7話 追跡と異変(アルクス12歳の冬)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
前回の裏、と言える内容となっております。よろしくお願いいたします。
囮となったアルクスら4人に逃がしてもらい、無事に保護された人虎族の双子エリオットとアニカの証言を元に、4人の親を含む捜索隊は最大戦速で限界線へと急いでいた。
皆が皆、その表情を険しくさせて焦りが滲んでいる。
なにせ彼らを指揮するヴィオレッタの代名詞たる『転移術式』を使おうにも、この閑散とした森の中では座標計算が複雑に過ぎ、かと云って爆風を伴う『飛空術式』では燃費が大変悪いからだ。
また、もし捜索対象である4人が大怪我を負ってしまっていた場合、ヴィオレッタのもう一つの代名詞たる独自『治癒術』にも大きく魔力を割かなければならない。
ゆえに足を使うしかなかったのだ。
狩猟限界線に辿り着いた面々は様変わりしている箇所を目にした途端、顔色を更に悪くして駆け寄った。
木の幹の間に張られていたはずの赤帯は荒々しく引き千切られており、代わりに木の根やツタで網が張り巡らされてある。
更にその上から冰でガチガチに固められていた。
どう見ても障壁だ。
「こいつぁ……里長殿」
凛華の父イスルギ・八重蔵が障壁をしげしげと眺める。
ヴィオレッタは表面の冰に濃紫の視線を走らせ、続いて周辺を見渡した。
即席の分厚い冰には何か巨大な質量物がぶつかったらしく亀裂が入っており、そのすぐそばには何かがのたうち回った痕跡が残っている。
「うちの娘が魔法を使ったようです」
シルフィエーラの父ラファル・ローリエが冰漬けの奥を覗き込んで冷静に述べた。
「そのようじゃ。エーラが木々の間に網を張り、そこに水と冰で障壁を形成。痕跡周りが焦げておることから、おそらく双子の方に行かぬよう〈刃鱗土竜〉の鼻先に障壁を置いて注意を引いたのじゃ」
「アルクスの発想ですな。障壁の近くに濃い雷鎚の臭いが散っています。〈刃鱗土竜〉の突進をギリギリで躱し、壁にぶつかって動きの止まったところへ雷を叩き込んだのでしょう。高位魔獣が怒るほどの属性魔力はまだアルクスにしか放てないはず、あれは固いですからな」
マルクガルムの父マモン・イェーガーも周囲に漂う独特のイオン臭を嗅ぎ取って見立てを報告した。
「そうね、こっちには〈刃鱗土竜〉の身体が削ってった木がいくつも。あっちに連れてったみたい……。私たちがもっと早く出立してれば」
「後悔より今は彼らと合流することを考えるのじゃ、トリシャ」
「ええ……わかってるわ」
トリシャへ言い聞かせてはいるがヴィオレッタの心中とて親友とまったく同じ思いで満たされていた。
――判断を誤った。
彼らに何かあれば全て自分の責任だ。
「……限界線に沿って南下したようじゃな。儂らも行くぞ」
ほっそりした首筋を強張らせ、口元を引き結んだヴィオレッタが捜索隊の面々を率いて痕跡を追う。
ごっそりと抉られた木の幹、折れて散らばった枝、匂い、属性魔力の余波と云った戦闘の痕跡を探し、着実に4人の軌跡をなぞっていく。
これ以上、時間の浪費は決して許されない。
それは丁度、アルが墓地から慰霊碑を引き抜いている頃のことであった。
~・~・~・~
先ほどから激しい逃走劇の痕跡を辿っている。
今のところ誰も欠けることなく逃げ果せているらしい。
しかし捜索隊の面々の顔に浮かぶ焦燥と不安はより一層増していた。
噛み折られてそこら中に倒れている幾つもの木々。
焦げてガラス状だったり、〈刃鱗土竜〉の突進を利用したように凍りついている大地。
