10話 鍛冶師ダビドフ・ラーク(虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
〈ヴァルトシュタット〉という街は周囲を草原や丘に囲まれ、少し行けば小規模ながら森林や川もある自然に恵まれた街だ。
住民はその豊かな自然と武芸者協会発祥地の端くれという矜持の下で育っていくため、非常に快活な気風をしている者が多い。
アルクスら6名を宿から送り出した女主人もその例に漏れず、街に一軒だけある鍛冶屋の場所を快く教えてくれた。
うまい料理を出す露店や屋台なども付け加えながら教えてくれるものだから、シルフィエーラがいつもの3倍ほど活発になってアル達5人は引っ張られるように着いていくのだった。
* * *
目的の鍛冶屋へ辿りついたのは昼もそこそこに過ぎた頃だ。
入国審査や宿をとっている内に時間を取られ、おまけに露店を冷やかしたせいでいつの間にか午後になっていた。
エーラは満足げに鹿肉串を食べ、採れたばかりの野菜だから甘くて瑞々しいという売り込み文句の蒸野菜や生野菜の盛り合わせをニコニコしながら頬張っている。
帝国で品種改良されたものらしく、アルに渡された赤茄子は本当に甘かった。
「あそこだな。じゃあ私は買ってくるから――」
「待った」
「待ちなさい」
「な、なんだ二人とも。サッと行ってパッと買ってくるだけだ」
アルと凛華から鋭く呼び止められたソーニャが少々狼狽して、弁明するように言葉を重ねる。
「気になるから俺達も行く」
「そうね」
「いやパッと買ってくると言っても、きちんとした剣を選ぶつもりだぞ? そんなドのつく初心者のような真似はせん」
「違う」
「どんな剣があるか見てみたいだけよ」
「…………」
――昼食もあるだろうからと気を遣ったのに。
そんな視線を向けられても、魔族の剣士二人の態度はちっとも揺らがなかった。
「諦めろ、故郷以外の鍛冶屋なんて見たことねーんだ。気になるんだろ」
マルクガルムはさすがに理解している。
ちなみに弓術士なので鍛冶屋に全く以て興味のないエーラが露店で何かつまむモノを欲しがったのも、長くなりそうだと察していたからだ。
「そういうことでしたか」
耳長娘の行動思考を悟ったらしいラウラが納得するように呟く。
「いる?」
野菜の盛り合わせが乗っている器をエーラが差し出してきた。
ラウラはひょいと人参を取りもぐもぐと食べてみる。
「おいしいですね」
「でしょ?」
なんとなくこういうやり取りは珍しく、彼女にとっては楽しい。
「さ、行くわよ」
「ああ、行こう」
「あの……私の剣を見るんだよな?」
凛華とアルはさっさと行ってしまった。
なぜか一番武器を欲しているソーニャが後ろにつく形となって店内というか工房内へと踏み入れる。
残りの3人もなんとなしに冷やかしで見てみるか、と続くのだった。
鍛冶屋の中はさすがに室温が高い。風は爽やかでも、今は夏だ。
火を絶えず扱う工房内は蒸し暑かった。
アルと凛華が内心で「第一関門は合格」と偉そうに評価を下す。
『夏場に涼しい鍛冶屋なんぞロクなもんじゃねえ』
とは隠れ里の鉱人鍛冶師キース・ペルメルの言である。
「お? らっしゃーい。夏場にこんなとこ来るなんざ数寄者がいたもんだ……ってなんだ、ご同輩じゃねえか」
そう言って「よっこらしょ」っと腰を上げたのは、パンパンに膨れ上がったゴツい筋肉にアルやマルクとそう変わらない身長の髭もじゃの男性。
キースと同じ鉱人族だった。
途端にアルと凛華が揃ってガックリと肩を落とす。
この分だと里にある武器とさして変わりあるまい。
「おい、いきなりなんだ。見慣れてるのはわかったが、もちっと隠せよ」
「ごめんなさい」
「あまりにも見慣れてて」
「気持ちはわかるがよ……んで? 冷やかしか?」
鉱人鍛冶師がキースとは異なる紙巻き煙草をぷかりとやって紫煙を吐き出す。
匂いからして魔導薬につけた何かだろう。柑橘系のすっとした匂いがする。
「違いますよ、彼女に合いそうな武器を見繕って貰おうと思って」
「んぁ? そっちの騎士みてえなカッコの嬢ちゃんのか?」
