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【祝!90,000PV】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第1部 少年期ノ壱 異世界への転生編
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6話 ヴィオレッタとの楽しい実践授業 (アルクス5歳の夏)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


また、最初は世界観説明もあり非常にゆっくりとしか進められませんが、なにとぞよろしくお願いいたします。

 帰宅したアルクスは母の帰りを待っていた。


 その紅い瞳が自然と、火のない暖炉の上に飾ってあるものへと向く。


 割れ目を丁寧に継がれた盾と、半ばからぽっきりと折れた直剣。


 父ユリウスの遺品だ。


 しかし剣の方はともかく、盾の方はもう全く武具としては機能しないだろう。


 それくらいは子供のアルにだって容易く理解できる。


 埃一つ被っていないのは月に一度、母のトリシャが大事そうに磨いているからだ。


 その光景なら何度となく見てきた。逆に云えばそれ以外、父のことは何一つ知らない。


 つい先ほど幼馴染の鬼人少女イスルギ・凛華の父、八重蔵から聞いた父ユリウスの死について、どういう状況だったのかなど詳細な経緯(いきさつ)は教えてもらえなかった。


 ただ、人間に殺されたとだけ。


 それゆえ、尚の事気になってしまう。


 意を決して母に訊ねてみようか……?


 とも思ったが、仕事から疲れて帰ってくる母にそんなことを聞くのは酷な気がしてならない。


 結局その夜は「ふぅ〜、ただいまアル〜。ちゃんとごはんは食べさせてもらった?もう今日はお母さん疲れちゃった〜」と言いながら帰ってきたトリシャを労るだけで、父について何も聞けずじまいのままその日は終えることとなった。



* * *



 翌朝、アルと魔術の師であるヴィオレッタは西門を抜けた先の草原――――訓練場にいた。


 ここ最近は吹いてくる風が涼しくなってきた気がする。


 イスルギ家の者達とはまた違う艷やかな濃紫を帯びた紫紺髪を風に遊ばせながら、ヴィオレッタはオホンと一つ咳払いして授業を始めた。


「では魔力の”状態変化”について説明しようかの。 魔力には術式や魔法を行使するために必要な()()()()としての側面と、それそのものを()()()()()()()()()()という二つの側面がある。

 前者については魔術の指導とともにやるゆえまた今度じゃ。 今日は後者、つまり魔力の”属性ぞくせい変化”と”特質とくしつ変化”について学ぼう。 とは言うてもアルはもうすでにそれがどんなものか知っておろう?……とアル?聞いておるかの?」


 昨日は少し聞いただけですぐさま元気いっぱいに疑問を口にしていた幼い弟子が、今は下を向いて書きにくそうにノートを取り続けている。


 どうにも元気がない。ヴィオレッタにはそのように見えた。


「あ、はい。えと、聞いてます。ちょっと書きにくかったから集中してました」


 ハッとしたようにアルは顔を上げて、問題ないと師へ応える。


 昨日のことが気になってしょうがないせいか、メモを取りながら考え込んでしまっていたらしい。


 これはいけない、と授業に集中し直すべく青白い銀髪をぶんぶん振った。


「ならばよいのじゃが、具合が悪かったらすぐに言うのじゃよ?さて続きじゃ。まずは魔力の”属性変化”について」


 ヴィオレッタがそう言いながら右足でトントンと地面を軽く叩く。


 すると訓練場の地面から人型を模した土くれがにょきっと生えた。


 その光景にアルは目を見開く。


―――――これが、魔術?


 それとも今言った”属性変化”とやらだろうか?