激しさを増し始めた高位魔獣へ果敢にも知恵を搾って戦っていることが見て取れた。
至る所へと視線を走らせ急いでいるなか、スッパリと切り倒された木々が一層多い場所でヴィオレッタはビタッと立ち止まった。
「里長殿……!」
遅れてマモンも気づく。
嗅覚において人狼族に並ぶ種族はそういない。それほど優秀だ。
しかし彼らの嗅覚を差し置いて唯一つ、一点だけヴィオレッタの方が鋭敏さで優る匂いがある。
「血じゃ」
彼女は迷うことなくその根源へ向かい、降り積もる雪を鬱陶しげに風で吹き飛ばすと、目当てのものがそこにあった。
雪に染み込んでいる血だ。
魔獣と人とでは血液の匂いがまったく違う。獣臭さがない。
「〈刃鱗土竜〉のものではない」
後ろにいた捜索隊がザワめいた。
ヴィオレッタは吸血族。
血液という一点においては他種族よりも鼻が利き、誰のものかまで正確に分析できる。
エリオットとアニカを見つけたときも泥と少量の血が入り混じった匂いを感じ取ったがゆえに狩猟場の一角を重点的に捜し歩いていたのだ。
「っ!! 誰のです!?」
「アルのものじゃ」
ラファルの勢い込んだ質問にヴィオレッタは断言した。
あの4人は見習い戦士並に稽古を熟している。
その中でもアルは魔法が使えない特性上、細かい怪我をしやすいので彼の血の匂いは嗅ぎ慣れていた。
「っ! ……でもこの量なら大怪我では、ないわよね?」
「うむ、どこかの皮を裂かれたくらいじゃろうな。先ほどから痕跡を見て思っておったが、どうやら〈刃鱗土竜〉の敵意はアルへのものが最も強いようじゃ。おおかた炎か雷を投げまくって怒らせたのじゃろうが」
その見立ては正しい。
下顎に炎雷、口腔に雷鎚を直撃させているので当然と言えば当然である。
捜索隊に参加していた人虎族の族長ベルクト・ノワクは思わず唸ってしまった。
件の4人に舌を巻いていたのだ。
特にアルに対しては驚嘆すらしている。
彼らの新居へアルが謝罪に来た際にわだかまりはとっくになくなっていた。
そもそも喧嘩を吹っ掛けた息子の方が悪いと思っているし、まだギクシャクしているのも知ってはいるが、いずれ正しい縁を結び直してくれればと思っていた。
その彼――魔法も使えない半魔族の少年が最も高位魔獣の敵意を引きつけ、おまけにあの障壁や逃走経路すら考えたのだ、という推測を捜索隊の誰もが疑っていない。
異論の一つすら上がらなかった。
そもそも見立てを話したのはアルの母トリシャではなくマモンだ。
そして何より、彼らの実行力と胆力。
結果として同胞のエリオットとアニカを逃がすことに成功し、彼ら自身も生き延びている。
とてもではないが今の息子と従弟の娘ではそんな真似できない。
「〈刃鱗土竜〉に魔法を使わせるなんざ平時なら褒めちぎってたってのによ……」
八重蔵が呟く。
〈刃鱗土竜〉は頑丈な鱗と巨体に見合わぬ俊敏性、そして自身の体躯そのものを武器として獲物を狩る。
更に言うと移動に魔法を使うことはあっても刃尾まで出してくることはそうそうない。
高位魔獣であるからこそ、魔力を考えた動き方をするのだ。
要はあの4人が明確に敵だと認識されるほど戦えているということ。
親としても師としても嬉しくないわけがない。
だが、その褒められるべき彼らはここにいない。
「そうだな。それでヴィオレッタ様。彼らは?」
「ここまで露骨に魔法を使われれば高位魔獣じゃと気づいたのじゃろう。また逃走に移っておる。雪が降っておるから少々難しいが血の匂いを辿れそうじゃ」
ヴィオレッタはそう言うとすぐさま更に南へと滑るように動き出した。
