7話 ユリウス・シルトという英雄 (アルクス5歳の夏)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
また、最初は世界観説明もあり非常にゆっくりとしか進められませんが、なにとぞよろしくお願いいたします。
西門から出てすぐの訓練場、と云う名の草原。
昼食を終えたアルクスはヴィオレッタ師匠による魔術の授業の続きを受けていた。
今は昼食を持ってきてくれたアルの母トリシャも一緒だ。
ヴィオレッタの適性が低い炎と光の属性魔力を見せてもらえるらしい。
「えっ!?じゃあアルはもう属性魔力の”特質変化”ができるようになっちゃたの?」
驚愕の声をあげるトリシャ。
息子が魔力とは何ぞや?を学び始めてまだ2日目だ。
いくら何でも師の欲目というやつではないか?
そんな胡乱な視線をヴィオレッタに向ける。
「そうじゃよ?まだまだ不慣れではあったしアタフタもしておったが、ハッキリとした形状の炎を握っておった」
「うっそぉ?」
腹立たしい顔で疑ってくる親友に、ピキッと青筋を立てたヴィオレッタが弟子へ指示を出す。
「……くどい母御じゃの?アルよ。投げんで良いから息子を信じてやらんこのわからず屋に見せてやれ。さっきの杭で良いぞ」
嫌味も忘れない。
「ちょ、ちがうわよアル?別に疑ってるんじゃなくてまだ――――」
「疑っておるからそんなことを言うのじゃよ」
ツーンとした物言いの師と、慌てて弁明する母をアルは半眼で見た。
この2人は互いを親友と認識しているからか、物言いに遠慮と云うものが一切と言って良いほどない。
やいのやいのと言い合う2人を尻目に、アルはさっき投げた”炎の杭”をイメージしながら魔力をこねる。
ボウッ――――!
すると、あまり間を置かずに”炎の短杭”が掌におさまった。
時たまプロミネンスが波打っている。
さっきよりずっと簡単だった。コツを掴めたということだろうか?
アルが「できた」と言う前に大人2人は魔力に反応して視線を向けた。
両者の反応は対照的だ。
満足そうな笑みを浮かべてそれはそれは見事なドヤ顔を決めるヴィオレッタに対し、トリシャは目を見開いて驚愕を露わにしている。
「うっそでしょ!?なんでできるのアル!」
「ん~……わかんないや。ぜんせのおはなしとかからそーぞーしてるから?」
トリシャの問いに息子はあっけらかんと答えた。
”特質変化”は魔力の扱いを覚える際、最初に詰まるところだ。
「想像できても魔力の扱いは別でしょう?詳しいやり方までそのお話に載ってるの?」
「ううん。そういうのはなかったと思う」
アルはふるふると母譲りの青白い銀髪を横に振る。
「天才なの?」
トリシャは即座に親馬鹿を発動させた。が、これは致し方ないことである。
這えば立て、立てば歩めの親心というやつだ。
ただ少々愛と期待が過剰で、歩めば走れ、走れば飛べくらいの精神でおまけに息子なら出来ると信じ切っているだけで。
アルはそんな母に危機感を覚えた。
このままではどんどん期待が重くなりそうな気がしてならない。
ぶわっと冷や汗を流しながら言い訳のように言葉を重ねる。
「ぐ、ぐーぜんだよ!きっとかあさんの子だから炎が向いてただけだよ!」
そこに焦る弟子の心情を察したヴィオレッタが苦笑しながら助け舟を出した。
「これトリシャよ、落ち着け。 優秀な息子に期待しすぎるのもわかるが、汝の重みで身動きがとれぬようになったらどうするのじゃ? 子供は自由に羽ばたくのが一番じゃろう? それにまだ他の属性を試しておらぬ。 アル、やってみぃ。 水への適性が低かったということは氷は壊滅的じゃろう。 残り五属性をやってみようかの」
「むむっ、確かにそうね」
「ほっ……やってみます」
あからさまにアルは胸を撫で下ろして手を構える。
十で神童、十五で才子、二十すぎれば只の人という言葉もあるくらいだ。アルとしては只人で充分。
