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『ラストシーンは神アングルで。』〜死んだら契約終了、遺品はスタッフが美味しく回収します〜  作者: うちの猫
小鳥遊 澪編

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シーン50『勝利の余韻、盾の隙間』


「――澪ちゃん、よく頑張ったわね」


 巨大な棍棒を片手剣一本で受け止めながら、薫は肩越しにそう言った。


「……薫、お姉ちゃん……」


 澪の瞳から、一気に力が抜けそうになる。間に合った。本当に来てくれた。その事実だけで張り詰めていたものが切れそうになるが、薫は振り返らなかった。


「安心するのはまだ早いわよ」


『グオオオオオオッ!!』


 ホブゴブリンが咆哮し、棍棒へさらに力を込める。薫は真正面から押し返そうとはせず、片手剣を僅かに傾けて棍棒の軌道を横へ逸らすと、そのまま身体を滑らせるように脇へ抜けた。


 ドゴォン!!


 巨大な棍棒が石床を砕き、その衝撃で澪の胸元にぶら下がっていた壊れかけのカメラが大きく揺れる。


 ザザッ――。


 真っ黒だった配信画面に一瞬だけ白いノイズが走り、激しく乱れた映像が何度か明滅したあと、ようやく像を結んだ。


『映った!!!!』

『うわああああああ!!!』

『薫さんいる!!!!』

『間に合ったあああああ!!!』

『カメラマンが剣持ってる!?!?』

『澪ちゃんの前に立ってる!!』

『【赤いスパチャ:100,000円】二人とも絶対生きて帰れ!!!!』


 数万人の視聴者が復旧した映像の中で最初に目にしたのは、傷だらけで座り込んでいる澪ではなかった。


 その前に立ち、いつもなら巨大な業務用カメラを抱えているはずの両手で澪の片手剣を握り、たった一人でホブゴブリンと向き合っている千歳薫の背中だった。


「……来なさい」


 薫が剣先を向けると、ホブゴブリンは怒りに任せて巨大な棍棒を振り回した。


『グオオオッ!!』


 唸りを上げて迫る横薙ぎを薫は紙一重で潜り抜け、その直後に頭上から叩きつけられた一撃も、僅かに身体をずらしただけで躱していく。


右からの薙ぎ払い、左からの振り返りざまの一撃、頭上からの振り下ろしと、巨大な棍棒が何度迫ってきても、その軌道に薫の身体が残っていることはなかった。


「……え?」


 澪が目を見開く。


 速い。それだけではない。ホブゴブリンの肩が僅かに沈み、腰が捻られ、足へ体重が乗った時には、薫はもう次の攻撃が来る場所から身体を外している。


「右」


 ブォンッ!!


「次は上」


 ドゴンッ!!


「踏み込みが浅い」


 石床へ棍棒がめり込んだ瞬間、薫の片手剣がホブゴブリンの膝裏を浅く斬り裂いた。


『グオッ!?』

『なんだこれ!?』

『全部読んでる!?』

『薫さん強すぎるだろ!!』

『これで今までカメラしか持ってなかったの!?』


 何百回、何千回と、薫はファインダー越しに戦いを見てきた。武器を振る直前の肩の動き、踏み込みへ入る足、重心の変化、呼吸、視線。そのすべてを、これまでは最高の一瞬を撮るために使っていた。


 けれど今は違う。


 ただ一人の少女を、生きて帰すためだけに使っている。


「……薫お姉ちゃん」


 澪が震える足で立ち上がった。


「私も……戦う!!」


「ダメよ。腕も限界でしょう。下がってなさい」


 薫は迷うことなく即答したが、澪は小さく首を振った。


「嫌!」


「澪ちゃん」


「だって、さっきお姉ちゃんが言ったじゃない!自分で見て、自分で考えろって」


 薫の瞳が僅かに見開かれる。


 澪は震えている左腕に括り付けられた盾を、それでももう一度ゆっくりと持ち上げた。


「私……もう百点取ったんでしょう?」


「…………」


「だったら、最後まで一緒にやらせてよ!」


 薫は数秒だけ澪を見つめたあと、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……ほんと、成長したわね」


「でしょ!」


 その瞬間、ホブゴブリンが再び棍棒を振り上げる。


「澪ちゃん、顔を狙って!」


「火魔法(ファイアボルト)!!」


 小さな火球がホブゴブリンの真正面で炸裂し、熱と光に視界を奪われた巨体が苦しそうに仰け反った。


『グオオッ!?』


「今!!」


 薫が一気に懐へ潜り込み、片手剣で脇腹を斬り裂く。血を流したホブゴブリンはさらに怒り狂い、薫へ向けて棍棒を横薙ぎに振り抜いたが、足元には先ほど砕かれた石が散乱しており、薫が回避へ踏み出そうとした一瞬だけ動きが遅れた。


「薫お姉ちゃん!!」


 ガァァァン!!!