捜索隊も急いで後を追う。
~・~・~・~
その数分後。森の南西部。
ヴィオレッタ率いる捜索隊は〈刃鱗土竜〉が転がり回って暴れ狂い、その後突き抜けて出来たらしい穴をくぐって開けた場所に出た。
探している少年少女らはとことん高位魔獣を怒らせることに成功したようで、怒りのまま木々を折り抜けているような穴だった。
駆け込むように広めな空間へ飛び出た捜索隊の面々は、警戒もそこそこにその場に残されていたものに目を奪われてしまう。
「これは……!」
彼らの視界に入ってきたのは巨大な落とし穴と同じく、巨大で生物的な片刃。
〈刃鱗土竜〉の刃尾だ。
斬り落とされたらしき刃尾は、〈刃鱗土竜〉が常に纏っている上鱗――魔法で移動させる上層の鱗のほとんどを使って形成されているように見える。
また落とし穴周辺の土は変質しており、内部からは雪を貫通して臭気が立ち昇っていた。
「なんだよこりゃあ……!? 穴ぼこは魔術みてぇだが」
「『落穽の術』じゃな。これも十中八九アルの仕業じゃ。〈刃鱗土竜〉を罠に嵌めたか。それにしてもこの規模は……なるほど、幾重にも同じ術式を重ねたと見える。いくらあやつでもごっそり魔力を持っていかれたはずじゃぞ」
「そんな時間……あっ、さっきの大暴れしてた痕跡ってあそこで時間稼ぎをしたから……? その間に術を重ねたのかしら?」
「この時期には咲かない花々が咲いていた。うちのエーラが目潰しでもくれてやったんだろう」
大人達はそこまで見当をつけると、誰ともなく溜め息とも唸りともつかぬ声を上げていた。
魔法を使われてマズい状況だから、と何とか策を講じたらしいが、尽く〈刃鱗土竜〉はその策に嵌まっている。
おまけにさっきの位置からそこまで距離も離れていない。
とすれば高位魔獣だと気付いて短い間に策を編み出したということだ。
本来、高位魔獣はそこまで馬鹿ではない。
目潰しで時間稼ぎと〈刃鱗土竜〉の激昂を誘い、突っ込んできたところを落とし穴へ叩き込んだ。理に適っている。
――しかし、この臭いは?
「ラファルよ、穴の中からする臭いは何が原因じゃ? 穴に落ちた時点で〈刃鱗土竜〉に目立った損傷はないはずなのじゃが」
ヴィオレッタの投げかけた質問に、覗き込んだだけではわからぬとラファルが飛び込む。
「しばしお待ちを。これは……ああ、なるほど」
「何だったのだ? 臭いがキツすぎて俺は寄れん」
マモンが訊ねたところで、鼻を押さえて穴から出てきたラファルが土に埋まっていた木の燃えカスを取り出した。
「我々が燻製なんかを作るときに使う枝の燃えさしがあった。他にも煙の出る草木の臭いも。おそらく穴に落とした〈刃鱗土竜〉を抑え込むために、こういったものを大量に投下してアルが燃やしたんだろう。湿っていたものを無理に燃やすとこういう臭いと滓が残るんだ」
「炎と雷の大盤振る舞いだったようだな。どちらの匂いもする」
マモンが得心のいった顔をしながら補足する。
ヴィオレッタとトリシャ、八重蔵は顔を歪ませて呻いた。
4人共まだ12歳だ。
本来であれば高位魔獣を見たら脇目も振らず撤退させるのが常識。
立ち向かわせてしまった自分達への歯痒さで胸中に苦いものが広がっていく。
「高位魔獣相手に攻勢に出るとは…………相当の連携がなくば上手くはゆかぬぞ」
「中はここよりもずっと冷え込んでおりました。どうやらガンガンに熱したのち、急激に冷却したようです。おそらくマルクと凛華のものでは、と。あの子は氷が苦手のはずですから」
ラファルの報告にヴィオレッタを始めとした面々は驚いて目を見開いた。
――大火力で熱した後、一気に冷却しただと?
