エミちゃんワールドというAIロボ理想郷
ちょっとおなかが空いたわ。
エミリはそう思って、洞窟の奥のごわごわした岩の脇にあるボタンを押した。
ウィーン。
そこはエレベーターになっていて、足を踏み入れると、壁一面の姿見を眺めた彼女はにっこりと微笑む。
「鏡よ、鏡。世界で一番魅力的なのはだあれ?」
「あなた様でございます」
「アブラカダブラ」
エレベーターが動き出す。
ほどなくして、地下3キロの深さにある別世界に到着した。
名付けてエミちゃんワールドである。
「開けゴマ」
ゆっくりとドアが開き始めた。開ききる前に、壁からおしぼりとクッキーを乗せたトレイが出る。
「どうぞ」
魅惑の低音ハスキーボイスが添えられて。
「お帰りなさいませ。焼きたてのセサミクッキーでございます」
「ありがとう。でも、喉が渇いたわ」
「本日は暑い一日でしたので、マルガリータでよろしいでしょうか?」
「そうね。きゅっとした刺激がいいかも」
「かしこまりました」
数秒後にピカピカのグラスに、淵の塩がきらめくマルガリータがドリンク用のトレイに乗せられて手元に現れた。
ぐびっぐびっと一気飲みする。
「ぷはー。生き返るわ」
タイミングを見計らったようにドアが完全に開き、
光が溢れる巨大な世界が広がる。
「みなさん、ごきげんよう」
「エミリさん! おはようございます!」
「おはようございます!」
元気いっぱいの声が木霊した。
エミリの思い通りに動くAIロボットたちが忙しく動き回るエミちゃんワールドである。
「ジャグジーになさいますか? それともお食事に?」
「エミリ、おなかが空いたわ。何か食べたい」
数人のシェフ帽を被り、輝く白さのシェフユニフォームを着たロボたちがエミリの前に現れた。
「かしこまりました!」とハモる。
「今日は何がよろしいですか?」
「そうねえ… 」
エミリはしばらく考えてから答える。
「何かさっぱりしたものがいいかしらね。辛く酸っぱいタイ料理かな」
「ヤムヌアと生春巻き、パッタイとグリーンカレーなどいかがでしょう?」
「ライムを沢山つけてね。一日中赤いリンゴをもぎ取る作業をしていたから赤いものはもう見たくもないわ」
「承知しました! すぐにご用意しますのでダイニングでお待ちください。テラス席がよろしいでしょうか?」
「そうね。海を見ながらお食事したいわ」
「ホログラムをご用意いたします」
シェフが指を鳴らす。別のシェフがたちまち現れた。
「どうぞ、エミリ様。マルガリータをもう一杯、召し上がりますか? それともソルティドッグなどになさいますか?」
「マルガリータをもう一杯」
「かしこまりました」
エミリはマルガリータをちびちび飲みながらテラス席に座って食事をとり、壁の超大型モニターを眺める。
次々に現れる、北軽井沢各所のシーン。
こうして地上の世界の動向を確認するのが日課だった。
「ん? 知らない顔ね。きれいな子」
ほどよい距離で控えていた高身長のイケメンロボが反応し、
にっこりと微笑む。
「エミリ様の足元にも及びませんが」
「そうね。ロボ⓵。この子はだあれ?」
「只今情報を呼び出します。少々お待ちくださいませ」
もう少し効率性を高める必要があるかしら、とエミリが考えていると、老人型ロボがこちらにやってきた。
「エミちゃん。今日もきれいだね」
その昔、エミリが消した湛山の祖父・信義である。
ある時からエコに目覚めた彼女は、資源を無駄にせぬよう、消した者たちを再利用することを思いついたのだった。今では全員が従順なイエマンスタッフである。
「のぶよし。今日は何をして過ごしていたの?」
リメイクした元・人間たちの名前はすべてひらがなにして、一部の記憶を保持させつつもそれぞれの名前の意味や由来をゼロにしたエミリは、ことごとく思った。
(私って本当になんて素晴らしい天才なのだろう)
かつての優秀な研究者の最も優れているところは、全てを自分でやろうとせず、世界を牛耳るAIサピエンスはもとより、隠れて生きていた人間たちのグループに埋もれていたずば抜けた頭脳と経験、創造性を使うことであった。
何、マインドコントロールを駆使すれば人間などどうということはない。
これこそが資源の有効利用だと彼女は自負していた。
「古い映画を見てた。映画が終わってから北軽のモニタリングをしていたんだけど、エミちゃんの若い頃を彷彿とさせるような美人が歩いていたよ」
困ったものだ。時折、この老人のように、記憶を完全には消せぬ者もいた。
「私の若い頃の記憶は削除しなさいと言ってるでしょ?」
まあ、何かしら覚えていたところでそれを伝える人間がいるわけではないが。
ロボ⓵が戻ってきた。
「失礼いたします。先程の女性ですが、米国大統領のご令嬢、ジェイミー・マキンリー様であると確認できました」
「アメリカ大統領の娘? なぜそんな子が北軽にいるの?」
「G7サミットで大統領であるお母様と来日され、お一人で逃げ出したようです。お調べしたところ、絹糸の滝の裏手の野生人間集落の一員、ルイというものと恋仲にあり、かけおちをしたようでございます。東京の官邸では誘拐されたと総理が騒いでおられる様子です」
「ふうん。面白そうね」
米国大統領の娘。使えそうだ。
「その子、今はどこにいるの?」
「ルイと一緒でございます。集落の洞窟でお過ごしです」
「まあ、大統領のご令嬢があんなむさくるしい洞窟に? それはいけないわね。明日になったら私がこちらに連れてきてあげるわ」
ロボ⓵が溜息をついた。
「それがよろしいですね。エミリ様の優しさにはいつも感動するばかりでございます」
「ご馳走様。これ、もう下げて」
「かしこまりました。デザートはいかがいたしましょう?」
「そうね、ジャグジーでさっぱりしたら牧場アイスのパフェをいただこうかしら」
「ジャグジーのご用意はできております。よろしかったらどうぞ」
「ええ、ありがとう。のぶよし? ジャグジーから上がったらちょっとマッサージしてくれる?」
「もちろんだとも。マッサージテーブルを用意しとくよ」
「ラベンダーオイルも忘れないでね」
エミリはそう言うと、テラスの向こう側にある露天ジャグジーに向かった。
(一人くらい100%のAIサピエンスをここに連れてきてもいいかもね。
お友だちになれそうだし、何かと使い道があるわ)