「え、あ、は、はい」
ジロリと鍛冶師に見られたソーニャは身を硬くした。
「そうです」
どもった彼女の代わりにアルがうんうんと肯定する。
鉱人鍛冶師は少女騎士をじいっと測るように見つめた。
きっと大まかな見当をつけて剣を見せるのだろう。
しかし、急に頭をガリガリと掻いて妙な表情を浮かべた。
「あー……調子狂うな。これでも鉱人鍛冶師ってありがたがられるもんなんだぜ?」
「そうなんですか?」
「そらァそうよ。火の精霊が見える俺らは鍛冶が得意だからな。出来上がるモンの質も人間のモンより大抵いいってな」
その言葉を受けた凛華がハッとして恐れるように鍛冶師を見る。
「まさか……それで適当に打ったモノをとんでもない値段で――」
「んなことするかィ! 失礼な嬢ちゃんだな!」
鍛冶師は慌ててどやすようなツッコミを入れた。
「違うのね。ふぅん……あ、確かにちゃんと打ってある」
凛華もさすがになかったかと軽く舌を出し、適当に置いてある剣を抜いてみた。
どうやら安い剣の一角だったらしいが、きちんと打ってあるようだ。
重心の確認まで行う鬼娘に鉱人鍛冶師が苦々しい顔を向ける。
「自由な嬢ちゃんだな。まァ鍛冶屋の確認方法としちゃ正しいがよぅ」
「すいません」
代わりに謝罪するアルへ、
「いいさ。これでホイホイこっちの言うこと鵜呑みにしちまうようじゃ心配するとこだった」
鉱人鍛冶師はそう言って、凛華が引っ提げている尾重剣を見やった。
「随分な業物だな」
凛華が軽い動作で引き抜いて見せる。
当然、柄から手は離さない。
鍛冶師もわかっているのかそのままじいっと剣身をジロジロ眺めている。
「……コイツを誰に打って貰った?」
「うちの故郷にいる鉱人のキース・ペルメルよ」
「あの野郎、生きてやがったか……どうりでいい仕事してやがる」
「知ってるの?」
意外、と言うような凛華に鍛冶師は鼻を鳴らした。
「そら知ってるわな。あいつが昔いた村とここはそこまで遠くもねえし、日用品なんか買いにちょくちょく来てたんだから。長剣だの鍬だの卸してたし、よく知ってるさ。聖国の屑共に村が襲われてからは音沙汰なかったが……そうかィ、無事だったか」
「友達だったの?」
どことなく嬉しそうな様子を見て取った凛華が問う。
「あ? あぁ、おう、まァな」
鍛冶師は曖昧に首肯した。
こういうところが男の面倒なところだ。
おそらくアルとマルクに互いのことを聞いても似たような反応をするだろう。
「同類だぜ? 種族的にも職業的にも。酒を酌み交わすことだってあらァな」
言い訳めいた肯定である。
「そりゃそうよね」
「名前、教えて下さい。手紙を出すこともあるので」
納得する凛華の後ろからアルは訊ねた。
出番? と、でも言うように肩の夜天翡翠が「カァ?」と小さく啼く。
「ダビドフ・ラーク。鍋蓋から大剣まで打てる〈ヴァルトシュタット〉唯一の鍛冶師だ」
「悪くない名乗りですね」
「へっ、そうだろ」
鉱人鍛冶師――ダビドフの自己紹介にアルと凛華も返答として名乗っておくことにした。
「アルクス・シルト・ルミナスです」
「イスルギ・凛華よ」
「よろしくな」
ダビドフが先程より格段に楽しそうな笑みを見せる。
友人の鍛えた武器を持っている時点で信用度が段違いらしい。
そのまま雑談に突入したところで、
「あのぉ……それで、私の剣は後どれくらい待てば良いだろうか?」
「「「あっ」」」
ソーニャが大変申し訳なさそうに声をかけたのだった。
剣を買いに来たことをコロッと忘れていたアルと凛華がその件を伝えると、ダビドフはすぐさま適当な剣を何本か持ってきた。
好みや使い手に合わせて選択肢を絞っていく為の見本のようなものである。
剣身の長短、身幅、厚み、柄の形状、重量が見事にバラバラだ。
「この中なら?」
「うーん…………これ、だろうか」
「んじゃこの中は?」
「えー……これ、だな」
「そんじゃこれなら?」
「これだ」
「うーし、大体わかった。うん、今はねえな」
アッサリのたまったダビドフにアルと凛華が思わずズッ転ける。
せっかく職人と剣士の会話っぽくてカッコよかったのに。
「ちょ、ちょっと!」
