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【祝16.3万PV❗️】日輪の半龍人 -異種魔導合戦譚-  作者: 倉田 創藍
少年期・3章 血の覚醒篇

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8話 血の覚醒め

今話は主人公の身に起きる問題が噴出する戦闘回となっております。

 血相(けっそう)を変えた捜索隊が、爆焔(ばくえん)の立ち昇る現場へと駆け出す少し前。


 斃(たお)した〈刃鱗土竜(じんりんどりゅう)〉の傍(かたわ)らで十数分休憩したアルクス、マルクガルム、凛華、シルフィエーラの4人は帰路(きろ)に着いていた。


 辺りはやや暗い森の中。


 人虎(じんこ)の双子エリオットとアニカが無事に保護されたかどうかも不明だったので、一旦ひたすら北上し、簡易狩猟場内を通ることにした。


 とはいえ、あれしきの休憩程度で疲れが抜けるわけもない。


 そのうえ、基本的にアルクスしか操魔核(そうまかく)を鍛錬していないので、残り3人の残有魔力量は危険域(レッドゾーン)にまで割り込んでしまっている。


 慣れぬ疲労感でヘトヘトだ。


 身体の芯に食い込む怠(だる)さで行軍(こうぐん)速度も落ちる。


 それでもひたすら足を動かし、双子が寄ったと思わしき小川の対面へ渡って、ようやく見憶(みおぼ)えのある景色が見えてきた。


 燈(あか)りこそまだ見えないが、里までもう目と鼻の先。


 4人がホッと肩から力を抜く。


 しかし、事態はそこで終わらなかった。


 一番最初に違和感を覚えたのはアルクスだ。


 ゆったりとした歩(あゆ)みが絡(から)めとられたように止まる。


「アル? どうしたの?」


 凛華が振り返って首を傾げた。


 が、彼はそれに応えず、残っている鞘(さや)を引き抜く。


「なんか……妙な気配っていうか視線が」


 次(つ)いで、紅瞳をあちこちに彷徨(さまよ)わせながらぽつり。


「おい冗談だろ」


「え、また魔獣?」


「どこから?」


 途端、3人ともげんなりした顔を見せる。


 しかし、彼はこういう状況でそんな性質(たち)の悪い冗句を飛ばしたりしない。それはよく知っているので、直ぐに警戒態勢を執(と)った。


 その瞬間だ。


 小川を挟んだ向かいの大地が、ぼこぼこ……ッと大きく2(・)つ(・)膨(ふく)らむ。


 転瞬、盛り上がった雪泥(せつでい)に亀裂(きれつ)が入った。


「ヤ、バい!! みんな散れ!」


 ぎょっと紅瞳を瞠(みは)ったアルクスの警告が木々の間を飛ぶ。


 3人は弾かれたようにそれぞれ魔法を発動させ、跳(は)ねるように散開(さんかい)。


 【人狼化】したマルクガルム、虹彩を鮮緑(せんりょく)に輝かせたシルフィエーラが樹上(じゅじょう)へ。【戦化粧(いくさげしょう)】を施(ほどこ)した凛華が重剣(じゅうけん)を引き抜きざまに後方へ。


 アルクスも龍眼もどきを発動させ、鞘を構えたまま横っ飛びに距離を取る――と、同時。


 ずぶッ……と亀裂が砕け、どばあああッと細かな土砂(どしゃ)を巻き上げながら2(・)頭(・)の(・)〈刃鱗土竜〉が飛び出してきた。


 小川の水が爆ぜ、四方(しほう)へ飛び散る。


「二頭も、だと!?」


 マルクガルムの驚愕は全員の心中を的確に代弁していた。


 こんな魔獣、簡易狩猟場にはまず居ない。間違いなく自分達を追ってきたのだ。


 だが、どうやって追跡してきたのか?


 瞬時に疑問が湧き上がり、それ以上に途方(とほう)も無い絶望が4人の胸中に染めていく。


 そのうえで、もっと厄介(やっかい)な問題があった。


「さっき倒したやつより断然デカいわよ!」


 これだ。


 眼前の2頭はそのどちらもが、先ほど4人が散々苦労して討った〈刃鱗土竜〉より更に巨体なのだ。


 その1頭がアルクスの前世――現代日本で言うセダンタイプの普通乗用車ほどの全高だとすれば、こちらは小型トラックを優(ゆう)に超えている。


 加えて明らかに年月を感じさせる黒っぽい鱗をしており、片方の横腹(よこばら)には黄色の一本線(ライン)が入っていた。


(きっと、成体だ……!)


 高位魔獣は大規模な群れを成(な)さない。そのはずだ。かつて師にそう聞いた。


 ――ならどうして追ってきた? どうやって?


 アルクスの脳内をグルグルと疑問が廻(めぐ)り、やがて結論に達する。


「ねぇまさかコイツらって……アイツの親?」


 奇(く)しくも同じ解を導き出したシルフィエーラの囁(ささや)きに、2頭は肯定するように啼(な)くや、猛然(もうぜん)と襲い掛かってきた。




 完全な成体と思わしき〈刃鱗土竜〉2頭は斃した1頭より、細部の動きそのものは鈍い。


 だが残念なことに、その遅さは何の不利にもなっていなかった。


 重く長い全長を活(い)かしたし(・)な(・)り(・)はその巨躯(きょく)を余すことなく質量武器へと変換し、辺りの木々を粉々に砕き、雪混じりの土砂を降り注がせる。


「くっそ! これじゃ手の出しようがない!」


「逃げられもしないわよ!」


 アルクスと凛華は悪態(あくたい)を吐き捨てた。


 明らかに劣勢(れっせい)だ。


 そも、危険過ぎて近付けない。仮令(たとえ)、首尾(しゅび)良く近付けたとしても危険。


 かといって逃げようとしても、それぞれ別々の方向から襲ってくる。


 こちらが完全に狩られる側だ。打つ手がない。


 今はギリギリで躱(かわ)せているが、動けなくなるのも時間の問題。


 樹上のマルクガルムとシルフィエーラ相手にすら、木を折るという強引な手段で地面に引き摺(ず)り落とそうとしている。


 まるで悪意を持った暴風だ。


 10代前半の彼らではどうすることも出来ぬまま、必死に逃げ惑うしかない。


「ちっ、これでッ!」


 アルクスはどうにか2頭を分断しようと地面に手をつき、どばばばッと土壁(つちかべ)を数枚乱立させた。


 だが〈刃鱗土竜〉はそれをぎょろりと見るや、土中に潜り、勢いをつけて地中からゴバッと飛び出す。


 即席の土壁など障子紙(しょうじがみ)に等しいらしい――然(さ)したる抵抗もなさそうに呆気なく貫通し、土片(つちへん)が散弾(さんだん)の如く飛び散った。


「アル!?」


 シルフィエーラの悲鳴染(じ)みた声が響く。


 アルクスは「うお……!?」と、慌てて突(つ)っ伏(ぷ)すように地面へ倒れ込んで〈刃鱗土竜〉の突進を躱(かわ)し、


「やっぱダメだ!」


 起き上がりざまに吐き捨てる。


 ドクン……ッ!


