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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期ノ參 血の覚醒編

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26/223

8話 血の覚醒め(アルクス12歳の冬)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回も前編と銘打っておりますが、前編が戦闘回、後編が説明・収束回となっております。なにとぞよろしくお願いいたします。

 血相を変えた捜索隊が爆炎の立ち昇る現場へと駆け出す少し前。


 倒した〈刃鱗土竜〉の傍らで30分程休憩したアルクス、マルクガルム、凛華、シルフィエーラの4人は帰路に着いていた。


 辺りはやや暗い森の中。


 人虎族の双子エリオットとアニカが無事に保護されたかどうかも一切不明だったので一旦ひたすら北上し、簡易狩猟場内を通ることにしたのだ。


 とは云え休憩程度では抜けぬほど疲弊し切っているし、半ばまで魔力が戻りつつあるアルを除く3人の残有魔力量は危険域にまで割り込んでしまっている。


 操魔核の鍛錬は基本的にはアルしかやっていないので、慣れない疲労感でヘトヘトだ。


 ゆえにどうしても行軍速度が遅くなってしまう。


 それでもひたすら歩き、双子が寄ったと思わしき小川の対面を渡って、ようやく見覚えのある景色が見えてきた。


 里まで目と鼻の先だ。


 4人がホッと肩の力を抜く。


 しかし、事態はそこで終わらなかった。


 一番最初に違和感を覚えたのはアルだ。


 スローペースな歩みが絡めとられたように止まる。


「アル? どうしたの?」


 凛華が振り返って首を傾げた。


 アルはそれに応えず、視線を彷徨わせながら残っている鞘を引き抜く。


「なんか……妙な気配っていうか視線が」


「おい冗談だろ」


「え、また魔獣?」


 3人ともげんなりした顔を見せる。


 しかしアルはこんなタイミングで性質(タチ)の悪い冗談を言わない。


 それをよく知っているのですぐさま警戒態勢に移った。


 その瞬間、小川を挟んだ向かいの大地がボコボコッと大きく2()()膨らむ。


「ヤ、バいッ!! みんな散れ!」


 驚愕に紅瞳を見開いたアルの警告が木々の間を走り抜ける。


 残りの3人は弾かれたようにそれぞれ魔法を発動させ、跳ねるように散開。


 【人狼化】したマルクと鮮緑に眼を輝かせたエーラが樹上へ、【戦化粧】を施した凛華が重剣を引き抜いて後方へ。


 アルも龍眼もどきを発動させ、鞘を構えたまま横っ飛びに距離を取る――と、同時。


 ズッ……オォォォォォッと、大地を割って細かな土砂を巻き上げながら2()()()〈刃鱗土竜〉が飛び出してきた。


 小川の水が爆発するように四方へ飛び散る。


「二頭も、だと!?」


 マルクの驚愕は全員の心中を的確に代弁していた。


 こんな魔獣、簡易狩猟場にはまずいない。


 間違いなく自分達を追ってきたのだ。


 だが、どうやって追跡してきたのか?


 瞬時に湧き上がる疑問と途方も無い絶望が4人の胸中に染み込んでいく。


 しかも、何よりもっと厄介な問題があった。


「さっき倒したやつより断然デカいわよ!」


 これだ。


 眼前の2頭はそのどちらもが、先ほど4人が散々苦労して倒した〈刃鱗土竜〉より更に巨体なのだ。


 倒した方がセダンタイプの普通乗用車程度の全高だとすれば、こちらは小型トラックくらいは優にある。


 加えて明らかに年月を経た黒っぽい鱗をしており、片方の横腹には黄色のラインが一直線に入っていた。


(きっと、成体だ……!)


 高位魔獣は通常群れをなさない。そのはずだ。かつて師にそう聞いた。


 ――ならどうして追ってきた? どうやって?


