断章 母たちの呑み会
2章終話と3章を繋ぐ間のお話となっております。
アルクス・シルト・ルミナスが六道穿光流を学び始めて1年ほど。
つまり8歳になって半年ほどが過ぎた頃。
ラービュラント大森林には早めの冬が訪れようとしていた。
吹く風にはひやりとしたものが混じり、木々は葉を落として裸の幹を晒すものも散見され始めている。
そんな本格的な冬の到来も間近に迫った、ある日の午後7時半過ぎ。
隠れ里には、少ないながらも酒を出す店が存在する。
その中でも最も古く、最も人が集まりやすいのは、鉱人族が里中央にでんと構えた一軒。
今でこそ隠れ里の文化の一つにも挙げられるようになっているが、当時は大変だったと言う。
里の建造も終わろうかという頃、鉱人野郎どもが「この里には酒が足りんと思わんか?」と言い出したかと思えば、あっという間に酒蔵を建て、酒造りをやりだしてしまったそうな。
おまけに、出来たら出来たで地べたに座り込み、他種族も巻き込んで試飲会を始める始末。
鉱人族に建設関係を任せていたはずのヴィオレッタは当時、かなり頭を抱えたらしい。
また、店とは名ばかりでタダで酒を出している。
代わりに酒の肴になりそうなツマミを置いていけばそれで良い――と、なんとも雑な店だ。
その日、酒好きの親父共が普段集う店内には、アルクスの母トリシャとその親友であり、里長でもあるヴィオレッタ。
そして凛華の母である水葵。シルフィエーラの母、シルファリス。マルクガルムの母、マチルダの計5名がいた。
いわゆる女子会というやつだ。
「いや……女子というより婦人会では?」
と、のたまってのけた勇者や愚か者は今のところ居ない。
「オホン。それでは、かんぱーい! じゃ」
「「「「かんぱーい!」」」」
酒杯を掲げたヴィオレッタの音頭に合わせて4名も酒杯を掲げ、すぐにゴクゴクと喉を鳴らす。
「「「ぷはぁ~」」」
「ふぃ~」
「だいぶ美味しくなったわね~」
それぞれ唇の上には泡がついていた。
酒と鍛冶にだけは妙な凝りに凝る、鉱人仕込みの麦酒だ。
キンッキンに冷えているし、理解できぬほどに情熱を込められた黄金色の酒は、幾度となく試行錯誤がなされているのか、キレも喉越しも良く、やたらと旨い。
尚、余談だが――言い出しっぺが最初に造った酒は、鉱人くらいにしかまともに呑めないほどの非常に度数が高い火酒であった。
勝手に酒造を建てた挙げ句の所業だったがゆえ、流石のヴィオレッタでもキレたそうな。
「ふう……」
女子会面子が誰ともなしに酒杯をゴトッと置きしな、吐息とともに顔を綻ばせる。
普段は仕事や家事に追われているため、こういう友人同士でゆっくりと気兼ねなくお喋りできる時間は楽しいものだ。
ヴィオレッタは麦酒で唇を湿らせて口火を切った。
「さて、最近どうじゃ? 子供らが息災なのは儂も知っておるが」
「うちの子からすっかり可愛げがなくなっちゃった。昔は『お母さんお母さん』って後ろくっついてきたのに、今は旦那と稽古の話ばっかり」
すると、即座に人狼少年の母が手を上げた。
「マチルダ、マルクはあんたのこと『お母さん』とか呼んだことないわよ?」
トリシャの冷静なツッコミに、いやいやと首を振ったマチルダはそうじゃないのだと主張した。
「それくらい可愛かったの! それがもう最近は『母ちゃん腹減った』とか『母ちゃん稽古で服破れた』とか、そんなんばっかり! 可愛かったマルクは遠くへ行っちゃったの!」
早くも調子を乱高下させ、怒涛の勢いで捲し立てる。
そう言いつつ誰よりも息子を可愛がっているし、今も散々構いまくっているので、他の母達はマチルダを生あたたかく見つめ、
「まぁまぁ男の子だし。アルクスちゃんもそんな感じ?」
水葵がやんわりとトリシャへ話を振った。
「うう~ん、うちはあんまりそういうことは言わないわね。どっちかって言うと眼よ、眼。戦ってる時のユリウスによく似た眼をするようになったのよねぇ。
昔はたまぁ~にそんな風に見えたかしら? ってくらいで、もっとぽやぽや~って可愛かったのに。まだ八歳よ? あんなに強い眼はあと十五年くらい後で良いの」
ぶっちゃけ成長が早くて困る。まだまだ可愛いがりたいのだ。
彼女は彼女でマチルダと別種の溜め息を吐く。