 心臓の強い鼓動(こどう)を意識の端で知覚しつつ、


「相手がデカ過ぎるし、こう隙(すき)もないんじゃ闘気も使えない!」


 と、続けた。


 体内の魔力を燃焼させて生み出す闘気は強力な分、体力と魔力の消費が激しい。この2頭相手に使おうものならアルクスでも一瞬で魔力切れしてしまう。


 それが分かっているがゆえに何とか隙を衝(つ)こうとしているのだが、僅(わず)かな間(ま)すら作れない。


「このままじゃ――くっ!? ジリ貧だぞ!」


 マルクガルムが叫んだ通り、アルクス以外の3名も相当に苦しかった。


 空っぽ(エンプティ)寸前の魔力を騙(だま)し騙し使って魔法を維持しているのだ。今や属性魔力を放つ余裕さえない。


「わかっ、てる!!」


 唯一半(なか)ば近くまで魔力が恢復(かいふく)していたアルクスが炎弾(えんだん)や雷鎚(いかづち)を立て続けに擲(なげう)って注意を引こうと試みているが、結果はあまり芳(かんば)しくない。


 そも、あの若い〈刃鱗土竜〉にすら効果は薄かったのだ。


 この成体2頭は躱(かわ)しもしなかった。


 アルクスは苛立(いらだ)ちを舌打ちに籠(こ)めつつ、どどどッ! と得意の炎弾を撃ち放つ。


「ちいっ! やっぱり質量差があり過ぎる!」


 が、やはり効かない。


 2頭は雨を鬱陶(うっとう)しがるような素振(そぶ)りで炎と雷鎚を受け流している。


「――って、質量差!?」


 次の瞬間、アルクスはハッと閃いた。


「だったら!」


「ちょっとアル!? 危ない!」


 直後、凛華の警告を無視。〈刃鱗土竜〉2頭との中間位置へ飛び出すや、がちっと鞘口(さやくち)を咥(くわ)えざま両掌(りょうてのひら)から雷鎚(いかづち)を放射した。


 龍眼もどきをギラリと光らせ、圧縮した雷撃をジジジジジ……ッ! と、流(・)し(・)続ける。


 単発ならまだしも、青白い稲妻(いなづま)に鱗(うろこ)を炙(あぶ)られ続けた2頭はさすがに鬱陶しいと感じたらしい。ぎゅるりと体躯をしならせ、一気に両側から突進してきた。


 ドクン……ッ!


 鼓動する心臓。迫りくる殺気も隠さぬ獣の重圧(プレッシャー)。


(もう、少し……!)


 人など丸呑みに出来そうな巨大な顎(あぎと)。


「「アル!!」」


 ぶつかる! と、凛華とシルフィエーラの焦燥(しょうそう)を帯びた呼び声が重なる。


(……今!)


 左右から小型トラック大の魔獣にグチャグチャにされる寸前。


 だんッとアルクスは跳び上がり、口元から落とした鞘を左手でぱしっと引っ掴(つか)みながら、右手を真下に突きつけて、ボウッ! と爆焔(ばくえん)を噴射。


 爆風が身体を押し上げ、スレスレで即死圏内(デッドゾーン)を抜ける。


 だが、アルクスは何も、纏(まと)めて炎の餌食(えじき)にしてやろうとしたわけじゃない。


(重量級同士で――)


「自滅(じめつ)しろ!」


 己を餌(えさ)に、大質量2頭の同士討ち(フレンドリーファイア)を狙ったのだ。


 ほぼ同時に、マルクガルム、凛華、シルフィエーラは彼の狙いを看破するなり眼を丸くした。


 あの跳躍は完璧な呼吸(タイミング)に近い。思わず拳を握る。


 ドクン……ッ!


 中空に舞い上がっていたアルクスの血も熱を帯びる。


 しかし、結果は彼らの予想を大きく裏切るものだった。


 魔獣特有の反射神経なのか、はたまた4人には理解できぬ意思疎通(コミュニケーション)手段を有しているのか――2頭はぶつかる直前で、互いにしなりをズラして器用にすれ違ったのだ。


「な゛……!?」


 眦(まなじり)が裂けそうなほどに紅瞳(こうどう)が見開かれる。


「ばっ、嘘だろ!?」


 マルクガルムも愕然(がくぜん)と声を上げた。


 どう見ても当たる軌道で、あんな躱し方をするなんて、と。


(ち、こうなったら一頭だけでも……!)


 アルクスは心中で舌打ちをひとつ。魔力効率(燃費)は悪いが闘気(手札)を切るしかない、と肚(はら)を括(くく)る。


 だがその転瞬(てんしゅん)、ぼッと彼の真下を駆け抜けた一本線(ライン)付きの〈刃鱗土竜〉が爬虫類(はちゅうるい)染みた眼球(めだま)をギョロリと妖(あや)しく輝かせた。


 直後、その突進が反転。巨躯の一廻転(いっかいてん)に連動して撓(しな)った尻尾(しっぽ)が唸(うな)りを上げる。


「しまっ――うぐあっ!」


 振るわれた太い尾先が鞘を振り上げていたアルクスの胴にめり込んだ。


 落下攻撃に対する綺麗な対空反撃(カウンター)。


 それを芯(もろ)に喰らったアルクスは大地で一度盛大に撥(は)ね――


 ド、クン……ッ!


