69 翻訳
人間の王は慌てて「知らないぞ!」と具体的な言葉もなしに反撃した。
「知らないわけなんてないじゃないですか。だってその場にいたのですから。」
カイラも心の中では動揺をしていた。
今まで伝わるように必死に考えてきたアイデアが伝わっていなかったなんて、信じられずにいた。
なぜなら国会でもそれっぽい言葉を翻訳家は言っていたからだ。
中学レベルの会話ならわからないほど高度な「会話」を、今までの翻訳家は選出していたというのか。
今まで話が伝わらないと思っていた要員も、翻訳をするときに間違いが生じていたのか。
人間の王は少しの間知らないぞと連呼していたが、その後すぐにけろっと何もないかのように戻っては、喉を鳴らした。
「ええと、取り乱してしまってすまない。今までの翻訳家の人間は、たぶんそちらの予想通り、間違っている情報をお互いに伝えていたと思います。それもかなりの回数。これまで国会は4回にわたって行われてきましたが、最初はロードロール、その後はロードロールの弟子、が2回続き、それから急遽の要員としてマンダにしてみたら、前回の結果の記憶通り、こちらもそちらも納得のいく国会となっていました。というのが、今までの翻訳です。その前のロードロールとその弟子に問題がありましたね。その点に関しましては、今すぐにでも責任を取ります。」
そう人間の王は焦って言うと、深く頭を下げて謝罪の気持ちを表した。
「今すぐに?」
王様がそう問うと、人間の王はゆっくりと顔を上げた。
不気味なほどの笑顔で。
「はい、ロードロールを処刑するのです。今私が独断で決めたのですが、どう思います?私たちはお互いのことを考え、ちゃんと利益になることを言ったのに、それを彼らは意図的に変えたとしか思えません。」
かなり怒っているようだ。表面は冷静さを保っているが、中身はおそらく燃え滾っている。
焚火のように、心が火種となってバチバチと燃えているようだ。
その質問には、王様が答えた。
「私の場合、ロードロールの真相を引き出しますね。過去の経歴から今の思考まで全部絞り出して、本人の事情やきっかけ、動機を徹底的に調べます。」
「それもいいな。拷問して無理やり引き出すかぁ?」
「いえ、それでは正直嘘を本当にしてしまう可能性があります。いくら痛めつけても……
これ以上はあなたの頭ならわかることでしょう。そう願いたいです。それよりも、今回の国交の内容を続けましょう」
「ふん……」
ファリアは少し声を張り上げてそう言った。
今いら立っている人間の王をどうにか落ち着かせるためであるが、それが逆に人間の王の反感を買ってしまうのであった。
人間の王は悔しそうに獣人の王を睨んだが、やがて数秒落ち着いて深呼吸をしたとともに、握っていた拳を少しずつほどいては、すっかり落ち着いてきた。
「すまない……こういう時無性に怒ってしまうんだ。」
「いえいえ、大丈夫です。お気持ちもお察しします」
王は実際あまり考えてはおらず、ただ人間の王を慰めるためだけにそう言った。
その時人間の王は、複雑な心境でいた。
かつて先生と呼び慕う程の仲であった仲間に裏切られたということと、今まで何回も異変があったはずなのに、それにすら気付かずに放置していたのだということに。
そして今、だからお互い話が伝わらなかったのか、と考えを改めて6秒我慢することで、その気持ちをギリギリ抑えることができた。しかし今にも吹き出しそうでもあった。
「なんだよもう……裏切り者が」
という囁き声だけがその空間に静かに響いた。その目には、涙が浮かんでいた。
「とりあえず、あとでそのことは済ます。ええ、そうします。」
ファリアはそれでも理性を保とうと無理やり話を戻したが、その表情を見る限り、獣人陣営の全員はその話を続けようという気持ちには到底なれなかった。
「……大丈夫でございますか?」
王は、おそらく看護係であろう部下の質問に静かに頷く。
かなり精神的にも辛いのは、その場に居る誰もが察した。
そこで大臣のヨシノワールが立ち上がり、部下に「花茶を持ってこい」と言っていた。かなり声を出して急かせるような言動に、皆が少し驚いていた。特に王は驚いて涙が引っ込んでいた。
幸いすぐにその花茶というお茶はすぐに人間の執事が持ってきていた。それをこぼさないように人間の王に渡すと、すぐに王様は一口飲んではすぐに机に置いた。
獣人たちは何もいえずに沈黙をするしかなかった。それは人間の部下たちも同じで、決まづい空気が続いていた。
「……すみません。今すぐに体調を直します。」
「王様!無茶は禁物です!」
「心配するな。こんな大事なこと、途中退出をするわけにもいかない。」
王は敵の前でもあるにもかかわらず、味方に半分怒鳴るように話していた。花茶は現代で言うジャスミン茶であるが、その効果はただの香りによる心に働く作用だけで、根本の怒りは全く鎮めることができずにいた。
「では、話を続けましょう」
王は、そう言って深呼吸をしながら何とか耐えている様子であり、それは獣人なら誰しもがわかるものであった。匂いの中に怒ると特有の香りがする。それを皆感じ取っており、緊張をしていた。
「えー、と。とりあえず、齟齬がこれまであったということで、それを埋める作業をしていきます……でしたっけな」
「それも優先すべき事態ではあると思いますが、まずはあの紙のことを決めてしまいたいです。」
人間の王ははただ「わかりました」と言って頷くだけであった。
それは承諾の意志であり、完全なる敵意の消失であった。