思わず、どういうことよ?と言いかけた凛華に、
「ねえっつってもあれだぞ? 今はねえってだけで、打ちゃある。お前さんらの故郷みたいに個人専用なんて打ち方しねえんだよ」
「え、わかるんですか?」
少々驚くアルに、
「その重剣も刀もお前らに癖が寄ってるのよ。ずうっと打ってりゃ次第に腰だの背中だのに差さってるの見ただけでわかるようになんのさ」
鍛冶師だけが持ってる感覚ってヤツだな、とダビドフがしたり顔で応えた。
「はえ~」
「さすがは専門家ね」
素直に感嘆するアルと凛華に自慢げな笑みを見せた鉱人鍛冶師が、
「ってわけだから望みの形状とかそういうの言っときな。できるまではそこらへんの貸しといてやるよ」
と、ソーニャへ言う。
少女騎士はその言葉に身を震わせた。
「え……えっ? 鉱人の打った剣を扱わせてもらえるのか? しかも私個人用のものなんて」
すっかり動転している。
魔族同士の会話だからと気を遣っていれば、アルも凛華も平然としているどころか、後者に至っては軽く非礼に当たるようなことまでズケズケ言ってしまう。
背筋に嫌な汗を掻いていたソーニャだったが、唐突なダビドフの言葉に固まってしまった。
と云うのも鉱人鍛冶師は気難しいことで知られており、素人が下手に注文などしようものならそっぽを向いて数打物を指す。
しかしその数打物でも充分な質をしているのでタチが悪い、というのがよく聞いた話だったのだ。
「ほれ。これが正しい反応だぞ、お前さんら」
ダビドフがソーニャを指しながら言う。
しかし魔族の剣士達は意にも介さなかった。
「遠慮しなくていいよ」
命に関わるんだから、とアルが言えば、
「そうよ。目的に合った形をちゃんと言っときなさいな」
大は小を兼ねないんだから、と凛華が言う。
「お前さんらな」
「ふ、二人ともっ、頼むから余計なことは言わんでくれ!」
しかし2人の剣士が言うことは全く以て正しい。
その為ダビドフも半眼になって憮然とするしかなかった。
この2人は剣というものをよくよく知っている。
それがダビドフにはわかるのだ。
立ち居振る舞いや雰囲気からビシビシと伝わってくるのは、若い魔族特有の荒々しさとは全く無縁の洗練された何か。
戦意や殺気をおくびにも漏らしていない癖に、今すぐにでも戦闘に移れそうな気配。
彼らの意識下には常に闘争がある。
「ったく。そんで、嬢ちゃんはどんな剣がいいんだ?」
ソーニャ本人はまだ素人に毛が生えた程度の腕前のようだが、この2人が指導するだろうことを見越してダビドフは個人用に打ってやると言ったのである。
「えっ? えーとだな、その……私は主人を護るための――簡単に折れない剣が欲しいんだ。できれば扱いやすい方が助かる。だからさっき選んだのより気持ち短くて……あとは、えーと――――」
(護る為の折れねえ剣か。まだまだ青い――が悪かねえ)
ダビドフは心中で微笑ましく思った。
しかし、慌てているソーニャが物理的にも青い顔色をしているので、どうどうと宥めにかかる。
「一度打ってやると言った言葉は撤回せんから落ち着け、嬢ちゃんよ。それよか、さっきのより短くなるとお前さんがもうちっと成長した時すぐに変えなきゃならんくなるぞ」
ついでに問題点も指摘すれば、
「あっ、そ、そうか。じゃあ――」
ソーニャは更に慌てて思考を巡らし始めた。
「落ち着きなさいよ」
見かねた凛華がそう言うと、
「そうだよ? お茶でも呑んで」
いつの間にか近くにいた健康的な小麦肌の耳長娘もそんなことを言う。
(そうだな、茶でも――)
同意しかけたダビドフは、
「いや待て。茶は出さんぞ」
はたと思い留まって魔族の少女を止めた。
しかし相手はあのエーラである。切り札を持っていた。
「鉱人族の好きそうなお茶っ葉、ボク持ってるよ。キースおじさんが葉巻吸いながらよく飲んでる」
「あたし冰鬼人なのよね。氷出せるわよ」
耳長娘が腰の小革鞄をポンポンと叩き、凛華が乗っかる。
この娘はいつでもお茶を楽しめるように、と茶葉を密閉した葉に包んで携帯しているのだ。
ダビドフはそれを聞いて考えてしまった。
森人族の十八番は植物関連全般、そして多岐にわたる。