ではこの刃尾は――――。
「おいおい。んじゃアイツら、逃げながら『どうせ追いつかれちまうから鱗割ろう』なんてとんでもねえこと思いついたのかよ? だが……上手いことやってやがる」
その場の全員の心中を代弁した八重蔵は「魂消た」と言わんばかりの顔をしている。
思いつくだけなら出来ても、どこの10代も前半の少年少女が実行できるというのか。
しかし、実際にやり抜いた証拠が落ちている。
子供の上半身を優に超える長大な刃尾。
無造作に転がっている刃が雪の白さを鈍く反射していた。
思わず皆、沈黙して野生の片刃へと視線を注ぐ。
「これ、スッパリ斬り落とされてるわ。凛華ちゃんが?」
「見してくれ……いや、違えな。って……断面から血が流れてねえぞ。灼けてやがる。こいつは凛華の仕業じゃねえ。アルだ。俺の教えてる刀術、六道穿光流・火の型だ。間違いねえ」
「え、うそ!?」
息子が刃尾を斬り落としたと聞いてトリシャは目を見開いて仰天した。
「ん……ちっと待て、嘘だろ?」
八重蔵は近くにあった長く伸びる溝も見つけ、慌てて雪を蹴り払う。
「凛華のやつ、ヤロウの尾っぽを受け止めたのか?」
それは重剣が地面を引き摺り、抉っていった跡だ。
地面に突き刺して受け止めなければこれほど深く、長い跡は出来ない。
そこで八重蔵はハッとした。場景が浮かんだのだ。
逆上した〈刃鱗土竜〉が穴から這い出して刃尾を振るう。
それを凛華が受け止め、勢いの弱まった刃尾をアルが灼き斬って落とす。
状況証拠はその場面を物語るに充分な説得力を持っていた。
「マルクも一緒に尾を押さえ込んだようだ。踏み抜いた地面にあいつのものがある」
マモンは重剣が残した跡のすぐ近くに息子の――人狼の足跡があることを確認した。
『人狼化』しているとは云え、そんなことをするとは。
と、皆が脳内にほぼ同じ展開を再現した。
鱗を脆くするだけではなく、脆くなった鱗を集めさせて斬り捨てたのだ。
連携も実力も胆力もなければ絶対に不可能。あの歳でやることではない。
ヴィオレッタでさえ、しばしの間言葉が浮かばなかった。
しかし、痕跡はまだ続いている。
「……とりあえず、まだ終わってないみたいだし急ぐわよ」
トリシャは中空にある枝葉が折られて出来た穴をじっと見つめていた。
捜索隊の面々がその穴を見て頷き、辿っていく。
誰かが吹き飛ばされたような穴だ。
そしてどうやら〈刃鱗土竜〉もその者を追いかけたらしい。
穴の下にかの魔獣が移動したと思われる大穴があった。
ここから更に激しい攻防戦を繰り広げたようだ。
「誰かが吹き飛ばされたようじゃな」
「みたいね。行きましょう」
わかりやすく枝葉が千切れている穴を全員で追う。
その数分後――。
「墓地に近いだろうとは思っていたが、こんなに移動するなんて」
急いで追跡する内に墓地にまで抜けてしまった。
少しひん曲がった柵を見て捜索隊の面々は悟る。
軽い子供だからアレにぶつかるまで止まらなかったようだ、と。
その柵のすぐ下に雪から顔を出している鈍い光が見えた。
ハッとしたトリシャが飛ぶように走る。
「これ……! アルの刀」
血相を変えて駆け寄った八重蔵が見たのは、トリシャの手で雪から引き抜かれた捻れてひしゃげて刀身だった。
どうやって灼き斬ったのかと思っていたが、炎で無理矢理熱していたらしい。
(源治の打った刀がここまで歪むたぁ……)
熱量も加えられた衝撃も相当だったはず。
そして、確定したことがある。
ここでアルは武器を失ってしまった。
拳を握り「畜生……!」と歯噛みした八重蔵を横目に、ヴィオレッタが呆然とするトリシャに語り掛ける。
「トリシャ、おそらく吹き飛ばされたのはアルだけじゃ。他の痕跡がない。じゃがあやつなら刀が曲がろうと仲間の下へ戻るはずじゃ。儂らも急ぐぞ。アルの痕跡を追うのじゃ」
その言葉にトリシャはゆるゆると顔を上げる。
そうだ。死体があるわけじゃない。
