4話 人狼の幼馴染、魔法の定義
長い付き合いになる主人公の友人が初登場する回でもあり、この世界の「魔法とは何か?」が分かる回となっています。
ぎらりとした夏の太陽が中天に昇り始めた頃。
幼い弟子の手を引いたヴィオレッタは、
「ああ里長様、どうも~。今日はこちらで?」
「いや、アルが居るでな。食堂にするつもりじゃ」
「あら、ほんと。アルちゃんもこんにちは」
「こんちはっ!」
住民らと親しげに挨拶を交わしつつ、煮炊き場を横目に通りを往く。
隠れ里の食事時は、冬場でもこういった具合に活気づいている。
夏場の今は熱気で少しばかり蒸し暑いくらいだ。
そこいらに腰掛け、片や泥で服を染め、片や武骨な胴当てをつけた住民が、
「よ、お疲れさん。って何だおい、泥だらけじゃねえか」
「おーう。それがな、北の外れに新しく陽当たりの良い丘を見つけたつって、今棚田作ってんのよ」
「あー……そら汚れるわな。あ? ちょい待て。んじゃあ」
「そっちも声掛かるんでねえの? 新しく道通さなきゃならんだろうし、戦士団の出番だろうさ」
「魔獣、多いのか?」
「北門抜けた先だもの」
「忙しくなりそうだなぁ」
などと、同じ椀を片手に寛いでおり――
「ひゃあ~参った参った」
「どしたんだい?」
「狩った獲物が氷穴に落ちてよぉ、引き上げるのに苦労したんだこれが」
「あらら、そりゃお疲れさま。はいよ」
「おぉ、あったけえ。森んなか寒くってな」
中央広場の方でも似たようなやり取りが交わされている。
ヴィオレッタはそれを見て、穏やかに紫紺の瞳を細めた。
誰も彼も種族はバラバラ。だが、気にした様子はない。
ゆえにこそ、彼女はこの風景が好きだ。
この光景は、基本的に単一民族で集落を築く魔族が手を取り合ったからこそ、里建造時に生まれ、発展してきた隠れ里の象徴たる文化なのだから。
中央広場から少し外れた食堂。
「おっ、里長様にアル坊じゃないか! 何にする?」
師弟が開け放された戸を潜るなり、慣れたように声を掛けられた。
「儂は竜魚の甘酢揚げを貰おうかの。アルは?」
「ぼくもおんなじの。あんまりすっぱくないやつ」
竜魚とは季節外れの鯉のことだ。脂の良く乗っている魚として知られている。
「あいよぉ~」
2人が料理を待っていると、直ぐ後ろで声が上がった。
「おっ、アルだ」
片方は子供の、威勢良く高めな声。
「ヴィオレッタ様もいらしたのですね」
もう片方は大人の、深みのある低い声だ。
くるりと左に振り返ったアルクスは、にっかりと笑った。
「や、マルク。マモンおじさんもこんちはっ!」
「よっ」
ひょいと手を上げたのは、つんつんさせた葡萄茶髪に、灰紫の瞳の少年。
同い年のアルクスより少し背の高い、マルクガルム・イェーガーだ。
「やあ、アルクス」
そして、大人――彫りの深い相貌に上背のある筋肉質な男性がマモン。
ルミナス家とご近所付き合いをしている人狼族の父子である。
「牙猪の煮込みを頼む」
「はいよっ」
と、注文するマモンを横に、
「今日はヴィオ様もいっしょか?」
ひょこっと左に座した幼馴染からの質問に、
「そっ! 授業だったから、魔術の! まぁ今日が初めてなんだけど」
アルクスは僅かに尻すぼみながら元気いっぱいに応えた。
どうやら期待以上だったらしい。ヴィオレッタが微笑ましく見下ろすなか、
「へー、じゃ毎日やってたあの訓練、ごうかくしたんだな。そのうちおれにかっけー術とか教えてくれよ」
「え? ああうん、そだね。かんがえとく」
「おいなんかてきとーだぞ! たのむって~」
「なら、さっきマモンおじさんがたのんでたお肉、マルクの分をひと切れもらおーか」
「あっ、きったね! 足もと見やがって!」
「せーとーな対価ってやつさ」
「どこがだよ!」
幼馴染同士でやいのやいのと言い合う。
そこで、息子の傍らに座ったマモンが徐ろに口を開いた。
「アルクス。昨日、ヴィオレッタ様から話は聞いた。あいつとトリシャの子だからそう心配もしてないが、何かあったら俺達に言うんだぞ?」
「ほぃ? うん……じゃないや。はい……?」
で、いいのかな? というか、何かあったら?
(もしかして転生者ってイジメられちゃったりする……?)
アルクスがそう問いたげに紅い瞳をぱちぱち。
「……」
マルクガルムは真剣な顔で隣の少年を見た。
(そこまで、変わってねー……のか?)
