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【祝16.3万PV❗️】日輪の半龍人 -異種魔導合戦譚-  作者: 倉田 創藍
少年期・3章 血の覚醒篇

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5話 消えた双子と真の脅威

少々長いですが、全編において緊迫感のあるお話です。

 アルクスが人虎(じんこ)族という新たな居住者達と問題を起こし、一応の解決を見て数日。


 このまま少しずつ馴染(なじ)めればいいと思っていた矢先の夕暮れ、幼い子供達から凶報(きょうほう)が齎(もたら)されてしまった。


 一緒に遊んでいたはずの人虎の子供が居ない、というのだ。


 マルクガルムの妹アドルフィーナからその報(しら)せを受けたアルクスと幼馴染3名は、サッと青褪(あおざ)めた。


 里の巡廻(見習い)任務始まって以来の事件。


 しかも、怪我などではない。行方不明だ。


 努(つと)めて冷静に振舞(ふるま)おうとしつつ、アルクスは問う。


「フィーナ、いつからその子供はいない? 本当に二人?」


 だが、その焦りはしっかりとアドルフィーナに伝わってしまったらしい。


 彼女は幼い顔を硬くして頷いた。


「う、うん。なかよくなった子たちとかくれんぼして遊んでたの。それで、もう暗いし、おなか空いたから帰ろってことになって。そしたらあの子たちがいないって誰かが言いだして、わたしたちも探してるけど……全然いないの」


 アルクスは内心の焦りを噛(か)み殺し、幼いなりに筋道の通った話をしてくれた少女をマルクガルムに抱えさせて残りの子供達を集める。


「まずフィーナ達を帰そう。椿兄(つばきにい)に報告したら武器持ってその二人を探しに簡易狩猟場の方に行く。いい? フィーナ、確認だけど遊んでたのはここいらでだけなんだよね?」


「うん! 柵(さく)越えちゃだめって言われてたからこのへんだけ!」


「よし、ありがとフィーナ。じゃあ、みんなもついて来て」


「う……でも」


「まだふたりが……」


 アルクスが残っている子供達を先導しようとするものの、その中の人虎達は伏(ふ)し目(め)がちだ。動きも鈍い。


 気持ちは理解できる。よく知っている子が居なくなったのだ。


 心配だろうし、探しにだって行きたいだろう。


 しかし、だ。


「あんた達がここにいたら探しに行けないの。その二人を探しにあんた達まで出てったりして、他の子もいなくなったらどうする気? あたしの言ってること、わかるわよね?」


「探さないとは言ってないよ。でももうすぐ暗くなる。土地勘(とちかん)のない君らや、まだ魔獣と闘う術(すべ)を持たない子達をここに置いていくのは、ボクらにとって心配事を増やす種になるんだよ。代わりにボクらが捜すから。今は言うことを聞いて? ね?」


 凛華とシルフィエーラがすかさず言う。


 前者は厳しく、後者は柔らかく。


「……うん、わかった」


「エリオットとアニカ。ふたごなの……」


「みつけてください」


「おねがい、します」


 人虎の子供達は顔を見合わせ、ややあってからぺこっと頭を下げた。


「エリオットとアニカか。覚えたぜ、任しときな」


 マルクガルムがアドルフィーナを抱えたまま、胸をとんっと叩く。


「うん。任せてくれ。さ、そうと決まればぐずぐずしてられない。さっさと帰ろうみんな」


 話が纏(まと)まったのを見てとったアルクスは、直(す)ぐに里の方へ先導し始めた。




 西門についた4人は門の守衛をやっていたイスルギ・紅椿(べにつばき)へと、直(ただ)ちに事情を伝えた。


「椿兄、人虎の子供二人がいない。訓練場の方で遊んでる内にいなくなったらしい。俺達はすぐ狩猟場の方に行くから、子供達の方お願い。いなくなったのは、エリオットとアニカっていう双子らしい。伝えといて」