 未熟なアルには魔力が一瞬動いたのを微かに捉えることしかできなかった。


「”属性変化”とは読んで字の如く、放出した魔力を特定の属性へと変換することじゃ。 そしてその属性には炎・水・風・土の基本四属性があり、他に氷・雷・光・闇の上位四属性がある。 その他は厳密に言えばあと一つあるのじゃが、ないと考えてもそう問題もなかろう。 また氷属性は水の派生、雷は風の派生、光と闇はそれぞれ独立した属性となっておる。 これらは基本四属性に較べて扱いが少々難しいゆえ、上位属性扱いされておる。 ここまでは良いか?」


「えーと、基本四属性と上位四属性っと」


 ノートへ書き記したアルは理解したというように銀髪をこくこくと縦に振る。


 そこへヴィオレッタは注意すべき内容を付け加えるべく口を開いた。


「ただし、我々魔族には種族ごとに使えぬとされる属性がある。 例えば儂じゃと炎と光属性じゃな。 じゃが使えぬと言われておっても、実際はその属性への()()()()()()()()というだけじゃ」


「いちじるしく低い?」


「うむ。”属性変化”には魔力の変換効率というものが存在する。 これは魔力の保有可能総量に係るもので……む? 小難しいかの? 良かろう、百聞は一見に如かずじゃ。 アル、指先に炎を灯すつもりで魔力を流してみよ。 汝の適性が最も高いのは恐らく火じゃ。 トリシャは龍人族の中でも炎龍人という種族じゃからな。 魔力感知が出来る以上、体内の魔力は感知できるじゃろう? こういうのはやってみる方がわかりやすいものじゃ」


「はい!やってみます!」


 アルはわくわくしながら体内の魔力を指先に集中して炎をイメージする。


 イメージしたのは前世のライターだ。


 指先を睨みつけながらぐぐっと魔力を流すと――――……。


 ボッと指先に炎が灯った。


 ライターというよりバーナーやターボライターの火に近い。


 燃える指先をアルは感動したような面持ちで眺める。


 が、長くは続かなかった。


「ぃあっつぅっ!!!」


 指を火傷しかけたからだ。


「集中しすぎじゃアル、指先の保護を忘れておる」


「ほ、ほご?」


 涙目で指先にフーフーと息を吹きかけていた弟子に、ヴィオレッタがすかさず教えを説く。


「うむ、魔力を炎に変えておるのじゃから、扱うなら魔力の膜を指先に張っておかねば火傷するのは当たり前じゃ」


「ししょー、そういうのさきに聞きたかったです」


「こういうのは一度痛い目を見ねば覚えぬのじゃよ。 ほれ指を貸してみぃ……ん、大事ないようじゃの。 さて本題に戻ろうぞ。 次は……そうじゃの、先ほどの炎を出した感覚で水を出してみよ」


「はい、水なら」


 怪我をすることもあるまい。


 そう思ったアルは指先から水を出そうと魔力を流した。


 だが、一向に水が出てくるような気配はない。


「……ん?」


 魔力を放出しながら炎を出した時の感覚、おそらくあれが属性変化を行うときの感覚なはず。


 イメージを今世の蛇口から前世のホースに切り替えてもう一度、指先を睨みつけながら力むも――――……やっぱり一滴も出ない。


 魔力量が足りないのかと今度は魔力を流す量を上げ、更に上げて――――……。


「ふっうぅ、ぐぬうぅ~、ふんぬぅぅぉ~~……っ!」


 ピチョン。


 アルの体感で6割ほど魔力を流したところで、一滴だけ指先から水が落ちた。


 すぐさまとてつもない疲労感が襲ってくる。


「はぁっ、はっ、はぁ、ふぅ~……」


 息も絶え絶えなアルを興味深そうに見つつ、ヴィオレッタは()()に移った。


「今のでわかったじゃろう? 我々魔族は種族ごとに属性の変換効率が大きく異なるのじゃ。 汝の母(トリシャ)でも鉱人族用の大きな酒樽一つ分の水でも出せば魔力がスッカラカンになるじゃろう。 ま、これは炎龍人全体がこんなもんじゃ。 あやつらは水と氷への適性が壊滅的に低いからのう。 が、どうやら(なれ)は半分人間の血を持っておるからじゃろうな。 使い果たすまでとはいかなかったようじゃの」


