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『ラストシーンは神アングルで。』〜死んだら契約終了、遺品はスタッフが美味しく回収します〜  作者: うちの猫
小鳥遊 澪編

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シーン49『生き抜く盾、守るための剣』

 暗闇の向こうから、ホブゴブリンの咆哮が響いた。


『グオオオオオオオッ!!!』


 続いて、巨大な何かが石床を蹴り飛ばす音。


『澪ちゃん!!』


「っ……!」


 薫は第一層を駆けながら、真っ黒になったスマートフォンの画面へ叫んだがもう映像はない。


 澪がどんな顔をしているのかも、ホブゴブリンがどこまで迫っているのかも、薫には何一つ見えない。


 それでも音声だけは、まだ繋がっている。


「澪ちゃん、絶対生きてて!!」


『薫、お姉ちゃん……!』


「今すぐお姉ちゃんが助けに行くから!!」


 そう言い切った瞬間、薫はスマートフォンをそのままズボンのポケットへ突っ込んだ。


 もう画面を見る意味はない、配信を見る時間さえ惜しい。ただ、一秒でも早く澪のところへ辿り着くために。


 薫は両腕を大きく振り、これまでダンジョン撮影で一度も見せたことのないほど無様に、息を乱しながら全速力で走り始めた。


     ◇


『何も見えないの怖すぎる』

『澪ちゃん返事して!!』

『音だけ生きてる!!』

『薫さん早く行ってくれ!!』

『【赤いスパチャ:100,000円】頼むから間に合ってくれ』

『絶対二人で帰ってこい!!!』


 数万人が見つめる配信画面は、完全な黒。


 映像を失った視聴者たちに届くのは、澪の荒い呼吸と、ホブゴブリンが石床を踏み締める重い足音だけだった。


 ズン。


 ズン。


 ズン。


「……相手を見る」


 澪は震える声で呟く。目の前には、自分より遥かに大きなホブゴブリン。


 太い両腕と歪な牙そして、その片手に握られているのは、澪の胴体ほどもある巨大な棍棒。


「足を見る……武器を見る……」


『グルルルルル……』


 ホブゴブリンが棍棒を振り上げた。


「……来る!」


 澪は盾を構えた。


 ブォンッ!!


 空気を押し潰すような音がした次の瞬間。


 ガァァァンッ!!!


「うあっ!!」


 盾へ叩き込まれた衝撃に、澪の小さな体が横へ吹き飛ばされ石床を転がり、肩を強く打ち付ける。


『今の音ヤバいだろ!?』

『澪ちゃん!?』

『返事して!!』


「っ……だ、大丈夫……!」


 痛い。


 矢の罠を何度も受けた両腕は、もうまともに盾を持ち上げるだけでも震えている。それでも澪は、歯を食いしばって立ち上がった。


 ホブゴブリンが再び迫る。


「力比べ……しちゃダメ……」


 薫に教わった言葉を思い出す。


「大きい相手の攻撃を……真正面から受けない……!」


 今度は棍棒が振り下ろされる瞬間、澪は盾を僅かに傾けた。


 ガンッ!!


「くぅっ!」


 完全には流せないがそれでも、さっきより衝撃は小さい。


 棍棒が盾の表面を滑り、石床へ激突する。


 ドゴンッ!!


