消えた協力者たち
<佐吉>
ゲフッ。
最高級ジビエとかいうやつとフレンチキャベツ? いやあ、最高!
マヤはちょっとテンションが高くて怖い時があるけど、レディちゃんの飼い主なんだから悪い人なわけがない。
そしてこんなに素晴らしいごはんを食べさせてくれたドライバーの青木さん! なんて良い人なんだろう。あなたに一生ついていきます! あ、湛山の次にね。
レディちゃんって、ホント、見れば見るほどめちゃくちゃ可愛い。美人で一見つんとしているけど、それがまた超絶カッコいいんだよね。あの日、あの時間に、あの場所にいたおかげで出会えた最高の乙女。これは運命としか言いようがない。
ああ、レディ、レディ。あなたはなぜレディなの?
僕の初恋――ってことになるのかな? 明日も一緒にいられる。嬉しいよ!
それにしてもおなかいっぱいで眠いや。そろそろ湛山のテントに行ってひと眠りしよう。
*
東京と違って静かな、満天の星の下。
湛山がテントに入ってくれてほっとした。
ほどなくして聞こえてくるのは佐吉に違いない高いびきだけ。
あたしたちが行方を追っているお嬢様は、誘拐されたのではなかった。まさかルイという人間と駆け落ちしたとはね。
さっき連絡した久保田さんも驚いていたけど、事実関係を確認するまでは、総理と米国大統領には手掛かりがつかめたとだけ報告するということだ。
そして、少々ヌケていそうだけど、あのドローンを操縦したということはかなりの頭脳を持つに違いない、二人の協力者もVIPに違いないので、併せて彼らの安全もしっかり確保するよう言われた。
仕事が三倍に増えた気がするけど、仕方ない。
ここは湛山にとってはホームグラウンドだろうけど、あたしにとってはアウェイだ。
なのに、自然の音に耳を傾けていると妙に落ち着く。あたしのプロセッサが逐一、静かに記録し続けていた。
*
<湛山>
うるさくて眠れない。
俺のテントで大の字になって眠る佐吉をずらして隣で横になったが、びくともせずに大いびきがパワーアップして、ただでさえ眠れないのが、さらに眠れない。
おまけに俺の腹の上にドン! と脚を乗せやがる。
よだれを垂らして口角を上げて、何とも幸せそうな寝顔をしている。よほど満足したんだろうな。美人犬に会って、常に一緒に動いて――
いや、それもあるだろうが、やはりあの夕食が決定打だったに違いない。ジビエにフレンチドレッシングとやらをかけたキャベツだと? そんな洒落たもの、俺だって食ったことがない。なんせ、山の生活では山菜やイノシシ、熊、鹿といった獲物を獲って、みんなで協力して食物にする。それくらいだからな。
確かにあの公カメが言うように俺たちの暮らしは原始的なのだろう。
あの衛生チューブとかいうヤツも気持ちよかったし、車のふかふかの座席に座って動くのは、そりゃあ擦り切れた草履を履いて山の斜面を登ったり降りたりするより遥かに楽だ。
でも、あんな生活を続けていたらそのうち体が退化して使い物にならなくなるんじゃないだろうか。老けるぞ。
俺が原始的だって? 野生人間だと?
大いに結構だ。それのどこが悪い? 誰かに迷惑をかけているわけでもない。すべてが最先端の人工的な暮らしの方が、感覚を麻痺させるだろう。
静かに身を起こしてテントの外を眺めると、満月の光がすっと入ってくる。
ここには人工的要素は一切ない。月に山、森、川。これらに囲まれて、俺たちは幸せだ。
太陽と共に寝起きして行動し、大自然に感謝しながら自らの身を守り、仲間と協力し合って生きる生活こそが人間らしいんじゃないか?
あの連中は人間じゃないけどな。あの高慢ちきなAI女もそうだ。何パーセントかは人間だとかわけの分からないことを言っていたが、それでもほんの一部の人間的要素を残したに過ぎない別物だ。
そう、別物。なのに、俺はなぜこうもその別物のことばかり考えてしまうんだろう。
きっとあまりにも人間っぽくて、笑わせることばかりやらかすからだ。
役人然とした態度をとるかと思えば、いつの間にかタメ口になっているし、感情的に叫んで飛行機酔いする。必死に誤魔化そうとするその振る舞いはとてもすましたAIサピエンスとは思えない。
結構かわいい顔をしてるし。
…と、俺は何を考えているんだ?