 疑問がアルの脳内をグルグルと回り、やがて結論に達する。


「ねぇまさかコイツらって……アイツの親?」


 奇しくも同じ解を導き出したエーラの囁きに、2頭は肯定するように啼いて猛然と襲い掛かってきた。



 ~・~・~・~



 完全な成体と思わしき〈刃鱗土竜〉2頭は先ほど倒した1頭より、細部の動きそのものは鈍い。


 しかし残念なことに、その遅さは一切のマイナス要素になっていなかった。


 重く長い全長を活かした()()()は巨躯を余すことなく質量武器へと変換し、辺りの木々を粉々に砕き、雪混じりの土砂を降り注がせる。


「くっそ! これじゃ手の出しようがない!」


「逃げられもしないわよ!」


 アルと凛華は悪態を吐き捨てた。


 明かに劣勢だ。近づくまでも危険。近づいたとしても危険。打つ手がない。


 かと云って逃げようとしても2頭は別々の方向から襲ってくる。


 完全にこちらが狩られる側だ。


 今はギリギリで躱せているが動けなくなるのも時間の問題。


 樹上のマルクとエーラ相手にすら木を折るという強引な手段で地面に引き摺り落とそうとしている。


 まるで意思と悪意を持った暴風だ。


 10代前半の彼らではどうすることも出来ないまま必死に逃げ惑うしかない。


「ちっ! これでッ!」


 アルがどうにか2頭を分断しようと地面に手をつき、ドバババッと土壁を数枚乱立させた。


 だが〈刃鱗土竜〉はそれを見るや否や土中に潜り、勢いをつけて地中からゴバッと突き抜けてくる。


 時間もかからずに作られた土壁など障子紙に等しいらしい。


 然したる抵抗もなさそうに呆気なく貫通し、土片が散弾の如く飛び散る。


「アル!?」


 エーラの悲鳴染みた声が響く。


 アルは慌てて地面に倒れ込むように”刃鱗土竜”の突進を躱し、


「うっ……!? やっぱりダメだ! 相手がデカすぎるし、こんなに隙が無いんじゃ闘気も扱えない!」


 起き上がりざまに吐き捨てた。



 ドクン…………ッ!



 心臓が強く鼓動した、気がした。


 体内の魔力を燃焼させて生み出す闘気は体力と魔力の消費が激しく、この2頭相手に使おうものならアルでも一瞬で燃料切れしてしまう。


 それがわかっているからこそ、何とか隙を衝こうとしているのに僅かな間すら与えられない。


「このままじゃ――くっ!? ジリ貧だぞ!」


 マルクが叫ぶ。アル以外の3人も相当に苦しかった。


 危険域(レッドゾーン)に割り込んでいる魔力を騙し騙し使って魔法を維持しているのだ。属性魔力すら放つ余裕がない。


「わかっ、てる!!」


 半ば近くまで魔力が回復していたアルが炎弾や雷鎚(いかづち)を立て続けに放って注意を向けさせようと試みているが、〈刃鱗土竜〉らは意にも介していない。


 そもそもあの若い〈刃鱗土竜〉にすら大して効果はなかったのだ。


 成体らしきこの2頭は躱しもしなかった。


 アルは苛立ちを舌打ちに乗せつつ、ドウドウッ! と得意の炎弾を撃ち放つ。


「ちいっ! やっぱり質量差があり過ぎる!」


 が、やはり効かない。


 2頭は雨を鬱陶しがるような素振りで炎弾と雷鎚を受け流している。


「――って質量差!? それなら!!」


「アル!? 危ない!」


 何事か閃いたアルは凛華の警告を無視して〈刃鱗土竜〉2頭から挟まれる中間位置へと飛び出し、鞘をガッと咥えたまま両掌に雷鎚を発生させた。


 龍眼もどきをギラリと光らせ、圧縮した雷撃をジジジジジ…………ッ! と流し続ける。


 単発ならまだしも青白い稲光に鱗を炙られ続けた2頭はさすがに鬱陶しいと感じたらしく、グネグネと体躯をしならせて一気に両側から突進してきた。



 ドクン…………ッ!



 鼓動する心臓。迫りくる殺気の入り混じった獣の重圧。


(もう、少し……!)


 人など丸呑みに出来そうな巨大な(あぎと)


「「アル!!」」


 ぶつかる!


 凛華とエーラの焦燥を帯びた呼び声が響き渡る。


 ――今だ!


 左右から小型トラック大の魔獣にグチャグチャにされる寸前。


 アルはダァンッと跳び上がり、右手を真下に突きつけてボウッと爆炎を放った。


 爆風の反動が彼の身体を押し上げ、スレスレで即死圏内(デッドゾーン)を抜ける。


 だがアルは纏めて爆炎を直撃させようとしたわけじゃない。


(重量級同士で――)


「自滅しろ!」


 己を餌に、大質量を持つ2頭の同士討ちを狙ったのだ。


 マルク、凛華、エーラは眼を丸くしてようやく彼の狙いを看破した。


 アルの跳躍のタイミングは完璧に近い。



 ドクン…………ッ!



 血が熱を帯びる。


 しかし、結果は彼らの予想を大きく裏切るものだった。


 魔獣特有の反射神経なのか、はたまた4人には理解できないコミュニケーション能力を有しているのか――ぶつかる直前の2頭は速度をまったく落とすことなく、互いにしなりをズラして器用にすれ違ったのだ。


「な゛っ!?」


 眦が裂けそうなほどアルの眼が見開かれる。


「ばっ、嘘だろ!?」


 マルクも愕然とした声を上げた。


 どう見ても当たる軌道だった、あんな風に躱されるなんて。


(くっそ! こうなったら一頭だけでも!)


 アルは心中で悪態を吐き捨て、こうなっては仕方ないと高燃費の闘気を使うべく腹を括る。


 が、その真下を駆け抜けた一本線(ライン)付きの”刃鱗土竜”は爬虫類染みた眼球をギョロリと妖しく輝かせた。


 直後、反転する巨躯に連動してしなった尻尾が唸りを上げる。


「しまっ――うぐあっ!」


 振るわれた太い尾が鞘を振り上げていたアルに直撃した。


 落下攻撃に対する綺麗な反撃(カウンター)


 それをモロに食らったアルが大地でワンバウンドし――。



 ド、クン………………ッ!



