1話 【戦化粧】と【精霊感応】(アルクス6歳の秋)
この作品における「魔法とは?」が分かるお話です。
アルクス・シルト・ルミナスが父ユリウスの死の真相を知ってから、およそ1年と少しの歳月が流れた。
今の季節は秋。
大陸西部の半分を占めるように広がっている樹海――ラービュラント大森林の鬱蒼とした原生林の中にも、紅葉を揺らす木々が増え始めていた。
隠れ里は、帝国と共和国に面した旧街道から直線距離でおよそ1,500km離れた大樹海の中にひっそりと存在している。
またその敷地は魔獣に対する防護柵に囲まれ、角の丸まったような長方形型だ。
6歳になって幾月か経ったアルクスはその西側に拓かれた敷地の外――訓練場と呼ばれるようになって久しい草原にぽつんと佇んでいた。
すっかり涼しくなった秋風に柔らかそうな銀髪が弄ばれる。
揺れ動く銀髪の隙間からは輝くような紅い瞳が見えた。
「すぅ~っ……はぁっ! ふぅぅ~~……っ! ぅうぅぉぉ~っ!」
搾り出すように声を発した彼の掌から、顔を軽く流せる程度の水がパシャンと流れ落ちる。
「――だああぁっ!!」
と、同時にアルクスはすかさず手を上に向け、炎球を数発ボボボボッ! と、空へと撃ち放った。
杯一杯程度しか出なかった水とは比較するのも馬鹿らしくなるほどの大きな炎だ。
炎が雲間に吞まれていくのを見届けたアルクスは頽れるようにしゃがみ込む。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……!」
しかし、しゃがんだくらいでは足りなかったらしく、ゼェハァと息を切らせたまま草っ原にコテンと身体を投げ出した。
これはここ半年、アルクスが欠かさずにやり続けている日課だ。
ずばり魔力を鍛えるべく、その生成機能を司る操魔核を鍛錬していたのである。
それというのも魔術の師ヴィオレッタ曰く、魔力には量の他に”質”という概念があるとのこと。
魔力を多用することで魔力の保有上限量が上がるだけではなく、質も高まるそうだ。
研究者などはわざわざ『魔力が深まる』や『魔力の深み』などと言い換えるらしいのだが、アルクスとしてはその必要性を毛ほども感じていない。
また質が高まると魔力の色が個々人で異なった染まり方をしていくそうだ。ヴィオレッタが見せた紫色の魔力などがそれに当たる。
ついでに言うと、この魔力の色というのは、変わることはあっても変えることは出来ない。
魂の色が表出化しているのだという説が最も有力だと教わった際、『何とも洒落た研究者もいたもんだ』と感想を抱いたのはアルクスの記憶にも新しい。
そして、その際、魔力の質と保有量を上げるうえで欠かせないのが操魔核の鍛錬だとの学びを得たのである。
しかし、これが案外難しい。というか肉体的にきつい。なぜなら――
一時的に体内の魔力をすっからかんにしなければ効果が薄いからだ。
要は魔力切れを起こすことこそが必要不可欠にして真理なのである。
そも、魔力とは身体に取り込まれた魔素が、不随意筋の塊である心臓の一部によって変換されたもの。
つまり、常に生成されている。
これがとことん厄介の種で、日常生活程度の生半可な消費では魔力を切らすようなことがまずないのだ。
特に魔族――それも元々魔力の豊富な龍人の血を引くアルクスなら尚更。
それこそ、この鍛錬をやるようになるまで一度も魔力切れを起こしたことがなかったほどだ。
ではなぜ、そこまでして魔力を使い切る必要があるのか?
