1話 【戦化粧】と【精霊感応】(アルクス6歳の秋)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
非常にゆっくりとしたペースとなっておりますがなにとぞよろしくお願い致します。
アルクス・シルト・ルミナスが父ユリウスの死の真相を知ってから、およそ1年と少しの歳月が流れた。
今の季節は秋。
大陸西部の半分を占めるように広がっている樹海――ラービュラント大森林の鬱蒼とした原生林の中にも、紅葉を揺らす木々が増え始めていた。
隠れ里は、帝国と共和国に面した旧街道から直線距離でおよそ1,500km離れた大樹海の中にひっそりと存在している。
またその敷地は魔獣に対する防護柵に囲まれ、角の丸まったような長方形型だ。
6歳になって幾月か経ったアルクスはその西側に拓かれた敷地の外――訓練場と呼ばれるようになって久しい草原にぽつんと佇んでいた。
すっかり涼しくなった秋風に柔らかそうな銀髪が弄ばれる。
揺れ動く銀髪の隙間からは輝くような紅い瞳が見えた。
「すぅ~っ……はぁっ! ふぅぅ~~……っ! ぅうぅぉぉ~っ!」
絞り出すように声を発するアルの掌から、顔を軽く流せる程度の水がパシャンと流れ落ちる。
「――だああぁっ!!」
と、同時にアルはすぐさま手を上に向け、炎球を数発ボボボボッ! と、空へと撃ち放った。
杯一杯程度しか出なかった水とは比較するのも馬鹿らしくなるほどの大きな炎だ。
炎が雲間に吞まれていくのを見届けたアルは崩折れるようにしゃがみ込む。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……!」
しかし、しゃがんだくらいでは足りなかったらしく、ゼェハァと息を切らせたまま草っ原にコテンと身体を投げ出した。
これはここ半年、アルが欠かさずにやり続けている日課だ。
ずばり魔力を鍛えるべく、その生成機能を司る操魔核を鍛錬していたのである。
それというのも魔術の師ヴィオレッタ曰く、魔力には量の他に”質”という概念があるとのこと。
魔力を多用することで魔力の保有上限量が上がるだけではなく、質も高まるそうだ。
研究者などはわざわざ『魔力が深まる』や『魔力の深み』などと言い換えるらしいのだが、アルとしてはその必要性を毛ほども感じていない。
また質が高まると魔力の色が個々人で異なった染まり方をしていくそうだ。ヴィオレッタが見せた紫色の魔力などがそれに当たる。
この魔力の色というのは、変わることはあっても変えることは出来ない。
魂の色が表出化しているのだという説が最も有力だと教わった際、『何とも洒落た研究者もいたもんだ』と感想を抱いたのはアルの記憶にも新しい。
そしてその際に、魔力の質と保有量を上げるうえで欠かせないのが操魔核の鍛錬だとの学びを得た。
しかしこれが案外難しい。というか肉体的にきつい。なぜなら――――。
一時的に体内の魔力をすっからかんにしなければ効果が薄いからだ。
要は魔力切れを起こすことが必要不可欠にして真理なのである。
だがそもそも魔力とは、身体に取り込まれた魔素が不随意筋の塊である心臓の一部によって常に生成され続けているもの。
これがとことん厄介の種で、日常生活レベルの生半可な消費では魔力が切れるようなことはまずないのだ。
特に魔族――それも元々魔力の豊富な龍人の血を引くアルなら尚更である。
それこそ、この鍛錬をやるようになるまでは一度も魔力が切れたことなどなかったくらいだ。
ではなぜ、そこまでして魔力を使い切る必要があるのか?