 己の鼓動を意識の何処かで拾いながら、冗談のような吹き飛び方で雪泥を上げながら転がっていく。

 

「アルっ!? こんのぉっ!!」


 怒り心頭に発したエーラが洋弓型に変化させた弓で、樹上から矢継ぎ早に射掛けた。都合7射だ。


 鋭く飛翔し、目元にカカカンッと鏃を浴びた〈刃鱗土竜〉らは彼女(そちら)も鬱陶しくなったようで、黒っぽい1頭の方がエーラのいる木へ突撃した。


 その大質量と運動エネルギーによって、あまりにも呆気なくばきゃあっと木が()し折れる。


「く、うぅっ!」


 エーラが慌ててそこを足場に跳び、他の木から枝を()()()()()()()()腕を伸ばす。


 黒い1頭はそこを目掛けて()()()尾でザン……ッと薙ぎ払った。


 途端、落ちていた木屑や土砂石が当然のように無数の(つぶて)となって森人の少女を襲う。


「うあっ!? きゃあああっ!」


 一瞬、中空へ身を晒していたところに細かな石礫が掠め、エーラが乳白色の金髪を散らしながら墜落していく。


「エーラっ!!」


「ぅ、いった……」


 凛華の焦る声に急いで立ち上がろうとするエーラだったが足に激痛が走り、動きが鈍る。


 おまけに頭にも鋭い痛みが走った。どうやら額を掠めたようだ。


 眼前には長い口から下をシュウッと伸ばす厄介な魔獣。


 高位魔獣がこんな好機を逃すはずがない。そして高位魔獣を高位魔獣たらしめるのは”魔法”だ。


 エーラを地に墜とした1頭の尾先に鱗が集中し、みるみる内に巨大な片刃を形成した。


 直後、止める間もなく刃を宿した凶悪な鞭が、ヒュボォ――ッと風を切り裂いて振るわれる。


「エーラッ!!」


 そこへ全力で駆けた凛華がエーラの前にどうにか滑り込み、地面に角度をつけて重剣を突き刺した。


 間髪入れずに刃尾が衝突。



 ガッ! ギャリイイイ――――ッッ!!



 打つかり合った金属同士の衝突音が草木を揺らし、火花が激しく散る。


「ぐうっ、う、うぅぁぁっ!? 重、ぃっ!」


 凛華が鬼歯を剥き出しにして何とか耐える。


 刹那の後、ギリギリで中空へ逸らされた太く重たい刃尾が、風を巻き上げてバタバタと踊り暴れる。


 当然、高位魔獣側に損傷はない。


 しかし凛華の方はビリビリと腕が痺れ、重剣を構えるどころか持ち上げられない。


「……あく、ぅっ」


 手の皮までズル剥けてしまったのか、重剣が血と共に溢れ落ちた。


 それでも凛華はギッとキツく歯を食い縛って、青い瞳に爛々と闘志を燃やす。


 だが無情にも今度は黄色の一本線(ライン)をもつ〈刃鱗土竜〉が尻尾の先を巨大な槍に変えて刺突を放った。


 懸命に手を震わせながら重剣を持ちあげようとする凛華だが血で滑り、指が痺れて上手くいかない。


 その眼前に今度はマルクが跳び込み、すぐさま腕をクロスさせて防御姿勢。


「オオオオオッッ!!!」


 咆えながら魔力を毛皮へ回し、残り滓を闘気へ変えて腕に集中させた。


 そこに突き込まれる獣刺突。



 ガッ、ギキイイイイ――――ンッ!



 次いで凄まじい衝撃がマルクを遅い、けたたましい金属音が辺りを劈いて響く。


「ぐぐ、ぅ……だあっ!」


 重剣の2倍以上の質量を持った槍尾。


 マルクは何とか上に弾いていなしてみせた。


 しかし――――。


「あ……?」


 ガクリと力が抜けたように膝をつく。


 おまけにしゅうぅぅ……と人間態へ戻ってしまった。


 完全な魔力切れだ。


「ちっくしょう……!」


 マルクが悔し気に顔を歪める。


 後ろでは凛華が柄を血まみれにして何とか剣を構えようとしていた。


 が、明らかに力が入っていない。


 エーラは足を挫いたのか折ったのかはわからないがいまだ立ち上がれず、額から流れる血が右目を汚していた。


(もう手がねえ……!)


 それは〈刃鱗土竜(あちら)〉側も理解しているらしい。


 巨大な刃尾を持つ方がもう一度同じ軌道で凶刃を振るう。


(万事休すだ、くそったれ……!)


 片膝立ちのマルクが悪足掻きに『人狼化』しようと踏ん張るもやはり変化(へんげ)できない。


 目前では高位魔獣2頭による魔法を利用した波状攻撃。


 きっと刃の方をどうにかしても槍の方がきっと攻撃してくる。


 とてもではないが対抗手段など思い浮かばない。


 マルクも、凛華も、エーラも迫る刃尾を眺めていた。


 時間がゆったりとしたものに感じる。


(これが走馬燈ってやつか)


 マルクが心中で独り言ちた――その時だ。


 強烈な紅い輝きが3人の視界に入り込んできた。


 時間の流れが急速に戻っていく。


 あの紅い光を彼らは良く知っている。


 あれは――……。


(あいつの瞳だ)


 龍眼もどき。それが生来の輝きを失うどころか一層増して浮かんでいた。


 だがその眼の持ち主は至る所にぶつかったせいか、顔も身体も頬の怪我がわからないほど血に塗れている。



 ドクン…………ッ!