「とうさんの……」


 師の言葉でアルは思考がまた昨夜のものへと流れかけ、慌てて振り払って意識を傾け直す。


「うむ、汝の父ユリウスは人間じゃったからのう。人間は認識的な意味での得手不得手はあっても変換効率は八属性すべてに対して一定なのじゃ」


「一定?じゃにんげんは使えない属性ってないんですか?」


「その通りじゃ。認識での得手不得手はあるがの」


「そのにんしきでの得手不得手?ってなんですか?」


「ではその説明をしようかの。アルよ、今炎や水へ”属性変化”を行うとき、どのように行った?」


「え? えと、前世のライター……あ、火をつける道具です。 を想像して火を出しました。 水はホース……んと、じゃぐちにくっつけるやつです。 それから水をこう、ふんしゃするみたいに――――」


「そう、そんなふうに()()したであろう?」


「はい」


 そこまで言われてもアルにはピンとこない。


「初めて”属性変化”の訓練をする際、基本四属性はすんなりいくことが多い。 言うても身近にあるものじゃからな、簡単じゃ。 しかし、残りの上位四属性は初めての者が想像するには複雑すぎるし、曖昧すぎるのじゃ。 水の粒が氷になっていく様をはっきりと想像できる者はそう多くないし、雷なんて以ての外じゃろう。 光と闇に関しても、そもそもそれが何だと定義できる者の方が少ない。 要は苦戦するのじゃ。 それが難しいという印象となって記憶に残り続け、結果認識による得手不得手が出てくるというわけじゃな」


「あ……たしかに光とか闇を出してみろ、って言われてもどうすればいいかわかんないかも?」


「じゃろう?ま、安心するがよい。汝には儂がおるからの。ちと実演でもしてみせよう」


 そう言うとヴィオレッタは先ほど自分で造った土くれの人形へ右手を向けた。


 ほんの少し沸き立った師の魔力に、アルの興味が一気に持っていかれる。


「では水・風・土・氷・闇・雷の順であれに属性魔力をぶつける。よーく観察しておくのじゃぞ」


 何の気負いもない宣言。アルはじいっと固唾を呑んで師と人型の土くれ(まと)を見つめる。


 やにわにヴィオレッタは指先からシュ……バアアアッ!と形容すべき噴出音と共に一本の高圧水流を伸ばして的を袈裟懸けに斬り下ろした。


 次いで生えてきた的へ「これが風じゃ」と指揮棒を振るように優雅に指をひょいっと横一閃させる。


 直後、土くれの人形は不可視の刃に膝をスッパリ斬られ、バランスを崩してぐしゃぐしゃと地面に戻っていった。


 ヴィオレッタはまた軽く足をトントンと鳴らして的を復活させ、今度は指鉄砲のような構えを的に向ける。


 瞬間、圧縮されて尖った土塊がボヒュッ!と的へ吸い込まれるように撃ち出された。


 土と云うより岩と表現すべきだろう。


 土くれの人型は岩石の弾丸を受けて頭部がパアンッ!と弾け飛んだ。


 アルの瞬きとほぼ変わらないほどの早業。


 ヴィオレッタは「最後に上位三属性じゃ」と人差し指を的へ向けて弾いた。


 まるで気負いのない動作だ。


 空気を裂くようにヒョオッ!と音をさせた氷の細い杭が、胴体のみを残していた的の心臓部へ深々と突き刺さる。


 貫通力が高いのか、土の人型は背中から氷を生やしていた。


 更にほっそりとした指を優雅に踊らせてヴィオレッタが掌を的へ向ける。


 すると今度は何かが()()()


 影のようにも見える、形容の難しい黒く平べったいシミのような塊。


 それは的へ衝撃を伝播させず、当たったところからジワジワと広がりはじめ、やがてボロボロの土くれを地面へと還した。


(あれが、闇属性魔力)