その理由は操魔核に備わっている緊急機能と関係している。
この機能は、体内の魔力が完全に空になると初めて発動するもので、大量の酸素と魔素を消費する代わりに一定値まで急速に魔力を生成する、という体機能を指す。
つまり魔力切れを起こし、人為的に緊急変換機能を誘発することで、操魔核ひいては魔力が鍛えられるということだ。
ゆえにアルは、自身の適性が著しく低い水属性魔力を可能な限り生み出して保有魔力を大幅に減らし、残りを大炎球の連射で枯渇させていたのである。
日課を終え、アルは朝の澄んだ空気を大きく吸って「ふぅ~……」と息を吐いた。
「……も、むりぃ」
が、どう頑張ったところで正真正銘の6歳児だ。
こうして空を眺めるのも日課の一つになりつつあった。
最近はどんどん空が低くなってきた気がする。冬に差し掛かるのもそう遠くはないだろう。
心地いい疲労感にアルの思考も弛緩してきた。眠気が襲ってくる。
(二度寝でもしよかな)
あくびを一つして目をつぶると、サクサクと草を踏み分ける二人分の足音が聞こえてきた。
「やっぱりここだったわね、アル」
「よくやるね~。ちょっと前にどしゃ降り起こして叱られたばっかだよね?」
アルが胡乱げに目を開けると、よく知っている少女2人がニコニコしてこちらを覗き込んでいる。
黒髪に雪のような白い肌、額に二本角を生やした、見目だけは儚なげな美少女でおなじみの鬼人族の少女イスルギ・凛華。
そしてもう一人は乳白色を帯びた金の短髪に小麦色の肌、尖った耳が特徴のいたずらっ子で有名な森人族の少女シルフィエーラ・ローリエだ。
「おはよ二人とも。ししょうに怒られたのはだいぶ前だよ。く、ふわぁ~……やっぱねむいや。おやすみぃ」
寝転んだままのアルは、幼馴染らに投げやりな挨拶を返して瞳を閉じた。
「寝てないで起きなさい。トリシャおばさまからお茶とごはんわたしてくれって預かったのよ。いらないのね?」
そんな少年に凛華はエサをぶら下げる。がばっと身を起こしたアルは2人の手元を見た。
凛華のもつ木籠から美味しそうな匂いがする。
食べ盛りと言うにはあと何歳か足りないが、魔力の大量消費は腹が減るものだ。
それを理解しているから母は持たせてくれたのだろう。
「ちょーだい。おなかへった」
「まだダメよ」
「アル、あっちの休憩所でたべよ? ボクたちも用があってきたんだ~」
シルフィエーラはいつ頃からかボクという一人称を使うようになっていた。
理由を訊ねれば「アルのが移っちゃった」と言う。
何だかおちょくられている気がしたので一人称を「俺」に変えてしまおうか、と少しの間真剣に悩んだものだ。
トリシャが「まだぼくでいいの!」と強く主張したので、納得いかないながらも変えずにいる。
「えぇ~……とおいんだもん、あそこ」
疲れて少しわがままなアルが口答えするも、鬼娘と耳長娘はまったく聞き入れそうにない。
「いいから来なさいな」
「ほらいこうよ~」
凛華とエーラは無理矢理アルを引き起こした。
これは何かある。
アルの勘がそう告げている。
しかし何かまではちっともわからない。
ズルズル連行されながら見てみると2人とも何やら上機嫌だ。
そのウキウキしているような楽し気な様子から、きっと悪いことではないはずだと自分に言い聞かせて、アルは大人しくついていく――もとい引き摺られて行くのであった。
* * *
休憩所に着いた3人は、それぞれ向かい合うように座った。
アルは木籠に入っていた母からの差し入れを早速パクつきはじめる。
ちなみに朝食もしっかりトリシャと摂ったのだが気付けば腹は空腹を訴えていた。