 それでもアルは〈刃鱗土竜(てき)〉をギラリと睨みつけ、強い鼓動を無視して一直線に刃尾へと駆けた。


「お お ぉ ぉ ぉ お あ あ あ あ あ ッ ! !」


 そして右手に持たせた鞘を下から上――逆風に振り抜く。


 と云っても持っているのはただの鉄拵えの鞘だ。


 振るわれる刃尾とかち合うほどの威力も斬れ味も生み出せない。


 拮抗はほんの一瞬。


 だからこそアルは振り抜くと同時、駆ける間に行き渡らせた魔力を爆炎へと転じる。



 バッ……ゴオォォォォォンッッ!!



 激しい炸裂音をさせて赤くなった鞘が瞬時にぷくりと膨らみ、そして爆ぜた。


 爆発した鞘は鉄片を撒き散らし、その際に発生した爆風が辛うじてだが刃尾を弾き逸らす。


 だがそれは結局、手持ちの札を捨てて一度攻撃を凌いだというだけのこと。


 〈刃鱗土竜〉側に何ら痛痒はない。


「っ!?」


 次弾として左掌に溜めていた魔力をアルが開放――しきる前に、もう1頭の振るう槍尾がビュオオッと風切り音をさせて迫る。


 攻撃か回避か。コンマ数秒も満たない一瞬の迷い。


 その刹那が致命的な隙となってしまった。


「あ゛がっ…………!?」


 左肩を槍尾が貫通。


「ぐぅぅぅぁ~~……っ!?」


 骨を砕かれた激痛にまともな悲鳴を上げる間もなく、アルは突き上げられて木に叩きつけられた。



 ド クン…………ッ!



 衝撃で息が止まる。心臓が強く鼓動する。


「がはっ!?」


「「「アルっ!!」」」


 木の幹に縫い付けられたアルの耳が血相を変えた仲間の声を拾う。



 ドクン…………!



 左肩が動かない。だがなぜか痛みが遠い。音も遠い。それなのに鼓動の音だけはいやにはっきり聞こえる。


 アドレナリンが出ているのだろうか?


(そんなこと、今はどうだっていい)


 アルは冷静に覚悟を決めた。


 正直に言えば強い後悔と自身への憤りがある。


 魔術をもっと上手く扱えていれば。鍵語をもっと知っていれば。


 あの2頭の周囲から酸素を奪ったり、ベクトルを上向きに掛けて吹き飛ばしたり、出来るかはわからないが可能性はあったろうに。


 そうすれば幼馴染達が苦しむこともなかった。もう彼らはまともに戦えない。


 マルクは魔力が尽きているようだし、凛華は剣を握るのも難しそうだ。そしてエーラは怪我をしていて動けそうにない。あの足じゃ樹上に逃げることも難しいだろう。


 怪我だけで言うのなら自分がたった今最も酷くなってしまったが、さっきからアドレナリンのおかげなのか痛みも薄いし、思考もできている。


(だから、まだ動ける)



 ドクン…………ッ!



 それに肝心の魔力はまだ残っているのだ。存分に暴れてやる。



 ド ク ン…………ッ!



 たかが左肩が動かなくなっただけ。


(まだ……戦える)


「逃げろ!」


 アルは視線を巡らせ、幼馴染の3人へ向けて叫んだ。



 ド ク…………ッ! ド グ…………ッ!



 心臓が五月蠅い。


 警告しても逃げない3人の視線を感じつつ、放つ予定だった雷鎚を刃尾を構える〈刃鱗土竜〉の左眼へと撃った。



 ギイイイイイイイイイイ――――ッッ!!?



 高位魔獣が怒りを不快な金切り声に乗せる。


 体躯をしならせる直前の左眼に直撃したのだ。


 どうやら反撃されるなどとは露も思っていなかったらしい。


「は、は……っ。お前らの相手は俺、だって。よそ見……してんなよ」


 偽悪的にせせら笑ったアルに爬虫類っぽい眼球が3つ向いた。


 敵意が集中している。やはり高位魔獣はなかなか賢い。


(狙い、通り……!)



 ド グ…………ッ! ド グ…………ッ!!



 鼓動がやかましい。


 ――それでいい。


 仲間を逃がす。


(護るんだ。だから……!)


「だからお前らは、俺と戦え」


 アルが魔力を昂らせる。



 ド グ………………ッ! ド グ…………ッ!! ド グ……ッ!!!



 心臓が五月蠅い。


 アルはやかましい己の鼓動を無視し、体内に残っている()()()の魔力を龍気へ変換すべく、一気に燃やし尽くした。



 ド ク ン…………ッ ッ ! !