その理由は操魔核に備わっている緊急機能と関係している。
この機能は、体内魔力が完全に空になると初めて発動するもので、大量の酸素と魔素を消費する代わりに一定値まで急速に魔力を生成する、という体機能を指す。
つまり魔力切れを起こし、人為的に緊急変換機能を誘発することで、操魔核ひいては魔力が鍛えられる、ということだ。
ゆえにアルクスは、自身の適性が著しく低い水属性魔力を可能な限り生み出して保有魔力を大幅に減らし、残りを大炎球の連射で枯渇させていたのである。
日課を終え、アルクスは朝の澄んだ空気を大きく吸って「ふぅ~……」と息を吐いた。
「……も、むりぃ」
が、どう頑張ったところで正真正銘の6歳児だ。
こうして空を眺めるのも日課の一つになりつつあった。
最近はどんどん空が低くなってきた気がする。冬に差し掛かるのもそう遠くはないだろう。
心地いい疲労感にアルクスの思考も弛緩してきた。眠気が襲ってくる。
(二度寝でもしよかな)
あくびを一つして目をつぶると、サクサクと草を踏み分ける二人分の足音が聞こえてきた。
「やっぱりここだったわね、アル」
「よくやるね~。ちょっと前にどしゃ降り起こして叱られたばっかだよね?」
アルクスが胡乱げに目を開けると、よく知っている少女2人がニコニコしてこちらを覗き込んでいた。
黒髪に雪のように白い肌、額に二本角を生やした、見目だけなら儚なげな美少女でおなじみの鬼人族の少女、イスルギ・凛華。
そしてもう一人は乳白色を帯びた金の短髪に小麦色の肌、尖った耳が特徴のいたずらっ子で有名な森人族の少女、シルフィシルフィエーラ・ローリエだ。
「おはよ二人とも。ししょうに怒られたのはだいぶ前だよ。く、ふわぁ~……やっぱねむいや。おやすみぃ」
寝転んだままのアルクスは、幼馴染らに投げやりな挨拶を返して瞳を閉じた。
「寝てないで起きなさい。トリシャおばさまからお茶とごはんわたしてくれって預かったのよ。いらないのね?」
そんな少年に凛華はエサをぶら下げる。
がばっと身を起こしたアルクスは2人の手元を見た。
凛華のもつ木籠から美味しそうな匂いがする。
食べ盛りと言うにはあと何歳か足りないが、魔力の大量消費は腹が減るものだ。
それを理解しているから母は持たせてくれたのだろう。
「ちょーだい。おなかへった」
「まだダメよ」
「アル、あっちの休憩所でたべよ? ボクたちも用があってきたんだ~」
シルフィエーラはいつ頃からかボクという一人称を使うようになっていた。
理由を訊ねれば「アルのが移っちゃった」と言う。
何だかおちょくられている気がしたので一人称を「俺」に変えてしまおうか、と少しの間真剣に悩んだものだ。
トリシャが「まだぼくでいいの!」と強く主張したので、納得いかないながらも変えずにいる。
「えぇ~……とおいんだもん、あそこ」
疲れて少しわがままなアルクスが口答えするも、鬼娘と耳長娘はまったく聞き入れそうにない。
「いいから来なさいな」
「ほらいこうよ~」
凛華とシルフィエーラは無理矢理アルクスを引き起こした。
(これは……何かある)
アルクスの勘がそう告げている。
けれど、何かまではちっとも分からない。
ずるずる連行されながら見てみると、2人とも何やら上機嫌だ。
そのウキウキしているような楽し気な様子から、
(きっと悪いことじゃない、といいなぁ)
と、アルクスは思いながら大人しくついて――もとい引き摺られて行くのであった。
* * *
休憩所に着いた3人は、それぞれ向かい合うように座った。
アルクスは木籠に入っていた母からの差し入れを早速パクつきはじめる。
ちなみに朝食もしっかりトリシャと摂ったのだが、気付けば腹が空腹を訴えていた。