突然AIサピエンス社会に連れていかれたストレスで、きっと少々バランスを崩しているんだな。俺らしくもない。
腰布にひそめていた猿酒でも飲むか。そうやっていつものペースを取り戻せばいい。うん、そうしよう。
*
深い霧が太陽を包み込んでいた翌朝。
青木さんは手際よく自分のバイオ・コクーン・テントを片付けて、すでに朝食の用意をしていた。
「おはようございます! 暑くも寒くもなく、風が爽やかな朝でございますね」
この霧を爽やかだと自信たっぷりに言い切るとは、流石のポジティブマインドだ。
「おはようございます」
「よく眠れましたか?」
「ええ、まあ」
「それはようございました。勝手ながら朝食メニューは私の独断で決めさせていただきました。外国人青年たちがいますので、洋風にベーコンエッグとソーセージに目玉焼き、ハッシュブラウンポテトと全粒粉バタートーストをご用意いたしました」
「まあ、朝からそんなに? すみませんね、青木さんもお疲れでしょうに」
「全然疲れておりません!」
「だって、昨日のドライビングテクニック。まるでF1ドライバーみたいでしたよ」
青木の目が光り輝いた。
「本当ですか? ありがとうございます! 実は私、F1の大ファンなんです。中でもセナ・プロストのホログラムなど何億回見たことか。特に鈴鹿の第一コーナーでクラッシュした時なんて――あ、失礼しました。つい調子に乗ってしまいました」
森の方へ散歩に行っていたらしい湛山が戻ってきた。
「セナがどうしたって?」
「あ、湛山様、おはようございます。いえね、私、実は熱狂的なF1ファンでして、セナやプロストのレースなど時間を見つけては鑑賞しているのです」
「F1? 何だ、それ?」
青木の目が輝いた。
「ご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
おっと。
「青木さん、それはまた今度にしましょう。ところで、タイラーとフリッツは? 湛山、あなたと一緒じゃなかったの?」
「いや? 俺は佐吉と二人で散歩していた」
「一緒に行くってあんたたちの後を追って行ったのよ」
しまった。
湛山が青ざめた。
「探してくる。佐吉! 行こう!」
「待って、あたしも行く! レディ!」
「私も車を出しましょうか?」
「青木さんはここで待機していてください」
「承知しました。5秒お待ちください。朝食を携帯していただけるよう、今すぐ包みます」
「ありがとうございます」
青木さんは目にも止まらぬスピードで、一人分ずつ特殊ラップで包み、すぐにあたしたちを追いかけて手渡してくれた。頭の中では引き続き日本GPが行われているのかもしれない。
*
「おーい! タイラー! フリッツ!」
「タイラー! フリッツ! どこ!?」
佐吉も彼らの匂いを見つけられないようで、湛山が首を横に振る。
「この辺じゃないな。ちょっと足を延ばして鬼押し出し園の方に行ってみよう」
「鬼押し出し園って観光名所じゃないの? そんな人が集まりそうなところでウロウロしてる?」
「朝の5 時だぞ? まだ開いてないし、通りがかる車もせいぜい一、二台くらいだろう」
*
広い園を隅から隅まで調べた。
レディと佐吉は浅間山の麓、何世紀も前に噴火した際に流れ出たごつごつした溶岩帯の上を駆け回ったが、ヒットはない。
するとふと、佐吉が風に乗った何かを感じた様子で、姿勢を正して軽井沢方面に鼻先を向けた。
湛山と顔を見合わせた。
「あっちだ」
カラマツの並木が道路の両側に生い茂る中、園の外に出て坂道を昇った。
すると、湛山の動きが遅くなった。
「どうしたの? 何か気になることでも?」
「いや、何でもない。ここは見通しが悪い。早く広範囲を調べられるよう、二手に分かれよう」
「分かった」
あたしとレディは道路寄りの平坦な道、湛山と佐吉は奥まった絹糸の滝とかいうところ付近を探すという。
こちらから何気なしに振り向くと、初は歩きだったが、しばらくすると走り出した。気になって途中でUターンした。
「湛ざ――」
声をかけようとしたが、そのまま飲み込んだ。佐吉を従え、誰かと話している。
あたしはとっさに木の陰に隠れ、レディに静かにするように合図した。
20メートルは離れているので何を言っているのか分からない。すぐに耳の奥の音響ナノフィルターを最大出力で起動すると、滝の音が瞬時に遮断され、静寂の中で湛山ともう一人の男の話し声が鮮明に聞こえてきた。
「今まで一体どこに行ってたんだ? AIサピエンスにつかまったのではないかとみんな心配したんだぞ」
「悪い。あるAIサピエンスに出くわしてつかまったのは事実だ。でも、別に自由を奪われたわけじゃないから安心してくれ」
「じゃあ集落に戻ろう」
「いや、仕事を頼まれたんで、まだ戻れない。若いアメリカ人女性を探しているんだ。それらしい者を見かけていないか?」
「アメリカ人女性? 人間か?」
「AIサピエンスだ」
「だったら知らないな」
「何だよ、その突き放した言い方。人間だったら見たとでも言うのか?』
「仕事って、誰に頼まれたんだ?」
「質問に質問を返すのはやめてくれ。急いでいるんだ』
「湛山」
「頼む、親父」
親父?
あの人、湛山のお父さんなの? そうか! 湛山の集落が近いんだ!
そう思った瞬間、ぶったまげる光景を目にした。
湛山と、父親というその人物がゴツゴツした岩の上を飛び移り、激しく水飛沫を上げる滝の真っただ中へと入っていったのだ。
そして水流に打たれることなく消えた。
あそこに入口があるんだ!
驚きのあまり、つい、隠れていた木の幹をぐいっと握りしめた。その拍子に、乾いた枝がメキリと音を立てる。音響ナノフィルターで周囲の音をシャットアウトしているあたしの耳には、まるで爆音のように響いた。
「誰だ?」
滝の向こう側から鋭い声が飛んできた。そして二人がひょっこりと顔を出した。しまった、気づかれた! 野生人間の動物的勘って動物以上なのか?
気がつくと、大きな槍があたしに向けられていた。