「確かに儂もそのようなアルの眼を見た憶えがあるぞ。元々真面目に授業を受けておったのじゃが、最近はなんというか意欲が違う。ふと目を離すと、鍵語表とにらめっこしておったりするしのぅ」
ヴィオレッタも同意した。
変化が顕著であったとすればあの時。
アルクスが六道穿光流を始めてからだ。
「やっぱり剣を習いだしてからよねぇ。凛華ちゃんはどうなの?」
それしかない、とトリシャが水葵に問えば、ほっそりした上品な美鬼も嘆息をひとつ。俄に語り出した。
「凛華もそんな感じよ。剣始めてから武人化が止まらないわ。お嫁に行けるのかしらあれ? 今からもうそれが不安で不安で。村に居た頃、狩りに出かけてって遭難したからって、そのまんま武者修行に出てった挙げ句、何十年も帰ってこなかったうちの大きなお馬鹿さんがチラつくのよ」
水葵の溢した愚痴はなんというか、切実だった。
ちなみに現在、その”大きなお馬鹿さん”は適当に焼いただけの肉を夕飯に出し、子供達からぶぅぶぅ文句をつけられていたりする。
「エーラは……あんまり変わりないわねぇ。こう聞くと」
シルファリスはもっと幼い頃からあまり変わってないローリエ家の次女を思い返して、
(ちゃんと心も成長してる、のよね? 大丈夫よね?)
と、一抹の不安を抑え切れず、微妙な表情を浮かべた。しかし――
「エーラちゃんはあれでいいじゃないの。天真爛漫で」
元気いっぱい、好奇心旺盛、昔の私みたいよ。と、トリシャは素直に褒めた。
実際は故郷でもそこそこ恐れられている暴れん坊だった、という事実を唯一知っているヴィオレッタが半眼で「よう言う」と呟く。が、当人は聞いちゃあいない。
「うちもそんな風に育てたつもりだったわ。でも殺風景な部屋にぽつんと剣が立てかけてあるだけのよ? 『あなた本当に女の子なの?』って泣きたくなるわよ」
水葵の発言に4名は少々危機感を感じた。
このくらいの年頃なら、少しはおしゃれだとかそういったものに興味を持ち始める頃のはずだ。
「それ大丈夫なの? もうちょっとこう服とか」
「髪型とか」
「装飾品とか」
「そういうものに興味は示さんのか?」
「示さないのよぉ……。何かあれば『剣の邪魔だから』って」
もうだめだぁ。と、水葵が顔を覆う。
どこで育て方を間違ったのか、蝶よ花よと育てたはずだったのに。
「さすがにそれはよろしくないわね……あ、そうだ! うちのアルかマチルダのとこのマルクに何か贈らせましょうか? 髪飾りとか。男の子からもらったものなら簡単に捨てないんじゃない?」
名案! と、トリシャが手を打てば、
「アルクスちゃんで」
即答が飛んできた。
「マルクじゃ役不足だよ。アルくんならまだしも」
マチルダの援護まで加わる。
残念ながらマルクガルムは同年代の人狼族の女の子にすら大して興味を持っていない。
それより尚、距離の近い幼馴染に対して気遣いなどできようもない、との断言だ。
「そう? じゃ分かった。アルに伝えとくわね」
トリシャは頷いて了承するも、『あれで鈍感なのよねぇ』などと内心で呟く。
また、この会話のせいでアルクスは凛華の誕生日に、
「何か装飾品でも贈ってきなさい。無論、自分で選ぶこと」
との任務を受けて「母さんに訊いちゃダメなの? ええ~」と、頭を捻ることになるのだが……それはまた別の話だ。
「エーラは逆なのよねぇ。なんでそんなもの残してるの? ってものまで部屋にあるわよ。ラファルと弓の練習に行った帰りとか拾ってくるみたいだけど」
シルファリスは娘の部屋を思い返してグビッと酒杯を呷る。
変な形の石だとか、外れた矢尻だとか、本当によく分からないものが次女の机に置いてあるのだ。
そこで「あ、弓の練習と言えば」と、トリシャは前置くと、
「そういえばマルクも、凛華ちゃんも、エーラちゃんも、もう本格的な訓練始めてるんでしょ? 早くない?」
と、問い掛けた。
しかし、その途端、ヴィオレッタ以外のジトーっとした視線が返ってきた。
「え? なに?」
「「「「それトリシャが言う(の)?」」」」
「うむ。今のは汝の質問が悪かろうて」
「え? だって普通もうちょっと遊ぶ期間みたいなのあるでしょ? 私が子供の頃もそんな感じだったし」
視線のわけが分からず狼狽すると、
