シーン51『ラストシーンは神アングルで。』
「……ぁ……」
澪が口を開いた瞬間、赤い血が唇から溢れた。
「澪ちゃん……?」
薫は伸ばしていた手を引っ込め、崩れ落ちそうになる澪の身体を咄嗟に抱き止めた。
腹の真ん中に突き刺さった矢。その周囲から滲んだ赤が、服の上をゆっくりと広がっていく。
『澪ちゃん!?!?』
『嘘だろ!?』
『誰か助けて!!』
『さっき勝ったじゃん!!』
『薫さんお願い!!!』
『死なないでくれ!!!』
「澪ちゃん、動かないで……!」
薫はその場へ膝をつき、澪を自分の胸へ抱き寄せた。
「大丈夫……大丈夫だから……」
「……お姉……ちゃん……」
「ここにいるわ」
澪の呼吸が浅い。一度息を吸うだけで胸が震え、口元にはまた薄く血が滲んだ。
「わたし……」
「喋らなくていいから」
「……お姉ちゃんの……役に……立てた……?」
「…………」
「さっき……お姉ちゃん……危なかった……から……」
澪は薫の腕の中で、ほんの少しだけ笑った。
「ちゃんと……守れた……?」
「ええ……」
薫の目から涙が落ちた。
「ええ、守ってくれたわよ……。ちゃんと役に立った……!」
澪の手を握る指に力がこもる。
「だから死なないで……お願いだから……!」
「…………」
「まだまだ教えたいことがあるのよ。盾だって、剣だって……まだ全然教え足りないの……」
声が震えた。
「もっともっとダンジョンの奥まで行って、有名になるんでしょう……? 今日よりもっと強くなって……もっとたくさんの人に名前を覚えてもらうんでしょう……?」
『そうだよ澪ちゃん!!!』
『次の配信も見るから!!』
『お願いだから死なないで』
『絶対二人で帰ってくれよ!!!』
「一緒に行きたいところだって、いっぱいあるの……。また買い物もしたいし……澪ちゃんに似合う服だって、もっといっぱい買ってあげたいし……」
薫の唇が震える。
「それに……それに……っ」
その先が出てこず、何度口を開いても、息だけが漏れる。
「……わたし……死ぬ……の……?」
「死なないわよ!!」
薫は澪の手を強く握る。
「死なない! 私が死なせないから!!」
「…………」
「絶対に……死なせないから……っ」
澪の目からも、涙が一筋だけ流れる。
「もっと……もっと……お姉ちゃんと……一緒にいたいよ……」
最後の言葉は泣き声になった。
「わたし……まだ……お姉ちゃんと……いっぱい……」
「うん……。」
薫も泣きながら首を振った。
「これからもずっと一緒にいるわよ……!」
『お願い助かって』
『もう無理泣く』
『澪ちゃん死なないで』
『薫さん頼む』
『二人で帰るって言っただろ』
『お願いだから……』
「……お姉ちゃん?…………どこ?」
薫の表情が止まった。
澪の瞳が、ゆっくりと左右へ動く。
「お姉ちゃん……どこに……いるの……?」
「ここよ!」
薫は澪の手を両手で包み込んだ。
「ここにいるわ! ちゃんとここにいるから!」
「…………」
「澪ちゃん、手分かる? 私が握ってるから……!」
澪の指が僅かに動いた。
「……お姉ちゃん……」
「そうよ……ここよ……」
薫がその手をさらに強く握ったその時。
『ギャハハハハハハハ!!!』
インカムから大音量で栂野の笑い声が響いく。
『流石薫ちゃんだ!!』
「…………」
『今回も見事なロストだったよ!!』
その声は、そのまま配信にも流れていた。
『……は?』
『今なんて言った?』
『ロスト?』
『今回もって何だよ』
『誰だこいつ』
『なんで笑ってんだよ!?』
『おいクローバー!!説明しろ!!!』
『今回もってどういう意味だよ!!!』
『薫さん……?』
『ふざけんな!!!!』
インカムの向こうで、栂野の笑い声が消える。
『……あ?』
『千早!!』
椅子を蹴るような音が響く。
『配信切れ!! 早くしろ!!』
薫は何も答えることも無く、ただ澪の手を握ったまま、その顔を見つめる。
「澪ちゃん……」
「…………」
「違うの……今のは……」
声が震える。
「私……最初から……知ってたよ……」
「…………え?」
「お姉ちゃん……何か……隠してるって……」
澪が小さく息を吸う。
「最初から……分かってた……」
「澪ちゃん……」
「だって……わたし……」
唇からまた血が流れる。
「お姉ちゃんの……妹だもん……」
「…………っ」
「お姉ちゃんが……何か困ってるくらい……分かるよ……」
「違う……そんな簡単な話じゃ……」
「いいの……」
「よくないわよ……!」
「わたし……」
澪の指が、薫の手の中で弱く動く。
「お姉ちゃんの……役に立てたなら……何でも……いいよ……」
「そんなこと言わないで……!」
「皆は……」
一度、息が途切れる。
「悪いお姉ちゃんしか……知らないかも……しれないけど……」
「…………」
「わたしには……ずっと優しくて……」
また息を吸う。
「頼りになって……」
澪の口元が僅かに緩む。