しかし……なんだかうまくいきそうな気がする。
母からの期待が重くなりませんように。
アルはそんなことを考えながら大きく息を吸って集中した。
「はじめは……なんだっけ?あ、風だ。かぜ、カゼ、風……の、むち?」
魔力の発露と共にシュルシュルと音をさせ始めるアルの手には何かがしっかりと握られている。
不可視の何か――――風の鞭が下草を押しのけていた。
「できておるな」
「できてるわね」
なんですぐ握るのだろう?刃型にして飛ばしたって良かったろうに。
”属性変化”は教えられずとも魔族の子供ならすぐに出来るようになるのが普通だ。
魔力が豊富な種族が多いため、遊びながら覚えるのが一般的。
それ以前に”魔法”を発現させることの方が多いが。
しかし”特質変化”は違う。
それまでなんとなくで魔力を扱っていた8~10歳くらいの子供が魔力とは何ぞや?などと考えたりはしない。
当然理論なども知らない。
それゆえ、もどき状態の属性魔力をこねくり回して形を作り、最終的に属性魔力へ変換するという手順がいやに遠回りな気がして難しいと感じてしまう。
その結果として習得に時間がかかってしまうものだ。
ヴィオレッタとトリシャもかつてはそうであった。
いとも簡単にやってのけたアルの方が変なのだ。
前世の記憶があるからだろうか?
2人がそんなことを考えているうちに土の”属性・特質変化”をアルは済ませた。
土は簡単だ。泥遊びや砂遊びをしない子供の方が少ないのだから。
続いて雷。
アルは午前中見たヴィオレッタの雷撃を思い出した。
ついでに前世の稲妻が落ちてくる理論なども、ふわっとした記憶から朧げな知識を引っ張り出す。
そして両掌に乱暴な風を纏い、それを起点として苦戦しつつもバチィッとプラズマを発生させた。
おっかなびっくりしつつ、やっぱり短杭の形に変える。
―――――前世の神話にこんなのなかったっけ?なんだっけあれ?
青白い稲妻を握りしめたままアルは呑気に考えていた。
「儂のを見ていたとはいえ、呑み込む速度がやけに早いのう」
「ねぇヴィー、ホントに今日はじめたの?」
「うむ、それは間違いない……ふむ、おそらくは考え方じゃな」
「考え方?どういうこと?」
「アル自身の中できちんと筋道を立てた理論があるのじゃ」
ヴィオレッタは弟子を観察しながら推論を述べる。
さっきからアルは己の持っていると思わしき知識や考察を使っていた。
見たものを己の中で咀嚼して定義し直す。
この分だとなんとなくで扱っていたのは炎くらいだろう。
要はモノの考え方というものを知っているのだ。
その証拠のようにアルは動きを止めて、母の方を見た。
「かあさん」
「なあにアル?」
「光わかんない」
「あ、そっか。ヴィーは光の適性ほとんどないもんね」
トリシャも親友が何を言いたいのかを理解する。
「うむ。水と氷は見せておるから、光の方の実演を頼むぞ」
ヴィオレッタはそう言いながら午前中と同様に土の的を出現させた。
トリシャはそれを見て鼻息を荒くする。息子に良いとこを見せようとやる気満々だ。
「まっかせなさい!見てなさいアル。光は属性変化をするだけでこうやって光源にもなるのよ」
トリシャが手に溜めた魔力を光へ変化させると、まばゆい――――白色LEDの明度を全開にしたくらいの光球が出来上がっていた。
「わっ、おお~、あかるいんだね」
「でしょう。そして飛ばすときは、こんな感じよっ!」
威勢の良い母の声と共に発射された光芒は、白い墨を引いたような尾を残して的を貫通する。
ぽっかり空いた穴の中の表面は朱くなり、ガラスのように質感が変わっていた。
「はっやっ!!えぇー…………うわ灼けてる。これって、レーザー?」
タタタッと的に走っていったアルは赤熱化した土を見て、前世の映画に出てきた光線銃を連想する。
(光属性魔力って危ないんじゃ……?)