 薫の身体へ届く寸前、横から小さな盾が割り込んだ。


 凄まじい衝撃に澪の身体が大きく揺れ、限界まで疲労した両腕が悲鳴を上げる。それでも澪は足を踏ん張り、薫の前から退かなかった。


「今度は……私がお姉ちゃんを守る番だよ!!」


「……澪ちゃん」


『うわあああああ!!』

『今度は澪ちゃんが守った!!』

『この二人マジで何なんだよ泣くわ』

『【赤いスパチャ:100,000円】最高の姉妹だよ!!!』


 薫は一瞬だけ澪を見つめたあと、すぐにホブゴブリンへ視線を戻した。


「最後まで一緒に頑張るわよ!!」


「もちろん!!」


 薫が右へ回り込み、澪が左から盾を構えて距離を詰める。二人に挟まれたホブゴブリンの視線が揺れ、どちらを狙うべきか迷った一瞬を薫は見逃さなかった。


「澪ちゃん!」


 薫が片手剣を投げる。


「!」


 澪が右手でそれを受け取るのと同時に、薫は両手を広げてホブゴブリンの正面へ飛び出した。


「こっちよ!」


『グオオオオッ!!』


 怒りに満ちたホブゴブリンが薫へ向けて棍棒を振り上げる。


 その瞬間、澪は盾を前へ出したまま地面を強く蹴った。


「やぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 何度も、何度も薫と一緒に繰り返してきた踏み込み。その一歩で一気に懐へ潜り込み、片手剣をホブゴブリンの胸へ深く突き刺した。


『――グ、オ……』


 巨体が大きく揺れ、ゆっくりと後方へ傾いていく。


 ドォォォォン……。


 ホブゴブリンが石床へ倒れると、それまで響き続けていた戦闘音が嘘のように消えた。


 澪は片手剣を握ったまま動けず、薫も肩を大きく上下させながら荒い呼吸を繰り返していた。


「……お姉ちゃん。私たち……勝った?」


 薫は倒れたホブゴブリンが動かないことを確認してから、ゆっくりと頷いた。


「ええ」


 そして、澪へ小さく笑いかける。


「二人とも、生きてるわ」


 その言葉を合図にしたかのように、コメント欄が一気に爆発した。


『勝ったあああああああ!!!!』

『うわああああ泣いた!!!』

『二人とも生きてる!!!!』

『澪ちゃん本当に強くなったな!!!』

『薫さんかっこよすぎるだろ!!!』

『【赤いスパチャ:100,000円】生きててくれてありがとう』

『【赤いスパチャ:50,000円】今日の配信一生忘れない』

『【赤いスパチャ:100,000円】この二人ずっと見てたい』


 クローバー撮影事務所の二階では、千早が次々と跳ね上がっていく数字を確認しながら淡々と報告していた。


「同時視聴者数、十万人突破。スーパーチャット総額、現在も急激に増加中です」


「…………」


 栂野はモニターを見つめたまま、珍しく何も言わなかった。


 画面の中では、薫が傷だらけになった澪へゆっくりと歩み寄っている。


「もう十分よ」


「……うん」


 澪の前まで来た薫は、これまでの緊張をようやく解くように柔らかく笑うと、そっと右手を差し出した。


「さあ、帰るわよ」


 澪はその手を見つめ、ようやくすべてが終わったのだと安心したように笑った。


「……うん。薫お姉ちゃん」


 澪がその手へ自分の手を伸ばした、その時だった。


 ――カチ。


「…………え?」


 聞き覚えのある小さな音に、薫の表情が一瞬で変わる。


 すぐ近くの壁には、先ほど澪を襲った矢の罠が残っていた。一度作動したことで止まったと思われていた射出口の内部では、撃ち出されるはずだった二本の矢が途中で引っ掛かり、機構の中に残されたままになっていた。


 そしてその誤作動が、今になって突然解けた。


 バシュッ、バシュッ!!


 二本の矢が、ほとんど同時に射出された。


「お姉ちゃん危ないっ!!!」


「澪ちゃ――」


 澪が反射的に薫の前へ飛び込み、一発目の矢は真正面から盾へ激突した。


 ガンッ!!!


 矢の罠を何度も受け、さらにホブゴブリンとの戦闘まで耐え抜いた澪の左腕には、もう衝撃を押さえ込むだけの力が残っていなかった。


 盾が激しい衝撃によって上へ跳ね上げられ盾に守られていた澪の腹部が完全に露出した。


 そして一発目とほとんど同時に放たれていた二本目の矢が、その僅かな隙間へ滑り込むように飛び込んだ。


 ズシュッ。


「…………」


 澪の身体が止まった。


「…………澪、ちゃん?」


 薫の声が震え、澪を見る。


 澪の腹の真ん中から、一本の矢が生えていた。


 澪は何が起きたのか分からないようにゆっくりと自分の腹を見下ろし、それから薫へ顔を上げて何かを言おうと口を開く。


「…………あ……ぁ……」


 赤い血が、その唇から溢れる。


【あとがき】


「……勝ったのよ。


 ちゃんと二人で勝った。澪ちゃんも立ってたし、私もそこにいて……『二人とも、生きてる』って、ちゃんと言ったの。


 だから、もう終わったはずでしょう? あとは手を繋いで、一緒に帰るだけだったのに。


 ……何で。


 何で、澪ちゃんのお腹に矢が刺さってるの……?


 ねえ、さっきまで見てたんでしょう? お願いだから、何か言ってよ。


 これ……大丈夫なのよね……?」


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