誘拐された大統領のご令嬢… まさかの駆け落ちだった⁉
「イタタタ…」
「レディ、大丈夫? どこか打った?」
「ハードランディングだったからな」
心配するあたしと湛山に我が愛犬&相棒はクールに言った。
「大丈夫。着地でこの間抜け面のデカい図体が私に被さって重いだけ」
佐吉は衝撃を和らげようとレディのために自分がクッションになろうとしたが、土壇場で大きく揺れた際に位置が入れ替わってしまったようだ。
それでも、青木さんの見事なスキルによって、あたしたちはキャベツ畑のど真ん中に着陸した。
よろける体を意識的にシャキッとさせて車外に出ると、大きな茶色い毛玉が地面に突っ伏していた。
「あれ? 佐吉?」
たった今、レディに文句を言われて小さくなっていたのが、もう外に出ていた。
「あいつ、キャベツが好きなんだよ」
よく見ると、顔中が青い葉っぱ模様で、むしゃむしゃむしゃむしゃ必死に頬張っている。その二歩後ろにレディが立っていて、「信じられない!」という顔をしている。畑のキャベツをそのまま食すなど考えられないだろうからな。
「あ!」
薄い虹色になったドローンのドアが開いて、一人、また一人、飛び出していった。
「佐吉! 行け! フェッチ!」
猟犬モードに入った佐吉はあっという間にキャベツを振り落として駆けていき、空を飛ぶようにジャンプして一人の上に覆いかぶさった。そこにレディが加わった。
「ご苦労様。こいつはあたしが押えとくから、もう一人をお願い」
いつの間にか連係プレーができているようだ。さすがレディというか、どうやらすでに野犬を完全に尻に敷いている。
佐吉は「オン!」と応え、高速ダッシュで森に向かう人物を追う。
あっという間に追いついたと思ったら、対象人物が躓いて転んだ。
佐吉はその足元で、これは起き上がれないと確信した様子で、おもむろに片足を上げた。
「…お」
そのほっとした顔は何とも説明しがたかった。
あたしも年に一、二度、有休を使ってレディと秘湯を訪れることがあるが、露天風呂に入った瞬間に多分、ああいう顔をしているのだろう。
「どうぞ、この携帯用衛生タオルでお拭きください。生分解性の使い捨てですので遠慮なさらず」
さすがの青木、どんな時でも対応できる。
目をまん丸くしてショックで固まる人物は、近くで見ると若く見える。
「あんたたち、誰? 顔を見せなさい! さっさとその変なマスクを取って!」
ミラー・カメレオン・マスクを取った二人は、警察の指名手配者リストには載っていない顔だった。
「名前は?」
「フリードリッヒ」
「あんたは?」
「タイラー」
「何者? さっき乗ってたアレ、どうやって手に入れたの?」
「俺たち――」
フリードリッヒが口を開くと、タイラーがそいつをじろりと睨んだ。
「どこから来た? 東京か? 日本国外か?」
口を割らないつもりか。では、再び。
「レディ、ちょっと来て」
「何?」
「あなたもそろそろおトイレの時間でしょ? このお兄さんの上でちょっとしゃがんでみて」
「ええっ? 嫌よ、そんな下品な」
「郷に入っては郷に従えよ。さあ」
我が才女は佐吉の方にちらりと目をやる。佐吉はまたも少女漫画よろしく、キラキラお目々で口角が上がりまくっている。
「わかったわよ」
彼女がまたがりかけた。
タイラーが「うわーっ!」と叫んだ。
「分かった。話す。話すからやめてくれ」
「最初から素直にそうすればいいのに」
あたしはタイラーとフリードリッヒを起こし、キャベツクッションの上に座らせて録音ガジェットのボタンを押した。
二人はどうやら、おとりだったらしい。特殊レーダーにしか映らないとはいえ、世界でもまだ数機しかないとされるこの最新鋭試作機を盗んで乗り回し、あたしたちを惑わしていたという。
その間、お嬢様を乗せたもう一機――いや、お嬢様が操縦するドローンが静かに目的地に向かったのだと白状した。
自作自演だったというのか⁉
とんだお転婆お嬢様だ。
「で、そのジェイミー様はどこにいるの?」
フリードリッヒがタイラーを見た。
「分からない」
「そんなわけないでしょ! どこかで落ち合うんでしょ?」
まただんまりか? 仕方ない。
「レディ。佐吉」
「うわ、やめろ。やめてくれ。言うから。そ、その前にあんたたちが誰なのか教えてくれ」
「あたしは首相官邸の公式フォトグラファー、マヤ。こちらは… 協力者の湛山。ドライバーの青木さん。そしてレディと佐吉。さあ、話しなさい」
タイラーは観念したようだった。
「俺はタイラー・ラファエット。ワシントンから来た」と言って身分証明書を提示した。
「俺の親父は国防長官のウィリアム・ラファエット。おい、フリッツ、お前もIDカードを出せ。こいつはドイツのマティアス・フォクト大統領の二男だ」
ぼーっとした方のフリッツも身分証を見せた。こちらはドイツサッカー連盟発行のプレイヤーパスだ。二人ともエリートなわけね。
「俺たち、チャット仲間で、ジェイミーに懇願されて協力することにしたんだ」
「どういうこと? 噓発見器が作動中だから誤魔化しても無意味よ」
「嘘じゃない。ジェイミーも俺たちのチャット仲間なんだ。もう一人、この辺に住むルイってヤツがいて、その、ジェイミーとデキてるんだ」
「はあ⁉」
「内緒にしているけど、ルイは恐らくほとんど人間だと思う。この辺の出身で、ジェイミーがハイスクールの修学旅行で日本に来た時に会ったらしい。おふくろさんがG7で日本に来ることになってその時に駆け落ちしようってことになったんだ。で、俺たちはその手助けを頼まれたんだ」
「駆け落ち⁉」
開いた口が塞がらないとはこういうことだろう。あたしの体内でシステムエラーが起こりそうだ。
噓発見器の結果を精査した。この男は嘘などついていない。何ということだ。
あたしが唖然としていると、湛山が吹き出した。大笑いしている。何がそんなにおかしいというのだ?