 己(おの)が鼓動を意識のどこかで拾いながら、冗談のように吹き飛ばされ、雪泥(せつでい)を上げながら転がっていく。

 

「アルっ!? こんのぉっ!!」


 怒り心頭(しんとう)に発したシルフィエーラが半弓の弦を引くや、樹上から矢継ぎ早に射掛けた。三(み)つ矢で2回、ダメ押しに1射――都合7射だ。


 鋭く飛翔し、カカカンッと鏃(やじり)を目元(めもと)に浴びた〈刃鱗土竜〉らは彼女(そちら)も鬱陶(うっとう)しかったようで、より黒っぽい1頭の方がシルフィエーラのいる木へ突撃した。


 その大質量と運動勢力(エネルギー)によって、あまりに呆気なく、ばきゃあっと幹が圧(へ)し折れる。


「く、うぅっ!」


 シルフィエーラが慌てて枝を足場に跳び、他の木から枝を伸(・)ば(・)し(・)て(・)も(・)ら(・)っ(・)て(・)腕を伸ばす。


 黒い1頭はそこを目掛け、地(・)面(・)を(・)尾でザン……ッと薙(な)ぎ払った。


 転瞬、落ちていた木屑(きくず)や土砂(どしゃ)が無数の礫(つぶて)となって森人少女を襲う。


「うあっ!? きゃあああっ!」


 ほんの刹那、中空へ身を曝(さら)していたところに細かな石礫(いしつぶて)が掠(かす)め、シルフィエーラが乳白色の金髪を散らしながら墜ちていく。


「エーラっ!!」


「ぅ、いった……」


 凛華の焦る声に急いで立ち上がろうとする彼女だったが、足に激痛が走り、動きが鈍る。


 そのうえ頭にも、しくしくと痛みが走った。どうやら額(ひたい)を掠めたようだ。金臭さが鼻につき、右瞼(まぶた)に汗よりどろりとした液体が垂れてくる。


 それでも顔を上げれば、眼前に長い口から舌をシュウッと伸ばす厄介な魔獣。


 知能の高いこの魔獣がこんな好機(チャンス)を逃すはずがない。


 そして、高位魔獣を高位魔獣たらしめるのは魔法だ。


 シルフィエーラを地に墜とした1頭の尾先に鱗が集中し、みるみる内に巨大な片刃(かたば)を形成した。


「う、く……!」


 直後、刃を宿した凶悪な鞭(むち)が、ひゅぼおぉ……ッと逃げる暇(いとま)さえ与えることなく、風を切り裂いて振るわれる。


「エーラッ!!」


 そこへ全力で駆けた凛華が彼女の前にどうにか滑り込み、地面に角度をつけて重剣を突き刺した。


 間髪(かんぱつ)入れずに刃尾(じんび)が衝突。


 ごッ、ぎゃりりりりりぃぃッ!!


 と、打(ぶ)つかり合った金属同士の衝突によって発生した風圧が草木を揺らし、火花が激しく散る。


「ぐ、うう、うぅぅっ!? 重っ、い……!」


 凛華が鬼歯(おにば)を剥(む)き出しにして踏(ふ)ん張(ば)る。


 一拍の後(のち)、ぎぃん……っと中空へ逸(そ)らされた太く重たい刃尾が、風を巻き上げてバタバタ踊り暴れる。


 当然、高位魔獣(あちら)側に損傷はない。


 一方で、凛華はビリビリと両腕が痺(しび)れ、


「……あく、ぅっ」


 たった一撃で手の皮もずる剥けてしまい、血で滑った重剣を取り落とした。


 それでも、ギッときつく奥歯を食い縛(しば)って、青い虹彩に爛々(らんらん)と闘志を燃やす。


 だが無情(むじょう)にも、今度は黄色の一本線(ライン)入りな1頭が尻尾の先を巨大な槍(やり)に変えるや、すかさず刺突(つき)を放った。


「ぐ……!」


 懸命に手を震わせながら重剣を持ちあげようとする凛華だが、指先まで痺(しび)れて柄(つか)が上がらない。


「させねえ!」


 しかし、マルクガルムが何とか間に合った。


 彼女の眼前に跳び込むなり、狼腕(ろうわん)を十字(クロス)に交差。防御姿勢を執(と)る。


「オオオオオッッ!!!」


 次いで、咆哮(ほうこう)。なけなしの魔力を葡萄茶色(ワインレッド)の毛皮へ廻(めぐ)らせ、残り滓(かす)を闘気へ転じて両腕と腰に集中させた。


 ほぼ同時、穂先(ほさき)のついた尾が迫る。


 凛華が防いだものを”刃尾”と表現するのであれば、こちらは槍尾(そうび)による獣刺突(じゅうしとつ)だ。


 ご、ぎゃっああぁぁんッ!


 直後、凄(すさ)まじい衝撃がマルクガルムを遅い、けたたましい金属音が辺りを劈(つんざ)いて響く。


「がっ!?」


 違(たが)えようもないほどの重撃。狼牙を食い縛(しば)っても尚、衝撃に首が後ろへ跳ね上がる。


「ぐっ、ぐぐぎ……だあっ!」


 それでも、マルクガルムは何とか上に弾(はじ)いてみせた。


 しかし――


「あ……?」


 転瞬(てんしゅん)、意思と無関係にガクッと膝(ひざ)が落ちる。


 おまけに、しゅうぅぅ……と人間態(なまみ)へ戻ってしまった。


 魔力切れだ。


「ちっくしょう……!」


 マルクガルムが悔し気に顔を歪める。


 その後ろでは、凛華が柄を血塗(ちまみ)れにしながら、引き摺(ず)るように重剣を持ち上げたところだった。が、明らかに力が入っていない。


「うっ、く……」


 シルフィエーラは足を挫(くじ)いたのか折ったのかまでは判らないが未だ立ち上がれず、額から流れる血が右眼を容赦なく汚していた。


(もう手がねえ……!)


 それは〈刃鱗土竜(あちら)〉も理解できているらしい。


 巨大な刃尾を持つ方が再び同じ軌道で凶刃(きょうじん)を振るう。3人から見て、左から右への広い薙(な)ぎ払い。


 知能の高さを証明するかのような、連携波状(れんけいはじょう)攻撃。


(万事休(ばんじきゅう)すだ、くそったれ……!)