「一応、訓練場内もひと通り見てから行くよ」


 アルクスとシルフィエーラの真剣味を帯びた声音に、紅椿は「は、居なくなった!?」と驚きを露わにした。


 見習いとはいえ、今は任務中。


 それが真実であると瞬時に悟った彼も直ぐに冷静になると、


「分かった。この子達の方は任せて。誰かが探しに抜け出した、なんてことにならないようにしておく。子供の名前と種族も了解。君たちの捜索活動にしても了解だ。


 ただし、危ないと思ったり、時間が掛かり過ぎてたり、そう判断したら一度戻って報告すること。いいね? 僕はヴィオレッタ様や他の大人達に報告して指示を仰(あお)ぐよ」


 戦士団の先輩として4人へ指示を出す。


「わかった、行ってくるわ」


 凛華の声に3人も頷きつつ、装備を確かめる。


 一応直ぐに外へ行けるよう服や靴は防寒仕様だが、アルクスと凛華の武器は訓練用だ。


 狩猟場の方に出るのであれば、変えなければならない。


 ささっと西門横の詰(つ)め所に入ると、打刀(うちがたな)と重剣(じゅうけん)をそれぞれ引っ掴む。


 その間(かん)に、シルフィエーラも鏃(やじり)の尖った狩猟用の矢を矢筒(やづつ)に突っ込んできた。


 森人(もりびと)は枝を矢に変えられるが、金属製の矢弾もあるなら持っておいた方が良いに決まっている。


 その後、準備を済ませた3人は身体をほぐしているマルクガルムを呼び、紅椿に「行ってくる」と一声かけて西門を抜けた。


 陽(ひ)もすっかり暮れ切ってしまい、目前に広がっているのは真っ暗な夜闇(よやみ)だ。


 それでも4人は少しの迷いもなく前へと踏み出していく。


 紅椿は彼らが闇に呑まれていくのを見て、じんわりとした不安を覚えた。


 なぜか厭(いや)な予感がひしひしとする。


 ――簡易狩猟場は彼らの庭のようなものなのに。


「今は仕事に集中しないと」


 ――下手の考えなんとやらだ。


 紅椿は厭な考えをぶんぶん振り払って子供達の手を引き、里の中央広場へと向かうのだった。



 ☆ ★ ☆



 ひと通り訓練場を廻(めぐ)った4人はその西南西部に位置する小さな丘の裏にいた。


 アルクスが照らした光の先には頑丈そうな金網とすげ替えられている途中の木柵。

 

 その一部に、小さな小さな穴が空いている。


 どうやら作業の途中で割れてしまったらしい。


 その穴は残念なことに、幼い子供が通るには充分なほどの大きさをしていた。


「こんなの、ちょっと前までなかったよね?」


 シルフィエーラの問いに、


「ほとんど毎日訓練場(ここ)にいるけどなかったはず」


「作り替えてる途中で木の方が耐えられなくなったのね」


 アルクスと凛華が答える。


「マルク、匂いは?」


 【人狼化】していたマルクガルムは確信めいた口調で告げた。


「人虎の子供達がさせてんのと似た匂いが二人分。ここ通ったんだろうな」


「じゃあ、やっぱり狩猟場の方なのね」


 凛華が肩に担ぐ主武器――重剣に手をかける。


「この時期は……牙猪(きばいのしし)がこっちの方まで来る」


 マルクガルムは思い出すように言った。


 自分達が牙猪を脅威に感じることはもうない。


 成体でも大人の胸ほどもあれば随分大きいと言われるような魔獣だ。


「魔法が使えるなら、幼体(ようたい)くらい倒せないこともないけど――」


 牙猪の突進力とその牙は”変異型”の魔法を扱わぬ者達からすれば、そこそこの脅威になる。獣らしく動体視力も良い。


 シルフィエーラ達より年上の青年戦士団の中にもうっかり油断して腕の骨を折られた、などという話も年に一度は聞く。


「フィーナ達と同(おな)い年くらいなら十中八九、魔法は使えないわ」


 凛華は断定した。というより、そう仮定すべき。そんな言い方だった。


「それに幼体はほぼ成体(おや)と一緒にいる。急ごう」


 アルクスもそう言うと、奥へ飛ばした光を追って穴を潜る。


 3人も真剣な顔で一つ頷いてそれに続くのだった。

 



