深夜の官邸、AIサピエンス総理の極秘指令
「ちょっと確認させてくれ。あ、その前に、あの総理、名前はなんて言うんだ?」
公用車に乗って数秒後、湛山が尋ねる。
「総理のお名前は、李英子です」
「日本人じゃないのか?」
「いえ、完全なる日本製AIサピエンスです。総理ご自身がYでも発表していますが、昔から韓流ドラマの大ファンだそうで、アップデートの際にお気に入りの韓国人俳優の要素を取り入れて改名されたそうです。その時から親しい方には下の名前も『えいこ』ではなく、韓国読みの『ヨンジァ』として欲しいと」
湛山が呆れたような顔をして溜息をつく。
「何だか昔のグルーピーみたいだな。人間みたいじゃないか」
「確か10パーセント程度、人間が入っていると聞いたことがあります」
「好きな俳優の要素を自分に取り入れるとか、人間が入ってるって、何だ、それ? DNAとか取り込んでるのか?」
「ええまあ。DNAではありませんが、保存されているアーティファクトからデータを」
「随分都合がいいんだな、AIサピエンスって」
「合理的ということです」
「ふん、好きなものの寄せ集めか。じゃあその結果、とめどなく高い完成度でないとおかしいわけだ。ふむ」
何だよ、その「ふむ」って? あたしを品定めするようなその目、苛立ちマックスなんだけど。
いや、抑えろ。
あたしはクールなAIサピエンス。エリートサピエンスと呼ばれている。
態度のデカい、勘違い野生人間ごときにいちいち反応してはならない。
こいつと協力しろと上から指示があった以上、ヤツが何を言おうと聞き流して余計なことを考えず、粛々とミッションを遂行するのみだ。
「G7サミットに出席するために来日したアメリカ大統領の娘が誘拐されたって言ってたけど、そもそも何なんだよ、そのサミットって? 娘がどう関係しているんだ?」
「サミットは5日後に迫っていて、既に来日している首脳もいます。そのうちの一人が米国大統領。昨日の夜、横田基地にエアフォースワンで到着後、今日は神谷町のホテルであちらの大手プラットフォーマーやリニア自動車メーカーの代表たちを引き連れて我が国側のカウンターパートの訪問を受け、数時間にわたり懇談し、いくつかのディールをまとめられたそうです。その間、今回同行した一人娘のジェイミーさんがいなくなったと」
「そんなに詳しく説明してなかったぞ?」
「総理とお会いしている時、同時に久保田室長からデータを取り込んだんです」
「はあ。実に都合のいい――」
「ええ、都合がいいんです。効率性重視の世の中ですから。とにかく、世界で最も強固な最新鋭セキュリティシステムを誇る米国ですが、それがハッキングされた」
「上には上がいるんだ」
「シークレットサービスの精鋭が調べてはいるけど、東京に来ている人員の数は限られているため、また、情報拡散を確実に抑えるために私たちに声がかかったというわけです」
「その娘ってどういう子なんだ?」
「18歳、ハーバード大在学中。去年の夏は学校の研究旅行で日本で過ごしていらっしゃいました」
「あのさ、娘って言ったって、あんたたちAIには血縁関係なんてないんだろ?」
ちょっとムッとした。こいつ、顔に似合わず嫌なヤツなんだろうか。
…と… いかん、いかん。あたしの中の20パーセントの人間要素が、ついつい感情という形で出てしまう。
セルフコントロール。チェック。リセット。OK。
「そんなことはありません。私たちAIにも100パーセント人工知能体の者からDNAや様々な要素を取り込んだハーフ、クオーターなどがいて、人間の物理的要素を維持しているんです」
「それはつまり、人間を殺して自分たちの実体の材料にしているってことか?」
「とんでもない! そんな物傷なことはありません。AIサピエンスは平和主義です。人間と違って争うこともなく、戦争も起こりません」
「その平和主義者たちが人間を世の中から排除したんだろうが」
「それは誤った認識です。そもそも、あなたたち人間が環境を破壊し、互いを騙し合い、殺し合い、それでほぼ絶滅した。それはすべて人間の責任じゃないですか。繰り返しますが、私どもAIは卓越した頭脳と分析力でボロボロになった地球を再生に導いた平和主義者です」
「その平和主義者が誘拐事件を起こしたってわけか」
うっ。そりゃあバグとか誤作動だってたまにはある。しかしアッパーハンドを取らせるわけにはいかない。
「その真実を調べて大統領のお嬢様を救出するのが私たちの任務じゃないですか!」
ついカッとなってしまった。滅多にないことだが、あたしの中の人間が、いちいち突っかかってくるこの男に反応してしまう。
「とにかく、実際の血縁関係がどうであれ、そんなことは関係ありません。私たちにも親兄弟がいます。人間と同じように、或いはそれ以上に、我々は縁や絆を大切にしています。大統領にとってジェイミーさんは大事なお嬢様です」
「ふん、どうだか。あんたらにはそもそも心なんてないんだろ? そういう奴らがどうやって縁とか絆なんて理解できるんだよ?」
「私たち一人一人に組み込まれた膨大なデータに基づいて、そのロジックは十分に理解できます」
「理解しても実感することはできるのか?」
「実感しています」
「本当にそう言い切れるのか?」
こいつ、ケンカを売る気?
「どういう意味ですか?」
「いや、別に。AIってのをよく知らないから聞いてみただけだ」
そうこう言っているうちに坂道を下り、米側ホテルの車寄せに着いた。
「とにかく、先ずはジェイミーさんが最後に確認されたお部屋を調べましょう。運転手さん、遅くなりましたけど、この度はお世話になります。よろしくお願いします」
運転手がこちらを振り向き、頷く。
「お任せください。この超高性能自動車で陸でも空でも海でも、どこでもご案内しますので、何でもおっしゃってくださいね」
調子のよさそうな運転手だ。まあ、不愛想な者よりはいい。
「ありがとうございます。頼りにしています」
「あんた、名前は?」
「青木と申します」
「俺は湛山だ。よろしく」
ことごとく偉そう――と思ったけど、そうだ、あたしも自己紹介していなかった。ほとんどの運転手は顔見知りだけど、この青木さんという人は初めて見る顔だ。
「私はマヤといいます。青木さん、よろしくお願いします」
深夜にもかかわらずホテルのボーイ――いや、警備だ、あれ――が、こちらの全員をチェックし、あたしたちはホテルボークラに足を踏み入れた。