「今……!」


 澪は盾の陰から右手を突き出した。


「火魔法(ファイアボルト)!!」


 小さな火球がホブゴブリンの顔面で弾ける。


『グオッ!?』


 ホブゴブリンが怯んだその瞬間澪は踏み込む。


「やぁぁぁっ!!」


 片手剣が太腿を斬りつけたが浅い。


 だが、血が飛ぶ。


『当てた!?』

『今の澪ちゃんか!?』

『見えねえええ!!』

『音だけなのに緊張感ヤバすぎる』

『澪ちゃん頑張れ!!!』


 ホブゴブリンの怒りに満ちた咆哮が、黒い配信画面いっぱいに響き渡った。


     ◇


『薫!!』


 第一層を駆ける薫の耳元へ、突然栂野の怒声が叩き込まれた。


『お前何してやがる!!』


「走ってる」


『見りゃ分かるわ!! どこ行く気だ!!』


「澪ちゃんのところ」


『ふざけんな!!』


 薫は止まる事なく狭い通路を曲がり、段差を飛び越え、肩で息をしながら走り続ける。


『依頼人への救助は禁止だ!! お前が戦闘へ介入したら契約違反だぞ!!』


「…………」


 薫の眉が僅かに動く。


「嘘つかないで」


『……あ?』


「第3条」


 走りながら答える。


「『甲に乙の救助、治療、蘇生、または戦闘補助、戦域からの退避支援等を行う義務は一切発生しない』」


『…………』


「救助する義務がないって書いてあるだけ」


 荒い呼吸の合間から、薫の声だけが冷たく落ちる。


「助けちゃいけないなんて、一文字も書いてないわ」


 インカムの向こうが、一瞬だけ静まり返った。


『…………チッ』


 栂野の舌打ち。


『じゃあ第2条だ!! お前は現場総責任カメラマンだぞ! 撮影、配信、番組制作がお前の仕事だろうが!! それを放り出して戦闘なんか始めたら業務放棄だ!!』


「放棄してない」


『はぁ!?』


「澪ちゃんの配信は続いてる。音声も繋がってる。スタッフとの通信も切ってない」


 薫は息を切らしながらも、言葉を止めない。


「それに私は今、依頼人がいる現場へ向かってる途中」


『屁理屈言ってんじゃねえ!!』


「契約書って、そういうものでしょう?」


『…………』


「書いてあることが全部よ」


 栂野が歯を噛み締める気配が、インカム越しに伝わった。


『……だったら身代わり特約はどうすんだよ』


 薫の足が僅かに強く石床を蹴った。


『お前が役目を放棄したら、澪ちゃんにその役目も債務も全部引き継がせられるんだぞ!! 忘れたのか!?』


「忘れるわけないでしょう」


『だったら――』


「でも、それも該当しない」


『……何?』


 薫は走りながら、小さく息を吐いた。


「身代わり特約が発動するのは、甲側の業務従事者が逃亡、あるいは義務を放棄した場合」


『…………』


「私は逃げてない」


 前方に、第二層へ続く階段が見え始める。


「むしろ今、全力で現場へ向かってる」


『薫……っ!!』


「残念だったわね、栂野」


 薫はそのまま階段へ飛び込んだ。


「今回、契約書のどこにも――私を止める条文はないわ」


『……クソが!!』


 怒鳴り声を背中へ置き去りにして、薫は第二層へ駆け下りていった。


     ◇


 ガァンッ!!


「うぅっ!!」


 澪の盾が大きく弾かれる。もう何度目なのか分からないホブゴブリンの攻撃を受けるたび、腕から少しずつ感覚が失われていく。


「はぁ……はぁ……」


『グルルルル……』


 それでも澪は立つ。


「お姉ちゃんが……来るまで……」


 そう呟いてから澪は自分の言葉に、僅かに首を振った。


「……違う」


 盾を握り直しながら言う。


「お姉ちゃんが来るまでじゃない」


 薫が言ってくれた。


生きることだけ考えて。


自分はもう、百点を取った。


「私が……」


 澪はホブゴブリンを真っ直ぐ見る。


「私が、生きて帰るまで……!」


『グオオオオッ!!』


 巨大な棍棒を澪は今度は受けない。


 右へ飛ぶ。


 ブォンッ!!


 棍棒がすぐ横を通過し、石壁を粉砕した。


「足……!」


 ホブゴブリンの重心が崩れている。


 澪は踏み込む。


「はぁぁぁっ!!」


 片手剣を振り抜き、先ほどと同じ太腿を斬りつける。


『グオオッ!?』


「出来る……!」


 もう一度ホブゴブリンが振り返るより先に距離を取る。


「ちゃんと……見えてる!」


『澪ちゃん今の自分でやったの!?』

『絶対そうだろ!!』

『すげえよ!!』

『【赤いスパチャ:50,000円】百点どころじゃねえよ!!!』

『薫お姉ちゃん早く来てくれ!!!』


 だがホブゴブリンが突然、棍棒を両手で握った。


「……え?」


 横薙ぎの構え。これまでより遥かに広い。


「っ!!」


 避けられないと思い、即座に澪は盾を構えた。


 ガァァァァンッ!!!


「きゃああああっ!!」


 盾ごと体が吹き飛び背中から石床へ落ち、激痛に息が詰まった。


「っ……ぁ……」


 右手から何かが離れた。


 カラン。


 カラン……。


 片手剣。


『今、剣落とした!?』

『澪ちゃん武器!!』

『拾って!!』

『お願いだから立って!!』


 澪は起き上がろうとするけど。


「……動いて……」


 左腕が上がらない。盾はまだ腕に固定されているが、持ち上げる力が残っていない。


「お願い……動いてよ……!」


 ズン。


 巨大な足音。


 ズン。


 ホブゴブリンが近づいてくる。


『澪ちゃん逃げろ!!』

『音近くなってる!!』

『薫さんまだ!?』

『【赤いスパチャ:100,000円】頼む頼む頼む頼む』


 澪は必死に右腕だけで体を起こすが、目の前にはホブゴブリン。


 その両手に握られた巨大な棍棒が、ゆっくりと頭上へ持ち上げられていく。


「…………」


 逃げられない。


 盾も上がらない。


 剣は数メートル先。


「薫……お姉ちゃん……」


 棍棒が振り下ろされた。


 その瞬間。


 視界の端から、黒い影が飛び込んだ。


 カランッ!!


 床へ落ちていた片手剣を拾い上げる。


 そして――。


 ガキィィィィィィンッ!!!


「…………!」


 澪の目が、大きく見開かれた。


 巨大な棍棒が。細い一本の片手剣によって自分の頭上、ほんの数十センチのところで止まる。




 その剣を両手で握り締めていたのは――。


「…………お姉、ちゃん……?」


 黒髪を乱し、肩で激しく息をしながらあの大きな黒いカメラすら持っていない千歳薫が、澪の前に立っていた。


 震える片手剣で巨大な棍棒を受け止めながら、薫はゆっくりと顔だけを澪へ向けた。


「――澪ちゃん、よく頑張ったわね」


【あとがき】


「……間に合った。


 ちゃんと、澪ちゃんのところまで来られた。


 さっきは、あの子を見ていてって頼んだけど……もう大丈夫。今度は私が見てるから。


 どんな顔をしてるのかも、どこに立ってるのかも、ちゃんとこの目で見える。もう、澪ちゃんは一人じゃない。


 ……ありがとう。ここまで見ていてくれて。


 でも、もういいよ。


 ここから先は、私が守るから。」


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