西の事件
リアン一行が孤児院へと続く道を歩いている頃、エクレルの街の第三騎士団本部にある一室ではアウロアが書類と睨み合っていた。その時、執務室の扉を叩く音が響く。アウロアが書類から顔を上げて軽く返事をすると、一人の若い制服姿の騎士が扉を開けて部屋の中へ一歩踏み入れる。アウロアの部下である第一小隊の人間である。
「隊長、今宜しいでしょうか」
「構わないわ。どうしたの?」
「先程、郊外の見回りに出ていたうちの斥候から報告がありました。街の西の方で悪霊の発生を確認したとの事です。数は4体、どれも低位の個体です」
伝令の騎士の言葉にアウロアは腕を組んで眉を顰める。
「……またなのね。発生源は?」
「それが……今回も近くに核の存在は確認されなかったと。それと、悪霊は西の孤児院の方へ近づいているようです。現在、斥候の者が引き続き様子を監視しております」
アウロアは腕を解くと小さく息を吐き、目の前の机を指で叩いて考え込む。悪霊とは穢れの中より生まれるものであり、その穢れは、根源たる核から発生し、広まるもの。本来、何もない所から悪霊が生まれることなどあり得ないことである。その上、「核の発生」という予兆を挟まない悪霊の発生は、騎士団にとっても対応が後手に回り被害を抑えるのが難しい厄介な問題であった。しばしの間、執務室の中を沈黙が覆う。
「分かった、私が直接出向くわ」
「お待ちください、隊長。先程の件とは別件で、第三騎士団長から、話したいことがあると言伝を預かってます。出来るだけ早く来て欲しいとの事でした」
立ち上がって早々に動き出そうとするアウロアを伝令の騎士が慌てて呼び止めた。
「……そう。それなら、私はそちらに行くわ。西の方は、うちの小隊から10名ほど選んで急いで派遣させなさい」
「はっ!」
伝令の騎士は敬礼をすると部屋を後にして走り去っていく。アウロアはその姿を見送ってから、自分も部屋を出て廊下を歩きだす。まだ朝早い時間だが、周りではすでに多くの騎士が忙しそうに行き来している。そんな中アウロアは施設の最上階へと続く階段を上り、先ほどとは違いひと気の少ない静かな廊下を進む。
廊下の突き当たり、立派な両開きの木製の扉の部屋の前でアウロアは立ち止まる。
「第一小隊長アウロア、参りました」
アウロアが扉を拳で叩いて声をかけると、中から少し高い軽やかな男性の声が返ってくる。アウロアは扉を開けると中へ足を踏み入れる。
◇◇◇
孤児院の近くの森の中、リアン一行は一度その場に留まって周りの気配を探っている。リアンとヴェイグが先程感じ取った嫌な気配は二人が何度も見てきた穢れのそれそのものであった。暖かな朝の空気の中に、僅かな緊張感が混じり引き締まる。
「クレイルさん、確か孤児院はもうすぐそこなんだよね?」
「は、はい!」
「そうか……少し先を急ごう」
「ふん、心配しなくても俺たちが守ってやるよ」
クレイルは一瞬孤児院の姿を思い浮かべるが、すぐに首を振って息を吐く。リアンとヴェイグの言葉を受け、クレイルは再び歩き出した。その動きは少しぎこちなかったが、それでも彼は背中にリアンとヴェイグの気配を感じながらどんどん歩みを早めるようにして森の中を進み続ける。
しばらくすると、森の出口が見えてくる。そこを抜ければ、もう孤児院は目の前である。だがその先からは、森の静寂からは変わり少し騒がしい気配が漂ってくる。それと同時に、先程から辺りに漂っている嫌な気配もより強くなる。
クレイルは息を少し荒げながらもさらに足を早めて出口を抜ける。そこには、石造りの平屋の建物と、そのすぐ近くに何体かの四足の悪霊の姿がある。悪霊は何かを囲んで警戒しているようであった。クレイルは顔を青くして走ってさらに近づこうとするが、リアンが後ろからその肩を手で掴んで引き留める。
「ダメだよ?」
クレイルはリアンの方を振り返り口を開きかけるが、すぐに閉じる。その時、悪霊の影から一人の人が飛び出す。銀色の身軽そうな騎士装束に身を包んだその人は、手に握った剣を振い悪霊を牽制している。騎士が顔の横で剣を構え直したのと同時に、その斜め後ろから一体の悪霊が飛びかかる。その気配に気が付いた騎士が咄嗟に身をよじろうとした瞬間、丁度孤児院の扉を開けてもう一つの人影が飛び出す。深緑の髪を靡かせたステリナである。
飛び出したステリナは悪霊の横っ腹に思い切り体当たりをして吹き飛ばす。騎士が少し驚いたように目を向けたステリナの手には、少し長めの包丁が握られている。
「ひゅ〜。やるな、あいつ」
「ほんとに……大した勇気だ。まさに愛の力ってやつだね。でも、随分と無茶をする」
「でも、お前そういうの嫌いじゃないだろ?」
「ああ、嫌いじゃない」
リアンはそう言うと腰の鞘からヴェイグを抜き放つ。藍色の刀身が陽の光を受けて一瞬眩しく光る。リアンは一歩前へ出るとクレイルの方を振り返り、軽く空いた左手を振ると、ヴェイグを手に走り出す。