鬼娘と耳長娘はトリシャから多めに渡されていたお茶をコクコクと飲んでいる。
夢中で小腹を満たし、最後にお茶をずずーっと啜ってようやくひと心地ついたらしいアルがすぐに用件を聞こうと口を開いた。
実はどうでも良さそうな話ならそのまま寝る気でいる。
「ふはぁ~、そんでどしたの? 用って」
「よくぞ聞いてくれたわ!」
凛華が偉そうに腕を組み、
「これを見ればアルだってびっくりぎょーてんしてボクらを、あがめ……えーと、そう! あがめたてまつるだろうね!」
フフン! と、エーラも小さな背を反らして勝ち誇った。
「わかんないよ? まだ見せてもらってないし? 師匠はいっつもすごいし?」
その物言いになんとなく面白くなかったアルは即座に反論する。
普段ならそんな返され方されようものなら、ギャーギャーとやかましく言い返してくるはずの少女らが今日だけは違った。
「言ってなさいな。今回はあんたの負けよ。きっとおどろくわ」
凛華がフッと鼻で笑う。
「うわぁ!? びっくりした!!」
すぐにおどけた反応を返すアルに、
「もぉ~、アルきらぁい」
エーラが頬をぷうっと膨らませた。
「ごめんごめん。だってもったいぶるんだもん、はやく教えてよ」
アルがちゃんと聞くって、とアピールすると「じゃあ教えてやろう!」と言わんばかりにエーラが口を開き――。
「あたしが言うわ」
しかし、凛華が止めた。
「え、まってよ凛華! ボクだって言いたいよ!」
エーラが訴えると、鬼娘が口に指をちょんちょん当てて思案する。
「むぅ~、そうねぇ。あ、じゃあいっしょに言いましょうよ」
「そうこなくちゃ!」
凛華の閃いた案にエーラは即座に同調する。
「「いっせーの……!」」
そして綺麗に声を揃えてこう言った。
「「あたし(ボク)たち魔法がはつげんしたの(んだ)よ!!」」
アルはピシッと固まり、
「へ、えええええっ!?」
一拍置いたあとに仰天して大声をあげる。
その様子に凛華とエーラは満足そうな笑顔を浮かべるのだった。
* * *
訓練場の片隅まで移動してきたアルは幼馴染の少女ら、凛華とシルフィエーラに”魔法”を見せてもらおうとしていた。
「ふふふっ。アル~? やっぱりびっくりしたでしょ?」
青い瞳を楽し気に細めながら凛華が言う。
「うん、おどろいたから早く見せて」
アルはと言えば魔法に興味津々で、さっき茶化していたときの態度は何だったのかというほど真剣に凛華を見つめていた。
紅い瞳がキラキラというかギラギラしている。
「わ、わかったからそんなに見つめるのやめなさい」
身を乗り出してまっすぐに見つめてくる幼馴染に、凛華は少々恥ずかしくなったのか顔を赤らめて注意した。
トリシャ似のアルは幼い異性から見ても整った面立ちをしている。いくら幼馴染でも照れるというものだ。
「おかまいなく」
「かまうわよ!」
「ねぇ凛華ぁ~、たぶんアルこのまんまだよ? はやく見せたげなよ~。ボクだって待ってるんだから」
こうなったら梃子でも動かない銀髪の少年をよく知るエーラが催促すると、凛華も観念したらしい。
「じゃあ見せるわよ。すぅ~はぁ~……ふっ!!」
大きく深呼吸をして”魔法”を発動した。
「…………ん……んん? うん?」
しかしアルにはよくわからない。
アルの知っている魔法と言えばトリシャの【龍体化】だ。
凛華の背中や腕には特にそれらしい変化は起きていなかった。
「ん? え? ねえ凛華、もう魔法使った?」
これには凛華も声を荒げる。
「使ってるでしょ!? もうちょっとちゃんと見なさいよ! ここらへん!」
そう言われたアルは凛華の指差した顔にじいっと視線を注いだ。
(……なんか、キリッとした?)