息子がここで刀を失ったというだけだ。
溢れそうな涙を堪えて立ち上がるとアルが戻っていったと思わしき痕跡を急いで辿る。
しんしんと雪が降る中、トリシャを先頭に入り組んだ痕跡を何とか辿った捜索隊が見つけたのは――――……。
先ほどの衝撃を数倍も上回る光景だった。
「あやつら、やりおった……!」
ヴィオレッタの声が捜索隊の面々の耳朶を打つ。
その声には安堵以上に驚愕を多く含んでいた。
長い時を生きる彼女でもここまで呆気にとられたことはない。
無論、捜索隊もだ。
皆が度肝を抜かれていた。
彼らの視界に飛び込んできたのは大きな屍骸だ。
左前脚をズッパリと断ち斬られ、頭に逆さまの慰霊碑を生やした〈刃鱗土竜〉の死んでいる姿が、そこにはあった。
完全に息絶えている。
少年少女ら4人が高位魔獣に打ち勝った。これはその証明だ。
「慰霊碑が……っ! これは『念動術』、か……!?」
「それ以外ないだろうな」
「自分がどこに飛ばされたのかわかったから使ったのね。お墓参り、定期的に行ってたから」
「どんなに頑張ったって相手は高位魔獣でアイツらはまだ子供。先に動けなくなるのは間違いなく自分らだってんで決めちまおうとしたんだろうが…………まったく、どえれえことしやがる」
珍しくマモンが口火を切った会話は、八重蔵の言葉で一度結ばれ、場に静寂が訪れる。
人虎の族長ベルクトは開いた口が塞がらなかった。
本当に息子と同じ12歳のやったことなのか?と。
――これでは較べられる息子らの方が可哀想ではないか。
「お……? 足斬ったのは凛華か。大剣術、土壇場でちゃんと使えたみてえだな。あれ落っことすために動きを止めようとしたってことか……? あ、いや違えなこりゃ。踏み込みが深過ぎる。あー……? どういう状況だったんだ?」
八重蔵は斬り落とされている〈刃鱗土竜〉の足元に歩み寄り、ツェシュタール流大剣術、第一の型が使われたことを看破した。
重剣の重みで軸足がズレた独特の跡こそがその証左だ。
だが動きを止めるために斬ったにしても、この足跡はあまりに深い。
まるで止まっている相手を斬ったようだ。
ヴィオレッタは脳をフル回転させて場景を脳内で再現しようと試みていた。
慰霊碑を落とすために動きを止めさせた。これは確定だ。〈刃鱗土竜〉は見た目以上に素早い。
だが魔獣からほど近いところから更に奥へ浅い溝が伸びている。斬り落とされた左脚も本体から少々距離がある。
つまりそこまで動かされたのだ。
しかし慰霊碑の重みだけであの巨体があそこまで引きずられることはない。重量的には〈刃鱗土竜〉の方が重いだろう。
――斜め下方向に強い圧力が加わった?
あのデカブツを無理矢理動かすほどの衝撃が。
ヴィオレッタは浅い溝をなぞるように歩き、見覚えのある切れ端を見付けた。
「トリシャよ。この服の切れ端、アルの外掛けではなかろうか?」
「えっ! どれ!? あ……確かにあの子のものよ。今年、作ってあげたやつ」
トリシャは青褪めたが、よくよく見れば血がついているわけでもなく、衝撃で破れ散ったように見える。
「あやつらはおらず、服本体もなく、そして魔獣から少々離れておる。むう、ラファルよ。慰霊碑の底はどうなっておる?」
何かに気づきかけたヴィオレッタはすぐさま森人へ呼びかけた。
「石碑の底ですか――よっと。おお、これは……足跡というか、足跡型の亀裂というか、そのようなものですね。二本分あります。慰霊碑の方はエーラの仕業らしきツタや根がなければ崩れ始めるやもしれません」
「……なるほどの。助かるぞ、それで合点がいった」
ヴィオレッタの発言にざわっと視線が集まる。
彼らが頼りにする里長の脳内には再現された場景がほぼ完璧に組み上がっていた。
~・~・~・~
捜索隊の面々が聴く姿勢を取ったところで、ヴィオレッタは脳内の分析データを口に出しながら再生する。