と気づけば頬が引き攣っていた。
「大丈夫じゃよ、アル。あんな威力になるには相当の修練と魔力が必要じゃからの」
アルの内心を読んだようにヴィオレッタが補足を入れる。明らかにビビっている弟子はそれはそれで可愛かったが、そうも言っていられない。
「ほっ、ならよかった……んと、こう?あってる?」
むむむっと試したアルが出したのは、前世の映画にあったレーザーブレードのようなものだった。
込められた魔力はトリシャの放った光球の万分の1もないだろう。
「凄いわよアル!でも――――」
「うむ。初めてでここまで出来るとは思わなんだ。しかしじゃ――――」
トリシャもヴィオレッタもアルが一発で”特質変化”まで持っていけること自体は褒められるべきことだと素直に称賛する。だが――――……。
「「どうしてすぐ握るのよ(じゃ)?」」
その答えはアルにもわからなかった。
* * *
時刻は夕方、ヴィオレッタは授業を締めようと口を開いた。
結局アルは闇属性魔力以外の扱い方と”特質変化”までを習得することができた。
大収穫と云うよりは快挙だろう。
「あとは反復あるのみじゃ、闇属性魔力はまた練習じゃな。さて今日の授業で何かわからなかったところや聞きたいことはあるかの?」
アルはうーんと考えた後、希望を言ってみることにした。
「ししょー、”魔法”が見てみたいです」
「なるほどの、”魔法”か。しかし儂の”魔法”は見せる類のものじゃなくてのぅ。ぶっちゃけ地味か痛々しいかのどっちかなんじゃよ」
師は非常に無念そうだ。そこへトリシャが口を挟む。
「じゃあ私が見せたげるわ!お母さんのでもいい?」
「うん、”魔法”がどんなのか見てみたい」
自身に発現するかもわからないし、魔術や属性魔力でも度肝を抜かれたので興味があったのだ。
「私たち龍人の”魔法”は『龍体化』って言ってね。身体が戦闘形態へ変わる”魔法”なの。使ってる間は魔力を消費し続けるけどすっごく強くなれるのよ」
アルは母の言葉にハタと動きを止めた。ここ数日の疑問が解けた気がする。
「消費しつづける?ししょー、もしかして―――」
「アルの予想通りじゃ。 魔族は魔力量が多いはずなのに魔導師や魔術師、儂に教えを請いに来るものがほとんどおらぬ。 それはなにゆえか? と思っておったのじゃろ? それは魔族が”魔法”を用い、敵にぶつける道具として魔力を扱う者の方が圧倒的に多いからじゃ。 生半な術しか知らぬ者達からすればわざわざ小難しい術式を組んで魔力を流すより、属性魔力の一つでも当てた方が手っ取り早いし、バカスカ消費すれば”魔法”が解けてしまうからのぅ。 どうじゃ? 疑問は晴れたかの?」
「はい、ししょー」
ヴィオレッタの説明はアルの疑問を見透かしていた。
なるほどーとスッキリした顔の弟子をヴィオレッタは撫でる。
「ちょっとぉ、二人とも~?私の見せ場なんだけどぉ?」
トリシャの声で師弟はハッとして視線を向けた。
「じゃ、いっくわよー」