直前の会話にしたって、これまで兄弟のように接してきた幼馴染と今のアルクスに、大きな変化は見られない。
精々、喋り方がほんの少し賢そうになったくらいだ。
――けど、確かめねーと。
己の感覚が正しいのか。
「なぁ、あのさ……アルはアルのまんま、なんだよな?」
ゆえに、昨日からずっと考え続けていた質問を真っ直ぐ、不器用にぶつけた。
「はあ? あったりまえじゃん」
答えはあまりにド簡潔。
「いきなりどしたの?」と、続けられる。
「いや、そか……そんならいいや!」
心配して損した! と、マルクガルムは心からひと息ついた。
それほどの即答っぷりだった――のだが、『変なものでも拾い食いしたんじゃない?』と胡乱な視線のおまけ付きだ。
(このヤロ……)
イラッとしたような、スッキリしたような気分で、牙猪と芋の甘辛煮をパクつき始めるなり、
「あっ、お肉ひと切れはさき払いだからな」
アルクスが人の気も知らないでのたまう。
「ふざけんな。術教える時にも絶対なんかよーきゅーする気だろ。魚ひと口と交換だ」
「しょーがないなぁ。――ほい」
ころん。と、つけ合わせの人参がマルクガルムの皿に乗った。タンパク質を寄越す気はさらさらないらしい。
「ほらよ」
が、そこは幼馴染。アルクスの皿に芋がぽてっと転がった。
「んにゃろう」
「お前が先に始めたんだからな」
5才児2名がぶーぶー言い出す。
それを見守っていたヴィオレッタとマモンは顔を見合わせ、苦笑を零した。
――変にこじれなくて本当に良かった。
そんな思いが子供達に伝わることはない。
結局、しばらくおでこをぶつけ合って「お肉!」「魚!」と要求し合っていたアルクスとマルクガルムの幼馴染二人組は、
「食べ物で遊ぶんじゃありません」
と、真っ当なお叱りを受けたのであった。
* * *
それからしばしの後。
研究室に戻ったヴィオレッタは太煙管を置き、ややまったりとした雰囲気で午後の講義を再開した。
「午前中に言うておった魔法について解説をしようかの」
「魔術とわけるくらいちがうんですか? んと……あー、定義が」
茶杯を液筆と写帳に持ち替えたアルクスがすかさず問う。
「うむ、ある。魔術とは――鍵語を用い、術式を描くことで望む現象を引き起こす”技術”じゃ。先刻も言うたの」
「はい」
「しかし、魔法は技術ではないのじゃよ」
「え……?」
「無論、魔力を消費する――これは変わらぬ。じゃが魔法とは、我々魔族や一部高位の魔獣や魔物のみにしか宿らぬ、種族固有の”特殊能力”のことを指す。人間や獣人族には発現せぬものじゃ」
アルクスは咄嗟に液筆を走らせ――……書き綴った言葉の意味を理解した途端、はたと手を止めた。
「特殊能力って……それじゃ魔法ってもしかして、半魔族のぼくにはあつかえない……んですか?」
最も気になったのは、その点だ。
なぜなら――彼の母は龍人族。そして、父は人間。
つまり、アルクス・シルト・ルミナスは半龍人。
里にたった1人しか居ない半魔族だからである。
「正直……儂にも見当がつかぬ。前例がないのじゃ。まったく発現せぬか、中途半端に発現するか――はたまた別の形となるか。こればかりは、汝が初めて発現させたときにしか分からぬ」
「いつ、はつげんするものなんですか?」
「種ごとに異なっておるからのう。汝はトリシャの血を継いでおるから、発現するとすれば”肉体変化”の類じゃな。その手の種は大体、今の汝くらいから十才くらいまでの間になる」
「そっか……」
アルクスは紅い瞳を僅かに伏せた。
そういった兆候は未だない。が、興味を抑え切れず、こう訊ねた。
「かあさんの魔法ってどんなんですか?」
「龍人族の魔法は【龍体化】という。太古に存在していたとされる龍の翼や爪、牙、鱗、角を己が肉体に宿すというものじゃ。
飛翔能力を得るだけでなく、身体能力、属性魔力の砲撃に対する耐性も大幅に上昇する――いわば戦闘形態への移行じゃの」
「せんとー形態!?」
(うわ、絶対カッコいいやつじゃん! 知らなかったら『しょうがないかぁ』くらいで済んだのに! ウカツに聞かなきゃよかった!)
と、アルクスは心中で己を罵倒した。
「言うておくが、どの種族も戦闘に向いた魔法というわけではないからの? 地味なのも多々あるのじゃぞ。それに、まだ扱えぬと決まったわけでもなかろう?」
ヴィオレッタが優しく諭す――が、慰める響きだけは隠せない。
「じゃあぼく……魔法がはつげんしなくっても、バカにされたりしませんか?」
すっかり悄気たアルクスが、いじけたように唇を尖らせれば、
「安心せい。そんな戯け、儂自らが里から叩き出してやるわい」
ほっそりした手によって銀髪を穏やかに梳かれる。
師の美麗な相貌には、艶然ながらも不敵な笑み。
(やっぱり……)
この頼もしい師が自分を弟子にしてくれたのは、きっとそれが大きな理由だろう――と、幼いなりにアルクスは確信らしきものを得た。
母と親友だから。里長だから、というだけでは、決してない。
――だったら、魔術だけでも頑張ればいい。
大好きな母や尊敬する師が、自分のせいで馬鹿にされないように。
――前世の記憶だって、使いようだ。
と、持ち前の切り替えの早さで決意を新たに、紅い瞳をきりりっとさせて、こくっと頷く。
ヴィオレッタはそんな弟子のいじらしさに口元を綻ばせた。
訊かずとも、何を考えているかくらい分かる。
きちんとした言葉を喋るようになる前から、面倒を見てきたのだから。
「さて、初日の講義はこんなところにしておこうかの。明日からは実践も織り交ぜていくゆえ、よーく休んでおくのじゃよ?」
「はいっ!」
「うむ。では、まだ陽の沈まぬ内にお帰り」
「ありがとーございましたっ!」
アルクスは勢いよく頭を下げ、大事そうに写し帳を抱えて、ヴィオレッタ宅を後にした。
里を一直線に縦断する帰路は、やはり子供には少し辛い距離ではある。
それでも、その足取りは軽いものだった。
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