 異質だ。異様と言い換えても良い。見ただけでは師の言う通り定義など出来ない。


 最後に、もう一度土くれの人型を造り直したヴィオレッタはそこへ向けて手刀を切った。


 バチバチと鳴っている右手から、青白い(いかずち)がビイイ―――ッ!と空気をつんざいて迸る。


 訓練場の草原を焼くことなく的まで一直線に奔った雷は、その衝撃で的を爆砕せしめ、飛散した細かな土屑を熱量でガラス状に変化させた。


 アルは目の前で展開された凄絶な光景に放心する。


「…………」


 淀みなく的を破壊していった属性魔力による演舞が目に灼き付いて離れない。


「どうじゃったかの?ちゃんと見ておったか?」


 ヴィオレッタが振り返ると、親友に似た幼い弟子は目を真ん丸にして頬を紅潮させていた。


(くふ、上々のようじゃの)


 期待以上の効果を上げた実演にほくほくしていると、放心状態からハッと我に返った弟子が高揚を隠しもせずヴィオレッタへ駆け寄ってくる。


「ししょー!すごかった!ぼくも!ぼくもやってみたい!」


 紅い瞳をキラキラと輝かせ、わくわくした顔でアルはせがんだ。


「くふふっ、そうかそうか。まぁ待つのじゃ。もう一つを教えておらぬ。”特質変化”じゃ」


「ええ~っ!まだなにかあるんですか?ぼくもはやく……ぅ?”とくしつ変化”?ってなんだっけ?」


 見惚れていてすっかり忘れていた方だ。


 アルはそうだったと思いつつ、早く教えてくれと言いたげに師の方を仰ぎ見る。


「うむ。 さっき言うた通り、”属性変化”は基本四属性と上位四属性の八属性じゃ。 しかしこの世にはもう一つ属性がある。 さっき厳密にはと言うたの、それのことじゃ。 実際には属性に含めるか含めぬかで研究者達の意見が割れておっての。 儂は含める派じゃから一属性として扱っておる」


「ふんふん、それでその属性ってなんですか?」


 勿体ぶるなと言わんばかりの弟子に、妖艶な苦笑を零しつつヴィオレッタは続けた。


「ずばり無属性じゃ」


「無、属性?前世の創作にもあったような、なかったような?」


「ふぅむ。 アルの前世には魔術なぞなかったと云う話じゃったが、よっぽど想像力の豊かな者達がおるようじゃのぅ。 まぁ良い。 無属性についてじゃが、さっきまだ教えておらんと言うた”特質変化”。 その習得に無属性が必須なのじゃよ」


「どうしてですか?あ、属性魔力はその”とくしつ変化”ができないとか?」


「そうではない。属性魔力でも”特質変化”自体は可能じゃが、そちらは応用に当たるのじゃ」


 つまり無属性魔力は”特質変化”を修める上で必要な基礎知識に当たるということだ。


 そこまで何とか噛み砕いて理解したアルが更に質問を重ねようとすると師は押し留め、


「アル、儂がさっきやっておったように的へ向けて無属性魔力を放ってみよ」


 そう言いながら踵でぽすっと地面を叩く。


 今度は10m(メトロン)ほど前方にアルの背丈に合わせた高さに丸い土の的が出てきた。


「はい!えーと、こんな感じで、やあっ!……あれ?」


 アルが放出した魔力は正しく的へ飛んでいったが的を壊すようなことはなかった。と云うか何の変化も見られなかった。


「では先ほどの火を当ててみよ。手に膜を張ることを忘れるでないぞ」


 続いて指示されたアルは恐る恐るライターほどの火を出して掌に出現させる。


 さっきの火傷が怖かったのか分厚く手を保護することも忘れていない。


「てやっ!」


 短い腕でえい!と飛ばされた小さく、か細い炎は途中で風の中に消えた。


「あれ?消えちゃった」


 首を傾げるアルに師がもう一度試すように「もう一度じゃ」と指示を出す。


「はい……うぅん?なんできえたんだろ。もうちょっと大きくしてみよかな」


 おっかなびっくりと云った様子で火を徐々に大きくしつつアルはもう一度投射した。


 しかし最初より距離は伸びたものの、またも炎は途中で消えてしまった。


 その様子を見つめていたアルはポンと手を打つ。


 さっきより大きくしたお陰で消えたところがよく見えたのだ。


「あ、そっか! 風で消されちゃったのか! じゃあもうちょっと大きくして……えぇと、ん熱ぅっ! うぉぉ、わすれてた。 んー……こんなかんじ? いやもうちょっとこう…………できっ、たぁ! よーし、いっくぞーっ! おりゃあっ!」