やっと視線を向けられたトリシャは、気合が入ってるんだか入ってないんだかわからない掛け声と共に『龍体化』を発動する。
その瞬間、トリシャの額の両端から螺旋状の角が2本後ろ向きに伸び、顎先から腕や足までを覆うように龍の鱗がシュウッと生えた。
肘にはギュルリと鋭い棘が伸び、手足の爪は肥大化しこれまた鋭くなっている。
極めつけは翼だ。肩甲骨からせり出した二対の尖った骨に蝙蝠などに見られるような翼膜がつき、火の粉のようなものが噴出していた。
非常にかっこよくて凛々しい姿だ。
少なくともアルにはそう見えた。
「わぁっ……!かあさん!かっこいいっ!!」
ふくふくとした頬を紅潮させて駆け寄ってきた息子を引き裂いてしまわぬよう、トリシャは優しく抱き留める。
「相変わらず美しいのう」
惚れ惚れするような造形だ。ヴィオレッタは素直に親友を褒めた。
「ふふっ、そうでしょ?」
「あれっ?かあさん眼もちがう」
自身と同じで瞳が紅いことに変わりはないが、瞳孔は垂直方向に長いスリット状になっていた。
指摘したアルを抱いた母は瞳をよく見えるようにしてやりながら正体を教える。
「これは龍眼って言うのよ。動体視力が上がって魔力が捉えやすくなるの」
「へぇ~そうなんだ!」
はじめての”魔法”にアルはここまで変わるものなのかと驚き、それと同時に気持ちが落ち込むような不思議な気持ちを味わった。
「アル?どうしたの?」
表情を一転させてどことなく曇らせた息子へトリシャはすぐに気づいて『龍体化』を解除しながら訊ねる。
昨日の夜もこんな顔をしていた。ヴィオレッタもどうしたのだろうかと顔を覗き込んだ。
「ねぇ、かあさん」
「なぁに?」
「どうしたのじゃ?」
「ぼくたぶん”魔法”使えないよね?」
「それは……」
いつか聞かれるであろう質問だ。聡いアルなら早くにその質問をしてくるだろうことも、わかってはいた。
「…………」
ヴィオレッタは空気を読んで黙っている。
しかし続けられたアルの言葉には2人揃って目を剥くことになった。
「それはべつに、もちろん使えたらいいなぁっておもうけど……ぼくにはとうさんの――――にんげんの血が流れてるから。 だから使えないなら使えないでもいい。えとね、そうじゃなくてぼくが聞きたいのは、知りたいのは…………とうさんがどうして、だれに殺されたかなんだ。 同じにんげんに殺されたってどういうこと?」
トリシャとヴィオレッタは言葉を失う。
なぜ知っているのか?誰に聞いたのか?
アルが昨夜見せた表情や今朝の様子が、2人の中ですべて繋がった。
幼い精神で一人悩んでいたのだ、聞くべきか聞かざるべきか。
己の感情とこちらの心情を天秤にかけて。
アルは小さな体で不安げに、しかしその紅い瞳は逸らさずこちらを見つめている。
トリシャとヴィオレッタは静かに顔を見合わせ、やがて頷いた。
もう隠しておけない。聡いアルならいろいろな手段で真相を知ろうとするだろう。
「アルよ、汝の父ユリウスについては明日すべて話そう」
師の言葉にアルは首を傾げる。
「明日?ですか?」
なぜ今じゃないんだろう?