 片膝(かたひざ)立ちのマルクガルムが悪足掻(わるあが)きに【人狼化】しようと踏ん張るも……やはり変化(へんげ)できない。魔力がない。


 それに、刃の方をどうにかしても、きっと次は槍の方がきっと攻撃してくる。


 とてもじゃないが対抗手段など思い浮かばない。


 マルクガルムも、凛華も、シルフィエーラも、大気を斬り裂いて迫る刃尾を眺めていた。


 時間がゆったりとしたものに感じる。


(これが走馬燈(そうまとう)ってやつか)


 マルクガルムが心中で独(ひと)り言(ご)ちた――その瞬間だ。


 強烈な紅い輝きが3人の視界に入り込んできた。


 時間の流れが急速に戻っていく。


 その紅い光を彼らは良く知っている。


 あれは――


(あいつの瞳(め)だ)


 龍眼もどき。それが生来(せいらい)の輝きを失うどころか一層増して浮かんでいた。


 だが、その眼の持ち主は吹き飛ばされた際に至る所をぶつけたせいか、顔も身体も頬の怪我が分からぬほど血に塗(まみ)れている。


 ドクン……ッ!


 それでもアルクスは〈刃鱗土竜(てき)〉をギラリと睨(にら)みつけ、強い鼓動を無視して一直線に刃尾へと駆けていた。


「ぉ゛ お゛ お あ あ あ あ ッ ! !」


 直後、喉から咆哮を絞り出すと共に、右の順手(じゅんて)に握った鞘(さや)を下から上――逆風(さかかぜ)に斬り上げる。


 とはいえ、ただの鉄拵(てつごしら)えの鞘だ。


 振るわれる刃尾(じんび)とまともに搗(か)ち合う威力もなければ、頑丈さもない。


 拮抗(きっこう)は、ほんの一瞬。


 ゆえにアルクスは振り抜くと同時、駆ける間に行き渡らせていた魔力を爆焔(ばくえん)へと転じる。


 ばっ、ごおおぉぉんッ!!


 途端、赤くなった鞘が瞬時にぶくりと膨らむや、激しい炸裂(さくれつ)音を上げて爆(は)ぜた。


 鉄片が撒き散らされ、発生した爆圧が辛(かろ)うじてだが刃尾を弾き逸(そ)らす。


 だがそれは結局、手持ちを捨てることと引き換えに一度攻撃を凌(しの)いだというだけのこと。


 〈刃鱗土竜〉側に何ら痛痒(つうよう)はない。


「っ!?」


 次弾(じだん)として左掌(ひだりてのひら)に溜めていた雷属性魔力(いかづち)をアルクスが開放――する前に、もう1頭の振るう槍尾が、びゅおお――ッと風切り音をさせて迫る。


 攻撃か、回避か。秒をも数えられぬ刹那の逡巡(しゅんじゅん)。


 それが決定的な隙(すき)となってしまった。


「あ゛がっ!?」


 左肩を槍尾(そうび)が貫通。


「ぅ、ぐぅううう~~ッ!?」


 骨を砕かれた激痛にまともな悲鳴さえ上げる間もなく突き上げられ、視界ががくがくと揺れ、木に叩きつけられた。


 ド、クン…………ッ!


 心臓が強く鼓動する。


「が、ぁ……!?」


 衝撃で肺の空気が叩き出され、息が止まる。


「「「アルっ!!」」」


 木の幹に縫(ぬ)い付けられたアルクスは、悲痛な仲間の声を意識の端で拾った。


(左肩が……)


 動かない。しかし、なぜだか痛みが遠い。音も遠い。


 ドクン……!


 それなのに鼓動の音だけは嫌にはっきり聞こえる。


(緊急分泌物質(アドレナリン)ってやつか? でも――)


 そんなこと、今はどうだっていい。


 アルクスは冷静に覚悟を決めた。


 正直なところ、強い後悔と憤(いきどお)りがある。――魔術をもっと上手く扱えていれば。鍵語をもっと知っていれば、と。


 あの2頭の周囲から酸素を奪ったり、何かに括(くく)り付けて空へ吹き飛ばしたり、出来るかまで知らないが可能性はあったろうに。


 そうすれば幼馴染達が苦しむこともなかった。


 もう、彼らはまともに戦えない。


 マルクガルムは魔力が尽きているようだし、凛華は剣を握るのさえ難しそうだ。シルフィエーラも負傷して動けそうもない。あの足じゃ樹上(じゅじょう)に逃げるのも困難だろう。


 負傷具合ならたった今、自分が最も酷くなってしまったが痛みも薄いし、思考もできている。


(だから、まだ動ける)


 ドクン……ッ!


 それに肝心の魔力はまだ残っているのだ。存分に暴れてやる。


 ド ク ン ッ !


 たかが左肩が動か(使え)なくなっただけ。仲間が殺されるのを見るより何百倍もマシ。


(だから、まだ戦える)


「逃げろ!」


 アルクスは首を動かすや、地上の幼馴染3人へ向けて叫んだ。


 ド ク ッ ! ド グ ッ !


 心臓がやけに五月蝿(うるさ)い。


 警告しても逃げぬ3人にもどかしく感じながら、左掌をぐぐぐ……っと刃尾を構える1頭へ向けるや、その左眼を狙って雷鎚を放った。



 ギイイイイイイイイ――ッッ!!?



 高位魔獣が痛みに驚き、不快な金切(かなき)り声に怒りを乗せる。


 体躯(たいく)をしならせる直前の左眼球に稲妻が命中したのだ。


 どうやら反撃されるなどとは露(つゆ)も想定していなかったらしい。


「は、は……っ。お前らの相手は、俺だって。よそ見、してんなよ」


 偽悪的にせせら笑ったアルクスに爬虫類(はちゅうるい)を彷彿(ほうふつ)とさせる眼球が3つ、ぎょろっと向いた。


 やはり高位魔獣はなかなか賢い。馬鹿にされたと理解できたのだろう、敵意が集中する。


(狙い、通り……!)


 ド グ ッ ! ド グ ッ !!


 鼓動が喧(やかま)しい。


(それでいい)


 仲間を逃がす。


(護(まも)るんだ。だから――!)