「言ってみれば杭打ちじゃ。慰霊碑を杭に、マルクとアルを金槌に見立てるとわかりやすいのぅ。まず墓地まで吹き飛ばされたアルが慰霊碑を『念動術』で運び、他三名に刹那の間動きを止めさせた。そこで脳の真上を狙って慰霊碑を叩き込んだのじゃ。しかしながら〈刃鱗土竜〉は死ななかった。暴れたのじゃろう。
そこで今度はエーラに慰霊碑を、凛華に本体を任せてマルクとアルは空に跳び上がったのじゃ。慰霊碑を土竜にねじ込めるほどの衝撃を出せるよう高く、高くな。そして上空でマルクが両足を踏ん張り、アルが背中で爆炎を起こして加速したのじゃ。その間に藻掻いておった〈刃鱗土竜〉の脚を凛華が斬り落とし、エーラが杭を固定。
最後にマルクとアルが墜ちてきたのじゃ。外掛けの切れっ端はアルがマルクと己を繋ぐために巻き、墜ちたときの衝撃で破れた…………と、これがおおよその真相で合うておろう」
ヴィオレッタの状況推測は驚くほど正確だった。
「無事で良かったわ……ホントに心配ばかりさせるんだから」
「まったくだ。どれだけ心配だったか」
「でもやりやがった。まだガキんちょだってのによ」
「その点は大いに褒めるべきだろうな。いつの間にか大きくなったものだ」
捜索隊の面々はそれぞれ異なった表情を浮かべてはいるが、感心しているのは変わらない。
ヴィオレッタの状況推理能力と、それを成し遂げた歳若い4人に。
高位魔獣に対し、諦めてなるものかという覚悟や戦意。
そして役目を互いに預けられるだけの信頼と絆がなければ到底不可能。
彼らの親が緊張を解いている様子を眺めながらベルクトは心中で素直に敬意を表していた。
同胞を救うだけではなく、自分達すら誰一人欠けることなく難敵を打倒してみせた若い戦士達。
――息子達にも斯くあって欲しいものだ。
否、我々とて一度意識を見直すべきだろう。
そう考えて顔を上げると、周りの面々も似たような表情をしていた。
どうやら新世代の起こした突風はかなりの規模だったらしい。
雪の降る冬場だというのに皆が皆、爽やかさと熱気を孕んだ心地の良い熱風に吹かれたような顔をしている。
「さて、危機は切り抜けたようじゃがあやつらが疲弊しておるのは間違いなかろう。早く迎えに行ってやらねばのぅ」
指導者の言葉に皆が頷き、一団が動き出した瞬間。
ドゴオオオオオオオオオオ――――ンッッッッ!!
北の方の空で腹に響く重低音と爆焔が上がった。
赫々と空を染める炎に捜索隊の顔が真剣なものへと変わる。
「くそ! まだ何かあったってのか!?」
「急ぐぞ!」
だが――――。
ゾ ク ッ !
「「「「「「「「……っ!?」」」」」」」」
背筋を駆け登った得体の知れない感覚に、八重蔵とマモンは思わずビクリと足を止めた。
「なんだ、この禍々しい闘気は……?」
ベルクトがそう呟くのも無理はない。
異様な闘気だった。
まるで魔獣が闘気を覚えたかのような感覚。
荒々しく、殺戮の本能のみで構成されているような強烈な怖気。
知らず知らずの内に額に汗を掻いたベルクトの隣をトリシャが一気に駆け抜け、【龍体化】を発動させて飛び上がった。
「急に、何を――」
ベルクトの疑問には答えず、八重蔵も朱色の隈取を浮かべて駆け出す。
見ればマモンも【人狼化】し、ラファルは木々に道を空けさせていた。
強者たちがなぜここまで急いでいるのか?とベルクトや捜索隊の半数が疑問符を浮かべて戸惑う。
「闘気は闘気でも……今のは龍気じゃ」
その疑問に答えたのは険しい顔のヴィオレッタだった。
それを聞いたベルクト達は疑問が氷解すると同時に愕然とする。
――この禍々しい闘気が龍気だって?
だとしたら、それを発しているのは……。
「アルよ、待っておれ」
『飛空術式』を起動させたヴィオレッタはいまだ赫い残滓の漂う夜闇へと身を躍らせた。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!