 ひと際心臓が鼓動する。


 これがその日、アルの覚えている最後の記憶となった。



 ● 〇 ●



 マルクは焦っていた。


 木に縫い付けられているアルをどうにか助け出さなければ。


 肩に槍尾が刺さったままだからか木の幹を伝っている血もまだ少ない。


 まだ助かる。


 青褪めた凛華とエーラ、マルクが機を伺って救出しようとするもアルは「逃げろ!」と叫んだ。


 その言葉に凛華とエーラが眼を見開く。


 3人が愕然とするなか、アルはぎこちなく左腕を動かして雷撃を放ち、片方の〈刃鱗土竜〉の眼を潰した。


 2頭の敵意と殺意が完全にアルへと集中する。


(ここで死ぬ気か、大馬鹿野郎……!)


 マルクが力の入らない足を殴りつけて立ち上がった瞬間だった。



 ボ ギャ……ッ!


 

 厭な音がした。破裂音染みた、何かの粉砕音。


 ――何の音だ?


 訝しむ3人が咄嗟に顔を上げる。



 ギィィィッ!? ガアアアアアアアアアアアアアア――――ッッ!!



 次いで、腹に一本線(ライン)の入った――4人は預かり知らぬことだが(めす)の方の〈刃鱗土竜〉が先程とは別種の甲高い啼き声を上げた。


 怒りが籠もっているように聞こえる。


 なぜヤツがそんな声をあげる?


 その答えは、すぐにわかった。


 〈刃鱗土竜〉の槍尾が半ばから熔け、折られていたのだ。


 3人は眼を剥いて仰天する。


 ――まさか、アルがやったのか?


 慌てて視線を木に戻した3人はすぐにそれ以上の異変に気付いた。


 アルの様子がおかしい。


 木に縫い付けられていたアルは、その原因である槍尾を冷たい眼でジロリと見やり、そのまま引き抜いた。


 ブシュウッと血が噴き出て、金臭い匂いが充満していく。


 直後、ドサッと崩れ落ちるように落下したアルにマルクは駆け寄ろうとして、ハッと立ち止まる。


 凛華とエーラも似たような表情を浮かべて近づけないでいた。


 雰囲気がよく知る彼のそれではない。


 それよりも何よりも瞳が違う。


 アルの龍眼もどきは本物と違って普段ヒビが入らない。


 それが今また、割れている。


 人虎のカミルをボコボコにしていた時と同じく、虹彩が割れ、冷たい殺意で滲んでおり、割れた隙間からは底知れぬ闇のような墨色が顔を覗かせていた。


 ゆらりと立ち上がったアルが折れた槍尾を尖った()で咥え、血が噴き出ている左の肩口をおもむろに()()


 ジュウウウウッと肉の焦げる匂いが漂ってくる。


「…………」


 口から右手に落とした槍尾の破片を握り、アルは顔を上げた。


 そこには片や眼をやられ、片や尾先の武器をもぎ取られた怒れる〈刃鱗土竜〉が2頭いた。



 ギギイイイ――――ッ!!!



 アルを脅威と見做した一本線(ライン)の模様付き――雌土竜が厭な啼き声を発するや、尻尾を振り上げて叩きつける。


 しかし、縦鞭のような尻尾をアルはスレスレで躱し、ダンッと加速して尾の付け根へと飛び込んだ。


 雌土竜が近寄られることを嫌って太い体躯を揺さぶる。


 鱗に生えた繊毛が逆立ち、地面に深い引っ掻き傷をつけて回る。


 だがアルは意にも介さず槍尾の破片を再び咥え、右手の龍爪を鱗に引っ掛けると、揺すられた勢いを利用して振り飛ばされるように上へと跳んだ。


 龍爪も普段のものよりも更に鋭く尖って伸びている。


 そのまま雌土竜の上をグルグル回り――途中で足を突き出すと、その背を蹴りつけて頭部の方へと駆け出した。


 雌土竜が躰に登ってきた邪魔者を排除しようと更に激しく巨体をぐねぐね揺らす。


 が、長くは続かなかった。


 頭部に一瞬で辿り着いたアルが咥えていた槍尾の破片を落とし、体重と勢いを乗せて土竜の右眼にドスッと捩じ込んだからだ。



 ギッ!? ギイィィイィィィ――――ッ!!?  


 

 悲鳴だ。


 痛みで大音声を上げる雌土竜をアルは冷たく見据え、脳まで届かせるつもりなのか槍尾の破片を更にドゴォッと蹴り込んだ。


 アルの闘気――龍気を纏った蹴りが、雌土竜の右眼の奥深くまで破片をズブズブ……ッと押し込み、鮮血がブシュウゥッと噴き出す。



 ギィャッ!? ギィッ! ガアァァア――――ッ!?



 血飛沫が舞う。青白い銀髪が赤黒い魔獣の血で染まった。


 だがアルはそれを気にする風もなく冷たい眼で雌土竜を見下ろしている。


 凜華には自身の血の気が引いていくのがわかった。


 恐ろしくなってしまったのだ。


 アルにではなく、その戦い方に。


 行動だけであれば死を恐れず、敵に飛び込んでいくように見える。


 こうなる前までのアルにはそこに勇気や他の感情が乗っていた。


 しかし今は違う。これは違う。


 あるのは明確な殺気だけ。


 殺すという目的のみで戦っている。


 己の身体や命すらまるで気にした様子がない。



 ガアッ! ギィガッ! ガアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!