 あれからそう時間も経っていない。


 4人は光源をそこかしこに飛ばしながら人虎の双子、エリオットとアニカを探していた。


 が、一向(いっこう)に見つからない。


 あまり大声を発するのも余計な魔獣を呼びそうで憚(はばか)られる。


 戦闘が起こるかもしれないし、怪我でもしていたら応急で治癒を掛ける必要も出てくるかもしれないので、魔力も無駄にできない。


 捜索は遅々(ちち)として進んでいなかった。


「マルク、匂いはどう?」


「無理だ。魔獣の匂いも普段ここで狩りしてるやつらの匂いが濃すぎて紛れちまってる。足跡も似たようなもんだ。二人と直接会ってりゃまだ違ったんだろうけどな」


 マルクガルムは首を横に振って、人間態(なまみ)に戻った。


 匂いで辿れない以上、魔力の消耗を抑えるべきだと判断したのだろう。


「エーラはどう? 【精霊感応(魔法)】は?」


 水を向けられたシルフィエーラも乳白色の金髪を揺らして頭(かぶり)を振る。


「ごめん、ボク精霊の記憶を覗(のぞ)くのはまだできないんだ。お姉ちゃんでもまだなくらい。話を聞ける範囲も狭すぎるよ」


「そっか、わかった。俺と凛華じゃ人探しは向いてないし……」


「そうね……魔力感知は?」


「さっきから探ってるけど、マルクと似たような理由で難しい。あのくらいの齢(とし)じゃ、魔獣とか木の残滓(ざんし)の方が強いから。……エリオットとアニカの行動を予測した方がいい気がする」


 直接探る手段がない以上、それしかない。


 アルクスの出した結論に、3人も眉間に皺(しわ)を寄せながら頷いた。


「まず、狩猟場に抜けてどこに行くと思う?」


 と、続けて問えば、


「かくれんぼしてたって言ってたから、やっぱりどこか隠れやすい場所に行ったんじゃない?」


 と、シルフィエーラが返し、


「そりゃそうだろうけどよ。パッと隠れられそうな場所はもう探したし、声だって掛けて廻ったぜ?」


 と、マルクガルムが更に言葉を重ねる。


「そうよね。……ふぅ、まだ降り始めてないけど、これだけ寒いと雪だってもう……――って、ちょっと待って。雪……? あっ! そうよ水よ!」


 息をついた凛華はポツポツと呟いた後、俄(にわか)に騒ぎ出した。


「凛華?」


 どうした? と、アルクスが問えば、


「きっと喉(のど)渇いて川に行ったのよ! あそこ、距離の割に川の音が響いてくることあるでしょ? 遊んでる途中で喉が渇いて、水の音がした方に行ってみたっていう可能性はどう?」


 勢い込んで続ける。


 残りの3人はしばし黙考した。


 冬場でも遊んでいれば喉は渇く。4人にだってその経験はある。


 水音がしてそっちに行ってみようとした、という仮説は有り得なくもない。


「あるかもな。冬だし、余計な音も少ない」


 マルクガルムは一理あると答え、シルフィエーラもうんうんと頷いた。アルクスも似たような表情だ。


 というより、それくらいしか手掛かりがない。行ってみる価値はあるだろう。


「とりあえず小川の方まで行こう!」


 半弓型の弓をさっと担ぎ直してシルフィエーラが先頭を歩き出す。


「マルク、小川についたら匂いの方もっかい頼める?」


 アルクスは彼女のそばに光球を飛ばしながら頼んだ。


「おう、任せとけ――って、おいおい。マジかよ……」


 マルクガルムは返事をしている途中で、ハッと星の少ない冬空を仰ぎ見る。


 アルクスも釣られて見上げ、顔を引き攣(つ)らせた。


 視界を白い花弁(はなびら)が掠(かす)める。雪だ。


「最悪ね……思ってたより早かったわ」


 とうとう降り始めてしまった。


 この季節とこの時間なら途中で止(や)むようなものではない。


 雪は音や匂いを覆い隠してしまう。

 

