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東家の秘密

作者:佐藤 英
最新エピソード掲載日:2026/10/10
大学時代、家庭教師として東北の田舎町に通っていた私は、毎週金曜の夜になると、温川温泉を横目に見ながら山間の道を抜け、東家へ向かっていた。古民家のような家で、真理子ちゃんとその家族はいつも温かく迎えてくれた。しかし、この家には“向こう側が近い”という土地特有の、静かで奇妙な気配があった。

ある日、真理子ちゃんのおばあちゃんが昔勤めていた温泉宿・宝玉館で「座敷童を見た」と語る。怖さはなく、むしろ温かい存在だったというその話は、この土地の不思議さを象徴していた。

さらに、温川温泉近くの梅林では、満開の梅の香りに誘われて訪れた私と彼氏の前に、崖の上にあるはずのない“かやぶき屋根の家”が現れる。庭では季節外れのウグイスが鳴き、家の中には湯気の立つ膳が並んでいた。まるで異界の一場面を覗き見てしまったような光景に、私たちは背筋を凍らせながら逃げ帰った。

そして冬。満月の夜、雪原が昼間のように明るく照らされる中、真理子ちゃんは突然「先生は何が見えました?」と尋ねる。彼女はこの土地の“満月の雪原に現れるもの”を知っているようだったが、それ以上は語らなかった。

家庭教師最後の日。東家の家族はなぜか私を帰したがらず、ケーキを用意して引き留めた。帰り際、弟が開けた隣の部屋には、亡くなったはずの“お父さん”の写真が置かれていた。だが弟は「お父さんが帰しちゃダメって言ってた」と言う。
──この家族は、確かに“誰か”の声を聞いていた。

帰り道、いつもなら通っていた交差点で大事故が起きていた。ニュースによれば、事故は私が通るはずだった時間に発生し、信号無視の車が直進車に衝突し、女性が死亡したという。

もし、東家の家族が私を引き止めていなければ──
私はその事故に巻き込まれていたのかもしれない。

東家の人々が言った
「この土地は昔から向こう側が近い」
という言葉の意味を、私はようやく理解した。

あの家族は、座敷童か、守り神か、亡くなった父か──
“向こう側”の誰かに守られて生きているのだ。

そしてその夜、私もまた、確かに“向こう側”に救われたのだと気づいた。
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