 雌土竜がのた打ち回ってアルを振り落とす。


 そこへ今度は(おす)土竜が襲い掛かった。


 刃尾で薙ぎ払おうとしている。


 ヒビ割れた瞳のアルは恐るべき速度でそれに反応し、ぶらぶらさせていた左腕で無造作に極大の炎弾を尾の根元へ向けて放った。



 ゴオッ! ドオオオオオオオオ――――ッン!



 炎弾すら平時のそれとは大きく違う。


 過剰なまでに大量の魔力が籠められており、木々へのダメージや火事、そして自身の腕の保護すら含まれていなかった。


 殺せるのであれば何だっていい。


 そんなアルの思考を具現化した極大の炎弾は着弾と同時に周囲を巻き込んで爆炎と火柱を生み出した。


 エーラはその光景を見て息を呑み、冷や汗を噴き出す。


 アルの左腕が、己の炎で真っ黒に焦げていた。


 逃げ回っていた時ですら森へのダメージを考えていたアルの炎が今やタガが外れた炎の魔獣の如く蠢いて暴れ回っている。


 森が燃えようと、大地が焦げようと…………己の腕が燃えようと気に留めていない。


 闇を含んだ血のような紅い瞳は〈刃鱗土竜(てき)〉のみを映している。


 あれは、だめだ。


 エーラは焦る。


 今のアルはダメだ。


 ――戻ってこれなくなる。


 なぜだかそんな予感がひしひしと彼女の胸を締め付けていた。



 ガアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!



 爆炎に吹き飛ばされ、火柱に呑まれた雄土竜がその鱗を更に黒く煤けさせながら炎から飛び出し、怒りの声を上げた。


 しかし生意気な獲物がいない。


 そんな風に頸を巡らせたときだ。


 雷撃で焼けていた左眼に何か鋭いモノが突き刺さった。


 痛みで瞼を()()ようとしたが、固いものに阻まれて閉じられない。



 ギィ…………ッ!?



 暴れようとしたところで、耐えられないほどの高熱が雄土竜の視神経を焼き払い、頭部の肉を焦がし、脳を灼いた。



 ギィ……ッ!! ギ……ッ!? …………ッ!?



 ビクリと巨体が震える。それで終わりだった。


 アルは突き入れていた腕を引き抜く。


 より鋭くなった龍爪を雄土竜の死角になっていた眼球に突き入れ、龍気を纏わせた腕で瞼を防ぎ、ありったけの炎を流し込んで灼いたのだ。


 殺意で爛々としている紅と墨色の視線が残った1頭を射貫く。


 雌土竜は呆気なく殺された雄土竜を見て怒りを滾らせた。


 こんな小さな獲物にやられるなんて、と。


 先ほど眼を刺されたという事実を忘れるほどの憤怒。



 ガアアアアアアアアアアアア――――ッ!



 下顎を膨らませ怒りを発露させ、鱗を逆立てて威嚇した。


 高位魔獣という生態系の頂点に近しい存在として、眼前の細い獲物に殺されることなど到底許容できず、殺気を向ける。


 するとそこでアルの方にも変化が起きた。


 闇が染みだす割れた虹彩が更に()()()()()のだ。


 今や紅い瞳ではなく闇色の瞳だった。


 マルクがゾクリと背筋を泡立たせる。


 ――あいつの瞳は明るい紅だったはずだ。


 それが今はもう闇色の瞳に紅の破片が混じっている程度になってしまった。


 マルクはギリッと歯を食い縛って思考する。


 恐怖でなのか、別の感情でなのかはわからないが凛華とエーラは動けそうもない。


 そして動こうにも成体らしき〈刃鱗土竜〉はいまだ健在でアルはあの状態だ。


 下手は打てない。


 そのせいで魔力のいまだ戻っていないマルクは凛華とエーラを庇いつつ、殺意を向け合う1人と1頭を眺めるしかなかった。


 頼むから誰か助けに来てくれ。あいつを、止めてくれ。


 その願いに応えられる者はここにはまだいない。


 彼らが呆然と眺めるなか、アルの肉体も変貌していく。


 爪が更に分厚く鋭く伸び、上下の犬歯が肥大化して牙と形容すべき形状へ。


 鋭くなったそれらをガチッと咬み合わせたアルが口腔を晒す。


「ぐぅ、ぅぅぅぁぁぁあああガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 雄叫び。否、咆哮。


 禍々しい殺戮衝動を漂わせた龍気が撒き散らされる。 


 ビリビリと気圧された3人は無理矢理に闘気の感知を理解させられた。


 これが闘気――いや、アルの龍気。


 きっと普段のものではないはずだ。どうにかやめさせなければ。


 だが今の自分達には抑え込めそうもない。


 濃密な殺気で構成された龍気に雌土竜が反応して襲い掛かろうとした――が、出鼻を挫くようにアルが飛び出す。


「ガアッ!」


 鋭く繰り出された龍爪が雌土竜の鼻先の鱗と鱗の間に食い込み、ほとんど抵抗もなく斬り裂いた。



 ギイッ!!