 マルクガルムの鼻が利く距離が時間ごとに短くなり、視界も足場も悪くなっていく。


 何より体温が奪われ、余計に体力を削られる。


 幼い双子なら尚更へとへとになりやすい。


 限界時間(タイムリミット)が大幅に縮んでしまったことを全員が悟った。


「……急ごう」


 と、アルクスはひと言。首巻き(マフラー)をきつく締め直す。


 直後、4人は顔を見合わせてこっくり頷(うなず)くや、無言で小川へと急行した。




 目前には細々(ほそぼそ)と流れる冬の小川。


 そう時間も掛からずにそこまで辿り着いた4人にとって朗報だったのは、手掛かりが見つかったことだ。


 だというのに彼らの顔色は更に優れない。


 発見したのは、小さな人の足跡と牙猪の足跡。そして、再び【人狼化】したマルクガルムが嗅ぎ取った、血(・)の(・)匂(・)い(・)。


「大怪我じゃねえ。せいぜい転んだ、くらいのはずだ。血痕もねえし、匂いが薄い」


 つまり最悪の事態には至っていない。が、決して良いとも言えない。


 牙猪の足跡自体は4人もよく知る成体のもの。


 ――あいつらは雑食だ。


「追える?」


 鋭いアルクスの問いかけに人狼少年はひとつ頷き、「まだ追える! こっちだ!」と走り出した。


 その直ぐ後ろを3人も続く。


 マルクガルムは時々立ち止まって鼻を澄ませ、匂いを失うまいと振り返ることもなく駆ける。


 アルクスと凛華はそのたびに、折れた枝や牙猪がつけたと思わしき木の傷跡を確認して表情を引き締めた。


 餌(えさ)の少ない冬場だからか、しつこく追い廻しているらしい。


 シルフィエーラは子供の影を探して樹上からひらりと枝に跳び移りながら眼を凝(こ)らす。


「相当走ってるわね、その双子」


 凛華が呟く。


 双子はどこかへ立ち止まっては慌てて走る、を無軌道に繰り返して牙猪から逃れようとしているようだ。


 しかし、ここまで深く行ってしまってはヴィオレッタ(おとな)達が設定している狩猟限界線を越えてしまう。


 帯で木の幹同士を結んでいるだけであるため、必死に走っている子供には見えていないかもしれない。


 そも、狩猟場のこれほど深くまで、あのくらいの齢の子どもは連れて行ってもらえないし、行かないようきつく言いつけられている。


 限界線の先は、アルクス達ですら行ったことがない。


 やおら、マルクガルムがちらりと振り返った。


「なあ……そいつらが限界線を越えちまってたら、どうする?」


 一度、戻るか? との意味合いが込められた問いにアルクスは真っ先に頭(かぶり)を振る。


「捜索隊とまたここに来るには時間が掛かり過ぎる。雪も結構キツくなってきた。俺達でしんどいなら子供はもっとしんどいし、怪我もしてる。だから戻らない。越えてても俺は先に行く。場所だけ教えてくれ」