「大好きな……お姉ちゃんなんだもん……」
「澪ちゃん……」
「ずっと……ずっと……」
澪が右手を持ち上げが、その手は薫の頬を見つけられず、何もない宙を弱々しく彷徨う。
薫はすぐにその手を取った。
「ここよ……」
自分の頬へ、そっと押し当てる。
「ここにいるわ……」
澪の指先が、涙で濡れた薫の頬に触れる。
「お姉ちゃん……ずっと……ずっと……大好きだよ……」
澪が微笑む。
「私もよ……」
薫は澪の手を頬に押し当てたまま、泣きながら笑う。
「私も……ずっとずっと大好きよ……澪ちゃん……」
「…………」
澪の口元が、もう一度だけ小さく緩む。
「……よかった……」
頬に触れていた指から、ゆっくりと力が抜けていった。
「…………澪ちゃん?」
返事はない。
「澪ちゃん……!?」
『ラストシーンは神アングルで。』
完
【あとがき】
薫は、もう動かなくなった澪の手を頬に押し当てたまま、いつまでも泣いていた。
「……澪ちゃん……」
返事はない。
何度名前を呼んでも、もうあの「薫お姉ちゃん」という声は返ってこなかった。
「……ごめんね……」
涙を流したまま、薫はゆっくりと目を閉じる。
「でも……これで、やっと終わった……」
その声には、泣き疲れたような僅かな安堵が混じっていた。
「これでもう……殺さなくてすむ……。もう誰も、殺さなくていいんだ……」
澪の手を握ったまま、薫は小さく息を吐く。
「やっと……終われる……」
【次回予告】
「…………え?」
「……何、これ……?」
「終わったんじゃないの……? だって……『ラストシーンは神アングルで。』って……ちゃんと『完』ってなってたじゃない……」
「終わったのよね……?」
「…………やだ」
「やだやだやだやだ……もうやりたくない……。したくない……もう…殺したくない……っ!!」
「お願いします……」
「もう読まないで下さい……お願いします。」
「もう…スクロールしないで下さい……」
「お願いですから……」
「やめて……」
「下に行かないで……」
「お願いです……もう……」
「スクロールしないでよぉ……っ!!」
[城ヶ崎 湊編]
「…………え?」
「湊……君……?」
【あとがき】
「こんにちは! 城ヶ崎湊です! 今日の配信を見てくれて、本当にありがとうございます!
僕、田舎から東京へ出てきて、クローバー撮影事務所ってところにお願いしに来たんですけど、そこで、とても綺麗なカメラマンの薫さんに出会いました!
まだ何も分からない僕にもすごく優しくしてくれて、これから一緒に頑張っていけるって思うと、本当に楽しみです。母さんのためにも絶対有名になって、いつか薫さんにも『格好いい』って認めてもらえるような冒険者になります!
『湊、頑張れ!』『薫さんとうまくいくといいな!』って思ってくれた画面の前の皆さん、よかったら【ブックマーク】で応援してもらえると嬉しいです!
それから『二人のこれからをもっと見たい!』って思ってくれたら、下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、僕たちに最高額のスパチャをお願いします!
皆さんからの感想も、全部楽しみに待ってます!
これから薫さんと一緒に、もっともっと頑張りますので――応援よろしくお願いします!」
「薫さんだけが主人公だって思ってましたか?僕が主人公の話もあったんです?だって薫がとってくれたじゃないですか。」
「……本当に、大好きでした」
「…………湊君。」
「あの時、薫さんを守れて……良かったです」
薫の目から、涙が落ちる。
「でも……15話、見ました」
「…………っ」
「全部……全部…嘘だったんですね。あのキスも、僕に言ってくれた言葉も……僕のために泣いてくれたことも」
「違う……」
「最後に僕のことも…僕を応援してくれてた皆のことも……馬鹿にして、笑ってたんですね」
「違うの湊君! あれは全部嘘なの!!」
薫は必死に首を振り、何かを探すように手を伸ばす。
「最初は……最初は確かに、湊君のこと好きじゃなかった! 仕事だったし、あなたの気持ちだって利用してた……。でも、あなたがあんなに真っ直ぐ好意を寄せてくれて、何度も命懸けで守ってくれて……それが嬉しくて……私も、本当に好きになったの!」
震える手の中に、小さなガラス瓶が握られていた。
「見て……ハンドクリームだって、ちゃんと使ってるのよ……!」
リボンのついた小瓶は、あの頃よりずっと軽くなっていた。
「捨ててない……ずっと使ってたの……。だからお願い……あの時の全部が嘘だったなんて、思わないで……」
「…………」
「湊君……」
「本当に、大好きでした」
湊はただ、優しく笑った。
「…………っ」
【次回予告】
[宇佐美 紬編]
「……紬、ちゃん……」
【あとがき】
「やっほー、紬だよー! 今日も配信を見てくれて、本当にありがとう!