薄っすらとだが目元に朱っぽいラインが見える。
「う~ん? ん~……あ、なんかさっきより美人さんになった? いつもはもうちょっとかわいいが強いよね?」
「~~~~っ!?」
予想だにしてなかったアルの言葉に、凛華の顔が熟れたリンゴのように真っ赤になった。
そんなことをほざいた少年の顔は、純粋というか無邪気そのものだ。
そもそも照れるほど早熟ではないのだ。
知識のストックが多少同年代の子供より多いだけで、前世の自分の恋愛事情なんかも「そんな映画を見た」程度の認識しかない。
美人は美人と褒め、可愛いものは「かわいい」と愛でる。
母と師の教育は、確実にアルを女誑しの道に向かわせていた。
「鬼人族の魔法って美人になる魔法なの? それならできてたよ。いつもより美人だった」
真っ赤になっている凛華へ、アルはニッコリ笑って追撃を入れる。
「ちがうに決まってんでしょ!? このバカアル!」
いよいよ火が出るほど顔を真っ赤にした凛華が噛みつくように反論した。
「えっ? ちがうの? んじゃわかんなかった」
間の抜けた返しをするアルと真っ赤な凛華をクスクス笑っていたエーラは種明かしをする。
「ぷっくくく、凛華~? 顔あかいよ~? かわいい~」
が、イジるのが先だ。
「エーラうるさいわよ!」
自覚があるのか鬼娘も否定はしない。
「アル、鬼人族の魔法は【戦化粧】っていうんだよ。顔に特殊なもんようが浮かんで強くなるんだって」
「【いくさげしょう】? あ、【戦化粧】か! なるほどぉ! でも凛華は美人になっただけで、あんま強そうに見えなかったけど……? 筋肉とかもっとこうさ、ぐわーって太くなったりしないの?」
手をポンと打ったアルは怪訝そうに訊ねた。
翼が生えたり鱗が生えたりしていた母の【龍体化】に比べたら顔の印象くらいしか変わらない【戦化粧】とやらはちっとも強そうに見えない。
「っ! ……なったりしないのっ! 戦ったらわかるわよ!」
「でもぼく少しだけど魔術使えるよ? 戦ったらぼくが勝つと思うんだけど」
「む……じゃあ腕相撲とかけっこよ。あんたどっちもあたしより上でしょ」
アルの日課を何度も見たことがある凛華は、あの火球を投げつけられたら【戦化粧】を使っていても軽傷じゃ済まないと思い、純粋な身体能力の勝負を持ちかけた。
「いいよ! でもさすがにぼく男だからね。いくら【戦化粧】ってのがすごくても凛華みたいな細い女の子に負けたりしないよ」
アルも仲のいい幼馴染に魔術をぶっ放す気になれなかったので快諾する。
しかし、その数分後――。
「ま、まけた……?」
どこかのガキんちょが呆然としながら四つん這いになっていた。
言うまでもなく、魔法と幼馴染の両方を舐め切っていたアルである。
「ふふん! どうよ!? すごいでしょ!!」
「ま、魔法ってズルい……!」
キラキラと綺麗な笑顔を向けてくる凛華にアルは信じられないと零す。
全戦全敗だった。なんてイカサマな力だろうか。
「次はボクの番だね」
打ちひしがれている少年にエーラがスススっと寄ってきて囁く。
アルは戦々恐々としながら「お、おにっ、あくまっ!」と訓練場をワタワタ後ずさった。
「もう、アル? 逃げたらだめじゃない。次はエーラの番なのよ?」
凛華が「しょうのない男ね」と言いたげにアルの手をガッシリ掴んだ上で立たせる。
「アルが『もうわかった』って言ってるのに三回も勝負させた凛華が悪いと思うよ」
「さ、どうぞエーラ」
真っ当なエーラのツッコミをスルーして凛華はのたまった。
逃げないようにしっかりアルの手を握っているあたり確信犯である。
「ちょうしいいなぁもう。じゃアル見ててね! みんなー! いっくよぉー!」
エーラの底抜けに明るい声が響いたと思いきや、ザザアっと訓練場の草木がざわめき、そこから蔓や根、茎がシュルシュルと伸びてきた。