「だからお前らは、俺と戦え」


 アルクスは魔力を昂(たかぶ)らせた。


 ド グ……ッ! ド グ……!! ド グ ッ !!


 心臓が、五月蠅(うるさ)い。


 それを無視し、体内に残っているす(・)べ(・)て(・)の魔力を龍気へ変換すべく、一気に燃やし尽くした。


 ド ク ン ッ ッ !!


 心臓がひと際(きわ)強く鼓動する。


 ここまでがその日、アルクスの憶(おぼ)えている最後の記憶となった。



 ☆ ★ ☆

 


 マルクガルムは焦っていた。


 アルクスをどうにか助け出さなければ。


 肩に槍尾が刺さったままだからか、木の幹を伝っている血もまだ少ない。


 まだ助かる。助けられる。


 だが、眼前には片刃を構えた高位魔獣が居る。


 救出しようと機を窺(うかが)っていると、不意にアルクスが「逃げろ!」と叫んだ。


 その言葉に、青褪(あおざ)めていた凛華とシルフィエーラが眼を見開き、マルクガルムが息を呑む。


 言いようのない衝撃(ショック)だった。


 それに頭を殴られて愕然(がくぜん)としている間に、アルクスはぎこちなく左手を動かして雷撃を放ち、片方の〈刃鱗土竜〉の眼を潰した。


 2頭の敵意と殺意が完全に彼へと集中する。


(ここで死ぬ気か、大馬鹿野郎……!)


 マルクガルムがハッとするなり、力の入らぬ足を殴りつけて立ち上がった。その瞬間だ。


 ボ、ギャ……ッ!

 

 厭(いや)な音がした。破裂音染(じ)みた、粉砕音。


 ――何の音だ?


 訝(いぶか)しむ3人が咄嗟(とっさ)に顔を上げる。



 ギィィッ!? ガアアアアアアアアアアッッ!!



 途端、腹に一本線(ライン)の入った――4人の与(あずか)り知らぬことだが、雌(めす)の〈刃鱗土竜〉が、先程とは別種の甲高(かんだか)い啼(な)き声を上げた。


 なぜか怒(いか)りが籠(こ)もっているような圧力を感じた。


 ――どうしてアイツがそんな声を出す?


 その答えは、直(す)ぐに判った。


 〈刃鱗土竜〉の槍尾、穂先(ほさき)に当たる部分が半(なか)ばから熔(と)け、折られていたのだ。


 3人が仰天して眼を剥(む)く。


 ――まさか、アルが?


 慌てて視線を木に戻した彼らは直後、それ以上の異変に気付いた。


 アルクスの様子がおかしい。


 木に縫い付けられていた彼は、その原因である左肩の槍尾を冷たい眼つきでジロリと見やり、そのまま引き抜いた。


 ぶしゅうッと血が噴き出し、金臭(かなくさ)さが充満していく。


 一拍置いて、アルクスがドサッと落下してきた。


 マルクガルムは駆け寄ろうとして、


「っ!?」


 びくりと立ち竦む。


 凛華とシルフィエーラも同じく、近づけないでいた。


 彼の雰囲気がよく知るそれではない。


 何よりも瞳(め)が違う。


 アルクスの龍眼もどきは本物と違って普段ヒビが入らない。


 それが今また、割れている。


 人虎(じんこ)のカミルをぶちのめしていた時と同じく、虹彩が割れて冷たい殺意が滲(にじ)んでおり、割れた隙間(すきま)から底知れぬ闇を連想する墨色(すみいろ)が覗(のぞ)いていた。


「……」


 不意にゆらりと立ち上がったアルクスが尖った牙(・)で折れた穂先を咥(くわ)え、血が噴き出ている左の肩口を徐(おもむ)ろに灼(・)く(・)。


 じゅううう……ッと肉の焦げる匂いが漂う。


 しかし、彼は顔色ひとつ変えぬどころか、痛みに声さえ上げない。


「――……」


 そのまま口から右手に落とした槍尾の破片を握り直し、顔を上げる。


 そこには片(かた)や左眼を白く濁らせ、片や尾先の武器を捥(も)ぎ取られた、怒(いか)れる〈刃鱗土竜(じんりんどりゅう)〉が2頭居た。



 ギギイイイイ……ッ!!!



 アルクスを脅威と見做(みな)した一本線(ライン)模様付き――雌土竜(めすどりゅう)が厭(いや)な啼き声を発するや、振り上げた尻尾を勢い良く叩きつける。


 丸太大(サイズ)の鞭打(べんだ)のようなものだ。


 しかし、アルクスは少しも臆(おく)した顔をせず、だんッと前へ加速。振り下ろしをスレスレで左に躱(かわ)しざま、尾の付け根へと飛び込んだ。


 雌土竜(めすどりゅう)が急接近を嫌って、太い体躯を揺さぶる。


 途端、鱗に生えた繊毛(せんもう)が逆立ち、雪泥(じめん)に無数の引っ掻(か)き傷が刻まれていく。


 が、アルクスはやはり意に介した様子もなく、穂先を再び咥(くわ)えるなり、普段のそれより鋭く尖って伸びた右の龍爪を雌土竜の鱗に引っ掛け、揺すられる勢いを利用して振り飛ばされるように上へ跳躍。


 そのまま雌土竜の上――空中をグルグル廻転。途中で足を突き出すと、その背をどッと蹴りつけて頭部の方へと駆け出した。


 雌土竜もそのままにするようなことはなく、躰(からだ)に登ってきた邪魔者を排除しようとすかさず巨体をぐねぐね捩(よじ)り、激しく揺らす。


 だが、長くは続かなかった。


 一瞬で頭部に辿り着いたアルクスが咥(くわ)えていた槍尾の破片を雌土竜の右眼へ落としざまに、勢いと体重を乗せて、がすッと捩(ね)じ込んだからだ。



 ギッ!? ギイィイィイィィッ!!?  


 

 紛れもない悲鳴だ。


 痛みで大音声(だいおんじょう)を上げる雌土竜をアルクスは冷たく見据(みす)え、脳まで届かせるつもりなのか、どごぉんッと更に叩き込んだ。


 闘気――龍気を纏った踵(かかと)が、雌土竜の右眼の奥深くまで破片をズブズブ……ッと押し込み、ぶしゅううぅぅッと鮮血(せんけつ)が噴き出す。



 ギィャッ!? ギィッ! ガアァァアッ!?