そんな表情のアルにしゃがんだトリシャが目線を合わせた。
自分とよく似た紅い瞳。
しかし意思の強そうなところは旦那の方に似ている。
きちんと聞くまで納得しない。
真っ直ぐな瞳はそう告げている。
そんな息子に亡き夫を想起したトリシャは囁くようにアルに告げた。
「アル、明日お父さんのお墓参りに行きましょう」
墓参り。言われてみれば一度も行った記憶はない。かと言って家に仏壇のようなものがあるわけでもない。
「……うん」
目をパチクリさせたアルは潤んだ母の瞳に何も言えず、ただ頷くことしかできなかった。
* * *
翌日、空は抜けるような晴天だった。
雨期を過ぎたラービュラント大森林はここ最近ではめっきり暑気も抜けてきて夜などは涼しい。
季節が変わろうとしているのだ。晴れているのに低くなってきた空は、その証左でもあるだろう。
アルとトリシャ、ヴィオレッタは他の門より幾ばくかひっそりと備え付けられている南門に集まっていた。
なぜかそこには左頬を腫らしたイスルギ・八重蔵の姿もある。
「やえぞうおじさん?おじさんもお墓まいりするの?」
アルの問いに八重蔵はバツの悪そうな顔でガリガリ頭を掻く。
「おうよ。 俺もユリウスに挨拶しようと思ってな。 共同墓地まではちっと歩かなきゃなんねぇんだ。 里を建設した時どれだけ拡張するかわからなかったもんで、あえて墓地はちっと遠めにしてあんだよ。 今日はお前さんの護衛も兼ねてんだぜ?」
そう言いながら鬼人は、左右の腰に刺さった大小二振りの剣を見せた。
余計な装飾はなく、明らかに実用と思わしき武骨な剣だ。
「なるほどのぅ。そうやってペラペラ喋った挙句、あえてまだ黙っていたユリウスの死についても口を滑らせたんじゃな?」
そう問うたヴィオレッタの声と視線が底冷えするほどに冷たい。
八重蔵はビクリと肩をすくませ「あ~、いや、その」としどろもどろになりつつ、やがて観念したようにサッと膝を折った。
そして不思議そうに首を傾げるアルに目線を合わせる。
「アル、すまねえ。 ユリウスのこと、もう少しお前さんが大きくなったら話そうってみんなで決めてたんだが、『うちのと違って見た目の歳よか随分大人びてんなぁ』なんて思っちまってつい喋っちまった。 うちの母ちゃんにもそれで今日しこたま怒られてな」
眼の前の一本角を生やした鬼人の頬が腫れている理由を察したアルは、首を横に振る。
ほわほわした銀髪が揺れ――――……。
やにわにその紅い瞳がまっすぐに八重蔵を射抜いた。
「ううん、結局ぼく聞いちゃってたとおもう。やえぞうおじさんがさいごを看取ったって言ってたよね?そのときのこと……お墓につくまででいいから、教えて」
瞳の色こそ違えどその瞳に浮かんだ強い意志は、ユリウスの子である何よりの証拠だ。
八重蔵はアルに亡きユリウスを連想して破顔する。
『俺に似てたりするかなぁ。似ててほしい、いややっぱりトリシャに似た方が女の子にも~』
なんてユリウスは言っていた。
(見た目はトリシャ似でも中身はしっかりお前の血を引き継いでるみたいだぜ、ユリウス。お前に似て頑固そうだよ)
八重蔵はユリウスに報告できることができたと喜び、頬のはれぼったさなどすっかり忘れて、
「そんじゃ、行くか!」
と威勢良くアルの手を引きながら南門をくぐった。
その後ろをトリシャとヴィオレッタは呆れた目を向けながら続く。
「調子がいいんだから」
「あれでは水葵も苦労しよう」
「氷鬼人なのに紅椿って子供に名前つけたときもシバかれてたわよ」
「ほんに変わらんのぅ」
こうして4人はユリウスの眠っている共同墓地へ歩き出した。
~・~・~・~
共同墓地までの道は、南門を抜けてすぐの一本道を通るのが最短ルートだ。
墓地は墓石に適した石材が取れやすい場所を選び、死者の眠りを妨げないようにと周りには何も建てなかった。
里の警備や索敵用の監視塔が付近の大森林内にあるのみである。