 ワタワタしながら完成させた炎の()()()()しめ、アルは今度こそ!と的へ向かって炎を()()()()()


 炎の短杭はぼひゅっう!と飛んであやまたず的を捉え、炎が的を嘗めるように軽く吹き上がる。


「いやったぁっ!」


「上出来じゃ。自力で答えに辿り着くとは思わんかったぞ」


 飛び上がってガッツポーズをするアルのふわふわした銀髪を撫でながら、内心ヴィオレッタは驚いていた。


 言葉で説明するよりも早くアルが()()()()()”特質変化”を行っていたからだ。


 母親譲りの感性と前世の記憶がうまく作用しあっているのだろう。


 そう結論付け、ヴィオレッタはアルが変な事をやらかす前に理論を叩き込んでおこうと口を開いた。


「見事じゃったぞ。炎の玉が飛んでいくじゃろうくらいに思うておったが、まさか”特質変化”を行って炎の槍、いや杭を投げるとは思わなんだ」


「ありがとーございます!って”とくしつ変化”?いまのが?じゃあ”とくしつ変化”ってかたちを変えることなんですか?」


「概ね正解じゃの。汝に無属性魔力を放射させたのは無属性魔力はそのまま放射するだけでは決して物理的効果を発揮せぬ、という結果を体感させたかったからじゃ」


「たしかにぜんぜん意味なかった。ぼくがしろうとだからと思ってたけど……あっ!そのための”とくしつ変化”?」


 師の言葉にハッとしたアルは、疑問形ながらもなんとなく理解する。


 先程投げたのは杭という()()に変化させた炎。


 つまり――――……。


「その読みで合うとるぞ。理解が早いのう、アルは」


 えへへ、と照れる弟子を撫でつつヴィオレッタは言葉を紡いだ。


「魔力の”特質変化”とは、魔力そのものの形状や濃度、粘性を変化させることじゃ。 圧縮させることもあるのう。 そして汝が行った属性魔力の”特質変化”とは、属性魔力と魔力の狭間にある()()()の形状と濃度を変化させ、最後に属性を固着させることじゃ」