 雌土竜は狂ったようにのた打ち廻(まわ)って、アルクスを振り落とした。


 ざんっと低い姿勢で着地した彼の青白い銀髪が血飛沫(ちしぶき)で赤黒(あかぐろ)く染まっていく。


「――……」


 しかし、アルクスはそれを気にする様子もなく、冷たい眼つきのまま、ゆらぁっと立ち上がった。


「アル……!」


 凜華は、自身の血の気が引いていくのが分かった。


 恐ろしくなってしまったのだ。彼そのものにではなく、その戦い方に。


 行動だけであれば、死を恐れることなく敵に飛び込んでいくように見えるだろう。


 こうなる前までのアルクスには、そこに勇気や他の感情が乗っていた。


 しかし、今は違う。これは……違う。


 あるのは明確な殺意だけ。


 殺す。ただそれのみを目的として戦っている。


 己の身体や命をまるで気にした様子がない。



 ガアッ! ギィガッ! ガアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!



 そこで今度は雄(おす)土竜が襲い掛かった。


 刃尾を振りかぶっている。


 ヒビ割れた瞳のアルクスは恐るべき速度でそれに反応し、ぶらぶらさせていた左腕で無造作(むぞうさ)に極大の炎弾(えんだん)を放った。


 ゴッ、オオオオオオオオオオ!!


 それさえ平時のそれと大きく違う。


 いっそ過剰(かじょう)なほど大量の魔力が籠(こ)められており、木々の損傷や火事、そして自身の腕の保護すら含まれていなかった。


 殺せるのであれば何だっていい。


 そんな思考を具現化(ぐげんか)したような極大炎弾は雄土竜(おすどりゅう)に着弾すると同時、どごぉぉおおおおんッと周囲を巻き込んで火柱(ひばしら)を上げる。


「っ!?」


 シルフィエーラはその光景に息を呑み、冷や汗を噴き出した。


 アルクスの左腕が……彼自身の炎で真っ黒に焦げていた。


 逃げ廻っていた時ですら、森のことを考えていたであろう彼の炎は今や箍(たが)が外れ、炎獣の如く蠢(うごめ)いて暴れ狂っている。


 森が燃え、大地が焦げて灰になろうと……己の腕がじゅくじゅくと爛(ただ)れていようと気に留めていない。


 闇を背に浮かぶ血のように紅い瞳は〈刃鱗土竜(てき)〉だけを映している。


 あれは、だめだ。


 シルフィエーラは焦る。


 今のアルクスはダメだ。


 ――戻ってこれなくなる。


 そんな予感がひしひしと彼女の胸を締め付けていた。


 と、その時だ。



 ガアアアアアアアアアアアアッ!!



 爆焔に呑まれ、雄(おす)土竜がその鱗を更に黒く煤(すす)けさせながら火柱から飛び出し、怒りの声を上げた。


 しかし、生意気な獲物の姿はない。


 そんな具合で頸部(くび)を廻らせた――転瞬。


 雷撃で焼けていた左眼に何か鋭いモノが突き刺さった。



 ギィッ!?



 痛みで瞼(まぶた)を上(・)げ(・)ようとしたが、固いものに阻(はば)まれて閉じられない。


 暴れようと四肢を踏(ふ)ん張(ば)った瞬間、知覚するより先に高熱が雄土竜の視神経(ししんけい)を焼き払い、頭部の肉を焦がし、脳を灼(や)いた。



 ギィッ!! ギッ!? ィ……ッ!?



 巨体がビクリと震える。それで終わりだった。


 アルクスは炎を隠れ蓑(みの)に、より鋭くなった龍爪を雄土竜の死角になっていた眼球に突き入れ、龍気を纏(まと)った腕で瞼を防ぎ、ありったけの炎を流し込んだのだ。


「――……」


 次いで腕を引き抜き、殺意で爛々(らんらん)とした紅と墨色の視線を残った1頭に向ける。


 雌(めす)土竜の方は呆気(あっけ)なく殺された相方に、こんな小さな獲物にやられるなんて、とばかりに憤怒を滾(たぎ)らせたようだ。



 ガアアアアアアアアアアアア――ッ!


 

 鱗を逆立(さかだ)て、下顎を膨らませて威嚇(いかく)した。


 高位魔獣という生態系の頂点に近い存在として、眼前の細い獲物に殺されることなど到底許容できなかったのだろう、獣性(じゅうせい)の籠(こ)もった殺気を向ける。


 すると、そこでアルクスの方にも変化が起きた。


 闇の滲む紅い虹彩が更に砕(・)け(・)散(・)っ(・)た(・)のだ。


 マルクガルムはゾッと背筋を泡立たせた。


(あいつの瞳は……明るい紅だったのに)


 今や闇色の虹彩に紅い破片が混じっている程度だ。


 マルクガルムは後ろをちらりと振り返り、顔を戻すなり、ギッと歯を食い縛った。


 恐怖でなのか、別の感情でなのかは分からないが、凛華とシルフィエーラは動けそうもない。


 そして動こうにも、成体らしき〈刃鱗土竜〉は未だ健在でアルクスはあの状態だ。


(下手は打てねえ)


 魔力だって戻っていない。ゆえに彼は背後の少女らを庇(かば)いつつ、殺意を向け合う1人と1頭を見つめるしかない。


(頼む、誰か気付いてくれ。あいつを……止めてくれ)


 その願いに応えられる者はまだ此処(ここ)に居ない。


 一方で、その願いも空(むな)しくアルクスの肉体が変貌(へんぼう)していく。


 龍爪(りゅうそう)が更に鋭く伸び、分厚く変化。上下の犬歯も肥大化して牙と形容すべき形状へ。


 それらをガチンッと咬(か)み合わせたアルクスが、不意に口腔(こうこう)を曝(さら)す。


「ぐ、ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅぁ゛ぁぁあ゛あ゛ッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 雄叫(おたけ)び。否、咆哮(ほうこう)。


 禍々(まがまが)しい殺戮衝動(さつりくしょうどう)に満ちた龍気が撒(ま)き散らされる。 


 ビリビリと気圧(けお)された幼馴染3人は無理矢理に闘気の感知を理解させられた。


 これが闘気――いや、アルクスの龍気。


 きっと普段のものではないはずだ。どうにかやめさせなければ。だが今の自分達には抑え込めそうもない。


 次の瞬間、雌土竜の出鼻(でばな)を挫(くじ)くようにアルクスが、だだんッと跳び出す。


「ガアッ!」


 龍爪が鋭く繰り出され、雌土竜の鼻先に食い込み、殆(ほとん)ど抵抗もなく、ずぱあッと斬り裂いた。



 ギイッ!?