アルがその光景に唖然としていると、あれよあれよという間に3人のすぐ傍に柔らかそうな草木で編まれたイスが出来上がっていた。
「え……? えっ? なに、今の? どうやって……?」
当惑したアルの声を聞き、エーラはにんまりしながら答える。
「いまのが森人族の魔法さ! その名も【精霊感応】だよ!!」
「せいれい、かんのう…………精霊? え、精霊なんているの?」
「いるよ! ボクらや鉱人族たちは『妖精の瞳』ってよばれる眼を持っててね! 精霊が見えるんだ!」
そう言う彼女の眼がいつもと違うことにアルは気づいた。
普段の彼女の虹彩は新緑の葉を思わせる柔らかな緑色をしているのだが今は鮮緑に輝いている。
「ボクら森人に見えるのは植物と風と光、あと水の精霊だね。って言っても光の精霊はめったにいないらしいし、ボクも見たことないんだけど。鉱人たちはまた別の精霊が見えるんだって。ボクらが森人って言われてるのも、植物の精霊と仲よしだからなんだ~」
エーラはニコニコしながら説明してくれた。
「ほぇ~、しらなかった」
――どっかのイジワルな鬼人とは大違いだ。
そう考えたアルの心を読んだのか、凛華がぎゅうう~っと手を握って眼を合わせてきたので慌てて質問を重ねる。
「えと、精霊ってどんなんなの?」
「うーん、いろんな色で光ってるわた毛みたいな感じ? 何か言ってるような気もするんだけど、言葉はわかんないの。でもこっちの考えてることはなんとなく伝わるって感じかなぁ」
アルが「ほおほお」と返す。好奇心をいたく刺激されていた。
魔法に精霊。わくわくしないワケがない。
「なんだかふしぎな生き物なんだなぁ」
「あ、生き物じゃあないんだって」
「へ? 生きてないの? じゃユーレイとか、ずっとそこにいる、みたいな感じ?」
「ううん。 動きまわってるよ? 風の精霊とか楽しそうに風に乗って飛んでるもん。えぇっとね、言葉を持たない意思の集まり? なんだって。お父さんがそう言ってた!」
「へえ~! ラファルおじさんが言うならほんとだね!」
知的好奇心全開のアルは思わず身を乗り出す。
しかし自身の好奇心によって余計な一言まで返事に追加してしまったことには気づけなかった。
「おおっとぉ、アル? ねぇねぇ今のどーゆー意味かな? しんせつに説明してあげてるボクになぁ~んて言ったのかなぁ?」
「え? なにが……? あっ! いやちがうよ? ほら、大人の言うことならほんとのことかなって。別にエーラがいつもてきとーだから信じてないってわけじゃな――」
冷や汗をかいて並べ立てるアルの言い訳を遮ってエーラが【精霊感応】を発動する。
「もんどーむよーだよ! 人のしんせつをあしげにした報いだ! みんなやっちゃって!」
先ほどまでイスになっていた草木がほどけてアルの足に絡みついた。
「へ、あ、ちょ、エーラ待っ――どわひゃああああああっ!」
そのまま自分の身長の何倍も高いところまで投げ上げられ、強制高い高いの刑を受けるアル。
降ろされた頃にはヘロヘロになっていた。
「うへぇ~……お腹の中がぐちゃぐちゃだよ」
「よけいなこと言うからよ」
「ホントだよ!」
「ごめんってば。結局二人の用ってこれだったの?」
プリプリしているエーラと呆れている凛華におざなりな謝罪をしつつ、アルは用件は確認する。午後はヴィオレッタの授業があるのだ。
「もう一つあるわ。アルもあたしももう六才でしょ? あたしも魔法に目覚めたし、父さんに稽古つけてもらえるよう頼みにいかない? って誘いに来たのよ」
凛華がこっちも本題だと青い瞳を爛々とさせて言った。
「あ、そういやそっか。わかった。じゃ明日八重蔵おじさんとこ頼みに行こ」
アルは快く頷く。墓参りを済ませた次の日か、次の次の日かに凛華と約束していたのだ。
「うん!」
今日イチ魅力的な笑顔を見せる凛華に、アルはにっこり笑い返す。