彼が一番好きなのは無論酒だが――……この蒸し暑いなかで冷えた森人印の茶を呑むのはさぞ旨かろう。
「……お前ら卑怯だぞ」
そこまで想像してしまったダビドフにはそれくらいしか言えなかった。
「火ぃ借りるね~」
ひゃっはーっと耳長娘が茶の準備をしに行く。
露店で食べたいものを食べたので茶を呑んでまったりしたい、という実に自分勝手な欲望を相手に憎まれないまま利用して達成する。
いつものエーラの姿であった。
「すまん、ダビドフのおっちゃん」
止めきれなかった、とマルクが手をパンと叩きながら謝る。
「魔族なのはわかるがお前さん、何族だ?」
一見しただけでは種族の判らないワインレッドの髪をした青年へダビドフは訊ねた。
「人狼だよ」
「はー……よくもまァバラバラな種族で集まったもんだ」
呆れているような、感心しているような反応を鉱人鍛冶師が見せる。
基本的に魔族は同族同士で組むことの方が圧倒的に多い。
バラバラな種族が少しずつ強みを出すより、全員が同じ強みを重ねて特化した方が効率的だとされているからだ。
例外は弓の達人である森人くらいなものである。
「まーなーって、おっちゃんアルの種族もわかってるってことか?」
「あ? そりゃあ……あァ? お前さん種族は何だ? 抑えてんだか、薄めてんだかわからんが魔力的に人間じゃねえのだけはわかる」
最初に鬼人族と一緒に歩いてきた為、なんとなくその類かと思ってみれば違う。角もない。
しかし、アルの立ち居振る舞いは剣士のそれだ。
変化する魔族は大抵武器など持たない。
混乱しかけた頭でダビドフが問えば、アルは「敬語はもういっか」というような雰囲気で何の気なしに答えた。
「半龍人だよ」
「なんだ半龍人か。それならって…………は?」
「その反応飽きたよ」
「まだ私達にしか明かしたことないと思うんですけど…………ていうかあの時寝てましたよね?」
ラウラの冷静なツッコミもダビドフには聞こえていないしアルには効かない。
「はあ!? じゃあ何か!? お前さん、半魔族か!?」
「うんそう」
「本当に面倒臭がってるぞコイツ」
簡素過ぎる回答にマルクが呆れる。
この幼馴染はこういうところがとことん雑なのだ。
「お茶まだかな」
「「いや、そうじゃねえだろ」」
あからさまに説明を面倒臭がるアルに、鍛冶師と人狼はツッコミを入れざるを得なかった。
「説明、しないんですか?」
ラウラが困ったような笑みを浮かべて問う。
この2日でわかったが、アルは割とテキトーな部分がある。
自分の事を語りたがらないと云うより、そんなのどうでもいいと思っている節があるのだ。
「特に説明することもないもん。母さんが龍人で父さんが人間ってだけだし」
心底どうでも良さそうにアルがプイッとそっぽを向く。
その時、空気を読まないソーニャが声を上げた。
「よーし、大体浮かんだぞ!」
「ダビドフさん、ひとつ良しなにおなしゃす」
アルがササッと頭を下げる。
「お前さん、いい性格してんな」
相当気になる話題だったが、半龍人本人がこの調子だ。
無駄に喧伝しないだけむしろ信憑性が高い。
結局その後、凛華とエーラが持ってきたキンキンのお茶を呑みながらソーニャの新しい剣の構想を聞くダビドフであった。
久々に同胞と話すのはなかなか楽しい時間となったし、茶は悔しいことに旨かった。
~・~・~・~
鍛冶屋を出て、もう昼食は露店でいいかと適当に見繕って食べた後。
アル達6人は武芸者協会へと真っ直ぐに向かい、その建物の前にいた。
高さはそこまでないが大きな建物だ。
女主人曰く、一階の面積だけならこの街のどこの建物より広いらしい。
「いよいよね!」
「どんなとこかなぁ~」
わくわくと興味津々な様子の凛華とエーラに押されるようにアルは建物へと足を踏み入れる。
期待を抑えきれない2人がパッと後に続き、緊張気味のラウラと借り物の剣を提げたソーニャが更に続く。
マルクもそんな5人を見ながら武芸者協会へと入るのだった。
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