 怒りと痛みで〈刃鱗土竜〉が大口を開け、そこへアルクスが焦げた左腕を振るって再び極大の炎弾を撃ち出す。


 しかし、まともに動かぬ腕では狙いがつけられなかったようで、至近距離にも関わらず大きく外れた。


 〈刃鱗土竜〉の背後に着弾した爆焔が炎柱(えんちゅう)となって周囲を赫々(あかあか)と照らす。


 その瞬間、雌(めす)土竜が裂かれた鼻面(はなづら)をばくんッと素早く閉じるや、即座に巨躯(きょく)をしならせて突撃。


「グ、ブ……ッ!?」


 と、真近くから空中に轢(ひ)き飛ばされたアルクスは、然(さ)れど真下を通り抜けていく雌土竜のゴツゴツした背に爪を引っ掛け、


「ガアッ!!」


 指先を煤で真っ黒に染めながら炎の龍爪――龍人族の焔龍爪(えんりゅうそう)をざざんッと振るう。



 ギイッ!? アアアアアアアアアッ!



 背中を浅く灼(や)き裂かれた〈刃鱗土竜〉は、半分ほど残っていた上鱗(じょうりん)を残っている尾に移動させると、ぶうん……ッと振るい返した。


 振り廻された尾に右の脇腹を打ち据(す)えられたアルクスが「ゴぶッ!?」と血を吐く。


 内臓を損傷したのだろう。だが、一向(いっこう)に止まる気がないらしい。


 ギロッと敵を睨みつけるとそのまま右腕で尾を抱え、着地と同時、一度手折(たお)った尾先に貫手(ぬきて)をブチュッと突き入れて骨をガッシリ握り込む。


 龍気を纏った腕はギチギチと押してくる魔獣の筋肉をものともしなかった。


 直後、焔流(えんりゅう)が雌土竜の肉を、ごぉおおおおッと焦がしていく。


 一瞬で内部から炭化した尾と巨躯(きょく)へと駆け上(のぼ)る異常な熱量に本能的な恐怖を感じたらしい雌土竜が、尾を回収しようと引っ張るもビクともしない。


 それどころか、引っ張り返されてさえいた。



 ギ、ギイ……ッ!?



 その瞬間だ。アルクスの虹彩に残っていた紅の破片が、ぱぁんっと粉々(こなごな)に砕け散った。


 光を返さぬ墨色の虹彩の海に、金色(こんじき)に縁(ふち)取(ど)られた縦長(スリット)状の瞳孔。


 それに合わせ、彼の姿が更に獣性を帯びた姿へと変化していく。


 牙が剥(む)き出しになり、表情にギリギリ残っていた理性も完全に消え失(う)せていた。


 そこに居るのは、殺意に塗(まみ)れた一匹の獣。


 幼馴染達は茫然(ぼうぜん)と息を吞んだ。


 ――この前のあれは……この兆候?


 もっと注意をしておくべきだった、という後悔はあまりにも遅きに失(しっ)していた。


 ビィィィィ……ッ!


 唐突に鈍くも高い、何かを無理に引き裂いたような音が響く。


 獣と化したアルクスが、上鱗の残っているのも意に介さず、握り締めた骨ごと尻尾を引き千切(ちぎ)った音だった。



 ギイャ……ッ!?



 慄(おのの)くような啼(な)き声が轟々(ごうごう)と燃え盛る炎に呑まれていく。


 次の瞬間、尾をドサッと放り捨てたアルクスが、ぼッと跳び出しざま、雌(めす)土竜の下顎(したあご)をバギャンッ! と蹴(け)り上げた。


 異様な怪力(かいりき)だ。人の体躯を優(ゆう)に超える鰐(わに)に似た鼻先が上向(うわむ)く。


 そして、突き刺すような墨色の視線は急所を見逃(のが)さない。


「ガアアアッ!!」


 曝(さら)された雌土竜の柔らかい顎下(くび)を龍爪が貫き、そのままジュバッと斬り裂いた。



 ギイヤッ!? ギャイイ、ガッアアアア……ッッ!?



 高位魔獣が泡(あわ)を食ったように距離を取ろうとする。


 だが、もう一匹の獣がそれを許さない。


 一足飛(いっそくと)びに追いついて、赤黒い血を流す〈刃鱗土竜〉の鼻先を豪快に踏み潰した。


 雌土竜が反射的に、グパ……ッと鰐口(わにぐち)を開ける。


 間髪(かんぱつ)入れず、アルクスがその口中(こうちゅう)へ龍爪を突き込むや、ズガガガガッとその上顎(うわあご)を内側から引き裂いた。


 上下とも顎をズタズタにされた雌土竜が慌ててビクンと鼻先を引っ込め、ザザザッと後退。彼から距(・)離(・)を(・)と(・)る(・)。


 脅(おび)えているのだ、あの高位魔獣が。少年の輪郭(シルエット)をした獣に。


 捕食者と獲物が完全に入れ替わっていた。


 殺されると本能で理解しているのか、雌土竜は眼前の化け物から視線を逸らさず、後退しようとするも、尻尾がないのでうまくし(・)な(・)り(・)をつけられない。


 それでも高い知能を持つ高位魔獣だ。


 普段移動に使わぬ四本脚(よんほんあし)を地に着いて身を起こし、ほんの刹那、残っている眼球(めだま)をぎょろっと背後へ向けた。その瞬間だ。


 ゴオオオオオオオオッッ!!