東京に出てきたばっかりの頃は、知ってる人なんて誰もいないし、都会って冷たいし、本当にどうしようって思ってたんだけど……薫ちゃんに出会えて、私にも大切な友達ができました!
薫ちゃんって綺麗で大人っぽいから最初はちょっと怖かったけど、話してみるとすっごく楽しいし、意外と可愛いところもいっぱいあるんだよ? お揃いのウサギの髪留めまで買っちゃったし、これからもっともっと仲良くなりたいな!
『紬、都会でも頑張れ!』『薫ちゃんとのコンビ、もっと見たい!』って思ってくれた画面の前のみんな! よかったら【ブックマーク】して、これからも私たちのこと見守ってね!
それから、下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染める最高額スパチャも待ってるよー! もちろん感想も大歓迎! 私、全部読みたい!
それじゃあ、次の配信も薫ちゃんと一緒に頑張るから――また絶対、見に来てねー!」
「最後まで見たよ、薫ちゃん」
「…………」
「全部…分かったよ」
「紬ちゃん……」
「でもね…嘘だったって分かっても、薫ちゃんと過ごした時間は、本当に楽しかったよ。銭湯行ったのも、一緒に買い物したのも、お泊まりしたのも……薫ちゃんの誕生日をお祝いできたのも。全部、すっごく幸せだった」
「……違うの紬ちゃん! そこは嘘じゃないの!」
薫は左手を差し出した。
「見て……! あなたにもらったリング、今もずっとつけてるの。二つとも合わせて……ずっと大切にしてる!」
左手の小指で、一つに重なったギメルリングが震えていた。
「私も楽しかったの! あなたと買い物したのも、お風呂に入ったのも、朝ご飯を一緒に食べたのも……全部、本当に楽しかった! 紬ちゃんは私の大切な親友なの! それだけは……それだけは嘘じゃないのよ……!」
「……うん」
紬は笑う。
「ありがとう、薫ちゃん。私の大好きな親友」
「紬ちゃん……!」
「でも、ごめんね」
「…………え?」
「私も薫ちゃんのこと、大好きだよ…でもね…もう信じられないよ……」
「…………っ」
【次回予告】
[小鳥遊 澪編]
【あとがき】
「こんにちは! 小鳥遊澪です!
今日も配信を見てくれて、本当にありがとうございました!
私、東京に出てきたばっかりで、ダンジョンだってまだまだ怖いし、本物の魔物を見ると足が震えちゃうし……正直、自分なんかがちゃんと冒険者になれるのかなって、ずっと不安だったんです。
でも、薫お姉ちゃんがいてくれるから大丈夫!
昔から私が怖くて動けなくなった時は、いつもお姉ちゃんが手を引いてくれました。東京に来てからも武器や盾を一緒に選んでくれて、ご飯を作ってくれて、いっぱい訓練してくれて……今日だって、何度も何度も私を助けてくれました!
ちょっと訓練は厳しすぎるけどね。ほんっとに痛いんだから! あはは!
でも私、もっともっと強くなりたいです。
いつか薫お姉ちゃんに守ってもらわなくても、一人でちゃんと戦えるようになって……今度は私がお姉ちゃんを守れるくらい、強くなりたい!
『澪、頑張れ!』『薫お姉ちゃんとの姉妹コンビをもっと見たい!』って思ってくれた画面の前の皆さん、よかったら【ブックマーク】して、これからも私たちのことを見守ってください!
それから、『今日の澪は百点だった!』って思ってくれた人は、下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染める最高額スパチャをくれたら、すっごく嬉しいです!
感想も待ってます! 私、全部読みたいです!
これからもっと強くなって、もっともっと薫お姉ちゃんと一緒にいろんなところへ行きたいな。
だから皆さん――これからも、私と薫お姉ちゃんをよろしくお願いします!」
「お姉ちゃん……」
「…………澪ちゃん……?」
「さっき、お姉ちゃんが見せてくれたハンドクリームと……その指輪をくれた人たちのこと……」
薫は何も言えなかった。
「お姉ちゃんが……殺してたんだね……」
「…………うん」
薫は俯いたまま、小さく頷いた。
「二人とも、大切だった……。殺したくなかった。でも……私が殺したの。私が死なせて、そのあとお金を取ってたのも……本当」
「…………」
「ごめんなさい……」
「……ごめんね、澪ちゃん……」
「お姉ちゃん」
「……なに……?」
「ずっと、辛かったんだね」
「…………え?」
「お姉ちゃんは優しいから……皆に、自分と同じ辛いことを背負わせたくなかったんだよね……」
「澪ちゃん……」
そのまま両腕を伸ばし、泣いている薫をぎゅっと抱きしめる。
「お疲れ様、お姉ちゃん」
「…………っ」
「これからは、ゆっくり休んでね」
薫の腕も、ゆっくりと澪の背中へ回わす。
「……うん……」
小さな嗚咽が、澪の肩へ落ちる。
「ありがとう……澪ちゃん……」
「……ごめんなさい……」
【次回予告】
[千歳 薫編]
薫を映すカメラの赤いランプだけは、消えることなく灯ったままだった。