一本道と云いつつ最低限の整備しかされていないので、アルのような子供には少々険し過ぎる道だ。
すでにここは大森林の中。
魔獣や森そのものが牙をむく可能性がある。
アルが目を上げると大人たちが油断なく周りを観察していた。
自分の足で歩かねばならないことを理解しつつもこれは想像以上にしんどいかも、と今まで墓参りに連れて行かれなかった理由をアルは察し始めていた。
「アルや。ユリウスの死について語るうえで、前提として話しておかねばならんことがいくつかある。多少難しい話じゃが良いか?」
そこへ師であるヴィオレッタがアルの気を紛らわす思惑もあるのだろう、話しかける。
「ふぅ、ふぅ……はい」
軽く息が上がりつつもアルはこくこくと首を縦に振った。
「まずは……そうじゃな。 五十年ほど前、戦で大きく数を減らしておった魔族達は、今の隠れ里のような場所ではなく、ラービュラント大森林のもっともっと人間の国寄りに村のようなものを築いて生活しておった。 それで平和じゃった。 じゃがおよそ三十年前に聖国が魔族を排斥する方針を打ち出し、周辺国にもそうするよう圧をかけたのじゃ。
帝国と王国の2大国は揃って無視した。 何を馬鹿なことを、とな。 特に帝国は建国に魔族が関わっておる。 むしろ憤慨したじゃろうな。 そして帝国と王国、聖国の三大国に挟まれるようにあった共和国もその方針には従えぬと拒否した。
そんなことがあって十数年が経ったある日、聖国は宣戦布告もせず共和国に攻め入り、自分達の領土にしようと戦を引き起こしたのじゃ。 実際は戦などではない。 共和国の各都市に潜り込ませておいた軍を一斉に起こし、民を人質に各都市の指導者達を脅したのじゃ。
これに怒ったのが帝国と王国でな。 共和国の領土を不当に占拠するようであれば、こちらが手を組んでそちらに攻め入る、と宣言したのじゃ。
おかげで共和国領は聖国のイカレが治める聖国領とはならなかった。 が、聖国も甘くはない。 せっかく占領しかけた共和国を手放す気はなかったようでの。 また攻めるぞ、と脅しをかけて直接支配こそ成っておらんものの、各都市に外交官という名目で監査官を起き属領としたのじゃ。 ここまでは良いか?」
「なんとなく」
とりあえず聖国が酷い国だということは理解できた。
そんな感想を抱きつつアルは頷く。
「ここからが本番じゃ。 当時の魔族達もそう馬鹿ではなくての。 時勢を読んで隠れ住む者が増えておったんじゃ。 儂らもその例に漏れず隠れ住んでおったのじゃが、共和国が聖国の属領とされたと聞き、安住の地を求めてラービュラント大森林のもっと奥――――つまりは今の隠れ里に当たる土地を探し求めることにしたのじゃ。
ついでに補足しておこうかの。 帝国が興る少し前まで、魔族達は種族間で戦ばかりしておっての。 戦える者達はほとんど死に絶え、戦えぬ者が生き残って細々と種を繋いでいっておるような状況じゃった。 共和国が聖国属領となった当時もようやっと絶滅は免れたくらいにしか増えておらんでのう。 そんな頃に聖国はロクでもないことをやりだしたのじゃ」
「ろくでもないこと?」
「魔族狩りよ」
訊き返すアルにトリシャが苦々しげな表情を隠しもせず即答した。
「そう、魔族狩りじゃ。 連中はこちらの頭数が少ないことをよく理解しておった。 聖騎士と呼ばれる遺物の力や謎の――――聖国が秘しておる技術を使う連中を頭目とした神殿騎士を率いて、討伐隊を各地へ送り込んだのじゃ。 ああ、神殿騎士というのは聖国の教会に所属しておる騎士での。 聖国軍の中から選りすぐられた兵士共のことを指す」
トリシャの言を引き継いでヴィオレッタは更に語る。
「儂らは、魔族狩りが行われ始めたと聞くとすぐに、今の隠れ里がある地を基盤とするための工事や開拓を行い始めた。 すでにマモンは儂らと共におってな。 人狼の強みを生かして情報収集や、戦える者達を集めてもらう役を任せておった。