 枯葉混じりの大地に積もり始めた雪が真っ暗だった森に仄かな明るさを与え始めていた。


 そこに強い輝きを放つ紅い瞳が浮いている。


 アルクスの強い眼差しがマルクガルムへと突き刺さっていた。


 紅瞳が言っている。――いっしょに来る必要はない、と。


 此処(ここ)で引き返しても文句ひとつ言わない、とも。


 マルクガルムには、容易(たやす)く理解できた。


 昔から変なところで胆(きも)の据(す)わっている親友だ。


 だからこそ人狼の姿でハンッと鼻で笑う。


「馬鹿言うな、行くに決まってる。お前が探すよか俺が見つける方が早えしな」


「だと思ったよ」


 ふっと笑い合って「そういうことだから、もしそうなったら二人は里に報告を頼む」と言うべく振り向いた。


 しかし、凛華とシルフィエーラは、


「さ、決まったところでとっとと行くわよ」


「緊急用だけど、さっき傷薬になる植物も採れたよ」


 平然とそんなふうにのたまった。自分達も行くのは既に決定事項だという顔をしている。


 むしろ、なんでいちいち確認なんかとってんの? という表情すら浮かべている始末。


「……なんでコイツらはこんなに我(が)が強えんだ?」


「昔っからじゃん。治んないよたぶん」


 マルクガルムがぼやき、アルクスは苦笑を零すのだった。



 * * *



 その数十分後。


 人狼少年の予想通り、エリオットとアニカは狩猟限界線を越えていた。


 そこより先の方で匂いがしているし、限界線に張られていた赤い帯も千切れていた。


 どうやら牙猪は二人を追っていったらしい。


 どこに寝床を作っていたのか。いや今はそんなことはどうでもいい――と、4人は気を引き締めて見知らぬ森の奥へ、奥へと進む。


 かつて、アルクスとマルクガルムが鳥を狩っていた場所は、浅(・)瀬(・)も(・)浅(・)瀬(・)。


 奥に行けば行くほど木々の背が高くなっていき、幹も太くなっていく。


 限界線まで越えてしまえば、未整備の鬱蒼(うっそう)とした原生林。


 まるで景観が違う。


 見知らぬ森に飛び込んだ気分だ。


 木々の間隔は疎(まば)らで、その割に枯れた妖女の腕のような枝が無数に伸び、空を覆い尽くしている。


「まだ先?」


「ああ、らしい」


「急がないと、だいぶ冷えてるはずよ」


「体あっためるような植物はこの時期、大体埋まっちゃってるんだよね」


 4人は視線をあちこちに飛ばしながら限界線を越え、そこそこの距離を早歩きで踏破していた。


 背の高い木々のなかでも、まだ低いものも植生している場所だ。


 今は辺りも真っ暗だが、きっとこれでも日中は陽も差し込むのだろう。


 アルクスがそんなことを考えていたときだ。


 嗅覚に優れる人狼少年がはたと立ち止まった。


「マルク?」


「こっから先の匂いがなくなった」


「えっ?」


「どういうこと?」


 途端、凛華とシルフィエーラがギョッとする。


「匂いがここで止まってる。でも血の匂いが濃くなったわけじゃねえ。足跡もちゃんと二人分。いや、片方は普通だけど、もう片方は……変わってる。地面を蹴っ飛ばしてる?」


「地面を?」


 アルクスは言われた箇所(かしょ)をよく見てみた。


 そこには低い樹に向けて踵(・)の(・)な(・)い(・)足跡が残っている。


(まさか、こんなとこから木に跳び移った?)


 子供が飛ぶには距離があり過ぎる。


 だが、よく見れば幹の方も皮が少し捲(めく)れていた。


 そこでハッとする。


(……追われてる途中で片方の魔法が発現した?)


 そして、わけの分からぬままもう片方を抱えて跳んだとしたら――


「あの中か……?」


 アルクスは痕跡を目で辿っていき、ある木で目を止めた。


 中ほどに洞(うろ)のある背の低い太い樹だ。どことなく前世の松を彷彿(ほうふつ)とさせるが、それよりは幹も太いし滑りやすそうだ。


 しかし、その根元には剥がれたばかりの樹皮が落ちている。

 