鬼娘と耳長娘もトリシャから多めに渡されていたお茶をコクコクと飲んでいる。
そうして夢中で小腹を満たし、最後にお茶をずずーっと啜ってようやくひと心地ついたらしいアルクスは用件を訊くべく、直ぐに口を開いた。
「ふはぁ~、そんでどしたの? 用って」
尚、どうでも良さそうな話ならそのまま寝る気でいる。
「よくぞ聞いてくれたわ!」
と、凛華が偉そうに腕を組み、
「これを見ればアルクスだってびっくりぎょーてんしてボクらを、あがめ……えーと、そう! あがめたてまつるだろうね!」
ふふん! と、シルフィエーラも小さな背を反らして勝ち誇った。
「わっかんないよ? まだ見せてもらってないし? 師匠はいっつもすごいし?」
その物言いになんとなく面白くなかったアルクスが即座に反論する。
ところが、普段そんな返され方されようものなら、ギャーギャーとやかましく言い返してくるはずの少女らが今日だけは違った。
「言ってなさいな。今回はあんたの負けよ。きっとおどろくわ」
鬼娘がフッと鼻で笑い、
「うわっ!? びっくりした!!」
即座にアルクスがおどけてみせれば、
「もぉ~、アルきらぁい」
耳長娘が頬をぷうっと膨らませる。
「ごめんごめん。だってもったいぶるんだもん、はやく教えてよ」
ちゃんと聞くって。と、アルクスが言えば「じゃあ教えたげる!」と、シルフィエーラが口を開き――
「あたしが言うわ」
しかし、凛華が止めた。
「え、まってよ凛華! ボクだって言いたいよ!」
シルフィエーラが訴えると、鬼娘が口に指をちょんちょん当てて思案する。
「むぅ~、そうねぇ。あ、じゃあいっしょに言いましょうよ」
「そうこなくちゃ!」
凛華の閃いた案にシルフィエーラも同調。
「「いっせーの……!」」
そして綺麗に声を揃えてこう言った。
「「あたし(ボク)たち魔法がはつげんしたの(んだ)よ!!」」
アルクスはピシッと固まり、
「へ、えええええっ!?」
一拍置いたあとに仰天して大声をあげる。
その様子に凛華とシルフィエーラは満足そうな笑顔を浮かべるのだった。
訓練場の片隅まで移動してきたアルクスは幼馴染の少女ら、凛華とシルフィエーラに魔法を見せてもらおうとしていた。
「ふふふっ。アル~? やっぱりびっくりしたでしょ?」
青い瞳を楽し気に細めながら凛華が言う。
「うん、おどろいたから早く見せて」
アルクスはと言えば魔法に興味津々で、さっき茶化していたときの態度は何だったのかというほど真剣に鬼娘を見つめていた。
紅い瞳がキラキラというか、ギラギラしている。
「わ、わかったからそんなに見つめるのやめなさい」
身を乗り出してまっすぐに見つめてくる幼馴染に、凛華は少々恥ずかしくなったのか顔を赤らめて注意した。
トリシャ似のアルクスは幼い異性から見ても整った面立ちをしている。いくら幼馴染でも照れるというものだ。
「おかまいなく」
「かまうわよ!」
「ねぇ凛華ぁ~、たぶんアルこのまんまだよ? はやく見せたげなよ~。ボクだって待ってるんだから」
こうなったら梃子でも動かない銀髪の少年をよく知るシルフィエーラが催促すると、凛華も観念したらしい。
「じゃあ見せるわよ。すぅ~はぁ~……ふっ!!」
大きく深呼吸をして、魔法を発動した。
「…………ん? ……ん? うん?」
しかし、アルクスにはよく分からない。
彼の知っている魔法と言えば、トリシャの【龍体化】だ。
が、鬼娘の背中や腕には特にそれらしい変化は起きていなかった。
「ん? え? ねえ凛華、もう魔法使った?」
これには彼女も声を荒げる。
「使ってるでしょ!? もうちょっとちゃんと見なさいよ! ここらへん!」
そう言われたアルクスは凛華の指差した顔にじいっと視線を注いだ。
(……なんか、キリッとした?)