「いいなぁ、二人はいっしょに剣教わるなんて。ボクなんて明日からお父さんとお母さんから弓教わるんだよ? 『魔法が使えるようになったんなら弓の練習だな!』ってお父さん今からすっごく張りきってるんだよぉ」
2人が羨ましくなったのかエーラが愚痴りだした。
「いいじゃない。あたしなんて六才なったから剣教えてくれって頼んだら母さんと兄貴は『やめとけ』って止めるし、父さんは『魔法覚えたらな』なんて言ったのよ!?」
凛華はエーラと真逆だったらしい。なんとなく八重蔵以外の気持ちはわかる。
流れを変えるようにアルは口を開いた。
「そういやマルクは?」
「マルクは今日家の手伝いだよ。ほら、妹か弟かもうすぐ生まれそうだからって。あ、魔法はまだだって言ってた。凛華は何か聞いてる?」
「あたしも魔法のことは何にも聞いてないわ」
アルはそれを聞いて意外な気分だった。使えるようになってると思っていたのだ。
「そっか。ぼくに気ぃ使ってるのかと思ってたよ」
「「うん? なんで?」」
本気でわからないという顔をする2人に、
「ぼくが半分龍人で半分人間だからだよ。ぼくに魔法が発現するかわからないからだまってるんだと思ってたんだ。マルクは気ぃ使い屋だからね」
アルは何の気なしに衝撃的な返事を返す。
「「あっ!」」
凛華とエーラは一瞬で青ざめ、すぐにアルへ謝りだした。
「ア、アルごめん! あたし嬉しくてアルが半龍人だって忘れてた。ごめんね、その嫌がらせのつもりとかじゃなくて」
「ごめんアル! 凛華とまい上がっちゃって、アルが魔法使えないかもとか考えてなった! ごめんね!」
アルは2人があまりにも真剣に謝ってきた為、気圧されるようにたじろぎながら首を横に振ってみせた。
「え、いやちがうよ。そんなつもりで言ったんじゃないんだよ――ほんとだって! ぼくが【龍体化】を使えないかもって言うのは、一年以上前からわかってたし。マルクのこと話してて今思い出したくらいだからそんなにまじめな顔で謝らなくていいんだよ」
凛華とエーラは恐る恐る幼馴染の少年の顔を見て安堵した。
ちっとも怒っているような気配はない。
「ほんとに?」
「許してくれるの?」
それでもこわくなって上目遣いに鬼娘と耳長娘は訊き返す。
しおらしい2人も可愛らしいが調子が狂う。
アルは1年前にした墓前での宣誓を思い返し、再度宣誓し直すように答えた。
「ほんとだから気にしなくていいんだよ。魔法使えないのを文句言ったり、気使わせたりって死んだ父さんのこと嫌がってるみたいでしょ? ぼくは魔法が使えなくても強くて優しい父さんみたいな人になる。そう決めてるんだから」
父の墓石を前にした1年前のように、アルの紅い瞳は澄んだ輝きを秘めている。
隠し切れない真っ直ぐな強い意志が眼光となって表れていた。
「「~~っ!?」」
2人にとってアルのその表情は知らないものだった。
いつもの穏和な印象とは大きく違う、決意を秘めた男の表情。何よりその眼。
印象的な紅い瞳が発する、強く透き通った輝きに射竦められたように凛華とエーラは魅入られたように思わず見つめてしまう。
少女らの胸がドクンと動悸した。
「どしたの?」
アルは一瞬でいつもの調子へ戻り、キョトンとした顔で問いかける。
「な、なんでもない」
「うん。その、許してくれてありがと」
「だから怒ってないってば」
そんな彼の声を聞きつつ2人は「はあっ」と息を吐いてコッソリ胸を押さえた。
ドキドキしている心臓はまだうるさい。
その後昼になるまで3人は他愛もない話や遊んで過ごしていたが、凛華とエーラのアルを見る目は少しだけ変わっていた。
さっきのアルの表情は何だったのか?
あの紅い瞳に何を感じたのか?
凛華とエーラがこの時の感情を理解するのは数年後のことである。
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