トリシャはその直後くらいから儂らに合流しての。 元々知り合いじゃったし、似たようなことを一人でやろうとしていたと聞いてすぐ仲間に引き込んだのじゃ。 そのあとに八重蔵たちじゃったか。 シルファリスを連れたラファル――――シルフィエーラの両親なんかもそのくらいじゃな。
まぁ朝から晩まで里の開拓を行いつつ協力者を集め、そうやって最低限人の住める環境が整ったらすぐに居住者達を募った。 たくさんおったよ。 魔族狩りを恐れる者、乳飲み子を抱えておる者、種の絶滅にいまだ瀕しておる者。 しかし里の居住環境はいまだ劣悪じゃった。 体の丈夫な者達から移動して貰ったり、儂ら自身が連れてきたりしておった。
そんな折じゃ。 ユリウスが、隠れ里へ移り住もうとして集まっておる魔族の村に来て『自分は武芸者をしているユリウス・シルトという。 人間だが帝国の者だ。 今晩泊めて欲しい』と言うて来たのは。 当初はえらく警戒されたらしくてな、まぁ当然じゃが。 隠れ里へこれから移り住もうとしておるところに、人間が訪ねてきたと云うことで儂にすぐ連絡が来てのう。
儂は慌ててトリシャや八重蔵、ラファル達を引き連れて村へ行ったのじゃ。 そこからは、まぁ割愛しよう。 とりあえず、ひと悶着はあったが元々さっぱりした明るい奴じゃったから、悪意がないことはすぐに理解できたのじゃ。 話を聞かせると、あやつは魔族狩りに激怒しての。
先ほども言うたが帝国建国の折、初代皇帝と魔族は協力関係にあってな。 帝国人にとって魔族は種の違いは大きくあれど、友人のようなものと考えられておったらしい。 その後ユリウスは魔族達の中で唯一の人間として、魔族の移住を手伝いはじめた。
それから数年もせんほどの月日が流れ、里はある程度快適に暮らせるようになり、マモン達人狼も長いこと里を空ける必要がなくなってきておった。 いつの間にやらトリシャとユリウスは好い仲になっておっての。 まぁ色々あったのじゃろうがそこはトリシャに後で聞くが良かろう。
獣人族と人間の組み合わせはあっても、魔族と人間の婚姻なんぞ初めてじゃ。 それでも儂らは大いに祝福したものじゃ。 めでたい、ここから魔族と人間との新しい時代が始まれば良いなとな。 その一年ちょっと後にトリシャが妊娠した。 里への移住者達は日に日に増えておったし、儂らも保護と里の拡張を進めておった。 そして――――」
そこで急に八重蔵が手を上げて、ヴィオレッタの話を遮った。
「ヴィオレッタ様――――いや普段の呼び方で構いやせんね。里長殿、そこからの話は俺にさせちゃもらえませんか?あいつを看取ったのは俺ですから」
アルがふっふっと息を切らしながらそちらを見ると、八重蔵は見たことがないほど真剣な様子でヴィオレッタへ願い出ていた。
「そうか、そうじゃったの。では頼む」
ヴィオレッタが鬼の瞳に並々ならぬ想いを見て了承する。
「ええ。 トリシャがお前を妊娠して数か月後のある日のことだ。 今でもよく覚えてるよ。 もうすぐ夏だってのにやたらと肌寒い日だった。
あの日、俺とユリウス、ラファルの他にも何人かが里に移住したいっていう村の要請を、マモンからの報告で聞いてな。あぁ、今は隠れ里しかねえが建造中は色んなとこに中継地点を作ってたんだ。 一番安全な里に嫁さんたち置いてな。
『近くに魔族狩りどもが出て初めて移住を決めるくらいなら、最初っから来てりゃあいいのによ』なんて愚痴りながら、俺たちはそれぞれの村の規模や移住人数なんかを調べに行ったのさ。 一番遠い北側の村に俺と数人が。 次に遠い南側の村にラファルとマモンが。
そんでもってユリウスともう一人が、物資の融通や人間の街から買い出しに行くときなんかに必ず通ってたそこそこでかい村――――里と人間の街との中継地になってたチヒト村って名前の村に行った。
俺たちの方は滞りなく調査を終えた。 けど帰ってきたら里の方が慌ただしくてよ。 騒がしい理由は見てみりゃすぐにわかった。 ユリウスと一緒に調査に行ってたやつがゼェゼェ言いながら、足なんかボロボロで里長殿に縋り付いてんだよ。 涙と血と泥だらけでな。
