第四話 満月の雪原
二日前から降り続いていた雪が、ようやく止んだ。
家庭教師の日だったが、雪が強ければ日にちを変えてもらうつもりでいたので、 雪が止んだのはありがたかった。
道路には二日分の雪がしっかり積もっている。 安全運転のため、いつもより十分早い六時三十分に家を出た。
真理子ちゃんは受験生で、三月には高校受験がある。 私がこの家に通うのも、あとわずかだ。
通い慣れた道を進み、いつもの少し怖いトンネルを抜けたときだった。 一面の田んぼに差しかかった瞬間、 ふっと違和感を覚えた。
やけに明るい。
夜なのに、昼間のような明るさが辺りを満たしている。
空を見上げると、雲一つない夜空に満月が煌々と輝いていた。
車を路肩に停めてライトを消すと、 そこは本当に昼間のように明るかった。
月の光が雪原に降りそそぎ、 雪がその光を跳ね返すようにきらきらと輝いている。
そのとき、視界がゆらりと揺れた。
山の稜線が、 風もないのに、 ふっと“二重に”見えた。
一つはいつもの山影。 もう一つは、 その少し奥に、 もう一枚、薄い影が重なっている。
目をこすっても消えない。
その薄い影の中に、 人影のようなものがゆっくり歩いている気がした。
でも雪原には誰もいない。
音は消え、 空気がピシッと張りつめる中、 時間だけがゆっくり流れている。
その静けさは、 どこか“この世ではない場所”のように感じられた。
家庭教師の時間が迫っていたので、 車を再び発進させた。
休憩時間に、 私は真理子ちゃんにその景色の話をした。
「今日は満月なの、知ってた?」
真理子ちゃんは少し意外そうに首をかしげた。
「あっ、知りませんでした。今日は満月なんですね。」
「そうなのよ。田んぼに雪が積もっているから、外が昼間みたいに明るくて。 こんな景色、初めて見たんだけど」
私が少し興奮気味に話すと、 真理子ちゃんの表情がふっと曇った。
思いつめたような、 何かを確かめるような顔。
「真理子ちゃん、どうかした?」
少し間を置いて、 真理子ちゃんは静かに言った。
「先生は……何が見えました?」
「えっ?」
聞き間違いかと思ったが、 真理子ちゃんは慌てて「何でもないです」と言い、 それ以上聞くに聞けない感じになった。
だが、確かに聞いた。 “何が見えました?”と。
その後は何事もなく勉強をして、 東家を後にした。
帰り道も、雪原は昼間のように明るかった。
車を停めてライトを消し、 もう一度雪原を見てみた。
しかし、 その時は何も見えなかった。
ただ、 満月と、 白銀の雪原だけが広がっていた。
いったい真理子ちゃんは、 この雪原に何を見たのだろう。
まるで“誰でも見えるもの”のような言い方だった。
東家の家族も、 満月の雪原に何かを見たことがあるのだろうか。