薄っすらとだが、目元に朱っぽい隈取りが見える。
「う~ん? ん~……あ、なんかさっきより美人さんになった? いつもはもうちょっとかわいいが強いよね?」
「~~っ!?」
転瞬、予想だにしてなかったアルクスの言葉に、凛華の顔が熟れたリンゴのように真っ赤になった。
そんなことを臆面もなくほざいた少年の顔は、純粋というか無邪気そのものだ。
そも、照れるほど早熟でもない。
知識の蓄積量が多少同年代の子供より多いだけで、前世の自分の恋愛事情なんかも「そんな映画を見た」程度の認識しかない。
美人は美人と褒め、可愛いものは「かわいい」と愛でる。
母と師の教育は、確実にアルクスを女誑しの道に向かわせていた。
「鬼人族の魔法って美人になる魔法なの? それならできてたよ。いつもより美人だった」
真っ赤になっている鬼娘へ、アルクスはニッコリ笑って追撃を入れる。
「ちがうに決まってんでしょ!? このバカアル!」
いよいよ火が出るほど顔を真っ赤にした凛華が噛みつくように反論した。
「えっ、ちがうの? んじゃわかんなかった」
間の抜けた返しをするアルクスと真っ赤な鬼娘をクスクス笑っていたシルフィエーラが種を明かす。
「ぷっくくく、凛華~? 顔あかいよ~? かわいい~」
が、イジるのが先だ。
「エーラうるさいわよ!」
自覚があるのか鬼娘も否定はしない。
「アル、鬼人族の魔法は【戦化粧】っていうんだよ。顔に特殊なもんようが浮かんで強くなるんだって」
「【いくさげしょう】……? あ、【戦化粧】か! なるほどぉ! でも凛華は美人になっただけで、あんま強そうに見えなかったけど……? 筋肉とかもっとこう、ぐわーって太くなったりしないの?」
手をポンと打ち合わせたアルクスは怪訝そうに訊ねた。
翼が生えたり鱗が生えたりしていた母の【龍体化】に比べたら、顔の印象くらいしか変わらぬ【戦化粧】とやらはちっとも強そうに見えない。
「……なったりしないのっ! 戦ったらわかるわよ!」
「でもぼく少しだけど魔術使えるよ? 属性魔力も。戦ったらぼくが勝つと思うんだけど」
「む……じゃあ腕相撲とかけっこよ。あんたどっちもあたしより上でしょ」
アルクスの日課を何度も見たことがある凛華は、あの火球を投げつけられたら【戦化粧】を使っていても軽傷じゃ済まないと思い、純粋な身体能力の勝負を持ちかける。
「いいよ! でもさすがにぼく男だからね。いくら【戦化粧】ってのがすごいったって凛華みたいな細い女の子に負けたりしないよ」
アルクスも仲のいい幼馴染に魔術をぶっ放す気になれなかったので快諾したのだった。
しかし、その数分後のこと。
「ま、まけた……?」
どこかのガキんちょが呆然としながら四つん這いになっていた。
言うまでもなく、魔法と幼馴染の両方を舐め腐っていたアルクスである。
「ふふん! どうよ!? すごいでしょ!!」
「ま、魔法ってズルい……!」
キラキラと綺麗な笑顔を向けてくる凛華に、信じられないと零す。
全戦全敗だった。なんてイカサマな力だろうか。
と、打ちひしがれている少年に
「次はボクの番だね」
すすす~っとシルフィエーラが寄ってきて囁く。
アルクスは戦々恐々としながら「お、おにっ、あくまっ!」と訓練場をワタワタ後ずさった。
「もう、アル? 逃げたらだめじゃない。次はエーラの番なのよ?」
凛華が「しょうのない男ね」と言いたげに彼の手をガッシリ掴んだ上で立たせる。
「アルが『もうわかった』って言ってるのに、つづけて三回も勝負させた凛華が悪いと思うよ」
「さ、どうぞエーラ」
真っ当な耳長娘のツッコミも無視。
逃げないようにしっかり少年の手を握っているあたり確信犯である。
「ちょうしいいなぁもう。じゃアル見ててね! みんなー! いっくよぉー!」
シルフィエーラの底抜けに明るい声が響いたと思いきや、ザザアっと訓練場の草木がざわめき、そこから蔓や根、茎がシュルシュルと伸びてきた。
