8話 英雄の息子
ここが主人公にとって、最初の転換点、また核のひとつが形成されるお話となっています。
中天を過ぎた頃。
子供を連れた大人3名は、魔獣に出くわすこともなく墓地に辿り着いた。
半ばから魔獣の脅威など忘れ去っていたアルクスの視界に広がっているのは――木々に包まれた、荘厳ながらも柔らかい印象の墓地。
木洩れ陽に照らされる墓石はよく磨き上げられているようで、整然とした石列を爽やかな風が吹き抜けている。
「ここが……お墓?」
「ええ、そうよアル。あそこにお父さんが眠ってるの。此処なら気持ちよく眠れそうでしょう?」
「……うん」
言葉が出なかった。
――ここはきっと、父さんみたいな人たちが眠っているとこなんだ。
だから、こんなに綺麗に保たれているのだろう。
幼いアルクスでもそう納得できるほどの説得力があった。
「ユリウスの墓はあそこじゃ、行こうかの」
ヴィオレッタのひと声で、八重蔵とトリシャ、彼も続く。
「ついたぜ」
そう間もなく辿り着いた父の墓前。
家に飾ってあるツギハギの盾とそっくりな形状の真っ白な墓石にユリウス・シルトと刻まれている。周囲には数え切れないほどの花々。
アルクスは父の名の下に何やら彫りこまれていることに気付き、首を伸ばす。
――”多くの魔族を救い、真に魔族と手を取り合った者、此処に眠る”――
「あ……」
気付けば泪が頬を伝っていた。
先刻、壮絶な父の死を聞かされたときに湧き上がった聖国の騎士への怒りや、八重蔵から伝播したやるせなさは、この墓地の雰囲気ですっかり洗い流され、もうない。
代わりに、哀しみと会えないことへの淋しさ、そして未だにこれだけの花に包まれる人間の父への誇らしさが混ざり合って胸がいっぱいになる。
「アル」
トリシャは透明な雫が流れる息子の頬を手巾で軽く拭いてやった。
八重蔵は持ってきていた酒瓶をとん……と置き、懐から酒杯を2つ取り出すと両方に酒をなみなみ注ぐ。
そして、片方の酒杯を墓石全体へ馴染ませるように振りかけた。
酒が真っ白な墓石を濡らす。
「カミさんが居るからな。怒られねえよう、こんだけにしといてやる」
そう言うなり、自分の酒杯をぐいっとひと息で飲み干した。
そして終わったと言わんばかりに下がる。
「汝に酒を持ってくるやつが多いと掃除が大変でのぅ。また今度トリシャと掃除に来るからの」
続いてヴィオレッタが優しい、労るような声音で花を置いた。
彼女自身、あの時急いでいればと何度トリシャに謝ったかわからない。だが、親友は決して責めたりはしなかった。
それが余計に辛かったという記憶は未だ強く胸に残っている。
「あなた、アルクスよ。場所が場所だから今まで連れてこられなくてごめんなさいね。ほら、瞳の色は私だけど、眼はあなたによく似てるでしょう?」
トリシャは微笑みながら花を置き、息子の頬を撫でた。
「アルの番よ」
背を軽く押されたアルクスは、墓石と母達を交互に見た。
父は自分に前世の記憶があると言ったら、なんと言ったのだろう?
魔術の授業を受けている姿を見たらなんと言うのだろう?
母のように手放しでほめてくれたのだろうか?
それとも『もっと頑張りなさい』なんて月並みなセリフを言ってくれたのだろうか?
色んな可能性が浮かび……思考が、疑問が、溢れては消えていく。
なのに、掛ける言葉だけはちっとも浮かばない。
それは……父への言葉が見つからないのは。
己の思考に浸って、意味のないたらればを考えているからだ。
――そんなんでどうする? 英雄の息子なんだろ?
