大統領令嬢はどこ!? 官邸運転手・青木、F1ドライバーと化して陸から空へ!(後編)
キーンと耳鳴りがする。圧が凄まじい。
あたしたちAIサピエンスは「兵器」という言葉を決して使うことはないが(平和主義者なもので)、
昔の人間たちに言わせれば、あれは兵器に違いない。
後ろでレディが身を起こし、低い声で唸る。
「こっちに気づいたみたいね」
才女の言う通り、相手は急加速モードに入ったようで、再び引き離される。
「逃げられちゃう! 青木さん! もっと速く! 」
「承知しました! しっかりつかまっててください!」
こちらも轟音を上げる。ホントにレースサーキットのスタートを切ったマシンのように猛スピードで相手を追いかける。
うっぷ。頼むから早くチェッカーフラッグまでたどり着かせてくれ。
しかし、相手は最新鋭ドローンなだけあって、なかなか至近距離まで近づけない。
「相手を止める方法はないの!? 拘束シールドとか投げ縄とか? このままだと逃げられちゃいます!」
「マヤ様、お気持ちは分かりますが、これはあくまで首相官邸の超高性能公用車でございます。平和主義国家のシンボルですので非武装なのです」
「それだとターゲットに追いついたところで捕まえようがないじゃないですか」
「おっしゃるとおりでございます。そのようなご指示は当初より頂戴しておりませんので」
「何だよ、それ? 使えねえな」
湛山は舌打ちをして窓の方に身を乗り出した。
「ちょっと、ちょっと! 死にたいの!?」
「このまま逃がすわけにはいかねえだろ。青木さん、もっと加速してくれ!アレに少しでも近づいてくれ。飛び乗ってやる!」
「はあ? バッカじゃないの? ターザンじゃあるまいし。高度何メートルだと思ってんのよ!? バカじゃないの、この原始人!」
「うるせえ。人間を舐めるな! 山の中じゃ谷を飛び越えるくらい朝飯前だった! 人間の底力を見せてやる」
「いい加減にして!」
後ろからレディが声を上げた。
「さっきからギャーギャーギャーギャーうるさいのよ。二人とも少しは頭を使えば?」
溜息をつきながら、彼女は佐吉の方を向き、「佐吉」と一言言った。
「オン?」
「あなたの出番よ。いい? あのへんてこりんな飛行物体に向かって思いっきり吠えなさい。あなたのバカでかい声ならあちらの超音波センサーが狂ってもおかしくないわ。分かった? あっちに向かって最大級の音量で吠えて吠えて吠えまくるの。あなたならできるわよね?」
「オン!」
レディが自分を認めてくれたとでも思ったのか、佐吉は少女漫画の主人公のように目をキラキラ輝かせ、車内の空気をすべて吸い込んでしまうんじゃないかという勢いで息を吸った。
そして再び窓から身を乗り出し――テノールで始まり、見事にバリトンに移行する声が高らかに鳴り響いた。びっくりした天が今にも落ちてきそうだ。
あたしのビルトインシステムが、佐吉の放った超重低音の周波数がステルス機の共振周波数と完全に一致したことを弾き出した。
野生の遠吠えごときがあたしのプログラミングを凌駕したというのか⁉
その瞬間、眼の前の空間が大きく歪み、漆黒のドローンの機体がむき出しになった。レディの読み通り、あちらの無音推進システムが完全にバグったのだ。
不気味な静寂の中、酷い乱気流を起こして巨大竜巻並みの強風が空気をかき乱す。
青木が叫んだ。
「窓を閉めます! ご注意ください!」
ボディベルトをギュッと締めようとしたその時、横から襲う強風にバランスを崩し、後部ドアに叩きつけられ、扉が開いて身体が吸い出される。あれよあれよという間に視界が反転した。
「マヤ!」
次の瞬間、力強い腕があたしの腰をガシッと掴み、超人ハルクのような力であたしを車内に引き戻した。
「あ、ありがとう」
「バカ! 気をつけろ!」
バカとは何よ、バカとは? あたしだって気をつけてる。飛行機酔いを忘れるくらい集中しているんだからね。
ていうか、こいつ、何でこう上から目線なわけ? 野生人間のくせに。
ああ、ホントに嫌なヤツだ。とっととお嬢様を見つけて救出して解散しよう。
そう思った瞬間に急降下が始まり、思わず声を上げた。
「墜落する! 青木さん!」
「マヤ様! ご安心ください! このセダンは完全に私のコントロール下にございますので大丈夫です。ゆっくり着陸することももちろん可能なのですが、姿を現したあちらのドローンが真っ逆さまに急降下していますので、我々が追いつかないことには墜落して乗員乗客全員が死亡してしまいます」
窓が閉まっているのに強風がビュンビュン入ってくる。ジェットコースターの億万倍怖い。
「どうした、公カメ? 死ぬのが怖いのか?」
あんたは怖くないわけ? こいつ、マジで放っておいて欲しい。
「別に死ぬのは怖くない」
「そうなんだ?」
「死んだところでキャリブレーションして、ダメだったらオーバーホールして再構築すればいい。それだけのこと」
死ぬまでの恐怖はあるけど、そんなこと教えてやるもんか。
湛山は「はあ」と溜息をつく。今度は何なんだ?
「味気ないねえ」
「効率性重視」
「それじゃあ生きてる実感を経験したことなんてないんだろうな」
「何を言ってるの? 十分実感しているけど」
「いや、違うね。死というものがあって初めて生きているっていう感覚が分かるんだよ。人間でも犬でも猫でも、限られた命だからこそそれを大事にするんだ」
「でも、いずれ終わっちゃうじゃない」
「だから充実した時間を過ごすんだよ」
よくわからないが、何やらまたしても言いくるめられている気がする。ええい、あれこれ分析するのはよそう。この野生人間が言うことは、どうもあたしのデータベースに入っていない変なことばかりだ。
ん? 何だか大きく横に揺れている。
「青木さん! 何が起きてるの?」
「窓の外をごらんください。只今、対象ドローンの下回り全体に衝撃吸収シールドを広げております。これでクラッシュは防止できます」
本当だ。鮮やかなパープルのシールドが空中に舞う。これは総理の意向に違いない。あたしでも知ってる、昔懐かしいBTSのシンボルカラーだ。オールディーズも好きなのね。
「まもなく着陸します! 衝撃防止姿勢をお取りください! 」
青木の声で、後部座席の全員に緊張が走った。
ドン! ドン! ドン!
「お疲れ様でした」
ほんとだよ。