「だから、アルクスちゃんの影響でしょう?」
水葵が指先をひょいと向けて指摘する。
次いで、マチルダとシルファリスも「うんうん」「そうよねぇ~」と頷いた。
ヴィオレッタでさえ酒杯を傾けながら器用に首を縦に振っている。
「えっ? 違うわよ? アルは他の子達がどんどん先に歩いてっちゃうから頑張りだしたのよ? 取り残されないようにって。あの子、そう言ってたもの」
が、トリシャは抗弁した。
悪夢にうなされていた本人に聞いたのだから間違いないのだ、と。
ところが――
「うちの凛華は、アルクスちゃんが魔力の扱い方だとか魔術だとか、一人で練習してぐんぐん覚えてるの見て焦ってたのよ。『アルがどこか行っちゃう』って。魔法覚えてすぐ剣教わろうとしたのも、たぶんそれが理由よ? うちの人が魔法と魔力を使わないで剣振らせるのに苦労してたわ。教えてないのに属性魔力出そうとするから」
と、水葵。
「エーラも似たような感じだと思わよ~。弓だったらアルに並べるからとかじゃないかしら? 私もラファルも”属性変化”なんてまだ教えてなかったのに『アルに教わったんだ~』って。生体魔力感知までなんとなく覚えちゃってるから、小動物の狩りならさくさく熟しちゃうもの」
と、シルファリス。
「マルクは妹を可愛がってるからと思ってたけど、後で訊いたらアル君が『向いてない』って言われても、めげずにいろんな武器試してるの見て『魔術だって扱えるのに、あいつちっとも止まんねーから追いつくことにした』って言ってたよ」
極めつけにマチルダ。
「…………うそ」
トリシャは言葉も出ない。
息子が色々と悩んでいたのは見ていたからよく知っている。
が、それが他所からそう見られていたとは、予想だにしていなかった。
「客観的には、アルじゃろうな。毎日のように魔力増強鍛練を積み、八歳にしては魔力の質と量も優秀、知識欲も旺盛じゃ。仲の良い幼馴染らが感化されてもおかしくはなかろう。
その幼馴染らが頑張っておるのを見た当人が更に目の色を変えて努力しだした。トリシャよ、これがおそらく正しい現状じゃ。原因はアルの方で間違いなかろ」
締め括ったヴィオレッタが呑気な顔でグビリと麦酒を呷る。
「「「「ほうら、やっぱり」」」」
責めるような視線を向けられたトリシャは「うっ」と仰け反った。
そう言われたらそんな気がしないでもない。
いやしかし、果たして本当にそうだろうか?
(そうよ。元はと言えば……)
「ってちょっと待ちなさいよ! ヴィーがアルに魔術教え始めたのが発端じゃないの!」
な~にを澄まし顔でぇ! と、トリシャが吼える。
「んな!? いや儂はアルに請われたから教えておるだけで――」
「明らかにまだ教えなくてもいい知識とか、アルの前世の知識から研究がどうのって引き込んだでしょうが」
「う……っ」
これにはヴィオレッタも黙るしかない。
教えれば教えるだけ正しく知識を吸収し、さらには新しい知見まで得られるのだから、気分良くあれやこれや教えたことは否定できない。
加えて科学で発展した世界の知識、というのにも好奇心を大いに刺激されたことも否定できなかった。
トリシャが勝ち誇ったような顔を向ける。
しかし、だ。
「で……結局、原因はアルくんだったと」
「「「「「――……」」」」」
マチルダが一気に場を沈黙させた。
「あ! そういえばエーラちゃんの――」
「トリシャ~? ごまかされないわよ~」
「ちがっ! 責めるならヴィーを責めて!」
「儂か!? いや儂はじゃなぁ」
「結局、二人が可愛がり過ぎたからじゃないの?」
「うちのも、もうちょっと可愛げがあればなぁ」
「マチルダまだ言ってたの?」
こうして、隠れ里の夜は更けていくのであった。
ちなみにその頃、件の少年は、といえば――
母が居ないのをこれ幸い、と屋内で師の『飛空術式』をどうにかこうにか再現しようと考えた末、
「手足から風出せば、飛行は無理でもちょろっと飛ぶだけならできそうじゃない?」
と、止しておけばいいのに実験を敢行。
天井に頭から突っ込んで大穴をあけ、帰ってきた母にしこたま説教されるのだった。
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