とも何してるんだい? ごはんできてるよー」


 イスルギ家の方から凜華の兄――紅椿(べにつばき)がひょいと顔を出して手招(てまね)きする。


「「はーい」」


 ぱたたたっと駆ける少女らはすっかりいつもの調子だ。


(……よかった)


「はーい」


 アルクスは密かに胸を撫で下ろし、軽い足取りで駆け出した。



 * * *



 その夜。 


 アルクスがイスルギ家の相伴(しょうばん)に与(あずか)った帰り掛けのこと。


 凛華の父――太い一本角に、だらしのない着流し姿の八重蔵(やえぞう)が「おい、アル」と、酒瓶(さかびん)片手に呼び留(と)めた。


「マモンのやつがもう言ったっつってたが、何かあったら、ああだこうだ悩む前にちゃんと言いに来んだぞ?」


 どこからどう見たとて『無頼漢(ぶらいかん)に絡まれる子供』の画(え)だ。


 が、娘と似ているキツめな眼差しに優しさがあることをアルクスはよく知っており、


「うん。……ねぇ、やえぞうおじさん。どうしてみんな、そんなにぼくのこと気にかけてくれるの?」


 つい、訊ねてしまった。


 昼食の時からずっと抱いていた感覚だ。


 母や師はまだ分かる。だが、他の大人達が親(・)切(・)過(・)ぎ(・)る(・)。


「――」


 八重蔵は一瞬口を閉ざし……紅い瞳に浮かぶ知性、そして幼いなりに論理立てたであろう疑問を察して、答えてやることにした。


「お前の親父、ユリウスの遺言(ゆいごん)でな。『トリシャと、生まれてくる子を頼む』ってな」


「死んだとうさんが? ねぇとうさんは……人間だったん、だよね?」


 母が龍人、父が人間。だから己は半龍人。アルクスが知ってるのはそれだけ。


「おう。それがどうかしたか?」


「あの……どうして、とうさんは死んじゃったの? やえぞうおじさん、なにか知ってる?」


 アルクスはユリウスに、父に会ったことがない。どころか、顔さえ知らない。


 母が月に1度、父のものだったらしきヒビを継がれた盾と、半ばから折れた長剣の手入れをしていること以外、何も知らない。


 その優しい手つきから、大切に想われているのは分かる。だからこそ、聞けず仕舞(じま)いだった。


「……知ってるとも。遺言を託されたのは俺だからな」


 八重蔵は苦しそうに唇を歪(ゆが)め、やがてそう応えた。


(もしかして……)


 アルクスは1度銀髪をふるりと揺らし、


「もしかして、とうさんは……殺された?」


 それでも思い切って訊ねた。


「ああ……そうだ」


「だれに?」


「知ってどうする?」


「おぼえとく。おぼえといて、あとは……わかんない」


「そうかい」


「どこの……いや、里(ここ)には、いない種族?」


 母から父を奪ったのは。


 アルクスが躊躇(ためら)いがちに訊ねると、八重蔵は憎々しげに虚空(こくう)を睨(ね)めつけ――


「お前の親父、ユリウスを殺したのは……あいつと同じ人間だ」


 やがて唸(うな)り声を低く洩(も)らした。


 紅い眼が見開かれる。




 夏の熱気は陽射(ひざ)しと共にすっかり消え去り、辺りは寒々しい闇に包まれていた。

いつもリアクションを下さっている方々や、評価して頂いた方々、本当にありがとうございます!

大変励みになっております。


コメントや誤字報告などなど、気が向いたらいつでもお待ちしております。

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