 アルクスはこれ以上考えるのも惜しいと駆け寄った。


 3人も彼の挙動の変化に気付いて同じ結論に至る。


「エリオット、アニカ、中にいるか? 君らを探しに来た。今からそっちに行くけど爪は向けないでくれよ」


 そう呼びかけたアルクスが捻(ね)じれた幹や節(ふし)を使って木を登っていく。


「エリオット、アニカいるか?」


「だ、だれ?」


 洞(うろ)には、人虎の姿をした誰かを庇(かば)うように生身の男の子が立っていた。


 橙(だいだい)っぽい髪色で、後ろの小さな人虎の毛皮も似たような色をしている。


「君がエリオット? 後ろの魔法を使ってるのがアニカ?」


 アルクスは自分がよく見えるよう光源を浮かばせて問うた。


「あ……あのときの」


 と、エリオットらしき男の子が口走る。


 きっとカミル相手に大暴れしていたのを覚えていたのだろう。


 アルクスは改めて自己紹介した。


「隠れ里のアルクスだ。かくれんぼの途中でいなくなったから探してくれって頼まれてきた。里に帰ろう」


 そして手を伸ばす。


 エリオットはみるみる内に強張(こわば)らせていた肩の力を抜き、「はぁぁぁ~……」と大きく息をついて膝(ひざ)をついた。


 後ろのアニカも涙目だったが、助けが来たらしいと理解できたようだ。


「アル」


 そこで洞の入り口にマルクガルムがぬうっと現れる。


 が、アルクスが無警戒だったため双子は一瞬ビクリとしたが悲鳴は上げなかった。


「とりあえず、降りようか」


 アルクスの声にアニカがおずおずと声を返す。


「……ふく、やぶれちゃったの」


「ああ、それで人虎のままなのか。ひとまずこれ着てな」


 アルクスは自分の首巻き(マフラー)をぱっと引き抜いて手渡した。

 

  彼の前世――現代日本で言えば、中学生と小学1年生くらいの体格差だ。覆うくらいなら問題ない。


 降りたら凛華とシルフィエーラにも何か貰えばいい。


「ありがと」


 礼を述べて人間態(なまみ)に戻ったアニカの顔立ちは、エリオットと双子と言うだけあって似ている。が、やはり女の子なのだろう。


 どこか目に人懐(ひとなつ)っこさがある。


 そのままアルクスとマルクガルムが双子を降ろしたところで凛華とシルフィエーラが寄ってきた。


「どっちが怪我してるの? とりあえず手当てするから」


「あ……んと、ぼく」


 手を挙げたエリオットはやはり転んでいたらしく、膝小僧から血が流れている。


「は~い、じゃあまず洗おうね」


 シルフィエーラは手早く水で洗い流し、即興の治療薬を塗布(とふ)した。


「ひ……いっったぁっ!」


 エリオットが悲鳴を上げて涙目になる。


「これでよしっ!」


「寒いだろうけど飲んどきなさい。冬でも汗はかくし、飲んどかないと動けないわよ」


 そこに凛華が氷で杯を作り、さっと水を入れて有無(うむ)を言わせず手渡した。


「う、うん」


「あ、ありがと」


 差し出された水をエリオットとアニカは素直にぐびぐびと音を立てて飲んだ。


 喉がカラカラになっていたらしい。あれだけ走れば当然だ。


 アルクス達4人は安心したように顔を見合せる。


 最悪の事態は避けられて良かった。


 口にこそ出していないが、全員が同じ気持ちだった。




 その少し後(のち)。


 双子が落ち着くまで待った4人は、アニカに凛華の外掛(そとが)けを、エリオットにマルクガルムが【人狼化】するたびに脱いでいた上着をかぶせて帰路に着く。


「でもよかったね、魔法が丁度良く発現してさ。そんなにしつこい牙猪だったの?」


 歩き始めて少しして、シルフィエーラは少女に訊ねた。


 途端、アニカは「えっ!?」と驚いた顔をする。エリオットも同様だ。


「おねえちゃんたち……あれ、みてないの?」


「うん?」「え?」「ん?」「ちょっと待った。あれって?」


 4人が疑問の声を上げる。


 その瞬間だった。


 ズザザザザッ、ザザザザザザアアアアッ!