アルクスがその光景に唖然としていると、あれよあれよという間に3人のすぐ傍に柔らかそうな草木で編まれた椅子が出来上がっていた。
「え……えっ? なに、今の? どうやって……?」
当惑したアルクスの声を聞き、シルフィエーラがニンマリしながら答える。
「いまのが森人族の魔法さ! その名も【精霊感応】だよ!!」
「せいれい、かんのう……? 精霊? え、精霊なんているの?」
「いるよ! ボクらや鉱人族たちは『妖精の瞳』ってよばれる眼を持っててね! 精霊が視えるんだ~!」
そう言う彼女の眼がいつもと違うことにアルクスは気づいた。
普段の彼女の虹彩は新緑の葉を思わせる柔らかな緑色をしているのだが、今は鮮緑に輝いている。
「ボクら森人に見えるのは植物と風と光、あと水の精霊だね。って言っても光の精霊はめったにいないらしいし、ボクも見たことないんだけど。鉱人はまた別の精霊が見えるんだって。ボクらが森人って言われてるのも、植物の精霊と仲よしだからなんだ~」
シルフィエーラはニコニコしながら説明してくれた。
「ほぇ~、しらなかった」
――どっかのイジワルな鬼人とは大違いだ。
そう考えたアルクスの心を読んだのか、凛華がぎゅうう~っと手を握って眼を合わせてきたので慌てて質問を重ねる。
「えと、精霊ってどんなんなの?」
「うーん、いろんな色で光ってるわた毛みたいな感じ? 何か言ってるような気もするんだけど、言葉はわかんないの。でもこっちの考えてることはなんとなく伝わるって感じかなぁ」
アルクスが「ほおほお」と返す。好奇心をいたく刺激されていた。
魔法に精霊。わくわくしないワケがない。
「なんだかふしぎな生き物なんだなぁ」
「あ、生き物じゃあないんだって」
「へ? 生きてないの? じゃユーレイとか、ずっとそこにいる、みたいな感じ?」
「ううん。動きまわってるよ? 風の精霊とか楽しそうに風に乗って飛んでるもん。えぇっとね、言葉を持たない意思の集まり? なんだって。お父さんがそう言ってた!」
「へえ~! ラファルおじさんが言うならほんとだね!」
知的好奇心全開のアルクスが身を乗り出す。
だが、自身の好奇心によって余計な一言まで返事に追加してしまったことには気付けなかった。
「おおっとぉ、アル? ねぇねぇ今のどーゆー意味かな? しんせつに説明してあげてるボクになぁ~んて言ったのかなぁ?」
「え、なにが? ……あっ、いやちがうよ? ほら、大人の言うことならほんとのことかなって。別にエーラがいつもてきとーだから信じてないってわけじゃな――」
アルクスが冷や汗をかいて言い訳を並べ立てるも、
「もんどーむよーだよ! 人のしんせつをあしげにした報いだ! みんなやっちゃって!」
シルフィエーラが【精霊感応】を発動する方が早かった。
先ほどまで椅子になっていた草木がほどけて、アルクスの足に絡みつく。
「へ、あ、ちょ、エーラ待っ――どわひゃああああっ!」
そのまま自分の身長の何倍も高いところまで投げ上げられた。強制高い高いの刑だ。
「うへぇ~……お腹の中がぐちゃぐちゃだよ」
降ろされた頃にはヘロヘロで、アルクスがへにゃっと言えば、
「よけいなこと言うからよ」
凛華が腰に両手を当てて呆れ、
「ホントだよ!」
シルフィエーラが如何にもぷりぷりした顔で言う。
「ごめんってば。ほいで、結局二人の用ってこれだったの?」
おざなりな謝罪もいつものこと。アルクスは問うた。午後はヴィオレッタの授業があるのだ。
「もう一つあるわ。アルもあたしももう六才でしょ? あたしも魔法に目覚めたし、父さんに稽古つけてもらえるよう頼みにいかない? って誘いに来たのよ」
凛華がこっちも本題だと青い瞳を爛々とさせて言った。
「あ、そういやそっか。わかった。じゃ明日、八重蔵おじさんとこ頼みに行こ」
アルクスが快く頷く。墓参りを済ませた次の日か、次の次の日かに約束していたのだ。
「うん!」
今日イチ可愛らしい笑顔を見せる凛華に、にっこり笑い返す。