 アルクスが黒焦げの左腕を振るい、爆焔を横薙(よこな)ぎに放つ。


 雌土竜の横っ腹に鞭のような爆炎が直撃。


 どおッ、がッ、がッ、がン……! と、巨体が何廻転もしながら吹き飛んでいき、仰向(あおむ)けの状態で止まった。


「ガア……ッ!」


 そこへ獣のようにアルクスが、跳びついて焔龍爪で何度も何度も頸部(くび)を斬り裂く。


 すっかり怯(おび)えた雌土竜が本能的な恐怖から逃れようと巨躯(きょく)をバタバタ暴れさせる。


 が、アルクスは振り落とされぬよう、ぶじゅうッと腹に貫手を突き込み、轟ぉおッ! と爆炎を連続して放った。


 焔流が巨体の体内で暴れ狂う。


 ビクッと身悶(みもだ)えした雌土竜が死力を振り絞ってのた打ち廻る。


 が、許されない。


 牙を剥き出しにしたアルクスが何度も爆焔を放ち、雌土竜の筋肉を炭化させていく。


 都合10発。時間にして10数秒。


 成体の〈刃鱗土竜〉の肉体は爆炎が放たれるたびにボコッ、ボコッと異様に膨らみ、最終的にクシャッと潰れた。


 体内の器官が軒並み灰になってしまったのだ。


 いっしょに崩れ落ちたアルクスが立ち上がり、唯一残っていた頭頸部に近付いて右足を掛ける。


 そして、ぐしゃあっと踏み潰した。


 沸騰しかけの脳がべちゃっと飛散する。


(こいつは、殺戮だ)


 断じて戦いや狩りなどではない。


 心中で呟いたマルクガルムや凜華、シルフィエーラは別の何かに成り果ててしまった幼馴染に近寄ることができないでいた。


 と、そこで金縁(きんぶち)の瞳孔がギロッと彼らを捉える。


 やはり、違う。瞳や姿だけでなく、眼つきも表情も違った。


 まるで、新たな敵を見つけたかのような顔だ。


「アル、俺達がわかるか?」


「もう敵はいないの。大丈夫なのよ、アル」


「その状態は何か危ないよ。アル、戻ろ? ね? お願い」


 マルクガルム、凛華、シルフィエーラが口々に呼び掛ける。


 狼爪(ろうそう)も、重剣(じゅうけん)も、弓も、構える気さえ起きなかった。


「……?」


 赫々と照らされた血塗(ちまみ)れのアルクスが構える焔龍爪が、まるで困惑(こんわく)しているかのように行(ゆ)き場を失くす。


 敵が武器を置いて話しかけてきた。わけが分からない。そんな表情だ。


 光を返さぬ瞳が揺れ、滲んでいた殺気がほんの僅か薄れる。


 だが、突如として一気に獣のそれへと戻った。


「「「――!?」」」


 3人が身構(みがま)える。


 アルクスはそんな彼らのことなど気に留めた様子もなく、振り向きざまに炎弾(えんだん)を吐いた。


 ぶくりと膨れ上がり、ごおおッと吐き出される一片(いっぺん)の容赦もない爆焔。


 しかし、それは貫通性の高い風弾(ふうだん)によって、ぼひゅう……っと吹き散らされてしまった。


 アルクスが険しく眉間(みけん)に縦皺(たてじわ)を刻んで牙を剥き、唸り声を上げながら姿勢も低く異形(いぎょう)の龍爪を構える。


 次いで、禍々しい龍気が再び冷たい殺気を帯びていく。


 手負いの魔獣。


 今のアルクスを形容するのに適した言葉はこれしかなかった。


 彼の警戒心を引き上げさせたのは、彼(・)女(・)ら(・)だ。


 他の面々に火事の対応を任せ、急いで子供達に追いついた彼の師と母親。


 トリシャとヴィオレッタだ。


 2人はアルクスの姿に心を痛めていた。


 焼け焦げた左腕に、血がついていない箇所(かしょ)を見付ける方が難しいズタボロの服。


 獣のように構えられた異形の龍爪。


 いつもは強く輝いている明度の高い紅の虹彩を呑み込む、真っ暗な闇。


 ――あの怪我は直ぐにでも手当てをしないと命に関わる。


 彼女らのすぐ後ろには捜索対象だった残り3名の父親、そして最後に人虎の族長ベルクトだった。


「あれがアルかよ。……畜生(ちきしょう)が、手前(てめえ)が不甲斐(ふがい)ねえ」


 八重蔵は弟子の変わり果てた姿に気合を入れる。


 ああなった仕組みや経緯(メカニズム)は知らない。


 が、簡単に我を失ってしまうような軟弱な弟子では決してない。


 ――絶対(ぜってえ)、引き戻す。


「アル、爪を下ろすんだ。お前が皆(みんな)を守ってくれたのはよく分かった。だからもういい、もういいんだ」


 痛ましい姿を見ていられなくなったラファルが落ち着かせようと試みる。


 明るく真っ直(す)ぐな印象のアルクスがこうも追い込まれるような状況に、間に合わなかった。


 二度とそんな真似はしないと決めていたのに。


 己にふつふつと怒りが湧く。


「そうだ、アルクス。もう終わった。手当てをしなければならん、落ち着け」


 マモンも呼び掛けた。


 濃い、血と肉の焦げた匂い。


 そのどちらもがアルクスからしている。どれほど一人で戦ったというのか。


 他の子供達からも血の匂いはするが、アルクスに較べれば幾らかマシだった。


(一体、何があったのだ……!?)


 ベルクトは惨状(さんじょう)に仰天(ぎょうてん)して唖然(あぜん)としていた。


 成体の〈刃鱗土竜(高位魔獣)〉が眼を潰されて死んでおり、もう1頭はひしゃげた頭部がなければ居たことにすら気付けぬほど躰(からだ)が四散(しさん)している。


 そこで、煌(きら)びやかな銀髪を閃かせたトリシャと、艶(つや)やかな濃紫(のうし)髪を靡(なび)かせたヴィオレッタが一歩進み出た。


 前者にとって大事な愛息子。後者にとって大切な愛弟子。


 その彼に、これ以上自身を壊すような真似をさせるわけにはいかない。


「アル! お母さんが来たからもう大丈夫よ!」


「変わり果てておるな、アルや。今戻してやるから安心せい」


 彼女らの宣言にアルクスは咆哮で応えた。

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