 大地を削る音と共に、あ(・)れ(・)が(・)現(・)れ(・)た(・)。


 巨大な蜥蜴(とかげ)のような体躯(たいく)に四本足。


 ギョロリとした大きな眼球に、爬虫類(はちゅうるい)を思わせる縦長の瞳孔。


 鰐(わに)のように長く、軽く閉じ合わされていても見える尖った牙。


 腹這(はらば)いのくせに全高(ぜんこう)はアルクスの首ほどまであり、黒っぽい染みのついた赤い布が顎(あご)の端からはみ出ていた。


 あれは……――狩猟限界線に使われている赤帯だ。


 引き千切って駆け抜けた牙猪ごと食べたらしい。


 エリオットが呆然とした顔で呟く。


「あれがいきなり、出てきて――」


「逃げるぞっ!!」


 アルクスはそれを遮(さえぎ)るなり叫んでエリオットをマルクガルムへ、凛華がアニカをシルフィエーラへそれぞれ投げ渡す。


 その一瞬で鰐のような、蜥蜴のような魔獣は足を使うことなく、蛇のように体躯をよじってザアアアアアッと突っ込んできた。


 同時にその口が、グパア……ッ! と大きく開く。


 大映(おおうつ)しになる黄ばんだ尖牙(せんが)と臼歯(きゅうし)。


「アル!?」


「凛華!?」


「二人を木の上まで上げろ!!」


 マルクガルムとシルフィエーラより先んじて2人が感じ取ったのは殺気。


 アニカが咄嗟(とっさ)に木の上に登ったのは功を奏(そう)した、であるならばとアルクスは叫んでいた。


 その彼自身は叫んだ分一拍(いっぱく)遅れてしまったものの、凛華が【戦化粧(いくさげしょう)】を発動させながら重剣を引き抜き、間一髪でその前に滑り込む。


「ぇ゛ええああッ!」


 直後、迫りくる顎(あぎと)の進路をズラすように、があんッと力いっぱい張った。


 そこに、龍眼もどきを発動させたアルクスが、瞬間的に出せる最大級の炎弾をぶち込んで再度叫ぶ。


「枝を伝って走れ!!」


 吹き飛ばされた鰐型魔獣は炎を消すようにその場でグネグネ転がり、数秒後、ずしんッと最初の腹這い姿勢に戻った。


 その鱗(うろこ)は黒く煤(すす)けてこそいたが――


「無傷っ!? 俺達も逃げるぞ凛華!」


「わかってるわ!」


 アルクスの得意な炎弾を綺麗(もろ)に喰らってあれだ。


 牙猪なんかとは格が違う。


 先行してエリオットを抱えながら突っ走る【人狼化】したマルクガルムと、【精霊感応】を使って樹々の間に足場を渡してアニカと走るシルフィエーラを確認した剣士2人は、すぐさま踵(きびす)を返して駆け出した。