「なんか……ふくざつですね」


「言葉にすればの。感覚で覚えておかねば使い物にはならぬが理論は必須じゃ。理論なくして進歩なしと言うからの」


 ヴィオレッタに頭を撫でられながら懐からノートを引っ張り出してメモを取るアル。


「ししょー、粘性ってどういうんですか?」


 ふんわりしたイメージしかつかない。


 そんな感想を顔に貼っつけた弟子へヴィオレッタは再度実演して見せることにした。


「ふむ。では今度は魔力だけで実演してみようかの」 


「おお!みたいです!」


「普段の魔力はいわゆる気体のような状態での。実際の気体とは特性が違うが、まぁそのようなものと覚えておけばよい。濃度と形状を変えることで―――」


 再び生成されていた的へ紫紺色をした魔力のダガーがヒュンッと突き刺さる。


 ヴィオレッタが投擲したのだ。


「これがわかりやすい”特質変化”の見本じゃ。無属性魔力を固形に変化させて投げたのじゃな。粘性というのは更に――――」


 今度はムチのように細く垂れた魔力がヴィオレッタの掌から放出され、刺さっていたダガー型魔力の柄へピシィッと巻き付いた。


「こんな感じで柔らかく」


 巻きついたムチとダガーが馴染むように一つへ収斂した瞬間。


 紫紺色の魔力が先端部から一気に裂ける。


 そのままどんどん細かく枝分かれしていき、魔力でできた糸のように変化した。


「あとは、こうしておこうかの」


 ヴィオレッタは最後にとばかりに、魔力の糸を指先から操って、ヒュヒュンと軽く腕を振るう。


 魔力の糸は絡みつきながらキリキリッと音を出し、最終的にグイッと握り込まれた掌に連動してズパズパと的を引き裂いた。


 断面の綺麗な拳大の土くれがボトボトと落ちていく。


「今のが粘性を絡めた”特質変化”じゃ。ついでにちょっぴり遠隔操作も含んでおる」


「か、かっこいい……!」


 男の子心を爆熱させるような技を見せた師にアルは紅い瞳をキラキラさせて大興奮である。


 まるでヒーロー番組を見る無邪気な子供のようだ。


 粘性について聞いておきながらちゃんと理解はできたのだろうか?


「ぼくにもできるかなぁ!ししょーもっかい!もっかいお願いします!あと雷のやつも!」


「これこれ、焦ってはいかんぞ。 少しずつ訓練しつづければいずれ必ずできるようになるはずじゃ。 男の子はこういうの好きじゃからのう。 そんなにかっこよかったか? まったく()い奴じゃのぅ」


 この弟子にしてこの師ありである。


 アルに乗せられたヴィオレッタが、今度は別の技を見せてやろうとバリエーションを変え、魔力を放出しようとしたその時だ。


「あんたたちねぇ、はしゃぐのはいいけど訓練場の奥ハゲちゃってるじゃないの。 そ・れ・と、昼食の時間忘れてない? せっかく作って待ってたのに全っ然帰って来ないんだもの。 料理冷めちゃうから持ってきたわよ?」


 ジトっとした眼で文句を言いながら、アルの母トリシャがやってきた。


 昨日は朝から晩まで一日中仕事だったため、今日は休みを貰っていたのだ。


「「あっ」」


 師弟共々すっかり熱中して忘れていた。


「すまぬの、トリシャ。アルがよくできた弟子でのぅ。つい指導に熱が入ってしもうたんじゃ」


「かあさん、ごめんなさい。ししょーがかっこよかったからつい」


 慌ててトリシャに駆け寄って各々(おのおの)頭を下げながら、似たような言い訳を述べる。


「まーったく、そんなことじゃないかとは思ってたけどね。で、アルどうなの?ヴィーの授業は?」


 呆れたように返しながらトリシャは息子へ訊ねてみた。


 昨夜、初めてのヴィオレッタ師匠の魔術授業はおもしろかったと言っていた割に、なんとなく気もそぞろだったのだ。


 仕事で疲れていてもそのくらいは一目見ればわかる、愛する我が子のことなのだから。


「たのしい!めちゃくちゃおもしろい!」


 それがこれである。


 昨夜のあの表情は何だったのか、というくらい息子の表情は晴れやかだった。


「あらそう。ヴィーの授業はお母さんのごはん忘れちゃうくらいに楽しかったのね~?」


 なんとなぁ~く腹立たしくなったトリシャは、息子の頬を軽くつねりながら嫌味を言う。


 ジトッと見ることも忘れない。アルの父ユリウスもこの視線にはすぐに白旗をあげていたものだ。


「ふえっ?ち、ちがっ。かーひゃんごべんなさ~い」


 慌てるように降参した息子をぐりぐりしつつ気が晴れたトリシャは、


「ほーら二人ともごはん食べなさいな。あ、お昼から私も見てていいかしら?暇してるのよ」


 そんなことを言いながら木籠バスケットに入れていた食事を広げて料理を手渡した。


「もちろん構わぬよ。汝がおれば火や光についても教えられるしの。あむっ」


 昼食を受け取って快諾するヴィオレッタに、


「はぐはぐっ、んぐっ。えっ?かあさんも教えてくれるのっ?」


 元気いっぱいで料理をパクパク頬張るアル。トリシャはニッコリ笑って頷いた。


「ええ、お母さんに任せなさいな。でもヴィーみたいに優しくはないわよ?」


「えぇ~?じゃあやだ~」


 素直すぎる息子の頬を再度つねりながらトリシャも料理を口にする。


 こうして和やかなランチタイムは過ぎていくのであった。

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