そいつが言うんだよ。『魔族狩りに村が襲われてる。村の異変に気付いたユリウスが気付かれちまう前に、里へ連絡を出すよう自分を逃がしてくれたから急いでくれ』ってよ。 里長殿と俺たちは慌てて武器ひっつかんで走った。
あんときばかりは女神に祈って――――――…………呪ったよ。
チヒト村についてすぐ目に飛び込んできたのは、折れた剣構えたまんま動かねえ血まみれのあいつ――――ユリウスだった。 砕けた盾の革帯握り締めて、クソッタレの神殿騎士共を食い殺すように睨んでやがった。 足元には立派な鎧着てるやつが一人、首真っ赤に染めて事切れててよ。
神殿騎士共は完全にビビッてた。 後で知ったが、その首斬られてたのが連中の頭目で聖騎士ってやつだったそうだ。とりあえず、俺たちはバレねえよう近づいて一気に連中を仕留めた。
すぐユリウスの方に駆け寄ったが、あいつはもう…何も見えなくなってた。辛うじて息してんのが奇跡だった。
俺らだって叫んでようやっと理解できたみてぇでな、俺の腕握りしめて『八重蔵、八重蔵。森に逃がしてる人達がいる。見つけてくれ。頼む。それとトリシャにごめんって伝えてくれ』って何度も、何度も必死に、早口でそう言うんだ。 他の奴らは生き残ってる連中がいるって聞いて、慌てて森ん中探しに走ってった。
俺ァあいつに『わかったから落ち着け。ちゃんと伝えるから、まず治療が先だ』っつって横たえた。 あいつは『ありがとう』ってずっと言い続けてた。 そんで横にしてやってすぐだ。 他の騎士共がいないか探り終えた里長殿がこっちに飛んで来てくれたんだ。 里長殿の独自の治癒術なら大抵の怪我は治せる。
…………だが里長殿は何も言わなかった。 じっと労わるようにあいつを眺めてんだ。 俺ァ頭に来て『何してんだ!?早くこいつを治療してやってくれ!』そう叫んで気づいた。 さっきまでか細く『ありがとう』っつってた声が聞こえねぇ。 見ればユリウスは見えねえ眼を見開いたまま事切れてた。
さっきまで喋ってたんだぜ、そんなことがあってたまるかよ。 俺は里長殿に頼んだ。『術を掛ければ息を吹き返すことだってあるかもしれねぇ。何とかならねえのか』ってな。
だが里長殿は首を横に振って、どっか上の方を見てた………………俺にだってわかってたさ、あれが末期の言葉だったってのは。 けど認めたくなかった。 後にも先にもあんなに納得いかなかったこたァねえ。
悔しかったし、悲しかったし、やってられねえって気持ちでいっぱいだった。 なんでこいつが死ななきゃならねえんだってどうしようもねえ怒りも湧いた。 そうしたら急に紅の奴が出て来てな。 身重の水葵の代わりに食糧を交換しに村に来て巻き込まれたらしい。 そういう子供たちが他にもいたそうでよ。
びっくりして慌てて探したら、里や中継地から来てた子供達は誰一人死んじゃいなかった。 聞けばユリウスが命懸けで助けてくれたんだと。 村の連中にしても、あいつが来る前に殺されちまったやつらを除けば、ほとんどが助け出されて生き残ってた。 村の連中がそう言ってたよ、『あの人間が飛び込んできて助けてくれた』ってな。
アル……これが事の顛末だ。 自分は半龍人なのにどうしてみんな当たり前って顔で受け入れてくれるのか、あんなに親切なのか――――こないだの質問はそういう意味で言ってたんだろ? これがその答えだよ。 お前が、あの英雄の息子だからだ」
アルは紅い瞳を見開いて涙を滲ませつつ、八重蔵をまっすぐに見つめ返した。
知らなかった真実。
異世界の記憶を持っているだけの5歳児には重過ぎる。
しかしアルは瞳を伏せない。
睨み合うように視線を交わす2人を、トリシャとヴィオレッタは瞳を滲ませながら神妙な顔で見ていた。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!