 あんなのとマトモに戦(や)り合えるわけがない。


「……それでも!」


 と、アルクスは逃げ掛けの駄賃(だちん)に、今度は雷(いかずち)を魔獣(ヤツ)の目に、炎弾を地面にぶち込んで走る。


 山火事がどうだのと気にしてもいられなかった。


 しかし、数秒も経たずして、ザザザアアア――……ッと後方から音が聞こえる。


 ――鰐型魔獣(あいつ)の移動音だ。


 大して効いてないか、避けられたのだろう。


 間違いない事実はたったひとつ。


 こちらの打つ手など、あの魔獣には真っ当な足留めにさえならないということ。


 ――三十六計(さんじゅうろっけい)逃げるに如(し)かずだ。


 撤退(てったい)を決め込んだアルクスと凛華は、先行する4人を追って、脇目も振らず風のように突っ走る。


 こうして、命懸(いのちが)けの逃避行が始まった。



 ☆ ★ ☆



 時間は少し巻き戻り、アルクス達が簡易狩猟場の限界線を越えた頃。


 隠れ里に居る巡廻部隊と里長(さとおさ)ヴィオレッタは協議の結果、捜索隊を結成してラービュラント大森林の西部へ向かわせることにした。


 しかしながらアルクス達4人が未だ帰ってきていないため、手掛かりの有無や捜索する方面も大雑把(おおざっぱ)にしか検討がつけられていない。


 この雪では無暗(むやみ)に探し廻るのも悪手(あくしゅ)。人員と時間を浪費するだけだ。


 4人が出立(しゅったつ)して、既に2時間半強。


 狩猟場を隈(くま)なく探すにしても、もうそろそろ帰ってきても良い頃合いだ。


 だが、その4人も子供2人も依然(いぜん)として雪の降る里外の闇中(あんちゅう)。


 時間だけが刻々と過ぎ去っていく。


 エリオットとアニカの両親も捜索隊に参加したがったが、とてもではないが精鋭(せいえい)たる里の戦士団についていけるとは思えない。


 それでも「何とか連れて行ってくれ」と頼み込む父親の方だけを同行させることにしたのだった。


 土地勘もない場で匂いのみを頼りにするというのも神経を使うし、人虎の中でもそこまで戦闘が得意ではない方だと聞いている。


 が、彼の憔悴(しょうすい)した顔を見れば、安易に着いてくるなと突っぱねることもできなかった。


「にしたって遅過ぎる。まさかあいつら、限界線を……」


 八重蔵はうろうろと落ち着かない。


 正直ヴィオレッタも同じ気持ちだったが、これでも指導者だ。


「落ち着くのじゃ。不安がっても状況は変わらぬ。捜索しようにも、その手掛かりが一つもないのじゃ。訓練場の方の捜索はどうか?」


 ぐっと堪(こら)えて宥(なだ)めすかす。


「終わってます。ですが、それらしき人影や手掛かりは何も……」


 訓練場を捜索していた者達の代表はそう応えた。


 双子が抜け出し、4人が無理矢理通った柵にできた穴は大(・)人(・)目(・)線(・)か(・)ら(・)見(・)れ(・)ば(・)、ほんの小さな歪みでしかない。


 雪で視界も悪い中、まさかこんな場所を人が通るはずもないと気付けなかったのだ。


「あと二十分待ってもあやつらが帰らぬのであれば、捜索隊全員で狩猟場に向かう。当然、儂も行く。それまでに全員出立の準備を整えよ。体も冷えておるはずじゃ。毛布と食料、飲み物の手配もじゃ。儂らとて、冷えすぎれば行軍(こうぐん)に差し障(さわ)る」


 ヴィオレッタが淡々と指示を下す。


 捜索隊は準備していた背嚢(はいのう)に更に追加の毛布や食料を詰め込んでいき、他の者はギリギリまで暖かい飲み物を彼らに手渡し続ける。


「ヴィー、私も行くわ」


 そこでトリシャが宣言した。


 断固とした態度で、既に龍眼も発動させている。


 なにせ、彼女が愛して已(や)まない息子が居ない。


 抑えが効いているだけマシな方だ。


「分かっておる。里の護(まも)りは他の者に任すつもりじゃ」


「くそっ! 早く帰って来いよあいつら!」


 八重蔵はやはり苛立ちを隠すことなく歩き廻る。


 ヴィオレッタもトリシャも同じ気持ちだった。


 凛華の母――水葵(みずあおい)や、シルフィエーラの母シルファリス、マルクガルムの母マチルダも不安を隠せない。


 当然のように捜索隊に志願したシルフィエーラの父ラファルと、マルクガルムの父マモンは無言でじっと目を閉じている。


 その様子は待っているようでも、祈っているようでもあった。


 ヴィオレッタもまた、腕を組んでじっと待っていた。


 ほんの些細(ささい)な声すら聞き逃さぬように、と。




 しかし結局、20分経っても待ち人6名は帰ってこないどころか、吉報(きっぽう)の一つも入ってこなかった。


 時間的には鰐型魔獣と接敵(せってき)した頃合いだ。


 帰れるはずもない。しかし、里にいる者達は知る由(よし)もない。


「出立する! 狩猟場を皮切りにラービュラント大森林西部へと向かう! ついてこい!」


 張り上げたヴィオレッタの声に捜索隊は「応ッ!!」と鬨(とき)の声を上げ、厳然(げんぜん)と進みだした。

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