「いいなぁ、二人いっしょに剣教わるなんて。ボクなんて明日からお父さんとお母さんから弓教わるんだよ? お父さんってば『魔法が使えるようになったんなら弓の練習だな!』って今からすっごく張りきってるんだよぉ」
2人が羨ましくなったのかシルフィエーラが愚痴りだした。
「いいじゃない。あたしなんて六才なったから剣教えてくれって頼んだら、母さんと兄貴は『やめとけ』って止めるし、父さんは『魔法覚えたらな』なんて言ったのよ!?」
凛華は耳長娘と真逆だったらしい。が、なんとなく八重蔵以外の気持ちがわかる2人である。
「そういやマルクは?」
流れを変えるようにアルクスは口を開いた。
「マルクは今日家の手伝いだよ。ほら、妹か弟かもうすぐ生まれそうだからって。あ、魔法はまだだって言ってた。凛華は何か聞いてる?」
「あたしも魔法のことは何にも聞いてないわ」
アルクスはそれを聞いて意外な気分だった。使えるようになってると思っていたのだ。
「そっか。ぼくに気ぃ使ってるのかと思ってたよ」
「「うん? なんで?」」
本気でわからないという顔をする2人に、
「ぼくが半分龍人で半分人間だからだよ。ぼくに魔法が発現するかわからないからだまってるんだと思ってたんだ。マルクは気ぃ遣い屋だからね」
アルクスは何の気なしに衝撃的な返事を返す。
「「あっ!」」
凛華とシルフィエーラは一瞬で青ざめ、すぐにアルクスへ謝りだした。
「ア、アルごめん! あたし嬉しくてアルが半龍人だって忘れてた。ごめんね、その嫌がらせのつもりとかじゃなくて」
「ごめんアル! 凛華とまい上がっちゃって、アルが魔法使えないかもとか考えてなった! ごめんね!」
アルクスは2人があまりにも真剣に謝ってきた為、気圧されるようにたじろぎながら首を横に振ってみせた。
「え、いやちがうよ。そんなつもりで言ったんじゃないんだよ――ほんとだって! ぼくが【龍体化】を使えないかもって言うのは、一年以上前からわかってたし。マルクのこと話してて今思い出したくらいだから、そんなにまじめな顔で謝らなくていいんだよ」
凛華とシルフィエーラは恐る恐る幼馴染の少年の顔を見て安堵した。
ちっとも怒っているような気配はない。
「ほんとに?」
「許してくれるの?」
それでもこわくなって上目遣いに鬼娘と耳長娘は訊き返す。
しおらしい2人も可愛らしいが調子が狂う。
アルクスは1年前にした墓前での宣誓を思い返し、再度誓い直すように答えた。
「ほんとだから気にしなくていいんだよ。魔法使えないのを文句言ったり、気使わせたりって死んだ父さんのこと嫌がってるみたいでしょ? ぼくは魔法が使えなくても強くて優しい父さんみたいな人になる。そう決めてるんだから」
父の墓石を前にしたあの頃と同じく、紅い瞳には隠し切れぬ真っ直ぐな強い意志が澄んだ輝きとなって表れていた。
「「~っ!?」」
少女ら2人にとって、彼のその表情は知らないものだった。
いつもの穏和な印象とは大きく違う、決意を秘めた男の表情。何よりその眼。
印象的な紅い瞳が発する、強く透き通った輝きに射竦められたように凛華とシルフィエーラは胸がドクンと動悸し、思わず魅入られたように見つめてしまう。
「どしたの?」
が、アルクスは一瞬でいつもの調子へ戻り、きょとんと問いかけた。
「な、なんでもない」
「うん。その、許してくれてありがと」
「だから怒ってないってば」
そんな彼の声を聞きつつ少女らは「はあっ」と息を吐いてこっそり胸を押さえた。
ドキドキしている心臓がまだうるさい。
その後、昼になるまで3人は他愛もないお喋りに興じたり、いつものように遊んで過ごしたが、凛華とシルフィエーラのアルクスを見る目は少しだけ変わっていた。
彼のあの表情は何だったのか?
あの紅い瞳に何を感じたのか?
彼女らがこの時の感情を理解するのは数年後のことである。
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