「ハッハッハ… こりゃあいい」
「これのどこがいいのよ!? ジェイミーは依然、行方不明でしょ。早く見つけて連れ戻さないと」
「まあまあ、誘拐じゃないようでとりあえずはよかったじゃないか。『ルイ』と駆け落ちねえ。それはそれは」
「そのルイってヤツを知ってるの?」
「俺の従弟だ。この辺りにいるルイといえば彼しかいない」
「二人は本当に愛し合っているんです」
「そうか。それは尊いね。うん、素敵だ。しかし随分と思い切ったことをしたもんだな。君、フリードリッヒと言ったっけ。フリッツ?」
「はい」
「君の友だちもそうだが、二人ともいかにも育ちがよさそうだな」
あなたはそうでもなさそうですね、と二人が思ったのが見え見えだった。
そういうのに鈍感なのか、気にならないのか、湛山は続ける。
「そのジェイミーとルイは今どこにいるんだ?」
いつの間にか質問者ポジションがあたしから湛山にシフトした。あたしよりずっとクールに落ち着いて話を聞けるっていうんでしょ?
じゃあ好きにすれば? 少しは役に立ってもらおうじゃないの。
…って、あたし、また感情的になってる。
いかんいかん、あたしは優秀なAIサピエンスなのに。
この野生人間のせいで、冷静さを失ってはいけない、と自分に言い聞かせた。
*
さすがの上流階級のボンボンズ、ツメは甘いようだった。
浅間山の麓でジェイミーとルイと落ち合う計画だったらしいが、あまりにもアバウトというか、観光気分というか。
滞在中に日本そばを食べたいだの、猿と温泉に入りたいだの、キャッキャキャッキャとはしゃぐ様子は小学生レベルだ。
ともあれ、日が暮れたので、あたしたちはキャベツ畑の横の旧別荘地エリアで夜を過ごすことにし、湛山が興したキャンプファイヤーを囲み、青木が用意してくれたコーヒーを飲んでいた。
この青木という男性は実に頼りになる。何やらカプセルを持ち出し、あっという間に自己拡張型バイオ・コクーン・テントを人数分設置し、夕食にはアタッシュケースを持ってきてボタンひとつで瞬間3Dプリントグルメ料理を出してくれた。
犬たちにも現地調達キャベツのフレンチドレッシング和えにフリーズドライの最高級ジビエ・パテ。「グレインフリーでグルテンフリーでございます」とは恐れ入った。こいつ、ドラえもんか?
佐吉はレディに「待て」と言われてようやく「よし!」が出るまでよだれダラダラだったんだけどね。まあ、これ以上の幸せはないという顔でがっついていたので、テーブルマナー教育はレディに任せよう。
当初はあたしも、野宿すると聞いて内心うんざりしていたのだが、どうやらジェイミーが誘拐されたのではないようだとデータに基づいて弾き出し、至れり尽くせりのこの場でちょっとしたキャンプ気分を味わっている。
「どうした? 疲れたか?」
「いや、大丈夫」
「みんな寝たぞ。あんたも早くテントに入って少し休んだらどうだ?」
「ご心配なく。頭のシステムは休止中よ。この火を見ていると何だか落ち着くなって思ってたんだ」
「そういうところ、まるで人間みたいだな」
「いちいち人間と切り離して分析するの、やめてくれる?」
「悪い悪い。じゃあ、おやすみ」
あたしの頭を軽くポンポンと叩いて自分のテントへ歩いて行った。不思議と腹が立たない。やっぱり疲れているのかもしれない。
あたしは残ったコーヒーを飲み干して、静かに目を閉じた。