ぎゅうっと歯を食い縛って己を叱咤したアルクスは、やがて強張りをふ……っと解いて辿々しく言葉を紡いでいく。
「とう、さん。はじめまして……アルクスです。お花、もってきてなくてごめんなさい。その、いろいろ訊いてみたいこととか、ホントはあったけど……今は言いません。代わりに、宣言します。
ぼくは、誰かをひっしに、命がけで守りとおせるような……――とうさんみたいな強くてやさしい人になりたいです。いや、なってみせます。だから、とおくから見ててください。でも、かあさんのことはいつもそばで見守っててください」
そこまで言うと、思いきり頭を下げた。
トリシャもヴィオレッタも八重蔵も、視界が一気にぼやけるのを必死に拭う。
そうだった。
ユリウスは明るくて、どこかとぼけてて、そして優しい男だった。
息子にはきちんと伝わっていたらしい。
「おわった」
やがて振り返ったアルクスを見た3人は、もう一度目をこすることになった。
強固な意志を具現化したように、紅い瞳が強い輝きを放っていたからだ。
今までアルクスがそんな目をしていたことはない。
一瞬だが、生前のユリウスを彷彿とさせるほどの眼光だった。
「……じゃあ、帰るか」と、逸早く我に返った八重蔵はフッと微笑み「あ、そうだ」と一度区切ると、
「さっき『お前の親父が英雄だからみんな親切なんだ』みたいなこと言ったけどな。だからってアル、お前に価値がないとかそういう意味じゃねえぞ? お前は良い子――いや良い男だ。でなきゃ凛華は懐かねえ。きっと将来、ユリウスに負けねえくらいの漢になるぜ?」
嬉しそうに鬼歯を見せ、少年の銀髪をグシャグシャとかき回してやる。
「ほんとっ?」
途端、アルクスはさっきまでの眼光をなくして、パッと表情を輝かせた。
「おうさ。ま、顔が母ちゃん似だから女泣かせにもなりそうだけどな」
「えぇ~、ならないよぉ」
「はははっ! どうだかなぁ。あぁ、そうだ。凛華が剣やりてえつってたけど、お前もやるか? こう見えても俺ぁ、ツェシュタール流の大剣術と双剣術の免許皆伝なんだぜ?」
「つぇしゅたーるはわかんないけど、剣はやりたい! カッコいいもん!」
「そうかいそうかい。剣はかっけえよな。んじゃお前が六歳になったら稽古はじめっか」
「うんっ! ん……なんで六才?」
「凛華にやらせようとしたら、うちの母ちゃんが『もうちょっと後からにしろ』って怒んのよ」
「やえぞうおじさん、尻にしかれてるんだね」
「だっははは、やっかましいわ! ああ、そうだ。稽古中だけはきっちり先生なり師範なり呼ぶんだぞ? メリハリは大事だからな」
「わかった。じゃあ、せんせーって呼ぶ」
「応よ。無手と弓以外なら任せときな」
「そんなにいろいろ使えるの?」
「昔、武者修行であっちこっち行ってたんだよ。ざっと……八十年くらいだな」
「はちじゅうっ!? そんなに色んなとこ行ってたの?」
と、他愛もない会話をしている少年と鬼人の後ろを、ヴィオレッタとトリシャがクスクス笑いながら続く。
「先刻のキリッとしたアルはどこに行っちゃったのかしら? まぁ、あんまり早く大きくなってもらっても可愛がる時間が少なくなっちゃうし、もう少しあれくらいでいてほしいわ」
「ユリウスの面影がはっきりと見えたんじゃがのぅ。ま、普段の汝を見て育っておればこっちが普通じゃな」
「ヴィー? 今のどういう意味かしらぁ?」
「くくっ、汝は真面目が続かぬじゃろ?」
「あっ、ひどいわよぉ!」
そうこうしている内に墓地の門が見えてきた。
気を抜いていいのは此処までだ。門を抜ければ墓地に張り巡らせてある『防護術式』や迷いの術式が切れる。
ヴィオレッタ、トリシャ、八重蔵は意識を切り替えた。
アルクスも表情を引き締めて門をくぐろうとしたところで、一陣の風がすうっと吹いて追い越しざま、ふわふわした銀髪を揺らす。
「……え」
が、アルクスは思わず動きを止めて、眼をぱちぱちさせた。
吹き抜けた風――自身の銀髪を揺らしたその感触が人の手で撫でられたような感覚だったからだ。
咄嗟に父の墓石がある方向を、バッと振り返る。
――とうさん?
応える者が居ないのは分かっていても、心のなかで呼び掛けてしまう。
――『頑張るんだぞ』――
再び吹いた風に優しく背を押されたような気がして、
「……うん」と頷くと、笑顔を浮かべる。
「アル? どうしたの?」
「そろそろ帰らぬと暗くなってしまうぞ」
「どした、疲れちまったか? やっぱ子供にはちっと遠いからなぁ」
3人の声に勢いよく振り返ったアルクスは、紅い瞳を燦然と輝かせ、追いつくように走り出した。
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