 怒りと痛みで〈刃鱗土竜〉が大口を開け、そこへアルが焦げた左腕を振るって再び極大の炎弾を撃ち出す。


 しかし、まともに動かない左腕では狙いがつけられなかったらしく外れた。


 着弾した爆炎が炎柱となって周囲を赫々と照らす。


 〈刃鱗土竜〉は裂かれた鼻面を素早く閉じると即座に巨躯をしならせて突撃。


「グ、ブ……ッ!? ガアッ!!」


 空中に撥ね飛ばされたアルは、通り抜ける雌土竜の背に爪をかけ、指先を煤で真っ黒に染めながら炎の龍爪――龍人族の焔龍爪を振るう。



 ギイッ!? アアアアアアアアア――――――ッ!



 背中を浅く灼き裂かれた刃鱗土竜は、半分ほど残っていた上鱗を残っている尾に纏わせると憤怒を込めて振るい返した。


 振り回された尾に打ち据えられてアルが「ゴボッ!」と血を吐く。


 内臓を損傷したのだろう。しかし、一向に止まろうとしない。


 ギロッと〈刃鱗土竜(てき)〉を睨むと右腕で尾を抱え、一度手折った尾先に貫手をギチギチと突き入れて骨をガッシリ握り込む。


 龍気を纏った腕は魔獣の筋肉をものともしなかった。


 直後、焔流が雌土竜の肉をゴオオ――ッと焦がす。


 一瞬で内部から炭化した尾と巨躯へと駆け上る異常な熱量に本能的な恐怖を感じた雌土竜が、尾を回収しようと引っ張るもビクともしない。


 それどころか引っ張られてさえいた。



 ギ、ギイ…………ッ!?



 そのときアルの虹彩の紅がパァンッと粉々に砕け散った。


 光を返さない墨色の虹彩に、金色(こんじき)に縁どられた縦長の瞳孔。


 それに合わせてアルの姿が更に獣性を帯びた姿へと変化していく。


 牙が剥き出しになり、ギリギリ残っていた理性も完全に消え失せていた。


 そこにいるのは、闘争をやめようとしない殺意に塗れた一匹の獣だ。


 幼馴染達は息を吞む。


 この前のあれはこの兆候だった?


 もっと注意をしておくべきだった、という後悔はあまりにも遅きに失していた。



 ビィィィ――――ッ!



 ビニールを無理矢理引き裂いたような音が響く。


 獣と化したアルが握り締めた骨ごと、上鱗が残っているのも意に介さず根元から尻尾を引き千切った音だ。



 ギイ……ッ!?



 慄くような啼き声が暴れまわる豪炎に呑まれていく。


 次の瞬間、尾をドサッと放り捨てたアルがドンッと跳びだし、雌土竜の下顎をバギャンッと蹴り上げた。


 異様な怪力だ。人の体躯を優に超える鰐のような鼻面が浮く。


 そして突き刺すような墨色の視線は急所を見逃さない。


「ガアッ!!」


 晒された雌土竜の柔らかい顎下(くび)を龍爪が貫き、そのままジュバッと斬り裂いた。



 ギイヤッ!? ギャイイイイ、ガッアアアア…………ッッ!?



 雌の高位魔獣が泡を食ったように距離を取ろうとする。


 しかしもう一匹の獣はそれを許さない。


 一足飛びに追いついて、赤黒い血を流す〈刃鱗土竜〉の鼻先を踏み潰した。


 龍気を纏って踏み抜かれた雌土竜が反射的にグパ……ッと鰐口を開ける。


 間髪入れずその開いた上顎にアルがアッパーをぶち込むように口の中へ龍爪を突き入れ、ガガガガッと引き裂いた。


 上下とも顎をズタズタにされた雌土竜は慌ててビクンと鼻先を引っ込め、ザザザッとアルから()()()()()


 脅えているのだ、あの高位魔獣が。


 捕食者と獲物が完全に入れ替わっていた。


 殺されると本能で理解した雌土竜は眼前にいるわけのわからない化け物から視線を逸らさず、後退しようとするも尻尾がないのでうまく()()()をつけられない。


 それでも高い知能を持つ高位魔獣だ。


 普段移動に使わない四本脚を地に着いて身を起こし、背を向けようと一つだけ残っている眼球を背後へと向けた…………瞬間だった。



 ゴオオオオオオオオオ――――ッッ!!



 アルが爆炎を横薙ぎに放つ。


 雌土竜の横っ腹に鞭のような爆炎が直撃し、巨体を吹き飛ばした。


 ドォッ、ガッ、ガッ、ガン……ッ! と巨躯が何回転もしながら転がっていく。


「ギ……ッ!」


 そこに焔龍爪を構えて獣のように跳び上がったアルが、仰向けにひっくり返った雌土竜に飛びついて頸部を何度も何度も斬り裂く。


 すっかり怯えた雌土竜が本能的な恐怖から逃れようと巨躯を暴れさせる。


 が、アルは振り落とされまいとばかりにブジュ……ッと腹に貫手を突き込み、爆炎を轟ォッと、連続して放った。


 焔流が雌土竜の体内で暴れ狂う。


 ビクッと身悶えした雌土竜は死力を振り絞ってのた打ち回ろうとした。


 が、許されない。


 牙を剥き出しにしたアルが何度も爆炎を放ち、雌土竜の筋肉を炭化させていく。


 都合10発。時間にして10数秒。


 成体の〈刃鱗土竜〉の肉体は爆炎が放たれるたびにボコッ、ボコッと異様な膨らみ方をして、最終的にクシャッと潰れた。


 体内の器官がほとんど灰になってしまったのだ。


 いっしょに崩れ落ちたアルが立ち上がり、唯一残っていた雌土竜の頭頸部に近づいて足を掛ける。


 そしてグシャリと踏み潰した。


 沸騰しかけていた脳がベチャッと飛び散る。


 これは殺戮だ。


 断じて戦いや狩りなどではない。


 マルク達3人は別のナニカに成り果ててしまったアルに近寄ることができないでいた。


 と、そこで金縁の瞳孔が3人を捉える。


 やはり違う。瞳や姿だけでなく、眼つきそのものが違った。


 まるで新たな敵を見つけたかのような眼だ。


「アル、俺達がわかるか?」


「もう敵はいないの。大丈夫なのよ、アル」


「その状態は何か危ないよ。戻って?ね?お願い」


 マルク、凛華、エーラが親しい幼馴染へと呼び掛ける。


 狼爪も、重剣も、弓も構える気さえなかった。


「……ッ?」


 赫々と照らされた血塗れのアルは困惑しているように見える。


 敵が武器を置いて話しかけてきた。わけがわからない。そんな表情だ。


 光を返さない瞳に滲む殺意が少しばかり薄れる。


 が、アルの表情が一気に獣のそれへ戻った。


 3人がどうしたんだと身構える。


 アルはそんな彼らのことなど気に留めた様子もなく、振り向きざまに炎弾を吐いた。


 ゴオッと吐き出され、ブクリと膨れ上がる一片の容赦もない爆焔。


 しかしそれ以上の勢いを伴った貫通力の高い風弾にボヒュウッと吹き散らされてしまった。


 アルが眉間を険しく寄せて呻って牙を剥き、姿勢も低く異形の龍爪を構える。


 禍々しい龍気が冷たい殺気を帯びていく。


 手負いの魔獣。


 今のアルを形容するのにちょうどいい言葉はこれしかなかった。


 彼の警戒心を引き上げさせたのは、()()()だ。


 他の面々に火事の対応を任せ、急いで子供達に追いついた彼の師と母親。


 トリシャとヴィオレッタだ。


 2人はアルの姿に心を痛めていた。


 焼け焦げた左腕に血がついていない箇所を見付ける方が難しいズタボロの服、獣のように構えられた異形の龍爪、いつもは強く輝いている明度の高い紅い虹彩は真っ暗な闇に呑まれていた。


 あの怪我は手当をしなければ命に関わる。


 彼女らのすぐ後ろには捜索対象だった残り3人の父親、そして最後に人虎族の族長ベルクトだった。


「あれがアルかよ……畜生が。(てめえ)が不甲斐ねえ」


 八重蔵は弟子の変わり果てた姿に気合を入れる。


 ああなった仕組みや経緯(メカニズム)は知らない。


 が、簡単に我を失うような軟弱な弟子では決してない。


 ――絶対に引き戻す。


「アル、爪を下ろすんだ。お前が皆を守ってくれたのはよくわかった。だからもういい、もういいんだ」


 痛ましい姿を見ていられなくなったラファルが落ち着かせようと試みる。


 明るく真っ直ぐな印象のアルがここまで追い込まれるような状況に、間に合わなかった。


 その事実に自身への怒りが湧く。


 二度とそんな真似はしないと決めていたのに。


「そうだ、アルクス。もう終わったんだ。手当をしなければならん。落ち着け」


 マモンも呼び掛けた。


 血と焦げた肉の濃い匂い。


 そのどちらもがアルからしている。


 他の子供達からも血の匂いはするが、アルに較べればかなりマシだった。


 どれほど一人で戦ったというのか。


「…………」


 ベルクトは惨状に仰天して唖然としていた。


 成体の〈刃鱗土竜(高位魔獣)〉が眼を潰されて死んでおり、もう1頭はひしゃげた頭部がなければいたことにすら気付けないほど躰が四散していた。


(一体、何があったのだ……!?)


 煌びやかな銀髪を閃かせたトリシャと紫がかった艶やかな黒髪を靡かせたヴィオレッタは一歩進み出た。


 トリシャにとっては大事な愛息子。ヴィオレッタにとっては大切な愛弟子。


 そのアルにこれ以上自身を壊すような真似をさせるわけにはいかない。



「アル! お母さんが来たからもう大丈夫よ!」


「変わり果てておるな、アルよ。今戻してやるから安心せい」



 2人の宣言にアルは咆哮で応えた。

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